ちょっと楽しめる読み物だったんで、全文引用させてもらっちまいましょうか....
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2007年8月2日(木)14:00
(フィナンシャル・タイムズ 2007年7月30日初出 翻訳gooニュース)
FT東京支局長デビッド・ピリング安倍晋三首相の初めての、そしてもしかして最後の、国政選挙で最も印象的だった姿は、首相のものではなかった。それよりもはるかに記憶に残ったのは、四面 楚歌状 態にある赤城徳彦農水相の姿。巨大なバンソウコウを顔中に貼って登場して、その異様な様子で記者団を仰天させた時の、あの姿だ。
安倍政権の信頼性を次から次へと侵食した政治とカネのスキャンダル。その最新版の中心にいた赤城氏は、どうしてバンソウコウを貼っているのか、顔をどうし たのか、 説明しようとしなかった。そもそも何か困ったことがあったのか、そのこと自体を認めようとしなかった。そしてひたすら、「何でもありません」と繰り返し た。
「満身創痍(まんしんそうい)」といったこのイメージは、29日の参院選で惨敗した安倍首相に実にふさわしい。一説によると今回の選 挙は、 1955年の自民党結党以来、最悪の敗北なのだそうだ。指導力に対する信頼がボロボロに失墜した安倍首相も(赤城氏同様)、「何でもありません」というフ リをするしかないところまで追い込まれた。首相は有権者の厳しい判断について「反省していかないといけない」と認める一方で、「基本的な政策は間違ってい なかったと思うし、国民のご理解をいただいている」と繰り返した。
しかし選挙結果をざっと見渡した限り、そういう風には全く見えない。選 挙結果によると自民党は、浮動層の多い東京、名古屋、大阪など大都市部で大きく敗退。それに加えて、自民党にとってさらに深刻なのは、農村部でも散々に敗 れていることだ。自民党があたかも永遠に選挙で勝ち続けるかのように見えていたのは、あくまでも農村部の支持基盤に下支えされていたからだというのに。
自民党は6年前、29ある1人区のうち25選挙区で圧勝したものだが、今回はわずか6勝。民主党は今回、農村地域の23県で勝利した。これはアメリカ政治 で言うなら、(ブッシュ大統領地元の)テキサス州で民主党が地滑り勝利を収めるようなもの。日本の民主党は、それと同じくらいありえない大勝を収めたの だ。
米コロンビア大学の日本専門家ジェラルド・カーティス教授は、安倍首相惨敗という今回の選挙結果から、3つの大きな疑問点が浮かび上がったと指摘する。 (1) 有権者はなぜ安倍首相にこれほどきつい罰を与えたのか。(2) 短期的そして中期的に、日本政治はどうなるのか。そして、(3) 政策への影響は何かあるのか——の3つだ。
有権者が怒った理由はいくつか推測できる。安倍内閣は発足当初から相次ぐスキャンダルまみれだった。閣僚2人が辞任し(訳注・8月2日現在で3人が辞 任)、1人はあろうことか汚職で追及された挙げ句に自殺した(この人の後任が、例のバンソウコウ だらけの赤城農水相だった)。これに加えて、年金記録問題が発覚。安倍首相の責任ではないことは明らかだが、役人の怠慢のせいで年金記録5千万件が行方不 明になり、何百万人もの老後の生活に影響が出るかもしれないと発覚した時、国民は怒ったのだ。
しかし、有権者が安倍政権に圧倒的な 「ノー」をつきつけた背景には、もっと深い理由がある。それはつまり前任者からの移行が、うまくいかなかったのだ。あの抜け目のないカリスマ的な小泉純一 郎氏から、比べてしまうと政治的な洞察力に乏しい安倍氏への引き継ぎが1年前、うまくいかなかったのだ。自民党の加藤紘一元幹事長は、今回の大敗の原因 は、小泉政治の負の遺産にあると話す。今回の選挙で起きたのは、小泉時代の経済改革に反発する国民の本格的な復讐であって、それに自民党がここまで痛めつ けられたのだと加藤氏は言う。
一見したところでは、加藤氏の分析は間違っているように見える。わずか2年前、小泉氏率いる自民党は総選挙で圧勝したのだし、昨年9月に首相を辞めた時、 小泉氏はまだまだとてつもなく高い支持率を獲得していたではないか。小泉氏が総理大臣だった5年間、日本経済は成長し続け、いわゆる「失われた10年間」 についに終止符を打つことができた。加えて小泉氏は、経済や社会に改革が必要だと訴え続けたし、少なくとも当時は多くの人が小泉氏による改革の呼び声をエ キサイティングなものだと受け止めていた。
それはどれもその通りだと、加藤氏は言う。しかし小泉氏がいなくなった今、小泉政治の遺産のあちこちが色あせて見え始めたと言うのだ。小泉改革の様々な施 策は農村部を痛めつけた。だからこそ今回の選挙で農村部が、自民党をとことん痛めつけたのだと加藤氏は言う。小泉改革は諸々の予算を削った。特に、産業の ない地方において貴重な雇用機会を提供していた公共工事の予算を大きく削った。地方交付税も削り、おかげで地方自治体は自分たちで独自に地元で税収をまか なうしかなくなった。この地方交付税削減に関係して(訳注・「三位一体改革」で税源が国から地方に移譲され)各地の住民税が引き上げられたわけだが、皮肉 なことに、有権者の多くは投票日の直前になっていきなり、自分たちの税金がはねあがっている事態に気づく羽目になった。
小泉氏は日本の経済危機を利用し、改革の必要性を国民に訴えた。とりわけドラマチックだったのは2005年の政局。あのとき小泉氏は、郵政民営化をめぐっ て有権者の圧倒的信任を自民党に取りつけることに成功した。「小泉改革には光と影の両側面があった」と加藤氏は言う。「小泉さんがそこにいれば、出し物と してずいぶんと面白かったが、小泉さんがいなくなった今、多くの人が小泉劇場の暗部に気づくようになった」
低所得地域の厳しい実情を、安倍首相はきちんと認識していなかったと加藤氏は批判する。たとえばかつては自民党の強固な牙城だった高知県が今回、民主党の 手に落ちた。日本全体で見ると有効求人倍率は1.06倍。つまり求職者100人に対して106件の求人がある計算だ。しかし日本列島4大島で最小の四国島 にある高知県では、求人倍率は0.48倍。つまり100人に対して仕事は48件しかないのだ。農村部の多くがそうだが、高知も人口に占める高齢者の比率が 非常に高い。若者たちはほとんどが仕事を求めて都市部に移住してしまっている。「こうした人たちの不満や苦しみを理解しようという姿勢が、安倍さんには見 られない」と加藤氏は言う。(訳注・加藤氏の日本語は全てgooニュースが英語から翻訳したもの)
コロンビア大学のカーティス教授もこの分析に同意する。「多くの人が小泉氏を支持したのは、その政策が好きだったからではない。日本人は小泉さんが好き だったから小泉さんを支持したのだ。小泉流の魔法が消えてしまった今、たくさんの不満や悲しみが残された。今回の選挙で農村部の有権者は、小泉改革に仕返 ししたのだ」
安倍首相は、国民にとって最も関心が深い日常の生活の問題を無視して、「美しい国、日本」という自分にとって大事なテーマを追求した。カーティス教授はこ う言う。第2次世界大戦後もっとも若い52歳の総理大臣は、「戦後体制からの脱却」を訴え、平和憲法を書き換え、教育内容を今よりも愛国的なものに変えよ うとしてきた。しかし本当にこれが優先事項なのだと、国民を説得できずにいる。「一国の首相が自分の国で体制変換をしようとしている。そんな国がほかにあ るだろうか」とカーティス教授は言う。
社会民主党の福島瑞穂党首は、安倍氏が一般国民の気持ちが分からない貴族なのだと批判する(安倍氏は祖父と大叔父が総理大臣)。アメリカのリンカーン大統領をもじって福島氏はこう言う。「安倍さんは、お坊ちゃんの、お坊ちゃんによる、お坊ちゃんのための政府の代表だ」
安倍氏は国民感情が分かっていないのなら、ではこれからどうなるのだろう。首相を続投できるという判断は、間違っているのだろうか? 答えはおそらく「イ エス」だ。「ここで逃げてはならない。政治の空白は許されない」と繰り返した安倍首相だが、このまま政権を担い続けるのは無理だろう。
首相続投を言明した安倍首相を、民主党はただちに反論。たとえば1998年の参院選で44議席(今回の37議席より7議席多い)と大敗した橋本龍太郎元首 相をはじめ、これまで選挙で大敗した自民党総裁はいずれも引責辞任というまともな対応をしていると、安倍氏を非難している。民主党の菅直人代表代行は「国 民の審判がはっきり下ったわけだから、その審判の結果と全く矛盾する行動を取ることは理解できない」と批判した。
しかし民主党には、首相を無理やり退陣させるだけの力はない。参議院で第1党にはなったが、内閣総理大臣の指名に関しては衆議院が優越する。そして衆議院 では(小泉氏のおかげで)自民党が圧倒多数を占めているし、衆院選の予定は2009年までないからだ。さらに言えば、5つの政党が合流してできた民主党 も、自民党に負けず劣らず、党内は分裂している。7月29日の選挙結果は、安倍首相に対する反対票であって、小沢一郎・民主党代表への支持票では決してな い——というのが、大方の政治評論家の見方だ。
10年以上前に自民党を離党した小沢氏は、新しい時代の改革派というよりは、「小泉以前」の昔ながらの政治スタイルが得意な、豪腕・辣腕(らつわん)な策 略家——というイメージが強い。自ら表舞台に立つよりも、水面下で動く方が得意な政治家だ。民主党の代表ではあるが、自分自身が総理大臣になりたいかとい うと、あまり意欲的ではない。29日夜の小沢氏は、政治的勝利を国民の前で堂々と祝うよりも、「遊説中の疲れ」を理由に世間の前から姿を消した。
少なくとも現時点では、安倍氏を本当に脅かすものは、野党ではなく自民党内だ。表面的には自民党実力者たちは揃って、首相続投表明を支持。中川秀直幹事長と青木幹夫参議院議員会長は、大敗の責任をとって辞任すると表明している。
それで安倍批判の風は少し和らぐのかもしれない。首相はすでに「人心を一新せよというのが国民の声だ」として、近く内閣改造するつもりだと言明している。
しかし30日の時点ですでに、自民党支持者の間では不満がふつふつと表面化していた。首相以外のみんなが責任をかぶる羽目になっているのに、なぜ首相だけは……と。
安倍氏はあと数カ月は首相の座に留まろうとするだろう。カーティス教授はそう見ている。小泉氏がすでに党内派閥の力をボロボロに打ち砕いてあるので、後任 の座をねらえるだけの実力者が党内にあまりいないのだ。麻生太郎外相は、首相になりたいと願っている。しかし彼もいわゆる政界のサラブレッドで、安倍氏の 考え方とかなり近いだけに、今のところは安倍支持の姿勢を保っている。ほかに候補として考えられるのは、昨年9月の総裁選で安倍氏と争った谷垣禎一前財務 相だ。しかし谷垣氏は、現行5%の消費税を引き上げようと一貫して主張してきた。選挙で消費税引き上げを訴えることは自殺行為に等しいと考える、党中枢に してみれば、谷垣氏も安倍氏と同じくらい厄介な存在ということになりかねない。
何がどうなるにせよ、総選挙が行われるまで、日本政局ははっきりしない状態が続くだろう。そのせいでこれから何カ月にもわたって政局が膠着し、政策が迷走 する恐れがあると、一部の政治評論家は指摘する。今回の選挙結果がもたらした新しい政界地図が、実際の政策決定にどう影響するか、そのきざしがすでに見え 始めているのだ。民主党は早くも30日、インド洋に展開する米艦隊を自衛隊が後方支援するためのテロ対策特措法の延長に、反対を表明したのだ。
自衛隊による米艦艇の給油支援。そして、イラク復興支援のための自衛隊550人派遣。これはいずれも、国際情勢にもっと積極的な役割を担っていくという日 本政府の覚悟を示すものだとして、米政府は大いに歓迎していたものだ。しかし参院選の結果を受けて、こうした動きは全て失速していくかもしれない。
しかし経済については、大きな揺り戻しはなさそうだと、専門家たちは見ている。参院選の結果は、小泉流の自由市場主義の流れに反発したものだという見方もできるが、方向性がすぐに大きく変わることはなさそうだ。
というのも民主党は、たとえそうしたくても、財政支出拡大を要求できる立場にないからだ。予算関連の決定権は衆議院にある。そして小泉改革によって日本に 新しくやってきた弱肉強食の経済に不満はたくさんあっても、国の借金を増やして増税しようと主張できる政治家はそうはいない。それどころかむしろ、消費税 率引き上げ議論はさらに先送りされる可能性が出てきた。とすると、仮に引き上げが決まったとしても、実施されるのは2010年以降ということになる。
衆参ねじれ現象で国会議決が滞ることになれば、新しい政策づくりはほとんど何もできなくなる。しかしだからといって、大した影響はないのかもしれない。地 方との格差は確かに問題だが、日本経済全体は堅調で、あと数年はこのまま拡大成長を続けるだろう。こうした状況なら、日本の政治家がお互いを罵り合うのに 忙しくて大胆な決断をする余裕がないというのは、そうそう悪くはないのかもしれない。
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