28日、ブッシュ大統領の最後の一般教書演説が行われた。現職米大統領の重要なスピーチにもかかわらず、全米の関心はあまり高くないようだ。メ ディアの視点は、概して大統領キャンペーンに向かっている。大統領選挙報道と比して、ブッシュ氏のあまりに見事なレームダッグ状態に、半ば驚きを禁じえな い。
ここ数週間、筆者の自宅のテレビのチャンネルはCNNに固定されたままだ。これほど米国のニュースを見続けているのは「ニューヨークタイムズ」で 働いていた以来のことではないか。幸いなことに当時と違って、ブッシュ氏の顔がテレビ画面を占領することは多くはない。あらゆる価値観をぶつけ合う今回の 大統領レースは、他の政治報道はもちろん、どんなテレビドラマよりも白熱しているように感じる。全米のテレビ局にとっても、大統領選挙の多様性が増したこ とは、高視聴率をもたらす好材料となっているだろう。
◇ 政治の世界で完全に市民権を得たユーチューブ
今週から来週にかけて、米大統領レースは前半の大きなヤマ場を迎える。全米22州で予備選等が行われるスーパーチューズデーを前に、それぞれ30 日に共和党、31日に民主党の討論会が開催される。CNNを初め全米のテレビ局は、スター記者や有名キャスターを投入して、4年に一度の大イベントに花を 添える。
これからしばらくの間は、NFLのスーパーボール中継には及ばないまでも、全米の何千万人がこの政治ショーに釘付けになるだろう。そしてそれはテレビだけに限らない。
前回の選挙では想像だにできなかったひとつのメディアが台頭し、選挙報道と選挙そのものに大いなる影響を及ぼし始めている。
その新参メディア、ユーチューブは、いまや政治に欠かせないツールとなった。
今回の大統領選での討論のほとんどはユーチューブで視聴可能だ。この無料動画公開サイトは、あっという間に政治の世界に入り込んだ。登場当初は、著作権等の関係で目の敵にされていたユーチューブだが、いまや、米国ではすっかり市民権を得ている。
昨年11月、CNNは、そのユーチューブとの共催で大統領討論会を開いた。一般市民からの投稿動画によって、直接大統領候補に質問を投げるという新しい試みは、メディアの選挙報道のスタイル変更を強烈に印象付けた。
この動きを無視できないとみた各陣営も同様に動く。ユーチューブ内の独自チャンネルにある「ユーチューズ」に自らの演説をエントリーし、ネットユーザーに直接訴えかける戦術を取り始めたのだ。
まもなく始まるスーパーチューズデーの模様もユーチューブによって全世界に伝えられるだろう。民主党について言えば、全米22州のうち、イリノイ 州とジョージア州以外は、事前の世論調査でオバマ氏が負けている(1月30日現在)。だがその直前にあたる29日、党内で大きな動きがあった。
◇ オバマ支持を表明したケネディ一家の影響力
民主党のエドワード・ケネディ上院議員(JFKの実弟)、パトリック・ケネディ下院議員(同じく甥)、キャロライン・ケネディ氏(JFKの長女)の3人の「ケネディ」が、オバマ候補への支持を打ち出したのだ。
いまなお、民主党におけるケネディ・ファミリーの「神話」は無視できない。およそ半世紀前の伝説的な米大統領は、死してなお、生ける「候補」を走らせる。
とりわけ、これまで一定の候補を支持することを控えていたエドワード・ケネディ氏が、自らの意思を明確にしたことは、民主党の大統領指名レースに少なからぬ影響を与えると見られている。
これこそ、クリントン陣営のもっとも恐れていたことだ。ケネディ氏は、クリントン夫妻のネガティブキャンペーンを痛烈に批判し、民主党内の候補者レースに、個人攻撃を持ち込んだことに強い不快感を示したのだ。
じつは、米政界で伝説的ともいえるケネディ一家と、クリントン夫妻は親しい友人同士でもあった。だが、ケネディ氏はかつてのファーストレディを将来の大統領候補と認めない選択を下した。
「変化の兆しが感じられる。オバマ候補はあのキング牧師の言葉を完全に理解している。彼には改革の情熱を感じる。それをやり遂げる能力がある。兄(ジョン)と同じ共通の目標を掲げて、米国を変化に導くのは彼をおいて他にいない」
29日、ケネディはアメリカン大学の講演でこう語り、隣に座るオバマを褒め称えた。奇しくもそこは1963年、暗殺直前のジョン・F・ケネディ元大統領がスピーチをした場所でもある。45年後、兄と同じ演壇に立った弟は、世論調査で苦戦するオバマ氏への支持を訴えた。
ケネディの支持を取り付けたことは、民主党のエスタブリッシュメント層、及びヒスパニック系の投票行動に影響を与える可能性がある。ヒスパニック 系からの圧倒的な人気を誇るのはクリントン前大統領だが、ケネディ氏もまた同じくヒスパニック系からの信頼が厚い。不利と見られていたニューヨーク州、カ リフォルニア州での世論の動きがみえなくなったとCNNに出演した複数の政治アナリストがそう分析している。ヒラリー・クリントン氏にとっては脅威になっ た。
サウスカロライナ州の予備選挙でのクリントン氏の思わぬ大敗は、オバマ氏に勢いづかせたとされるが、ケネディ氏の演説によってさらなるダメージを 受けたようだ。CNNの調査では、民主党員の19%が、ケネディの演説に影響を受けたと答えている。天王山のスーパーチューズデーを控えて、クリントン陣 営にとってはまったくもって嬉しくないニュースである。
サウスカロライナ州の予備選直前には、リベラル層に大きな影響を持つ「ニューヨークタイムズ」紙が、クリントン支持を打ち出したばかりだった。だが、オバマ氏の地滑り的勝利に歯止めをかけるには至らなかった。
◇ ユーチューブに登場したオバマ・ガールが話題に
振り返れば、キャンペーンのキーとなるポイントで、オバマ氏には常に強力な「援軍」が現れている。今週は「ケネディ・ファミリー」だが、最初の「援軍」こそ今回の大統領選の特徴を如実に表す人物でもあった。
ユーチューブに登場したセクシーな女性、オバマ・ガールは、"I Got a Crush...On Obama"(「オバマに首ったけ」)という歌に合わせて、水着姿で悩ましく踊るオバマ・マニアだ。「援軍」とは、オバマ氏に恋して、彼への支持を訴える 若き女性の投稿動画のことだ。
(http://jp.youtube.com/watch?v=wKsoXHYICqU)
この動画はユーチューブでブレイクし、大統領キャンペーンの前半の話題を独占した。
オバマ・ガールの登場に喜んだのは、パソコンの前に座って鼻の下を伸ばした男たちばかりではない。ユーチューブの政治ディレクターであるスティーブ・グローブも、大いにほくそ笑んだに違いない。
彼は、ボストングローブ紙とABCテレビの記者でもあったが、ユーチューブ黎明期の頃、すでにその政治的役割を予言し、大統領選挙への関与を期待 していた。まさしくオバマ・ガールが、その期待に応えたのだ。彼女はその後、3大ネットのバラエティ番組などに呼ばれ、オバマ氏へのラブコールを投げかけ ている。ユーチューブ発の政治スターの誕生であった。
◇ 共和党候補はユーチューブでも人気薄
筆者はここまで、CNNをはじめとした米国のテレビ局は大統領選挙ばかりを報じているように書いてきたが、必ずしもそれは正確な表現ではない。正 確に記せば、民主党の大統領指名争いばかり報じている。さらに精密な表現でもってすれば、ヒラリー・クリントン氏とバラク・オバマ氏という2人の候補者の 争いばかりを報じている。民主党の指名争いの3位につけているジョン・エドワーズ氏の出番はあまりない。
共和党についても同様だ。マケイン氏とロムニー氏が指名を争っているが、わずか2ヵ月前には次期大統領の「大本命」であったジュリアーニ氏の影は、いまや信じ難いほど薄い。
フロリダ州、ニューヨーク州などの大票田での逆転勝利にかけるジュリアーニ氏だが、米国民の関心は、「ブロークンウィンドウ理論」を駆使して、ニューヨークに安全を取り戻し、9・11テロ直後の対応を含め、「危機管理」の象徴ともいえる彼に支持が戻る気配はない。
米国民の関心は、わずか数ヵ月の間に、イラク戦争、テロなどの「危機管理」から、サブプライムローンなどの内政および経済問題に移行してしまったのだ。
ユーチューブでの共和党候補のヒット数は伸び悩んでいる。この新しいメディアでの人気は、そのまま大統領選挙の特徴を反映している。グローブの意図した通り、もはや政治はユーチューブを無視できない状況にある。
この動きは米国に特有のものではない。英国でも、首相官邸がブラウン首相の演説動画を載せ、英王室も「ロイヤル・チャンネル」を開設し、エリザベス女王やチャーチル皇太子の映像を紹介し始めている。
(http://jp.youtube.com/user/TheRoyalChannel)
日本でも福田首相が、「自民党チャンネル」の中で自らの政策を訴え始めた。
(http://jp.youtube.com/watch?v=IAUT0498Acs)
これらの動きをみて、2008年の政治シーンで、ひとつだけ確かなことがいえるだろう。それは米大統領選挙の勝者が誰になろうと、新しい政治の主役のひとりにはユーチューブが確定しているということだ。
」
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