火曜日, 10月 16, 2007

「応能税」か「応益税」か 【辻広雅文 プリズム+one】

ダイヤモンド・オンライン

 税には、2つの基本的な考え方がある。「応能税」と「応益税」である。「応能税」は、個人の負担能力に応じて課す租税で、累進課税である所得税が 典型だ。国税の多くは「応能税」で、社会保障、防衛などの用途幅広い一般財源となる。一方、「応益税」は、さまざまな行政サービスの受益者が、その負担を する。受益と負担の関係が明確であり、地方税がこの考えに立つ。ゴミの回収費用は、住民が負担するのだ。

 道路特定財源の一般財源化に、福田康夫首相は慎重である。道路族、地方自治体、自動車工業会は猛反対している。彼らの本音は横に置こう。その論理 は、道路整備を目的とする税をその他の分野に使うのは筋違いだ、という一点にある。目的税なのだから当然、「応益税」だという主張である。 

 待って欲しい。そもそも5兆6000億円の道路特定財源のうち、揮発油税、自動車重量税など3兆円強は国税なのである。実は、その揮発油税は 1953年に特定財源化される前は、一般財源だったことは知られていない。多くの人が誤解し、政府もあえて説明していないのだろうが、「揮発油税は道路整備のために創設された目的税」ではない。戦前から存在していた国税であり、目的税ですらない。道路が未整備だった当時、田中角栄らによって緊急の立法措置 がなされ、特定財源化されただけなのである。以来、半世紀を経て、必須の道路建設は減り、財源は余剰となった。

 本来の趣旨に戻って、「応能税」として捉えなおすべきときだろう。「応能税」の負担能力に応じて課税するという考え方は、有り体に言ってしまえ ば、取れる人、取りやすいところから取って、幅広く国民に役立てるということである。税の原理原則であり、たばこは60%が税金だが、喫煙者のために使えとは誰も言わない。揮発油税も同じであろう。

 自動車工業会は、財源が余剰なら税率を下げるべきだ、と主張する。筋は通っている。一理ある。だが、現に、国民の大多数が自動車を利用し、揮発油 税などを納税しているのだ。負担できる能力があるということだ。他方では、日本のあちこちに財源不足の穴が開いている。有効に利用できれば、国民の支持は 得られる。

 問題は用途である。道路特定財源を一般財源化して、無駄の多い道路予算を5000億円だけ削減し、喫緊の課題である基礎年金再構築のために国庫負担分を5000億円増すという政策を打ち出したら、どれほどの国民が反対するだろうか。


反対しないぞ

金曜日, 9月 28, 2007

福田氏、自民党に警告する

フィナンシャル・タイムズ

(フィナンシャル・タイムズ 2007年9月26日初出 翻訳gooニュース) FT東京支局長デビッド・ピリング

幸運の女神はこのところ、日本の民主党にほほ笑んでいる。わずか数カ月のうちに、民主党としてかつてない大勝を選挙で収め、参議院の第一党となり、そして安倍晋三前首相を辞任に追い込んだのだ。

後任の総理大臣となった自民党の福田総裁は現状について、自らの内閣を自分自身で「背水の陣内閣」と呼び、「一歩でも間違えれば、自民党が政権を失う、そういう可能性がある内閣だ」と危機感を示した。

しかし、過去半世紀にわたり権力を独占してきた自民党をこうして脅かすことと、その自民党を実際に野党の地位に追いやってしまうことは、全く別の話だ。民主党はどうやったら今のこの順風を本格化させて、政権与党になることができるのだろう。

民主党には、戦略と政策の両方が必要だ。というのも福田氏の首相選出は民主党にとって、色々と厄介をはらんでいる。不運な安倍氏と比べて、福田氏は攻撃しにくいというのが、1点。

おまけに新首相は、テロ特措法の延長をほぼ諦めたかに見えるのがもう1点。米国など多国籍軍の艦船に海上自衛隊がインド洋上で補給活動をするためのテロ特 措法について、延長を承認しないというのが、民主党のこれまでの切り札だった。しかし切り札はもはや、切り札でなくなってしまった。

民主党「次の内閣」の「ネクスト防衛大臣」、浅尾慶一郎参議院議員は、「もし福田氏がテロ特措新法を議論しようというなら、それは民主党にとっていいことだ。しかしどうも、見通しが変わってきた」と話す。

民主党はこれから、自衛隊の海外派遣は国連決議にもとづいた活動にすると規定した独自法案を提出するかもしれない。それにはおそらく、給油活動を停止し、 アフガニスタンの警察部隊を訓練し、アフガニスタンにおけるDDR(元兵士の武装解除・動員解除・社会復帰)活動に参加するという内容が含まれるだろう

この戦略にはリスクがないでもない。日本の世論はインド洋での給油活動を支持するかどうかで割れているし、民主党が特措法延長を政争の具に使って政治的ポ イントを稼ごうとしているとみなされたら、世論は民主党を批判するかもしれない。さらに福田首相は、民主党内でも意見が分かれているところに割って入っ て、民主党内の不一致を利用するかもしれない。民主党内ではたとえば、前原誠司前代表などが、党の公式見解を乗り越えて、給油活動の継続に前向きな姿勢を見せているからだ。

テロ特措法をめぐる対立は別にしても、民主党は参院優位を活用して、早期の衆院解散を強く求めていく方針だ。浅尾氏はこう言う。「できるだけ早い総選挙を望んでいる。しかし福田氏の方は、できる限り引き伸ばしてくるだろう」

総選挙を遅らせる理由のひとつとして、自民党は来年7月に予定される北海道・洞爺湖サミットをあげてくるかもしれないと浅尾氏。G8サミットで議長国の任 を果たす前に政権交代のリスクを犯すのは、無責任だと政府は言うかもしれない。そして総選挙を遅らせればその分だけ、自民党はその間に体勢を立て直し、安 倍政権の不幸な1年の記憶を和らげることができるというのが、評論家たちの見方だ。

民主党にとって、とるべき戦略がリスキーだというなら、まして掲げるべき政策は尚のこと。民主党の政策が自民党といかに違うか、その説明の仕方にはかなり 工夫が必要となる。与党・自民党は、タカ派から穏健派、自由市場主義者から保護主義者、福祉重視派まで様々な政治思想・主義主張をひっくるめて擁している 思想的幅の広い政党だ。しかし同様に、民主党も同じだ。

小泉純一郎氏が首相だったとき、民主党は自分たちこそが市場改革の党で、小泉氏は民主党の真似をしただけだとさかんに主張していた。ところが最近の民主党は、農家への補助金給付を約束したり「共生社会」を掲げたりと、むしろかつての旧来型の自民党のような様相だ。

しかしそれは誤解だと、民主党の参議院政策審議会長代理、大塚耕平議員は言う。「矛盾はしていない。市場主義原理を導入する必要があると最初に訴えたのは民主党だ。しかしだからといってそれは、貧しい人々を置いてきぼりにしていいということではない」

浅尾氏はさらに、民主党の外交政策の基本はただ米国に盲目的に追従することではなく、国際法を守り、アジアの近隣諸国と関係を改善していくことだと話した。

自民党と違う政策を提示する以上に、民主党が示す可能性と言うのは、戦後初めて自民党以外の政党が長期政権を担うかもしれないという展望だ。浅尾氏はこう言う。「どこの民主国家でも、せめて10年に一度は政権交代があったほうがいい」

一方でこの間、26日に発表された世論調査によると、福田新内閣への支持率は58%まで一気に上った。つまり日本の有権者は、執行部を一新した自民党に、再度チャンスを与えようとしているのだ。

共同通信によるこの世論調査の支持率は、第一次安倍内閣のそれよりも17ポイント高く、8月の内閣支持率に比べれば約30ポイントも高い。

UBS証券のチーフエコノミスト、大守隆氏は、福田首相が主要ポストに派閥重鎮を多く選んだことについて、「古い自民党に逆戻りしてしまったという批判もある」と指摘する一方で、自民党の派閥はかつてよりもずっと実力主義なところになっているとも話す。

小泉政権で金融担当相などを務めた竹中平蔵氏は、福田首相が「大胆な改革」を実行するとは考えにくいと指摘。「(福田首相は)強力な指導力を発揮するというよりも、色々な意見を調整することの方が得意なのです」



この人ってば、攻撃しずらいってのもあるけど、攻撃してもこないよね。 なぁぁぁんか、淡々と乗り切られちゃいそうで、岸さんとこのお孫さんより、よっぽど手ごわい感じ....。

水曜日, 9月 26, 2007

変わらなければ日本は取り残されると福田氏は

フィナンシャル・タイムズ

(フィナンシャル・タイムズ 2007年9月24日初出 翻訳gooニュース) FT東京支局長デビッド・ピリング

福田康夫氏が自民党総裁選に出馬し、自民党を苦境から救いだす希望の星として浮上したとき、福田氏は出馬について「貧乏くじかもしれないよ」と記者にコメ ントしていた。確かに福田氏が率いることになったのは、参議院の支配を失った自民党だ。日本では、自由主義的な市場改革の動きに取り残されたとされる地域 や人たちが大勢いて、その人たちが夏の選挙で、自民党に手痛いしっぺ返しをしたばかりなのだ。

過去5年にわたる経済成長がいずれは国民一人ひとりの生活向上につながると、そういう希望を自民党が有権者に与えることができなければ、自民党は次の総選 挙で本当に政権を失いかねない。まさにそうした危機的状況にあると多くの政治評論家は見ている。そして、衆院選は遅くても2009年には開かなくてはなら ないのだ。

第2次世界大戦以降で最長期にわたる持続的な経済成長の最中にあっても、多くの日本人はその恩恵を実感できずにいる。給料はほとんど上がらないのに、いく つかの市町村では失業率が全国平均を大きく上回ったまま動かない。小泉政権で導入された地方交付税の見直しなどによって、いくつかの地方自治体は財政破綻 の危機に直面。なかでも北海道の夕張市はすでに破綻してしまった。

こうした一連のことが重なって自民党は今、1993年に一時的かつ一度だけ政権を失って以来の、最悪の事態にさらされている。にもかかわらず福田氏も、そ して対立候補として総裁選に出馬した麻生太郎氏も、有権者に対して大きなネックとなっているこの小泉改革を、後戻りさせようとは決して主張しなかったの だ。

福田氏は麻生氏と同様、社会格差の是正に取り組み、自由市場の行き過ぎを抑制する必要があると主張した。しかし今の政策の基本路線について後戻りはないと、この点について福田氏は明快だった。

総裁選の最中にたびたび開かれた討論会で福田氏は、「改革を推進しなければならない」と言った。さらに福田氏はこうも言った。

「世界は変わっている。改革をしないと、日本は国際社会から取り残される」

小泉改革以前に戻ろうと掲げる総裁候補を自民党が出さなかったことからしても、反・改革の動きに本当の意味での政治的な勢いはないのだというのが分かる。

改革の動きは小泉改革とは呼ばれるが、小泉氏が一人で始めたものではない。そしてこの改革の動きにはいくつかのポイントとなる課題がある。(1)財政健全 化 (2)公共事業や税収移転の形で人口の少ない農村部に与えてきた補助金を減らす (3)可能な限り、民間部門の役割を拡大する——とういものだ。

福田氏は9月半ばに日本外国特派員協会で、「日本社会は転換期にある。高齢化が進み、社会構造が変わりつつある。労働生産性を上げて、一連の課題に対応していかなければならない」と話している。

リーマンブラザーズ証券のエコノミスト白石洋氏はこれに対して、たとえ政治家がそう望んだとしても、国の財布を緩めるのは難しいだろうと話す。

「財務省の厳しい縛りの下では、財政政策が大きく変わるのは難しい。(今や日本のGDPの1.5倍に達する)公的債務の規模を思えば、ばらまき政治に戻るのは、かなり考えにくい」

2011年度までに基礎的財政収支(プライマリーバランス)を黒字化する目標については、そのまま堅持するだろうと多くのアナリストは見ている。

福田首相は確かに、国民が生活する上での困難・困窮を和らげるため、いくつかの施策を掲げている。たとえば、高齢者の医療費自己負担を1割に凍結する案を 検討するとしている。小泉政権で決まった現行案では、来年4月から70-74歳の医療費の窓口負担は現在の1割から2割に引き上げられることになってい る。

さらに小泉政権下では、国から地方へ税源を移譲し、地方自治体が独自に税収を増やすことで、独自で自主的な行政サービスをまかなうべきだという税制改革が進められたが、福田氏の下ではこれも、より穏やかで漸進的な変化に変えようと議論されている。

とは言うものの財務省も、そして小泉政権の内閣官房長官として小泉改革の諸政策に関係の深い福田氏も、1990年代に顕著だったばらまき財政に立ち返るわけもないだろう。

当時は、ともかくひたすら財政支出を重ねることで停滞するデフレ経済を回復させようというのが、政府の方針だった。それに対して現時点では、自民党が政権 を維持できる程度に、有権者の支持を集められる程度に、要所要所で支出を少しばかり調整しようというのが、政府のねらいだ。しかしそのために使える財源は 今後も、厳しく制約されたままだろう。



日本の内閣総理大臣って、世襲制だったっけ?

金曜日, 9月 21, 2007

総理がいなくてもやっていける日本

末期的だよね

フィナンシャル・タイムズ

(フィナンシャル・タイムズ 2007年9月19日初出 翻訳gooニュース) FT東京支局長デビッド・ピリング

米テレビドラマ「The West Wing(ザ・ホワイトハウス)」に、作中の米大統領ジェド・バートレットが撃たれて緊急手術を受けるという話がある。大統領は間もなく回復するが、その 後、大論争が持ち上がる。大統領が手術を受けていた間、いったい誰が国を動かしていたのか、というのだ。全ては平常に戻るが、大統領が麻酔をかけられてい た数時間、実は憲法上の危機が起きていたのではないかという議論が後からぶりかえす。というのもあの数時間の間、アメリカには正当な最高権力者がいなかっ たからだ。

現実の日本では、安倍晋三という若すぎた首相が12日に辞任表明。52歳という年齢は首相には若すぎたと言われてしまったが、辞任の本当の理由はまだ全て が明らかになっていない。23日には、与党・自由民主党の新しい総裁が決まり、25日には国会で総理大臣として指名される。辞意を表明した翌日、くたびれ きった安倍氏は入院し、政府から退場した。とするとこの国を動かしているのは、正確にはいったい誰なのだ?

と言うことを、誰も気にしていない。あるいはほとんど気づいてもいない。そしてそのこと自体が、日本における権力と民主主義の本質について、なかなか興味深い点をいくつか浮き彫りにしている。

結局のところ、安倍氏は国民に選挙で選ばれた首相ではなく、半世紀にわたって権力を独占してきた政党に選ばれた首相だったというわけだ。ということは、安 倍氏というのはベネズエラのチャベス大統領の日本版だったのか?——と思われるかもしれない。しかし日本の首相というのはベネズエラの大統領とは全く違 う。確かに数年前から、内閣は少しずつ権限を強めてはいるが、日本の総理大臣というのは先進国の中でもきわめて力の弱い指導者のひとりなのだ。

カレル・ヴァン・ウォルフレン氏は1989年発表の名著「日本権力構造の謎」で、このパラドックスを詳しく分析した。あの本が発表されて以来、日本の政界は二転三転しているが、混乱の末にやがて何が新しく生まれてくるのか、誰もはっきり見通せないままだ。

1993年に自民党は9カ月間、政権の座を追われた。野に放り出されたこのわずかにして唯一の経験の後、自民党は他党との連立に頼ることで権力にしがみつ いてきた。そしてこの不安定な状況下の日本では、まもなく二大政党制が成立するのではないかという憶測がさかんに飛び交うようになった。

二大政党制成立の予測は、実現しつつあるように見えるかもしれない。2001年に首相となった小泉純一郎氏は、自分の党を「ぶっ壊す」と掲げて出馬。「自 民党をぶっ壊す」というこのスローガンはあるいは、自民党が権力を握り続けるための最高の手法だったのかもしれない。小泉氏はこれで地すべり勝利を収めた のだから。そして2007年7月には、民主党の小沢一郎代表が同じスローガンを掲げて参院選を戦った。小沢氏も自民党をぶっ壊すと主張し、そして小沢氏も 大勝した。ということはつまり、自民党の命運は途絶えたということなのだろうか?

手短かな答えはノーだ。というのも自民党は、確かにあからさまな問題をたくさん抱え込んではいるが、見た目と違って、決して政治的に破たんはしていないからだ。日本は確かに未だに、一党支配の国かもしれない。しかしそれでもどうにかして、民主国家であり続けているのだ。

日本が一党支配下の民主国家だという証拠は、先週の政界の動きからも明らかだった。というのも、国民は安倍氏が嫌いだった。だから国民は、安倍氏を辞任さ せたのだ。もって回ったやり方になったのは、安倍総理が自民党総裁だったからで、自民党総裁である以上、2009年9月には必ずやらなくてはならなかった 衆院選まで、その立場は理屈の上では安泰だったからだ。安倍氏は、空気が読めないと批判されていた。しかし当の自民党は、空気を読むことができた。だから 安倍氏は速やかに退場となったのだ。

いつもこういう展開になる。自民党は確かに、日本国民よりも保守色の強い保守政党だ。しかし自民党の政策は、世論の大きな動きをきっちり追いかけている。 たとえば1970年代にひどい公害問題に対して国民の不安が高まると、自民党は社会党のお家芸を盗んで、一夜にして環境重視の党に変身した。あるいはバブ ル崩壊後の長引く不況対策として民主党が自由市場主義を持ち出してくるや、自民党はそれに対抗して小泉氏を作り出し、民主党の政策を掲げて出馬させた。

今回の総裁選で、ほとんどの党内派閥が結集して福田康夫氏をこぞって支援している光景は、確かに「古い悪い自民党」復活の兆しなのかもしれない。しかし派 閥同士が密室であれこれ取り引きしている今のこの状況でさえ、世論の意向を反映したものだと言える。日本国民は、麻生氏の個性的な人柄が好きだが、それで もやはり総理大臣には福田氏の穏健で落ち着いた安定ぶりを好んでいるのだ。

なのでもしかしたら、日本は確実に二大政党制に近づいているというお題目は、妄想に過ぎなかったという結末になるかもしれない。それよりもむしろ可能性と してあり得るのは、福田氏の下で自民党が今一度、世論を反映する形で自らを作り変えるという展開だ。これはなかなか厄介な作業になる。小泉前首相による市 場主導の改革を継続しつつも、改革に取り残されたと感じている人々を支援しなくてはならないからだ。

あるいは別の可能性として、自民党は次の選挙で負けるかもしれない。しかしそうするとかえって、もっと大々的な政界再編成につながるかもしれない。そして その結果として、はっきりと主義主張の異なる二大政党が出現するよりも、様々な勢力がひとつの当選しやすい政党に結集するという結果になりかねない。その 「当選しやすい政党」が自民党と名乗るか、別の名前にするかは、本質とはあまり関係のないことだ。

そしてひるがえって自民党総裁、別名「日本の総理大臣」のことだが。小泉氏がさかんに努力したにもかかわらず、権力のほとんどを握っているのは、総理大臣ではない。

日本における権力の一部は自民党が、そして一部は大企業が握っている。そしてさらに一部は、政官財という「鉄の三角形」のもう一角、つまり官庁が握ってい る。1990年代に度重なるスキャンダルや政策の失敗ですっかり面目を失った官僚たちは、今はじっと鳴りを潜めている。確かに往時の勢いはないかもしれな いが、しかしそれでも官僚の影響力はおそらく今でも、政治家のそれを上回るはずだ。

たとえば今なら、貧しい地域にいる有権者の不満を解消するという政治的な要請に応えるならば、公共投資の拡大が当然ということになる。しかし官僚たちが、国の財布のひもを緩める気配はまったくない。

つまりだからこそ、安倍氏がモーニングジャケットを脱いで入院着に着替えても、誰もパニックしなかったのだ。自民党は見た目以上に権力をがっしり握りしめている。しかしその手に握った権力の実態というのは、見た目ほど強固なものではないのだ。

党の魂をめぐる戦い 自民党総裁選

フィナンシャル・タイムズ

(フィナンシャル・タイムズ 2007年9月19日初出 翻訳gooニュース) FT東京支局長デビッド・ピリング

安倍晋三首相が先週、突然の辞任表明で自由民主党を危機に突入させて以来、福田康夫氏と麻生太郎氏は、切っても切れない関係となった。どこに行くにも2人 一緒と言う状態だ。安倍氏に代わって自民党の総裁になり、よって次の総理大臣になろうと名乗りをあげた2人は、23日の総裁選挙に向けて国民に訴えかける ため、一緒にバスや飛行機であちこちを行脚している。

福田氏と麻生氏は実際、同じ目的を抱いている。それはつまり、自民党を守ること。しかし2人の政策やスタイルの違いから、2人は実は自民党の魂をめぐって 争っているのだということが、明らかになってきた。「安倍辞任」の大失態を党として乗り切った後、自民党がどういう政党になるのか、その根幹の部分を2人 は争っているのだ。

自民党幹事長の麻生氏は、党の右派から総裁を目指している。安倍首相と同様に、日本はもっと国際社会の舞台で頭角を現すべきだと考えている。弁舌に優れ、裕福な名家出身であると同時に、一般受けする親しみやすさも兼ね備えている。

福田康夫氏は対照的にドライで辛口、かつガリ勉的な政策通あるいは政治オタクだ。日本外国特派員協会で開かれた19日の記者会見では麻生氏が、福田氏は「霞が関の機械」の言いなりになりかねないと、言外に皮肉っている。

外交政策について2人のスタンスはかなり違う。A級戦犯数人を含む戦没者200万人が奉られている靖国神社について、福田氏は「参拝しない」と言明。一方 の麻生氏は、実際にはおそらく参拝しないだろうが、参拝する権利を手放すつもりはないと示唆して、「自分の国のために命を投げ出してくれた人に敬意を表す ることを禁止する国はない」と述べた。福田氏は、第2次世界大戦がもたらした全ての問題が誰にとっても満足のいく形で解決したと言えるわけではないと認識 した上で、近隣諸国との相互理解を求めていくべきだと主張。この立場も、戦後日本はこれまで十分すぎるほど戦争への負い目を抱えてきたとする麻生氏とは、 対照的だ。

両氏は共に、インド洋で多国籍軍への給油活動を継続することで、アフガニスタンでの「対テロ戦争」に貢献すると表明。この給油活動継続を可能にするテロ対 策特別措置法の延長問題が、安倍首相辞任の表向きの理由だった。アフガニスタンの国際治安支援部隊に関する国連安保理決議に、海上自衛隊によるインド洋で の給油活動などへの「謝意」が盛り込まれたことは、テロ特措法延長の突破口になるかもしれない。民主党など野党はこれまで、「アフガニスタンの対テロ戦争 は国連の承認を得ていない」として、特措法延長に反対していたからだ。

実のところ福田氏は、国際舞台でむやみに日本のプレゼンスを上げることに腐心していない。特に、従来の憲法解釈では禁止されてきた集団的自衛権の行使とみなされる活動について、福田氏は慎重だ。

安倍首相の「主張する外交」がどうも国民にしっくりこないまま終った後とあって、福田氏の穏健な外交姿勢は自民党にとって安心できるものなのかもしれない。しかし自民党が次の総選挙で勝つか負けるかを決めるのは、外交ではなく国内の問題だ。

国内の課題については、安倍氏前任の小泉純一郎前首相の人気と、小泉改革がもたらした自由主義市場改革への反発との間で、どうバランスをとるか。これが、 自民党にとって重大な課題だ。雇用が少なくて経済が停滞している地域の多くは夏の参院選で、自民党に厳しい反撃をくらわせている。

麻生氏は、「どこにも行かない道路」などを造る公共事業のばら撒きによる、強引な地方経済の振興には反対している。その代わり、地域経済が自ら復活できる よう、行政のしきたりを破り、地方分権を促進すると方針を示した。とは言うもののその一方で麻生氏は、明らかに保護政策や補助金などのことを意味しつつ、 国際競争をする企業に求められる「グローバル・スタンダード」を必ずしも地域経済に要求する必要はないだろうと付け加えている。

福田氏も「自立と共生」ということを訴えている。改革続行と規制緩和を進める上で、今までよりも優しい、家長的なアプローチを組み合わせることは可能だろ うという考えだ。小泉改革による市場主義による行き過ぎが、日本の格差を拡大させたという意見があると福田氏は言及。これまで阻害されてきた人々の声を、 政府がよく聴いてよく考えていかなければ、反発の嵐に押し流されて、改革そのものが「破滅」してしまうだろうとの考えを示した。



所詮大同小異なんだって....。

金曜日, 9月 14, 2007

安倍政権1年、ひどい1年は辞任で幕


フィナンシャル・タイムズ


(フィナンシャル・タイムズ 2007年9月12日初出 翻訳gooニュース) FT東京支局長デビッド・ピリング

今月11日のことだ。ふだんは羊のように大人しい日本人記者団が珍しく、安倍晋三首相に「少し体調が悪いようだが」と立ち入った質問をした。首相はこれに 「ちょっと風邪をひきました」と返答。しかし振り返ってみればこれは、予兆だった。映画ではたいがい、登場人物がくしゃみをすれば、そのキャラクターは後 のほうで死ぬことになっているものだが、案の定、「ちょっと風邪をひきました」と答えてから24時間もたたない内に、安倍首相は政治的な屍と化していた。

首相の辞任会見後に会見した与謝野馨官房長官は、首相が自ら口にすることはなかったが、辞任の理由のひとつに健康問題があったのではないかと述べた。

「総理は自分の健康が総理大臣の厳しい日程・精神的な重圧に耐えられるかどうか、常に吟味していた」と官房長官。

確かに12日の辞意表明会見で、安倍首相はげっそりと生気がなかった。声は小さく、元気もなくて、狭い会見室の後ろのほうにいた人たちは、首相が何を言っているのか聞き取るのに苦労するほどだった。

健康問題を辞任理由にする自民党の説明の仕方が、単なる目くらましの煙幕なのかどうかは、間もなく明らかになるだろう。しかし何が突然の辞任の契機となったにせよ、安倍首相の近くにいた人々はみな驚いていた。

「絶対に戦い続けるはずだと信じていた」 首相を良く知る関係者はこう言う。

これが7月に参院選で惨敗した後に、首相が辞任していれば、誰も驚かなかったはずだ。自民党52年の歴史の中でも最悪の敗北だったとされるあの選挙で、有 権者は安倍首相のリーダーシップと政治テーマをとことん拒絶したのだ。なかでも、ここ数年の自民党の経済政策によって取り残され、のけ者にされたと感じて いる地方や貧しい県の有権者は、きっぱりと安倍政権にそっぽを向いた。

にもかかわらず安倍首相は、政治的な慣例を破り、党内重鎮たちの声も聞き入れず、続投を表明。参院選大敗の責任をとって辞任するのではなく、国際社会において顔を上げて主張することのできる日本をつくるという野望実現のため、努力し続けると表明していた。
心機一転の再出発を期して、首相は8月に内閣を改造。閣僚が4人も不祥事や失言などで辞任する羽目になった「軽量級」の第一次内閣とは異なる、より堅実で 有能な布陣をそろえたかに見えた。しかしそれからたった1週間もしないうちに、農林水産大臣がスキャンダルで辞任するという事態に陥っていたのだ。

首相はその後、海上自衛隊がインド洋で米国など同盟国の艦船に給油することを認めるテロ対策特別措置法の延長に、自分の将来を賭けることになる。というの も、参院第一党となった民主党が、「直接的に国連安全保障理事会から承認されていない」という理由で、延長に反対しているからだ。

先週末にシドニーで開かれたアジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議で、安倍首相はブッシュ米大統領に、テロ特措法延長を約束。さらに記者会見で、 そのために「職を賭す」と発言し、延長できなければ辞任する意向を示唆したのだ。この発言は、首相が面目を保ちながら辞任する口実を作るための、いわば出 口戦略を自ら用意したものだと、そう解釈する声もあった。

しかし帰国後の首相は、戦い続ける意志があるかのような姿勢を見せていた。10日には臨時国会を開いて所信表明演説。与党が衆院で獲得している3分の2の圧倒多数を使ってテロ特措法延長を衆院で再可決する意欲があるかのようだった。

けれどもその同じ日、安倍氏の後継と目されている麻生太郎氏によると、首相は「困難な状況」打開のために自ら退くと、辞任の意向を麻生氏に伝えていた。

辞任表明のタイミングに、大勢が驚き、そして政治状況をいっそう混乱させるものだと反発した。「大変なことになる」と政府関係者は話す。

しかし短命政権で終る羽目になった安倍首相の就任直後から、今回の事態の予兆はあちこちにあった。就任直後に果たした中国訪問で、首相は冷え切っていた両国関係の回復を図り、「戦略的互恵」と呼んだ日中関係の構築を掲げるというシンボリックな外交成果を挙げた。

しかし思えばこれこそが安倍政権の絶頂期だったわけで、それ以降は閣僚のカネのスキャンダルと失言(女性を「産む機械」と呼んで、有権者の半分の反感を買った大臣さえいた)が相次ぎ、首相の支持率は60%から20%台までひたすら下落し続けた。

ただでさえ支持率が低下し続ける中、社会保険庁が3000万件分の年金記録を紛失したという事態があかるみに出て、安倍政権はさらに横殴りの打撃を受ける羽目に。

米コロンビア大学の日本専門家ジェラルド・カーティス教授は、年金記録問題こそが安倍首相にとっての「ハリケーン・カトリーナ」だったと指摘する。 2005年に米南部を襲ったハリケーン・カトリーナがブッシュ米大統領自身の責任ではなかったと同様、年金記録の紛失は安倍首相本人の責任ではないもの の、事後の対処の仕方があまりにひどかったせいで、首相の(あるいは大統領の)感覚と国民の感覚がいかにずれているか、そのずれの大きさを象徴する出来事 だったからだ。

日本経済はもう5年間も成長基調にあると言われるが、全くそれを実感できない。日本各地で一般国民は、そのことを何よりも心配している。にもかかわらず、安倍首相は「美しい国」作りというお題目を唱え続けたのだ。

「自虐的」だと安倍氏が呼ぶ日本人の自己像を捨て、日本の誇りを復活させようと安倍氏は訴えた。これは祖父・岸信介氏から安倍氏が引き継いだものだ。戦時 中の東條内閣で大臣を務めた岸元首相は敗戦後、A級戦犯容疑で逮捕され収監されたが不起訴となった。この岸元首相の孫である安倍氏は、祖父の愛国心を尊敬 し、たとえ国民に不人気でも国益のために正しいと信じることを実行するべきだという、そういう信念を抱いていた。

岸元首相は1960年、国内を揺るがした反対デモを無視して日米安保条約改定を断行したものの、混乱を招いた責任をとって辞職。安保改定を達成した上での、まさに栄光の炎にわが身を焼くがごとくの失墜だった。

孫の安倍氏もやはり日米関係が間接的な原因となって、首相の座を降りることになった。しかし1年で終った安倍内閣は結局一度も、「栄光の炎」に輝くことはなかったのだった。



これで「ぼっちゃん」にはうんざりしたんだよね。
三代続く日本のぼっちゃん首相の顛末や如何に!ってトコ?

土曜日, 7月 28, 2007

日本は絶対に原子力を手放さない

フィナンシャル・タイムズ

(フィナンシャル・タイムズ 2007年7月26日初出 翻訳gooニュース) FT東京支局長デビッド・ピリング

マグニチュード6.8の地震に見舞われた新潟県刈羽村の住民の多くは、家を失った。身内を亡くした人たちもいる。にもかかわらず、地震発生直後に多くの人 たちが真っ先に気にしたのはひとつ。村の近くにあるあの原子力発電所から立ち上っている、巨大な黒煙はいったい何だ?——という一点だった。元町議会議員 の武本和幸さんはそう言う。

原発から黒煙がもうもうと立ち上るあの映像は、日本中を震撼(しんかん)させた。世界最大規模の巨大な柏崎刈羽原子力発電所で稼働中だった4つの原子炉は、設計どおりに自動停止した。しかし原子炉以外の部分では、安全対策と安全確保の手順に重大な欠陥があった。

どたばた警察コメディではあるまいに、原発で初期消火にあたった4人は十分に火を消すことができなかった。その理由は、おっとびっくりまさかそんな、消火 用水の水道管が地震で破損していたからだという。地元の消防隊は、被災者の救援活動に忙殺されていたため、出火から2時間近くたってようやく、原発に到着する始末だった。そしてその後の調査で、日本の電力供給の3割近くを担う原発全55基の内、消火体制の整っている原発はひとつもないことが判明した。

ロンドンのハイド・パークの2倍強もの広さがある柏崎刈羽原発は、中越沖地震ほどの規模の揺れに耐えられる造りにはなっていなかった。設計時に想定した揺れの強さについては、1号機は273ガルだったが、実際の揺れは680ガルにも達した。

その結果、放射性物質を含む水が海に漏れ出し、放射性物質が大気中にも放出されるなど、個別に発生した損傷や不具合などのトラブルは63件に上った。柏崎 刈羽原発を操業する東京電力と、経済産業省原子力安全・保安院は共に、漏れた放射能の量は「極めて微量」で、人体はや周辺環境への影響はないと説明し、住 民の不安を解消しようとしている。漏れ出した放射能の影響は確かにそうなのかもしれない。しかし東京電力は当初、放射能漏れはないと発表していただけに、 彼らの言うことを信頼していいのかどうか。

何よりおまけに、今回の地震が起きるまで東京電力は、柏崎刈羽原発の間近くに断層はないと主張していたのだ。今回の地震で、震央(震源の真上)から原発ま での距離は16キロ。さらに、余震などを分析した結果、地震の断層が、原発の地下まで延びている可能性が高いことも判明した。

こうして次々と明らかになる新事実は、反原発派にとっては援護射撃のようなものだ。原発に反対する人たちは、地球上で最も地殻変動が活発な場所のひとつに ある日本で原発を作るなど、狂気の沙汰だと主張しているからだ。神戸大学都市安全研究センターの石橋克彦教授(地震学)によると、日本は全国どこでも巨大 地震に見舞われる危険があるのだという。6500人が犠牲になった1995年の阪神大震災は、それまで地震の危険は低いと信じられていた大都市を襲った。 石橋教授は、地震と地震による核・放射能事故が引き起こす複合的災害(原発震災)で数百万人が犠牲になる危険があると警告している。

地球上にある原発の1割を、地球上で最も地震の活発な地域のひとつに押し込めるのは、果たして賢明なことなのか。原子力発電そのものが大嫌いだというわけでなくても、これにはいささか首をひねりたくなる。しかし原子力政策の担当者たちは、過剰反応はしないほうがいいと話す。まず第一に、中越沖地震から学ぶ べき教訓は、原発の危険性ではなく、むしろその逆かもしれないという指摘だ。柏崎刈羽原発の設計想定よりも2倍以上の最大加速度で地面が揺れたが、原子炉は正常に自動停止した。トラブルが起きたのは、基幹部分ではなかった。大気中に漏れた放射性物質の量は、保安院などの発表によると、「東京~ニューヨーク を飛行機で往復する間に宇宙から浴びる放射線の1000万~100万分の1の量」に過ぎなかった。

国際的な原子力の専門家は、最新の設計技術を使えば、想像できる最大規模の地震にも耐える原発を造るのは可能だと話す。自動停止と冷却機能、漏えい遮断などの機能がある限り、チェルノブイリ型の事故はほとんど不可能なのだという。

ポイントは2つある。第1は、規制・監督の問題だ。民間事業者はどう見ても、安全性について手抜きをしてきたし、地震発生の可能性をありえないほど低く見 積もっていた。これまでのやり方を見ても、日本の経済界は本当のことを隠すのが得意だ。それだけに、政府が徹底的に監視し、積極的に監督機能を果たさなく ては、事故防止のためあらゆる手を尽くしていると国民を説得できない。

第2のポイントは、もっと根本的な問題だ。そもそも日本は原子力産業をもつべきなのだろうか? ここで問題になるのは、石油や天然ガスをほとんど持たない日本にとって、原子力発電のない生活は考えられないということだ。

自分たちは資源の乏しい国——。日本人が抱えるこの根深い強迫観念こそ、1930年代の日本を突き動かし、そして破滅へと追い込んだ帝国主義的野望の最大 要因だった。自分たちには資源がないという日本人のこの強迫観念がいかに根強いものか、日本の外ではあまり理解されていない。たとえば海外の自由貿易主義 者たちは、日本の農産物関税が高すぎると批判しているが、日本国内の議論はそれよりむしろ、カロリーベースで40%しかない食料自給率をどう引き上げるかに移りつつある。

日本は資源に乏しい国だというこの強烈な恐怖は、実は一部で言われるほど、合理性を欠いたものではない。いったん危機が起きれば、国内に食糧とエネルギー が入ってこなくなるという、そういう弱点を日本は抱えているのだ。ということはつまり、日本政府はこれから、原発の安全性向上のために徹底した見直し作業 に入るが、そもそも日本が原子力産業をもつべきかどうかは、これからも議論されないままということになる。



予言めいた終わり方ではあるが、実際、その予言は現実のものとなっている。

理想的な話をするならば、次世代のエネルギー資源に関して、開発さえ進めば....ということになるが、直近、水力火力を総動員しても、日本の電気は賄えない!と脅された場合、なるべく目立たないところに、原子力発電所があればイイなぁ....というところに、落ち着いたりもする。 こうしてPCに向かう時間が、現実的に制限されるよりは、その方が「マシ」と考えてしまう弱さである。

結論先送りは昨今の政治の決定的な「質の悪さ」と感じるが、情けないけど、大差ないなぁ....

火曜日, 7月 17, 2007

FTと昼食を 安倍昭恵さんとランチ

ご亭主よりも、キャラ的には好きだったね、この人は....

フィナンシャル・タイムズ

(フィナンシャル・タイムズ 2007年7月13日初出 翻訳gooニュース) FT東京支局長デビッド・ピリング

安倍晋三首相の妻・昭恵さんは日本ではスター並みの人気者で、その上、私が昼食をご一緒した数日後には、米ホワイトハウスでジョージ・ブッシュ大統領夫妻 とプライベートなディナーを共にしていた。日本のファーストレディに魅了された大統領は、安倍首相に向かって手放しで賞賛。「素晴らしい奥様を夕食に連れ てきてくださって、ありがとう。首相はとてもよい伴侶に恵まれていらっしゃる。アキエの優しさと知性に、私はつくづく感服した」――と。居心地の悪そうな 表情の安倍首相に向かって大統領はさらに、ファーストネームで首相を呼んで「シンゾー、ローラは新しい友達を見つけたようだよ。私もそう感じている」と付 け加えた。

日本の週刊誌に「アッキー」「アッキーちゃん」(「ちゃん」とはペットや「ハローキティ」につけるたぐいの愛称)と呼ばれている昭恵さんは、夫が昨年9月 に首相就任してからというもの、首相よりも華々しく活躍している。「シンゾー」は、華やかな前任者・小泉純一郎氏の「モップヘア」(訳注・前首相の髪型の こと)な影からなかなか抜けられずに苦労しているが、昭恵さんはもっとすんなり楽々とスポットライトを浴びはじめた。

日本のファーストレディたちはこれまで、「三歩下がって夫の影を踏まず」とは言わないまでも、舞台中央を独占することはほとんどなかった。これに比べると 昭恵さんの場合、(45歳に先月なったばかりの)首相夫人はあちこちで「若くて現代的な日本女性」という扱いで、きらびやかな特集に登場。何を感じ、何に 情熱を抱いているか、正直に表現して恐れない、そういう女性として取り上げられている。

「韓流スター」に夢中で、お酒好き――。昭恵さんは、国家行事の場で夫の手を握ることでも有名だ。これを日本でやるというのは、たとえばブッシュ大統領が ホワイトハウス前庭で記者団を前に、夫人にディープキスするのと等しい(いや、そのイメージは頭から消したい)。昭恵さんは、自分たち夫妻に子どもがいな いこともオープンに話題にするし、「安倍昭恵のスマイルトーク」という10代の若者のようなブログも公開している。

昭恵さんと私は、リッツ・カールトン・ホテル45階のレストランで会うことになった。最近の東京に次々と立ち並ぶ高級ラグジュアリー施設のひとつだ。私は 早めに到着したので、結果的に、礼儀作法を気にするホテルのスタッフを心配させる羽目になった。私がどこで首相夫人を出迎えるべきか、高層階にあるメイン ロビーか地上階か、ホテルのスタッフはひそひそと相談しあっていた。

結局、私たちは地上に降りていく。スタッフはそれでも正しいエチケットについて相談を続けている。するとそこに現れた昭恵さんは、私たちがひそひそと固 まっているのに気づかず、さっそうと前を通り過ぎてしまう。私たちは慌てて後を追う。一緒にエレベーターに乗って上に向かう間、昭恵さんは礼儀正しく私を 無視する。これからランチを一緒にするフィナンシャル・タイムズの相手が私だと、分からないようだ。

夫人の後ろを数歩遅れてついていくと、ファーストレディの目に映る世界というものが、垣間見えた。誰もが次々とお辞儀をして、緊張した笑顔と仰々しい挨拶 をこちらに向けてくる。私たちは続いて、青々とした見事な畳敷きの個室に入り、名刺を交換して、座卓に向かう。ちょっと前にちょっとした誤解があったこと について、昭恵さんは触れない。もしかして、誤解していたのは私の方かもしれないと思う。

昭恵さんは、地味だけれどもファッショナブルなグレーのピンストライプスーツを着ている。世間で言われているような、気楽な人ではないのかもしれないな、 と第一印象で思う。彼女は緊張している。かぼそい小鳥のような声で、唇をさかんにかんで、何かを言い始めても最後まで言い切らずに途切れたり、内気な感じ で笑って、続く言葉を飲み込んでいる。その後に続く沈黙を破るのは、三味線の音色だけだ。

緊張した様子の若いウェートレスがピンクの着物姿で現れる。額を畳にこすりつけんばかりにお辞儀をしてから、震える両手で熱いおしぼりを渡してくれる。す るとちょうどその時、昭恵さんのお腹がグーッと大きく鳴る。すると大したもので、首相夫人は自分のお腹が鳴っているのを隠したりせず、爆笑する。笑いなが ら、手で口元を隠したりしない。

高級料亭にはありがちなことで、メニューはない。前菜(蛤の白ごま味噌和え)を一緒に試しつつ、夫が総理大臣になってから生活がどう変わったか尋ねてみ る。「一番大きい変化は、首相官邸に移り住んだことと、外に出かけるとみんなが私を知っていることですね。外国の元首や要人の奥様たちとお会いするとき は、緊張することもありますが、そんなにものすごく極端に生活が変わったというわけでもありません」

製菓会社の社長令嬢として生まれた昭恵さんは、安倍晋三氏とのお見合いに応じたとき、それがどういう生活を意味するか承知していたはずだ。何と言っても安 倍氏は、祖父と大叔父が総理大臣という、そういう一族の人間なのだから。結婚から4年後に安倍氏の父・晋太郎氏が亡くなり、晋三氏は遠い山口の実家を継 ぐ。総理大臣になるのは、時間の問題だった。「ずっとその日のために準備していたようなものです」と昭恵さんは言う。

昭恵さんはお澄ましをすすっている。私が次に質問するまでに、食べ終えてしまおうということらしい。私はこう尋ねてみる。月末の参院選挙でご主人はひょっ としたら任期満了前に総理の座を失うかもしれないが、そういう状況の中、安倍さんの堅苦しいイメージをソフトにするために、安倍夫人が利用されていると、 自分自身はそうは思わないかと。

「本当のことを言うと、夫はすごくユーモアのセンスのある、面白い人なんです。でも世間に見せている顔は、いつもとてもかしこまっている。私が隣に立つことで、夫のイメージがソフトに柔らかくなるなら、それは私の役目のひとつです」

ひとつ問題なのは、予想していたよりも早く夫が首相になったことだと昭恵さんは言う。「戦うことなく、苦労することなく、首相の座についてしまった。総理大臣になるための準備が足りていないと、夫は感じている」

次のコースは蒸した百合根まんじゅう。これを出そうと、ウェートレスがそこここにヒラヒラしている。夫の代わりに遊説して回るのは、楽しいというよりは辛い役目だと、昭恵さんは言う。

「心から楽しんでいるとは言えません。でもちょっと、スポーツみたいな感じもあって。勝つと、ごほうびにおいしいビールを飲むんです」

ビールの話題が出たのでいいチャンスだと、「お酒がお好きだそうで」と聞いてみる。ほとんど下戸に近い安倍氏とは裏腹に、昭恵さんはかなりの酒豪なのだそ うだ。「私がお酒好きなのは有名です。山口に引っ越したとき、私は近くに親類も友達もいなかったので、支援者のみなさんと仲良くなるには、お酒がすごく役 に立ちました。雰囲気がリラックスしますからね。お酒はとても便利なものです」

この話題が楽しいのか、昭恵さんはさらに続ける。「日本酒も好きですが、最近ものすごくおいしいワインをいただく機会があって。中国に行ったときは、すご く強いマオタイ酒をいただきました。どれだけ飲んでも二日酔いになりませんよ、と言われて。週刊誌は『マオタイ10杯』とか書いていましたけど、それは オーバーです」

昭恵さんの韓国好きについても少し話す(ちなみに韓国も強い酒で有名だ)。そして、いわゆる「従軍慰安婦」の問題をどう思うか、と聞いてみる。戦争中に (多くは韓国の若い女性が)日本軍の売春宿で働かされていたことについて、安倍氏は最近、日本軍は直接関与していなかったという意味の発言をして国際的非 難を浴びた。これについて聞かれると昭恵さんは、明らかにスタッフがあらかじめ用意した想定問答集の中から答えをひっぱってきたような口調で「それについ ては、あまり話したくありません。戦争という状況の中で色々なことがあって、慰安婦になってしまった女の人たちはとてもお気の毒だと思います」と答えた。

二段重ねの重箱に美しく繊細に盛り付けられたごちそうをいただきながら、私はさらに、「控えめで尽くす日本女性」という欧米視点のステレオタイプは本当にそうかと質問してみる。

「私が(広告代理店で)勤めていたころは、女性は数年間だけ働いて結婚と同時に退職するのが普通でした。私は、特にこれを極めたいというスキルも、これを続けたいというキャリア志向もなくて、ただ結婚して幸せな家庭を作りたかった」

昭恵さんの口調は今ではぐっとなめらかで、リラックスしている。「それに比べると今では、ほとんどの女性が大学に進んで、出産後も仕事を続けたいと願って います。でも企業の中はまだ女性にとって難しくて。女性よりも能力の低い男性が出世しがちです。日本女性が外資系企業に就職したり、外国に移住したりする のは、こういうわけです」

それは才能の浪費だと昭恵さんは言う。「日本社会にもパイオニア的な女性はいますが、男の人の考え方が変わらないと。中にはいまだに封建的な考え方をする人もいますから」

それはあなたの夫が率いている、権力を半世紀も独占してきた政党の責任ではないのでしょうか? 日本女性を(役割をきちんと果たしていない)「産む機械」と呼んだ柳沢厚労相を、安倍首相が支え続けたのは最近のことだ。

「柳沢さんが使ったもののたとえは、口が滑ったのだと思います。柳沢さんの奥様は画家で、大学教授を務めていらっしゃいます。自立した方で、ご自分の意見 をお持ちです。もし柳沢さんが本当にそういう古臭い考えをお持ちなら、奥様に仕事を辞めて選挙を手伝うよう命じたはずです。『機械』という言葉はウッカリ 間違って使ってしまわれたのだと思います」

ウェートレスがまた静々と入ってくる。刺身とご飯を茶漬けにするためのお茶を運んできた。日本では、男の生活と女の生活は不平等というよりは、切り離され ているように見えます――と、私は言う。キャリア志向のサラリーマンは、妻や子どもより、自分の会社に忠誠を尽くすよう要求されているようだ。「よく言う じゃないですか」と昭恵さんは冗談めかして言う。「亭主元気で留守がいい、って」

安倍氏は様々な信条の持ち主だが、妻の昭恵さんも同じ考え方なのだろうか。「私はそもそも、そんなにしっかりした考えをもっていなかったんです。そして 20年の結婚生活でだんだんに洗脳されたのかもしれない」と昭恵さんは笑う。「私は政治家ではありませんから。政治家の妻として、夫を応援するために、支 援者集会に行くのです。そういう意味では、私がどういう信念を持っているかは関係ない」

とは言うものの、戦争責任の重みで長いこと卑屈になってしまった(と保守政治家たちは考える)日本に、国としての誇りを復活させるという夫の使命については、昭恵さんにも違和感はないようだ。

「夫の目標は『美しい国、日本』を作ること。美しい国というのは、環境のことだったり、大切な日本の伝統文化のことだったり、日本人の美しい心のことだったりするかもしれない。経済大国になった日本は、失ってしまったものに気づきはじめたのです」

私たちはすでにデザートを楽しんでいる。繊細な桜豆腐に濃厚な餡(あん)と金色の葉っぱがかかったものだ。昭恵さんは、ファーストレディとしてどうしたら いいか、ブレア前英首相の妻シェリー・ブレアさんや、米国のローラ・ブッシュさんにアドバイスをもらったという。その一方で、独身の小泉前首相に言われた 言葉が、印象深く残っているとか。

「総理大臣としての毎日はすごく大変だから、家に帰ってきたらギュッと抱きしめてあげなさい、と言われたんです」と昭恵さんは言う。

それだけ聞くと、いかにも「夫に尽くす女」の伝統的なあるべき姿かとも思えるが、昭恵さんはついつい付け加える。

「もしかして当時、小泉さんをギュッとしてあげる人が誰もいなかったのかしら」

昭恵さんは「ねえ……」とウィンクでもしそうな「訳知り」な様子でこう言う。というのも前首相は在任中、周りに女性を寄せ付けなかったというのが、今では伝説となっているからだ。

「でも今ではお楽しみだと思いますよ」 いたずらっぽくこう言い放ってから、昭恵さんはのけぞって大爆笑した。

月曜日, 6月 25, 2007

G8で2位の自殺率 助けを求める声に日本政府も

フィナンシャル・タイムズ

(フィナンシャル・タイムズ 2007年6月22日初出 翻訳gooニュース) FT東京支局長デビッド・ピリング

東京の西の郊外にある荻窪駅から乗車する通勤客はおそらくもう、ホームに巧みに設置された幅2メートル高さ1.2メートルの鏡を、いちいち気に留めてはい ないのだろう。鏡がそこにある理由は、飛び込み防止。自分の姿を目にすれば、人は線路に飛び込みにくくなるのではないか、という発想だ。

中央線を運営するJR東日本によると、鏡を5年前に設置してから効果がどれほどあったか、まだ検証していないという。しかしJRが鏡設置を試してみたというそのこと自体から、日本が自殺問題にどう取り組むべきか苦慮している様子がうかがえる。

警察の記録によると、昨年1年間に自ら命を絶った人は3万2155人。1日約90人だ。高い順位に入りたくないこの世界ランキングで、日本は上位に入って しまっている。世界主要8カ国の内、日本よりも自殺率が高いのはロシアだけ。ロシアでは人口10万人中39.4人が自殺している。日本の自殺率は10万人 中24.1人。フランスの18.4人よりもずっと高く、英国やイタリアの3倍にもなる。しかし、どうして?

専門家の中には、日本の伝統文化が背景にあると説明したがる人もいる。自殺を禁じるキリスト教と違い、武士道はかねがね自死は名誉ある去り方だと称えてき たからだと。しかし実際には、1960年代から1990年代半ばに至るまでの日本の自殺率は、確かに国際標準からしたら高めではあったが、現在ほどの高い数字ではなかったのだ。

自殺率が一気に上昇した分岐点は1998年。企業が数千人単位のリストラを開始した時期と重なり、自殺者の数は前年から35%も増えて3万2863人になった。

「経済と何らかの関係があるのは明らかだ」 東京大学のジョン・キャンベル客員教授はこう言う。「(1998年は)リストラが相次いだ、ひどい年だった。 日本の自殺率が高く思えるのは、中年男性の自殺が増えているからだ」 昨年の自殺のうち約3分の2が、40歳を超えた男性によるものだった。

しかし経済回復がもう5年も続き、労働市場は求職者よりも求人の方が多いという引き締まった状態だと言うのに、なぜ自殺率は下がらないのか。それが謎だ。

日本のマスコミがさかんに報道するのは、学校のいじめやインターネットの自殺サイトや掲示板などきっかけにした自殺などだ。確かにこういうケースはそれぞれに悲惨だが、全体に対する割合としてはごく一部に過ぎない。

警察によると、インターネットで自殺仲間を募って実行した人は昨年1年で約90人。学校関係の問題で自殺した人は242人で、自殺全体の1%。とすると残 る自殺の理由は、経済的なものや健康上のものなどだ。経済全体の状況は改善したとしても、経済格差の拡大から、大きな借金を抱えたり、かつての経済・社会ステータスに戻れないと諦めたりと、絶望的な気持ちになっている人がそれだけ増えているのではないか。そう見る専門家は多い。経済や仕事関係の問題が原因 で自殺した人は、昨年1年で約9000人。1998年は約8000人だった。

テンプル大学のジェフ・キングストン教授(アジア研究)は、日本の高齢化が進むに連れて、病気が原因の自殺が増えるだろうと見ている。昨年は自殺のほぼ半数が、健康上の理由を原因としていた。

内閣府自殺対策推進室の高橋広幸氏は、政府のさらなる取り組みが必要だと認めている。そして実際に、今月になって発表した自殺総合対策大綱で、日本政府は 自殺を20%以上減らすという目標を掲げた。高橋氏は、政府の対策のひとつとして、消費者金融の上限金利を20%に抑えるための法的措置を挙げる(訳注・ いわゆる「グレーゾーン金利」撤廃のための改正貸金業法成立など)。これは、借金を原因とする自殺を減らすための、方法の一つになるだろうと高橋氏は言う (一方で、消費者金融の上限金利制限は、経済成長を抑制するほか、消費者金融が貸し付け条件を厳しくするため、闇金融に走る人を増やすだけだと言う批判も ある)。

高橋氏はさらに、政府が「再チャレンジ」のための訓練機会提供を重視していると指摘し、また自己破産法の改正は、救済措置としての自己破産のマイナスイメージをやわらげることを目的としたものだと話した。

これに加えて日本では、うつに苦しむ人のカウンセリングを強化する必要があると高橋氏は言う(カウンセリングは健康保険の対象外)。もし心理カウンセリン グが保険診療で可能になったとしても、今度は「精神科医が足りない」と高橋氏は言う。いずれにしても、予算の制約から、日本のうつ対策はすぐさま解決でき るという問題ではないのだ。

「過去10年間の国の対策は大失敗だった」とキングストン教授は言う。「カウンセリングやセラピーを必要としている人たちが、きちんとした治療を受けられていない。重大な公衆衛生の問題なのに、あまりにも長いこと見過ごされてきた」

この問題にきちんと対応しない限り、自殺率の低減はいつまでたっても何をやっても、鏡や煙に頼るトリックめいた、目くらましに過ぎない。キングストン教授はこう警告している。



国の対策がどうのこうのってのもあんだろけど、そも大企業の収益増にばっかり目を奪われて、庶民生活が沈み込む一方の中で、いざなぎ景気を越えた!なんて、能天気な話に終始してる連中に、一体何が分かるのか問いたいね。
スマート官僚さん達は、自身の経歴が第一だから、そんな部署を担当させられた日にゃ、言わぬが花だの、知らぬが仏だの、くさいものには蓋だのって、自殺者が増えようが減ろうが頬被り決め込むのが関の山だろうし、間抜けな政治家さん達は、報告ないと知らないまんまだかんね。

しかしまぁ、中高年の自殺者が多いって、恥ずかしい国だよね。

金曜日, 6月 01, 2007

それでも昔の日本には戻れない それはなぜ

ジィさんの威光はコイツも一緒だったなぁ

フィナンシャル・タイムズ

(フィナンシャル・タイムズ 2007年5月31日 翻訳gooニュース) FT東京支局長デビッド・ピリング

日本の安倍首相はエジプト・カイロで、地元記者が日本・エジプト関係について質問するのをじっと聞いていた。やがて答えた首相いわく、両国関係は好調だと いう。しかし興味を引いたのは、首相のこの答えではない。意外だったのは、安倍首相が同時通訳のヘッドホンをつけていなかったこと。首相はいつの間に、ア ラビア語が堪能になっていたのかと、そう見えた。

要するに、記者の質問はかなり前に事前提出されていたものだった。安倍氏はわざわざ通訳を聞くまでもないと、ヘッドホンをしていなかった。質問の内容は事前に知っていたし、どういう答えが自分に求められているかも承知していたからだ。

この一芝居は、かつての鈴木善幸首相を思い出させた。1980年代初めに首相を務めた鈴木氏はあまりに堂々と、用意された答弁原稿を読み上げてばかりいた ので、「テープレコーダー」などと揶揄(やゆ)されていた。安倍首相のカイロでのこの一幕は、ささいな出来事かもしれないが、ささいながらも、日本が昔の 日本に退行しつつあると指摘する意見を裏づけている。なので、注目に値する。

この日本退行論いわく、小泉純一郎氏はあくまでも経済危機が生み出した総理大臣であって、彼の存在は、線香花火のような一瞬のきらめきに過ぎなかったのだ という。小泉改革が日本の政治にもたらした変化は、束の間のものに過ぎなかったのだと。伝説的ですらある日本の強大な官僚機構を小泉氏は制御したかもしれ ないが、それもほんの一瞬のことだったと。そして危機が去った今、日本は通常モードに戻りつつあるのだと。

安倍首相の諸々は、この日本退行論を裏づける状況証拠になってはいる。首相としてのスタイルは、単独主義的・一方的な小泉スタイルよりも、合意重視のコンセンサス型だ。また小泉流の市場主導型政策は、どうも安倍氏にはしっくりきていないようだ。

「オールド・ジャパン」復活を示す出来事がこのところ続いた。自民党が約50年間ほとんど途切れることなく権力を独占してきたのは、「金権政治」のおかげ だが、その金権政治がいかに未だに脈々と続いているかが、おぞましい形で改めて示されたのだ。現役の農水大臣だった松岡利勝氏が5月28日、首をつって自 殺した。松岡氏は、公共事業の受注に関わる公益法人などから献金を受けていた問題で、追及されていた。そして松岡氏自殺の翌日、談合の仕組みを作ったとさ れた公団元理事が投身自殺した。

連日の悲劇は、安倍首相の評判に影を落とす。政権与党・自民党をもう何十年にもわたり汚してきた、薄汚い政治のありようを、あたかも首相自身が容認してき たかのように見えるからだ。しかし実際には、これは言うならば、旧体制の断末魔のもがきであって、「オールドジャパン」の健在ぶりを示すものではない。日 本が「小泉の前」の状態に戻りつつあるという結論は、間違っている。

小泉氏は決して、自分ひとりで変化のきっかけを作ったわけではない——というのが理由のひとつ。小泉氏は、新しい変化を自分で巻き起こしたのではなく、す でに始まっていた構造的変化を象徴する、「顔」(と髪型)だったのだ。いま新しいものに変身しつつある日本の戦後体制はそもそも、高い経済成長率がなけれ ば続かないものだった。自民党は公共事業を通じて、都市部で吸い上げた税収を農村部に注ぎ込んだ。注ぎ込んだ金の報酬として自民党は、農村部の中選挙区か ら票を吸い上げ、また公共事業の恩恵を受ける色々な利益団体から「政治献金」を受け取っていた。これが、自民党の戦後体制だった。しかしこのシステムはも う機能しない。理由は単純。金がもうないのだ。公共事業予算は過去10年間で削りに削られた。郵便貯金で道路やダムを作るやり方は、終息しつつある。それ どころか日本の郵便局そのものが、かつてはお小遣いがたっぷり入っていた世界最大の貯金箱が、民営化されることになっている。

米コロンビア大学の日本専門家ジェラルド・カーティス教授によると、日本は今、現代に入って3回目の巨大な変革期にさしかかっているという。最初は、日本 の指導層が封建主義を捨て去った明治維新。2回目は、高度経済成長実現のための仕組みを作った戦後復興。そして3回目の変革期のことをカーティス教授は 「20年越しのデケイド(10年間)」と呼ぶ。この間に日本は、氷河が動くが如くの緩慢な速度でゆっくりのろのろと、しかし大地に渓谷を刻むが如くの確か さでじわじわと、国内の経済危機や国際経済のグローバリゼーションに対応してきたというのだ。この緩慢な調整プロセスを通じて、かつて日本が誇った護送船 団方式の資本主義は崩れ、さらに企業間の株式持合も結びつきがほどけていった。これはつまり、平等な所得分配の放棄を意味する。さらに政治の世界では、札 束ぎっしりの封筒が選挙を左右することがなくなるし、総理大臣の権限と責任が拡大することになる。

世間一般的に安倍首相は気弱とか弱腰とか見られがちだが、実際には、改憲や愛国教育という異論の多い政治テーマに実に熱い情熱を抱いている。そして、小泉 首相が郵政改革に邁進(まいしん)したと同じぐらいの情熱をもって、改憲や教育改革の実現に突き進んでいる。それに実は安倍首相の方がよほど大胆に、公共 事業や公務員制度への支出をばっさりと削っているのだ。

「オールドジャパン」の残滓(ざんし)は確かにしつこく残っている。日本の政界で見て見ぬふりをされている最大のネックは、野党の力不足だ。野党はいつま でたっても、本当の意味で自民党を脅かすことができないでいる。自民党を支え続けた政治の仕組みがもうガス欠になりつつあるというのに。日本の野党はどう してこれほどまでに、事態を自分たちの有利に運ぶことが下手なのか。となると、野党の存在意義とは政権獲得にあるのではなく、政権与党=支配層に正当性を 与えることでしかないのではないか——そう結論したくなる。

キュー出ししてもらわなくても自発的に答弁できる党首が見つかれば、野党は自民党よりはよほど有利になれるかもしれない。しかし世の中には、決して変わらないものもある。変わるはずのないものに変化を求めるのは、それは無理というものかもしれない。