木曜日, 11月 01, 2007

守屋氏退職金返納よりも公務員を解雇できる制度を

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ダイヤモンド・オンライン

 守屋前防衛事務次官の問題で、政府が守屋氏に、給与と退職金の一部について自主返納を求める方針を決めたという報道が、少し前の新聞に載っていた。

 確かにゴルフ接待を200回以上も受ける神経は度し難く、懲戒に相当する不祥事とは思うので、自主返納を求めること自体は理解できる。しかし、そもそも自主返納という形式であることがおかしいのではないだろうか。

 現行の仕組みでは自主返納しか無理だというのなら、規定を一から作り直したほうがよい。一旦払った退職金は絶対に取り返せないという今の制度は、明らかに公務員法の不備であろう。

 守屋氏に返納を求めた今回のケースは、確かに納得できないこともないが、世間から批判を浴びたから返納を求めるというのは、いかがかと思う。その 時の世論のムードや政治家の気分によって、公務員の経済的条件が左右されるのは、中立忠誠を求める公務員法の精神にも反する。やはりこの際、懲戒規定を しっかりと作って、何年でも遡って懲戒を適用できるように法改正すべきだろう。

 規定の不備を正すことは、罰則を厳しくする方向でも必要であるし、公務員の権利を守るという意味でも必要である。

◇ 事務次官の生涯賃金5億円は高すぎるか

 また先日、夕刊紙に「守屋、生涯賃金5億円」という見出しが躍っていた。守屋氏が公務員として支給を受けた生涯給与・賞与の合計が5億円ほどにな るらしい。ちなみに記事によると、退官前までの事務次官の月給は136万8000円、ボーナスが年間651万5000円、年間給与が2293万5000円 ということだ。

 果たして公務員の5億円の生涯賃金は、高いのか安いのか。

 まあまあ出世した大企業のサラリーマンと比較すると、それほどは高くはない。仮に、30歳で年収1000万円、35歳で1500万円、40歳以降 60歳まで毎年2000万円稼いだサラリーマンの生涯賃金は30歳以降で5億2500万円になる。その程度の額は、大手商社で順調に出世したり、テレビ局 のキー局に勤めていれば、そう難しくなく確保される。そう考えると、公務員として出世のトップを走ってきてこれくらいなら、そう高くもないのかとも思え る。

 ただ、守屋氏の場合、50歳過ぎまで官舎に住んでいたらしい(その後、新宿区内に家を建てたそうだが)。官舎は公務員としてのフリンジベネフィッ ト(給与所得者が受ける経済的利益)でもあるし、おそらく接待漬けで飲食代が掛かりにくいこともあっただろう。その意味では、給料をそれほど生活費に回さ なくてもよい。つまり"丸貰い"だったにちがいない。

 通常だと、退職後も天下りがある。役人時代の最後の給与に近い額が確保され、3、4年に1度の割で退職金を2000~3000万円も、ほぼ無税で受け取れることをカウントすると、あと2、3億円は楽に稼げる計算になる。生涯収入で考えると、やっぱり"厚遇"に違いない。

◇ 倒産もクビもないでは民間とのリスクは桁違い

 しかし、キャリア官僚というのは結構忙しい仕事であるし、もう少し給料を貰ってもよいのではないか、という言い分が当事者の側にはあるらしい。こ れはキャリア官僚全員に話を聞いたわけではないが、民間企業の役員クラスの条件がないと、なかなかいい人材が集まらないではないかと、キャリアたちは主張 する。

 筆者は、この主張はいかがなものかと思う。大前提として、官僚には「倒産」がない。言ってみれば、国債と社債の利回りを比べるようなもので、民間のサラリーマンとはそもそもリスクが違うのだ。

 さらに、もう一歩突っ込んで考えると、キャリア公務員に原則的に「クビ」がないのも大いに問題である。政府は最近、ようやく公務員の給与に成果主義を反映させるようなことを不器用にやり始めてはいる(安倍内閣時代に始めた政策なので今は頓挫している感じだが)。

 ちなみに成果主義には、いわゆる“陽気な成果主義”と“陰気な成果主義”がある。日本の成果主義は、配分するパイが決まっていて、人事評価で差を つける陰気な成果主義だ。本来の成果主義というのは、たくさん働いたら、それは会社にとっても喜ばしいことだから、1億円でも2億円でも払ってあげようと いうものだ。陰気な成果主義をやっても、組織の空気が重くなるだけだ。

 もう一つ、公務員の弊害として、長く勤めようというインセンティブが強烈に生じることがある。長いこと勤めれば高額の退職金を受け取ることができ るし、天下りもある。退職金で貰うと税金が安くなり、さらに年金も貰えるわけで、定年まで勤めたほうが圧倒的に有利だ。勤務が長期化するおかげで保守的に もなるし、ごく短期間しか関わらない大臣との関係は、むしろ官僚側が強くなる。

◇ 官僚人事を自由化する仕組みが必要だ

 キャリア官僚の採用や解雇は、本来は自由であるべきではないだろうか。そして、そのとき払いの支給にして適材適所を常に図るべきだし、クビもあるというのでなければ、ボスである政治家の言うことを聞かないだろう。

 もちろん、言ってみればモルガン・スタンレーやゴールドマン・サックスに勤めるような解雇リスクが生じるわけだから、それなりの高給を支払い、個別に評価し個別に雇用していく。

 官民の人事交流ができる制度も作るべきだろう。現在の制度だと、片方をやめてもう片方にいくと、そこで退職金や年金を相当程度無駄にしないといけないが、短期間にその時々の働きに対する適正な賃金が支払われる形とし、人事交流しやすい制度を確立すべきだ。

 アメリカ式の、民間から公務員、公務員から民間という、回転ドアのような制度をやっていくと、日本とは別の形で官民の癒着は出てくるだろう。それ はそれで厳しく規制を設けないといけないとは思う。ただ、メンバーが固定していても入れ替わっても癒着は生じる。何れにせよ、公務員の不正に対する処罰は もっと厳罰であっていい。これは、人事制度の変更以前に必要なことだ。

 少なくとも政策の意思決定に関わる集団である以上、キャリア公務員人事の自由化は必要ではないだろうか。

◇ 実権を握り身分も安泰官僚は政治家より強し

 人材長期固定型の現行の人事制度では、仮に今、民主党が政権を取っても、官僚のトップを変えることはできない。

 今の政治の実態というのは、公務員が政治を動かし、あるいは政治が変わることに公務員が抵抗するという、公務員の意思が強固に反映されたものだ。身分が退職後まで確保され、かつ情報も権限も持っているとなると、明らかに集団としての公務員は政治家よりも強くなる。

 本来であれば、キャリア官僚は、政治的判断によって取り替える必要があるし、要職にあるべきトップ官僚はよほどの能力が必要なのだから、適材適所で人材を配置しないといけない。

 会社の経営に置き換えて考えてみると、管理職の人事をまったく自由にできない状況で経営者が交代していっても、会社の実質を変えることはできな い。つまり政権が変わろうと総理大臣が変わろうと何の意味もないわけで、生涯所得5億円うんぬんよりも、キャリア公務員がクビもなければ入れ替えもないと いう形で管理されていることが最大の問題ではないだろうか。

 守屋氏の国会証人喚問を見ながら、そんなことをしばし考えてみた。

◇ マスコミは接待疑惑をなぜ今まで報じなかったか

 それにしても、守屋氏のような“ガードの甘い”人がわが国の防衛を担う背広組のトップだったとは、冗談みたいな話である。相手が、たとえば敵国の工作員でなかったのは幸いというべきだろう。

 ところで、もう一点、本論とは関係ない話を付け加えたい。守屋次官の200回以上に及ぶ接待ゴルフを防衛省(かつては防衛庁)に出入りしていたメ ディアの記者が知らなかったということは、あり得そうにない。取材先の組織のトップが日々何をしているかを、見てないはずがない。例の偽名にごまかされた というのでは、素人同然で、記者落第だ。

 彼らの多くは、公務員の懲戒規定に十分引っ掛かりそうな防衛次官の行ないを知りながら、今まで報じないでいたのではないか。これは、たぶん、次官へのゴルフ接待を報じると、防衛省向けの取材がやりにくくなるだろうという配慮に基づくものだろうが、不適切な配慮だ。

 メディアのチェック機能というものは、しょせんこの程度のものだ、ということを心に留めておきたい。

」

ごもっとも

火曜日, 10月 30, 2007

公共事業だけが地方を救える術なのか

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ダイヤモンド・オンライン

 憤懣やるかたない口調だった。

前回このコラムで、「道路特定財源を応能税として捉えなおし、一般財源化せよと書いたら、北海道と九州の市長、町長二人から、「地方の惨状、東京との格差を知らぬ者の一方的主張だ」と、強烈なお叱りの電話をいただいた。

「道路特定財源の一般財源化」に火をつけたのは、小泉純一郎元首相である。族議員、地方自治体、自動車工業会などの関連業界の猛烈な反対を受けて 果たせず、引き継いだ安倍晋三前首相は昨年一二月、「道路整備に必要な財源を上回る税収分だけを一般財源化する」という妥協の産物で決着させた。

 しかし、福田康夫首相はそれさえも慎重な姿勢に後退している。それだけ抵抗勢力の勢いが増している、ということだ。福田内閣が打ち出した地域格差是正の目玉だ、とすら意気込んでいる。

 電話をいただいた市町長とは、それぞれ30分ほど問答を繰り返した。

 第1に、「熊しか通らない道路」の例えどおり、もはや道路整備は有効な社会資本形成には結びつかない。第2に、公共事業を全国にいくらばらまいて も経済活性化、景気回復には役に立たず、借金がかさむだけであることは小渕政権の失敗で証明されている。第3に、地方の公共事業は“国内ODA”と揶揄さ れるほど族議員、建設会社社長などの有力者による中抜きが多く、地元の人々におカネは回らない。第4に、公共事業を行なうならば都市部のほうがはるかに効 率的だ――縷々説明する私に、相手はついにキレた。

「じゃあ一体、国は代わりに何をしてくれる」――。

 世界でも類を見ないスピードで進む日本の少子高齢化は、地方で先行する。例えば、65歳以上が人口の過半数を占める「限界集落」は全国で7800 あり、年間約300増える。税収は少なく、介護保険など年金生活者に負担を強いる。さまざまな制度を維持できない。「暮らしを守れない。安全も守れない。 その苦しさは、東京に住むものには分からない」、そう訴える市町長にとって、公共事業は効率悪かろうが、虎の子の所得再配分機能なのだ。

奪われてたまるか――電話口から、東京への怨念すら伝わってきた。民主党の幹部は、「今、地方は東京へのルサンチマン(他人や差異への憎しみ)が覆っている。われわれが参議院選挙で大勝したのは、そこに火がついたからだ」と言う。

 ルサンチマンの増大は、社会の不安定化をもたらす。といって、道路整備や公共事業のばら撒きに戻ってはならない。公共事業に代わる、より有効な所得配分機能を、社会保障政策として考えるべきときだろう。

経済学的に言えば、最も効率がいいのは直接おカネを配ることである。地方に産業構造転換や町興しの努力を迫るとともに、暮らしを脅かされている人 々には、「最低保証年金」とでも呼ぶべき制度をつくる。そのとき、増税のみに頼らず、歳出構造を抜本改革し、公共事業から社会保障への転換を宣言すること が必須であることはいうまでもない。

」

日本経済と小泉神話

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フィナンシャル・タイムズ

(フィナンシャル・タイムズ 2007年10月17日初出 翻訳gooニュース) FT東京支局長デビッド・ピリング

東京の日興シティグループのエコノミスト、村島帰一氏はロンドンから戻って来たばかり。ロンドンはあまり楽しくなかったという。日本の国債や証券をもつ投資家たちと何度か会合した結果、村島氏はこう結論した。「日本への関心が薄れている」

関心が薄れている一因は、わくわくするとは言い難い日本の経済成長がいまだに、外需依存だからだ。しかもその外需依存は、ますます不安定さを増している。 しかしそれよりも根深く、日本経済にがっかり落胆する気分が広まっている原因は、9月の安倍政権崩壊をきっかけにした政治膠着が、そのまま政策の麻痺につながるのではないかと懸念されているからだ。

こうした懸念は、表面的にはよく理解できる。9月には与党・自民党の派閥領袖数人が集まって、自分たちで決めて、灰色スーツを着た71歳の福田康夫氏を総裁室に押し込んだ。この人選方法はまさに、小泉政権の前にさかのぼるオールドスタイルな日本そのもの。小泉元首相は国民に直接訴えかけて支持を集め、そう やって旧弊や因習を覆したものだが、今回のこれは……という不安を、多くの人が抱いたのだろう。

さらに不安なことに、福田氏というコンセンサス重視型の政治家が首相になったと時を同じくして、日本ではまさにその党内コンセンサスを飛び越えて実施され た「小泉改革」への反発が噴出している。与党は今年7月、5年間にわたる景気回復の具体的成果をほとんど得られていない、日本の最貧地域の有権者に、手痛いしっぺ返しをくらった。

2001年4月から2006年9月まで総理大臣だった小泉氏は、「改革なくして成長なし」と訴え続けて、有権者だけでなく、少なくない数の外国人投資家を 見事に説得した。小泉氏の在任期間がちょうど、日本で戦後最長の景気拡大と時期が重なったため、この成長は改革のおかげなんだろうと多くの人が考えたの だ。この単純な分析をつきつめるとつまり、改革がいま止まれば成長も止まる、ということになる。

構造改革がどういう性質のものだったか。日本経済の回復に構造改革が具体的にどういう役割を果たしたのか、それとも関係なかったのか。誤解されている部分がある。最も好意的に解釈したとしても「改革」というのはせいぜいが「良い変化」という曖昧な意味しかもたない、ある意味でいい加減な、政治家にとっては便利な言葉だ。特に、自分が施行する法律が全て好ましいものだとは限らないという事実を、はっきり認めたくない政治家にとっては、便利な言葉だ。日本では この「改革」という言葉は、「財政再建」と「規制緩和」の両方を意味してきた。それだけに、意味はますます良く分からなくなる。

小泉政権下での予算削減や規制緩和の推進はいったい、経済成長にどういう効果があったのか? ほとんど何もなかった。2001年の金融危機の最中に政権を とった小泉氏は、政府借入金を大幅削減すると約束した。しかし幸いにして、元首相はそんなことをしなかった。あの時に政府の借金を大幅に減らしていたら、 ただでさえデフレ状態にあった経済がさらにひどい景気後退に陥っていただろう。小泉氏は確かに公共事業予算を削った。また任期末期に向けては、支出全般を 抑制し、課税されていることが分かりにくい巧妙な隠れた税によって歳入を増やした。これは日本の将来の長期的な健康のためには、良いことだったかもしれな い。しかしこれらの施策が景気回復のきっかけになっただなどと主張する経済学者は、たとえいたとしても、きわめて少数派だ。

規制緩和は成長を促進させることはできる。しかし日本で行われたほとんどの規制緩和は(たとえば金融や小売り部門での緩和は)、小泉氏が首相になる前に実施されたものだ。

小泉内閣の官房長官だった福田氏は、小泉政権による規制緩和の功績について質問されると、風邪薬が薬局以外でも買えるようになったことを例として挙げた。 確かにこの措置は、ハンカチとティッシュを手放せないあまたのサラリーマン諸氏にとってきわめて便利な、津々浦々まであまねく影響力をもつものだったかも しれない。しかし、これが経済成長の根源だったとはほとんど誰も言わないだろう。

小泉政権の下で日本経済が回復した、その本当のカギとなったのは、輸出業に恩恵となった中国の好景気と、金融機関の建て直し成功だ。円安基調を維持するた めに金融当局が行ったすさまじい為替介入によって、輸出業はさらに助けられた。しかしさすがに、いくら日本で「改革」論争がごちゃごちゃに混乱しまくった とはいえ、この為替介入を「改革」に分類する人は誰もいなかった。

小泉改革の中で、最大かつ本物の改革だったのは、郵政民営化だ。これは小泉氏が辞任した1年後にならないと始まらなかったし、完成するには 2017年までかかる。しかし外国人投資家は2005年末の時点で早くも、郵政民営化を理由に日本の株式を買いまくった。おかげで当時の株価は一気に 40%近く高騰したのだ。

リーマン・ブラザーズは最近、こういうコメントを書いている。「小泉時代、興奮や派手なレトリックはともかくとして、構造改革のペースはとりたてて速くはならなかった」

そもそも小泉氏が、めくるめく新世界を実現できなかったのだ。小泉時代の財産を福田首相が全部なかったことにしてしまうのでは? などと心配するのは的外れだ。

財政面でいえば、よくも悪くも新首相は、赤字削減を大事なテーマとして抱えているようだ。辛い目に遭っている農村部に国家予算をつぎ込むべきだという圧力が、政治的にはあるのかもしれない。しかし福田氏は、公共事業拡大を否定し、2011年度にプライマリーバランス(基礎的財政収支)を黒字化させるという (達成可能な)政府目標を改めて表明している。そしてこれまでのどの前任者よりも、消費税引き上げ議論に積極的なように見える。

規制緩和については確かに、野党が参議院をコントロールしている限り、大した前進は期待できなさそうだ。もしも農産品関税引き下げや外国人労働者の規制緩 和を期待している人がいるなら、考え直した方がいい。とは言えそもそもからして、これといってろくに何も起きていなかったのだ。すでに実現したものを新政権がむやみに解体してしまうなどというおそれは、ほとんどない。コンビニやスーパーから総合感冒薬を撤去しろ、などと言い出す政治家は、今のところはまだいないのだし。

日本に関しては、確かに心配に値する材料が色々ある。たとえば給与水準が伸び悩んでいることとか、消費需要がなかなか活気づかないとか。しかしながら、福田氏が小泉氏の改革マニュアルを破り捨ててしまうかもしれない、などという心配は無用の長物だ。

」

よく分析してるよね。
小泉さんが、結果なぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁんにもしてないことを、よく分かってらっしゃる。
マネーゲーム冗長させたことを、功績と呼ぶなら呼べばイイだけのことで、実態経済が上向いていたなんて話は、嘘っぱちでしかない。
それでも、郵政民営化に踊らされたツケは、じわじわと国民にしわ寄せてくるだろうね。

火曜日, 10月 16, 2007

「応能税」か「応益税」か 【辻広雅文 プリズム+one】

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ダイヤモンド・オンライン

 税には、2つの基本的な考え方がある。「応能税」と「応益税」である。「応能税」は、個人の負担能力に応じて課す租税で、累進課税である所得税が 典型だ。国税の多くは「応能税」で、社会保障、防衛などの用途幅広い一般財源となる。一方、「応益税」は、さまざまな行政サービスの受益者が、その負担を する。受益と負担の関係が明確であり、地方税がこの考えに立つ。ゴミの回収費用は、住民が負担するのだ。

 道路特定財源の一般財源化に、福田康夫首相は慎重である。道路族、地方自治体、自動車工業会は猛反対している。彼らの本音は横に置こう。その論理 は、道路整備を目的とする税をその他の分野に使うのは筋違いだ、という一点にある。目的税なのだから当然、「応益税」だという主張である。 

 待って欲しい。そもそも5兆6000億円の道路特定財源のうち、揮発油税、自動車重量税など3兆円強は国税なのである。実は、その揮発油税は 1953年に特定財源化される前は、一般財源だったことは知られていない。多くの人が誤解し、政府もあえて説明していないのだろうが、「揮発油税は道路整備のために創設された目的税」ではない。戦前から存在していた国税であり、目的税ですらない。道路が未整備だった当時、田中角栄らによって緊急の立法措置 がなされ、特定財源化されただけなのである。以来、半世紀を経て、必須の道路建設は減り、財源は余剰となった。

 本来の趣旨に戻って、「応能税」として捉えなおすべきときだろう。「応能税」の負担能力に応じて課税するという考え方は、有り体に言ってしまえ ば、取れる人、取りやすいところから取って、幅広く国民に役立てるということである。税の原理原則であり、たばこは60%が税金だが、喫煙者のために使えとは誰も言わない。揮発油税も同じであろう。

 自動車工業会は、財源が余剰なら税率を下げるべきだ、と主張する。筋は通っている。一理ある。だが、現に、国民の大多数が自動車を利用し、揮発油 税などを納税しているのだ。負担できる能力があるということだ。他方では、日本のあちこちに財源不足の穴が開いている。有効に利用できれば、国民の支持は 得られる。

 問題は用途である。道路特定財源を一般財源化して、無駄の多い道路予算を5000億円だけ削減し、喫緊の課題である基礎年金再構築のために国庫負担分を5000億円増すという政策を打ち出したら、どれほどの国民が反対するだろうか。

」
反対しないぞ

金曜日, 9月 28, 2007

福田氏、自民党に警告する

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フィナンシャル・タイムズ

(フィナンシャル・タイムズ 2007年9月26日初出 翻訳gooニュース) FT東京支局長デビッド・ピリング

幸運の女神はこのところ、日本の民主党にほほ笑んでいる。わずか数カ月のうちに、民主党としてかつてない大勝を選挙で収め、参議院の第一党となり、そして安倍晋三前首相を辞任に追い込んだのだ。

後任の総理大臣となった自民党の福田総裁は現状について、自らの内閣を自分自身で「背水の陣内閣」と呼び、「一歩でも間違えれば、自民党が政権を失う、そういう可能性がある内閣だ」と危機感を示した。

しかし、過去半世紀にわたり権力を独占してきた自民党をこうして脅かすことと、その自民党を実際に野党の地位に追いやってしまうことは、全く別の話だ。民主党はどうやったら今のこの順風を本格化させて、政権与党になることができるのだろう。

民主党には、戦略と政策の両方が必要だ。というのも福田氏の首相選出は民主党にとって、色々と厄介をはらんでいる。不運な安倍氏と比べて、福田氏は攻撃しにくいというのが、1点。

おまけに新首相は、テロ特措法の延長をほぼ諦めたかに見えるのがもう1点。米国など多国籍軍の艦船に海上自衛隊がインド洋上で補給活動をするためのテロ特 措法について、延長を承認しないというのが、民主党のこれまでの切り札だった。しかし切り札はもはや、切り札でなくなってしまった。

民主党「次の内閣」の「ネクスト防衛大臣」、浅尾慶一郎参議院議員は、「もし福田氏がテロ特措新法を議論しようというなら、それは民主党にとっていいことだ。しかしどうも、見通しが変わってきた」と話す。

民主党はこれから、自衛隊の海外派遣は国連決議にもとづいた活動にすると規定した独自法案を提出するかもしれない。それにはおそらく、給油活動を停止し、 アフガニスタンの警察部隊を訓練し、アフガニスタンにおけるDDR(元兵士の武装解除・動員解除・社会復帰)活動に参加するという内容が含まれるだろう

この戦略にはリスクがないでもない。日本の世論はインド洋での給油活動を支持するかどうかで割れているし、民主党が特措法延長を政争の具に使って政治的ポ イントを稼ごうとしているとみなされたら、世論は民主党を批判するかもしれない。さらに福田首相は、民主党内でも意見が分かれているところに割って入っ て、民主党内の不一致を利用するかもしれない。民主党内ではたとえば、前原誠司前代表などが、党の公式見解を乗り越えて、給油活動の継続に前向きな姿勢を見せているからだ。

テロ特措法をめぐる対立は別にしても、民主党は参院優位を活用して、早期の衆院解散を強く求めていく方針だ。浅尾氏はこう言う。「できるだけ早い総選挙を望んでいる。しかし福田氏の方は、できる限り引き伸ばしてくるだろう」

総選挙を遅らせる理由のひとつとして、自民党は来年7月に予定される北海道・洞爺湖サミットをあげてくるかもしれないと浅尾氏。G8サミットで議長国の任 を果たす前に政権交代のリスクを犯すのは、無責任だと政府は言うかもしれない。そして総選挙を遅らせればその分だけ、自民党はその間に体勢を立て直し、安 倍政権の不幸な1年の記憶を和らげることができるというのが、評論家たちの見方だ。

民主党にとって、とるべき戦略がリスキーだというなら、まして掲げるべき政策は尚のこと。民主党の政策が自民党といかに違うか、その説明の仕方にはかなり 工夫が必要となる。与党・自民党は、タカ派から穏健派、自由市場主義者から保護主義者、福祉重視派まで様々な政治思想・主義主張をひっくるめて擁している 思想的幅の広い政党だ。しかし同様に、民主党も同じだ。

小泉純一郎氏が首相だったとき、民主党は自分たちこそが市場改革の党で、小泉氏は民主党の真似をしただけだとさかんに主張していた。ところが最近の民主党は、農家への補助金給付を約束したり「共生社会」を掲げたりと、むしろかつての旧来型の自民党のような様相だ。

しかしそれは誤解だと、民主党の参議院政策審議会長代理、大塚耕平議員は言う。「矛盾はしていない。市場主義原理を導入する必要があると最初に訴えたのは民主党だ。しかしだからといってそれは、貧しい人々を置いてきぼりにしていいということではない」

浅尾氏はさらに、民主党の外交政策の基本はただ米国に盲目的に追従することではなく、国際法を守り、アジアの近隣諸国と関係を改善していくことだと話した。

自民党と違う政策を提示する以上に、民主党が示す可能性と言うのは、戦後初めて自民党以外の政党が長期政権を担うかもしれないという展望だ。浅尾氏はこう言う。「どこの民主国家でも、せめて10年に一度は政権交代があったほうがいい」

一方でこの間、26日に発表された世論調査によると、福田新内閣への支持率は58%まで一気に上った。つまり日本の有権者は、執行部を一新した自民党に、再度チャンスを与えようとしているのだ。

共同通信によるこの世論調査の支持率は、第一次安倍内閣のそれよりも17ポイント高く、8月の内閣支持率に比べれば約30ポイントも高い。

UBS証券のチーフエコノミスト、大守隆氏は、福田首相が主要ポストに派閥重鎮を多く選んだことについて、「古い自民党に逆戻りしてしまったという批判もある」と指摘する一方で、自民党の派閥はかつてよりもずっと実力主義なところになっているとも話す。

小泉政権で金融担当相などを務めた竹中平蔵氏は、福田首相が「大胆な改革」を実行するとは考えにくいと指摘。「(福田首相は)強力な指導力を発揮するというよりも、色々な意見を調整することの方が得意なのです」

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この人ってば、攻撃しずらいってのもあるけど、攻撃してもこないよね。 なぁぁぁんか、淡々と乗り切られちゃいそうで、岸さんとこのお孫さんより、よっぽど手ごわい感じ....。

水曜日, 9月 26, 2007

変わらなければ日本は取り残されると福田氏は

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フィナンシャル・タイムズ

(フィナンシャル・タイムズ 2007年9月24日初出 翻訳gooニュース) FT東京支局長デビッド・ピリング

福田康夫氏が自民党総裁選に出馬し、自民党を苦境から救いだす希望の星として浮上したとき、福田氏は出馬について「貧乏くじかもしれないよ」と記者にコメ ントしていた。確かに福田氏が率いることになったのは、参議院の支配を失った自民党だ。日本では、自由主義的な市場改革の動きに取り残されたとされる地域 や人たちが大勢いて、その人たちが夏の選挙で、自民党に手痛いしっぺ返しをしたばかりなのだ。

過去5年にわたる経済成長がいずれは国民一人ひとりの生活向上につながると、そういう希望を自民党が有権者に与えることができなければ、自民党は次の総選 挙で本当に政権を失いかねない。まさにそうした危機的状況にあると多くの政治評論家は見ている。そして、衆院選は遅くても2009年には開かなくてはなら ないのだ。

第2次世界大戦以降で最長期にわたる持続的な経済成長の最中にあっても、多くの日本人はその恩恵を実感できずにいる。給料はほとんど上がらないのに、いく つかの市町村では失業率が全国平均を大きく上回ったまま動かない。小泉政権で導入された地方交付税の見直しなどによって、いくつかの地方自治体は財政破綻 の危機に直面。なかでも北海道の夕張市はすでに破綻してしまった。

こうした一連のことが重なって自民党は今、1993年に一時的かつ一度だけ政権を失って以来の、最悪の事態にさらされている。にもかかわらず福田氏も、そ して対立候補として総裁選に出馬した麻生太郎氏も、有権者に対して大きなネックとなっているこの小泉改革を、後戻りさせようとは決して主張しなかったの だ。

福田氏は麻生氏と同様、社会格差の是正に取り組み、自由市場の行き過ぎを抑制する必要があると主張した。しかし今の政策の基本路線について後戻りはないと、この点について福田氏は明快だった。

総裁選の最中にたびたび開かれた討論会で福田氏は、「改革を推進しなければならない」と言った。さらに福田氏はこうも言った。

「世界は変わっている。改革をしないと、日本は国際社会から取り残される」

小泉改革以前に戻ろうと掲げる総裁候補を自民党が出さなかったことからしても、反・改革の動きに本当の意味での政治的な勢いはないのだというのが分かる。

改革の動きは小泉改革とは呼ばれるが、小泉氏が一人で始めたものではない。そしてこの改革の動きにはいくつかのポイントとなる課題がある。(1)財政健全 化 (2)公共事業や税収移転の形で人口の少ない農村部に与えてきた補助金を減らす (3)可能な限り、民間部門の役割を拡大する——とういものだ。

福田氏は9月半ばに日本外国特派員協会で、「日本社会は転換期にある。高齢化が進み、社会構造が変わりつつある。労働生産性を上げて、一連の課題に対応していかなければならない」と話している。

リーマンブラザーズ証券のエコノミスト白石洋氏はこれに対して、たとえ政治家がそう望んだとしても、国の財布を緩めるのは難しいだろうと話す。

「財務省の厳しい縛りの下では、財政政策が大きく変わるのは難しい。(今や日本のGDPの1.5倍に達する)公的債務の規模を思えば、ばらまき政治に戻るのは、かなり考えにくい」

2011年度までに基礎的財政収支(プライマリーバランス)を黒字化する目標については、そのまま堅持するだろうと多くのアナリストは見ている。

福田首相は確かに、国民が生活する上での困難・困窮を和らげるため、いくつかの施策を掲げている。たとえば、高齢者の医療費自己負担を1割に凍結する案を 検討するとしている。小泉政権で決まった現行案では、来年4月から70-74歳の医療費の窓口負担は現在の1割から2割に引き上げられることになってい る。

さらに小泉政権下では、国から地方へ税源を移譲し、地方自治体が独自に税収を増やすことで、独自で自主的な行政サービスをまかなうべきだという税制改革が進められたが、福田氏の下ではこれも、より穏やかで漸進的な変化に変えようと議論されている。

とは言うものの財務省も、そして小泉政権の内閣官房長官として小泉改革の諸政策に関係の深い福田氏も、1990年代に顕著だったばらまき財政に立ち返るわけもないだろう。

当時は、ともかくひたすら財政支出を重ねることで停滞するデフレ経済を回復させようというのが、政府の方針だった。それに対して現時点では、自民党が政権 を維持できる程度に、有権者の支持を集められる程度に、要所要所で支出を少しばかり調整しようというのが、政府のねらいだ。しかしそのために使える財源は 今後も、厳しく制約されたままだろう。

」

日本の内閣総理大臣って、世襲制だったっけ?

金曜日, 9月 21, 2007

総理がいなくてもやっていける日本

末期的だよね

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フィナンシャル・タイムズ

(フィナンシャル・タイムズ 2007年9月19日初出 翻訳gooニュース) FT東京支局長デビッド・ピリング

米テレビドラマ「The West Wing(ザ・ホワイトハウス)」に、作中の米大統領ジェド・バートレットが撃たれて緊急手術を受けるという話がある。大統領は間もなく回復するが、その 後、大論争が持ち上がる。大統領が手術を受けていた間、いったい誰が国を動かしていたのか、というのだ。全ては平常に戻るが、大統領が麻酔をかけられてい た数時間、実は憲法上の危機が起きていたのではないかという議論が後からぶりかえす。というのもあの数時間の間、アメリカには正当な最高権力者がいなかっ たからだ。

現実の日本では、安倍晋三という若すぎた首相が12日に辞任表明。52歳という年齢は首相には若すぎたと言われてしまったが、辞任の本当の理由はまだ全て が明らかになっていない。23日には、与党・自由民主党の新しい総裁が決まり、25日には国会で総理大臣として指名される。辞意を表明した翌日、くたびれ きった安倍氏は入院し、政府から退場した。とするとこの国を動かしているのは、正確にはいったい誰なのだ?

と言うことを、誰も気にしていない。あるいはほとんど気づいてもいない。そしてそのこと自体が、日本における権力と民主主義の本質について、なかなか興味深い点をいくつか浮き彫りにしている。

結局のところ、安倍氏は国民に選挙で選ばれた首相ではなく、半世紀にわたって権力を独占してきた政党に選ばれた首相だったというわけだ。ということは、安 倍氏というのはベネズエラのチャベス大統領の日本版だったのか?——と思われるかもしれない。しかし日本の首相というのはベネズエラの大統領とは全く違 う。確かに数年前から、内閣は少しずつ権限を強めてはいるが、日本の総理大臣というのは先進国の中でもきわめて力の弱い指導者のひとりなのだ。

カレル・ヴァン・ウォルフレン氏は1989年発表の名著「日本権力構造の謎」で、このパラドックスを詳しく分析した。あの本が発表されて以来、日本の政界は二転三転しているが、混乱の末にやがて何が新しく生まれてくるのか、誰もはっきり見通せないままだ。

1993年に自民党は9カ月間、政権の座を追われた。野に放り出されたこのわずかにして唯一の経験の後、自民党は他党との連立に頼ることで権力にしがみつ いてきた。そしてこの不安定な状況下の日本では、まもなく二大政党制が成立するのではないかという憶測がさかんに飛び交うようになった。

二大政党制成立の予測は、実現しつつあるように見えるかもしれない。2001年に首相となった小泉純一郎氏は、自分の党を「ぶっ壊す」と掲げて出馬。「自 民党をぶっ壊す」というこのスローガンはあるいは、自民党が権力を握り続けるための最高の手法だったのかもしれない。小泉氏はこれで地すべり勝利を収めた のだから。そして2007年7月には、民主党の小沢一郎代表が同じスローガンを掲げて参院選を戦った。小沢氏も自民党をぶっ壊すと主張し、そして小沢氏も 大勝した。ということはつまり、自民党の命運は途絶えたということなのだろうか?

手短かな答えはノーだ。というのも自民党は、確かにあからさまな問題をたくさん抱え込んではいるが、見た目と違って、決して政治的に破たんはしていないからだ。日本は確かに未だに、一党支配の国かもしれない。しかしそれでもどうにかして、民主国家であり続けているのだ。

日本が一党支配下の民主国家だという証拠は、先週の政界の動きからも明らかだった。というのも、国民は安倍氏が嫌いだった。だから国民は、安倍氏を辞任さ せたのだ。もって回ったやり方になったのは、安倍総理が自民党総裁だったからで、自民党総裁である以上、2009年9月には必ずやらなくてはならなかった 衆院選まで、その立場は理屈の上では安泰だったからだ。安倍氏は、空気が読めないと批判されていた。しかし当の自民党は、空気を読むことができた。だから 安倍氏は速やかに退場となったのだ。

いつもこういう展開になる。自民党は確かに、日本国民よりも保守色の強い保守政党だ。しかし自民党の政策は、世論の大きな動きをきっちり追いかけている。 たとえば1970年代にひどい公害問題に対して国民の不安が高まると、自民党は社会党のお家芸を盗んで、一夜にして環境重視の党に変身した。あるいはバブ ル崩壊後の長引く不況対策として民主党が自由市場主義を持ち出してくるや、自民党はそれに対抗して小泉氏を作り出し、民主党の政策を掲げて出馬させた。

今回の総裁選で、ほとんどの党内派閥が結集して福田康夫氏をこぞって支援している光景は、確かに「古い悪い自民党」復活の兆しなのかもしれない。しかし派 閥同士が密室であれこれ取り引きしている今のこの状況でさえ、世論の意向を反映したものだと言える。日本国民は、麻生氏の個性的な人柄が好きだが、それで もやはり総理大臣には福田氏の穏健で落ち着いた安定ぶりを好んでいるのだ。

なのでもしかしたら、日本は確実に二大政党制に近づいているというお題目は、妄想に過ぎなかったという結末になるかもしれない。それよりもむしろ可能性と してあり得るのは、福田氏の下で自民党が今一度、世論を反映する形で自らを作り変えるという展開だ。これはなかなか厄介な作業になる。小泉前首相による市 場主導の改革を継続しつつも、改革に取り残されたと感じている人々を支援しなくてはならないからだ。

あるいは別の可能性として、自民党は次の選挙で負けるかもしれない。しかしそうするとかえって、もっと大々的な政界再編成につながるかもしれない。そして その結果として、はっきりと主義主張の異なる二大政党が出現するよりも、様々な勢力がひとつの当選しやすい政党に結集するという結果になりかねない。その 「当選しやすい政党」が自民党と名乗るか、別の名前にするかは、本質とはあまり関係のないことだ。

そしてひるがえって自民党総裁、別名「日本の総理大臣」のことだが。小泉氏がさかんに努力したにもかかわらず、権力のほとんどを握っているのは、総理大臣ではない。

日本における権力の一部は自民党が、そして一部は大企業が握っている。そしてさらに一部は、政官財という「鉄の三角形」のもう一角、つまり官庁が握ってい る。1990年代に度重なるスキャンダルや政策の失敗ですっかり面目を失った官僚たちは、今はじっと鳴りを潜めている。確かに往時の勢いはないかもしれな いが、しかしそれでも官僚の影響力はおそらく今でも、政治家のそれを上回るはずだ。

たとえば今なら、貧しい地域にいる有権者の不満を解消するという政治的な要請に応えるならば、公共投資の拡大が当然ということになる。しかし官僚たちが、国の財布のひもを緩める気配はまったくない。

つまりだからこそ、安倍氏がモーニングジャケットを脱いで入院着に着替えても、誰もパニックしなかったのだ。自民党は見た目以上に権力をがっしり握りしめている。しかしその手に握った権力の実態というのは、見た目ほど強固なものではないのだ。

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党の魂をめぐる戦い 自民党総裁選

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フィナンシャル・タイムズ

(フィナンシャル・タイムズ 2007年9月19日初出 翻訳gooニュース) FT東京支局長デビッド・ピリング

安倍晋三首相が先週、突然の辞任表明で自由民主党を危機に突入させて以来、福田康夫氏と麻生太郎氏は、切っても切れない関係となった。どこに行くにも2人 一緒と言う状態だ。安倍氏に代わって自民党の総裁になり、よって次の総理大臣になろうと名乗りをあげた2人は、23日の総裁選挙に向けて国民に訴えかける ため、一緒にバスや飛行機であちこちを行脚している。

福田氏と麻生氏は実際、同じ目的を抱いている。それはつまり、自民党を守ること。しかし2人の政策やスタイルの違いから、2人は実は自民党の魂をめぐって 争っているのだということが、明らかになってきた。「安倍辞任」の大失態を党として乗り切った後、自民党がどういう政党になるのか、その根幹の部分を2人 は争っているのだ。

自民党幹事長の麻生氏は、党の右派から総裁を目指している。安倍首相と同様に、日本はもっと国際社会の舞台で頭角を現すべきだと考えている。弁舌に優れ、裕福な名家出身であると同時に、一般受けする親しみやすさも兼ね備えている。

福田康夫氏は対照的にドライで辛口、かつガリ勉的な政策通あるいは政治オタクだ。日本外国特派員協会で開かれた19日の記者会見では麻生氏が、福田氏は「霞が関の機械」の言いなりになりかねないと、言外に皮肉っている。

外交政策について2人のスタンスはかなり違う。A級戦犯数人を含む戦没者200万人が奉られている靖国神社について、福田氏は「参拝しない」と言明。一方 の麻生氏は、実際にはおそらく参拝しないだろうが、参拝する権利を手放すつもりはないと示唆して、「自分の国のために命を投げ出してくれた人に敬意を表す ることを禁止する国はない」と述べた。福田氏は、第2次世界大戦がもたらした全ての問題が誰にとっても満足のいく形で解決したと言えるわけではないと認識 した上で、近隣諸国との相互理解を求めていくべきだと主張。この立場も、戦後日本はこれまで十分すぎるほど戦争への負い目を抱えてきたとする麻生氏とは、 対照的だ。

両氏は共に、インド洋で多国籍軍への給油活動を継続することで、アフガニスタンでの「対テロ戦争」に貢献すると表明。この給油活動継続を可能にするテロ対 策特別措置法の延長問題が、安倍首相辞任の表向きの理由だった。アフガニスタンの国際治安支援部隊に関する国連安保理決議に、海上自衛隊によるインド洋で の給油活動などへの「謝意」が盛り込まれたことは、テロ特措法延長の突破口になるかもしれない。民主党など野党はこれまで、「アフガニスタンの対テロ戦争 は国連の承認を得ていない」として、特措法延長に反対していたからだ。

実のところ福田氏は、国際舞台でむやみに日本のプレゼンスを上げることに腐心していない。特に、従来の憲法解釈では禁止されてきた集団的自衛権の行使とみなされる活動について、福田氏は慎重だ。

安倍首相の「主張する外交」がどうも国民にしっくりこないまま終った後とあって、福田氏の穏健な外交姿勢は自民党にとって安心できるものなのかもしれない。しかし自民党が次の総選挙で勝つか負けるかを決めるのは、外交ではなく国内の問題だ。

国内の課題については、安倍氏前任の小泉純一郎前首相の人気と、小泉改革がもたらした自由主義市場改革への反発との間で、どうバランスをとるか。これが、 自民党にとって重大な課題だ。雇用が少なくて経済が停滞している地域の多くは夏の参院選で、自民党に厳しい反撃をくらわせている。

麻生氏は、「どこにも行かない道路」などを造る公共事業のばら撒きによる、強引な地方経済の振興には反対している。その代わり、地域経済が自ら復活できる よう、行政のしきたりを破り、地方分権を促進すると方針を示した。とは言うもののその一方で麻生氏は、明らかに保護政策や補助金などのことを意味しつつ、 国際競争をする企業に求められる「グローバル・スタンダード」を必ずしも地域経済に要求する必要はないだろうと付け加えている。

福田氏も「自立と共生」ということを訴えている。改革続行と規制緩和を進める上で、今までよりも優しい、家長的なアプローチを組み合わせることは可能だろ うという考えだ。小泉改革による市場主義による行き過ぎが、日本の格差を拡大させたという意見があると福田氏は言及。これまで阻害されてきた人々の声を、 政府がよく聴いてよく考えていかなければ、反発の嵐に押し流されて、改革そのものが「破滅」してしまうだろうとの考えを示した。

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所詮大同小異なんだって....。

金曜日, 9月 14, 2007

安倍政権1年、ひどい1年は辞任で幕

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フィナンシャル・タイムズ


(フィナンシャル・タイムズ 2007年9月12日初出 翻訳gooニュース) FT東京支局長デビッド・ピリング

今月11日のことだ。ふだんは羊のように大人しい日本人記者団が珍しく、安倍晋三首相に「少し体調が悪いようだが」と立ち入った質問をした。首相はこれに 「ちょっと風邪をひきました」と返答。しかし振り返ってみればこれは、予兆だった。映画ではたいがい、登場人物がくしゃみをすれば、そのキャラクターは後 のほうで死ぬことになっているものだが、案の定、「ちょっと風邪をひきました」と答えてから24時間もたたない内に、安倍首相は政治的な屍と化していた。

首相の辞任会見後に会見した与謝野馨官房長官は、首相が自ら口にすることはなかったが、辞任の理由のひとつに健康問題があったのではないかと述べた。

「総理は自分の健康が総理大臣の厳しい日程・精神的な重圧に耐えられるかどうか、常に吟味していた」と官房長官。

確かに12日の辞意表明会見で、安倍首相はげっそりと生気がなかった。声は小さく、元気もなくて、狭い会見室の後ろのほうにいた人たちは、首相が何を言っているのか聞き取るのに苦労するほどだった。

健康問題を辞任理由にする自民党の説明の仕方が、単なる目くらましの煙幕なのかどうかは、間もなく明らかになるだろう。しかし何が突然の辞任の契機となったにせよ、安倍首相の近くにいた人々はみな驚いていた。

「絶対に戦い続けるはずだと信じていた」 首相を良く知る関係者はこう言う。

これが7月に参院選で惨敗した後に、首相が辞任していれば、誰も驚かなかったはずだ。自民党52年の歴史の中でも最悪の敗北だったとされるあの選挙で、有 権者は安倍首相のリーダーシップと政治テーマをとことん拒絶したのだ。なかでも、ここ数年の自民党の経済政策によって取り残され、のけ者にされたと感じて いる地方や貧しい県の有権者は、きっぱりと安倍政権にそっぽを向いた。

にもかかわらず安倍首相は、政治的な慣例を破り、党内重鎮たちの声も聞き入れず、続投を表明。参院選大敗の責任をとって辞任するのではなく、国際社会において顔を上げて主張することのできる日本をつくるという野望実現のため、努力し続けると表明していた。
心機一転の再出発を期して、首相は8月に内閣を改造。閣僚が4人も不祥事や失言などで辞任する羽目になった「軽量級」の第一次内閣とは異なる、より堅実で 有能な布陣をそろえたかに見えた。しかしそれからたった1週間もしないうちに、農林水産大臣がスキャンダルで辞任するという事態に陥っていたのだ。

首相はその後、海上自衛隊がインド洋で米国など同盟国の艦船に給油することを認めるテロ対策特別措置法の延長に、自分の将来を賭けることになる。というの も、参院第一党となった民主党が、「直接的に国連安全保障理事会から承認されていない」という理由で、延長に反対しているからだ。

先週末にシドニーで開かれたアジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議で、安倍首相はブッシュ米大統領に、テロ特措法延長を約束。さらに記者会見で、 そのために「職を賭す」と発言し、延長できなければ辞任する意向を示唆したのだ。この発言は、首相が面目を保ちながら辞任する口実を作るための、いわば出 口戦略を自ら用意したものだと、そう解釈する声もあった。

しかし帰国後の首相は、戦い続ける意志があるかのような姿勢を見せていた。10日には臨時国会を開いて所信表明演説。与党が衆院で獲得している3分の2の圧倒多数を使ってテロ特措法延長を衆院で再可決する意欲があるかのようだった。

けれどもその同じ日、安倍氏の後継と目されている麻生太郎氏によると、首相は「困難な状況」打開のために自ら退くと、辞任の意向を麻生氏に伝えていた。

辞任表明のタイミングに、大勢が驚き、そして政治状況をいっそう混乱させるものだと反発した。「大変なことになる」と政府関係者は話す。

しかし短命政権で終る羽目になった安倍首相の就任直後から、今回の事態の予兆はあちこちにあった。就任直後に果たした中国訪問で、首相は冷え切っていた両国関係の回復を図り、「戦略的互恵」と呼んだ日中関係の構築を掲げるというシンボリックな外交成果を挙げた。

しかし思えばこれこそが安倍政権の絶頂期だったわけで、それ以降は閣僚のカネのスキャンダルと失言(女性を「産む機械」と呼んで、有権者の半分の反感を買った大臣さえいた)が相次ぎ、首相の支持率は60%から20%台までひたすら下落し続けた。

ただでさえ支持率が低下し続ける中、社会保険庁が3000万件分の年金記録を紛失したという事態があかるみに出て、安倍政権はさらに横殴りの打撃を受ける羽目に。

米コロンビア大学の日本専門家ジェラルド・カーティス教授は、年金記録問題こそが安倍首相にとっての「ハリケーン・カトリーナ」だったと指摘する。 2005年に米南部を襲ったハリケーン・カトリーナがブッシュ米大統領自身の責任ではなかったと同様、年金記録の紛失は安倍首相本人の責任ではないもの の、事後の対処の仕方があまりにひどかったせいで、首相の(あるいは大統領の)感覚と国民の感覚がいかにずれているか、そのずれの大きさを象徴する出来事 だったからだ。

日本経済はもう5年間も成長基調にあると言われるが、全くそれを実感できない。日本各地で一般国民は、そのことを何よりも心配している。にもかかわらず、安倍首相は「美しい国」作りというお題目を唱え続けたのだ。

「自虐的」だと安倍氏が呼ぶ日本人の自己像を捨て、日本の誇りを復活させようと安倍氏は訴えた。これは祖父・岸信介氏から安倍氏が引き継いだものだ。戦時 中の東條内閣で大臣を務めた岸元首相は敗戦後、A級戦犯容疑で逮捕され収監されたが不起訴となった。この岸元首相の孫である安倍氏は、祖父の愛国心を尊敬 し、たとえ国民に不人気でも国益のために正しいと信じることを実行するべきだという、そういう信念を抱いていた。

岸元首相は1960年、国内を揺るがした反対デモを無視して日米安保条約改定を断行したものの、混乱を招いた責任をとって辞職。安保改定を達成した上での、まさに栄光の炎にわが身を焼くがごとくの失墜だった。

孫の安倍氏もやはり日米関係が間接的な原因となって、首相の座を降りることになった。しかし1年で終った安倍内閣は結局一度も、「栄光の炎」に輝くことはなかったのだった。

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これで「ぼっちゃん」にはうんざりしたんだよね。
三代続く日本のぼっちゃん首相の顛末や如何に!ってトコ?

土曜日, 7月 28, 2007

日本は絶対に原子力を手放さない

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フィナンシャル・タイムズ

(フィナンシャル・タイムズ 2007年7月26日初出 翻訳gooニュース) FT東京支局長デビッド・ピリング

マグニチュード6.8の地震に見舞われた新潟県刈羽村の住民の多くは、家を失った。身内を亡くした人たちもいる。にもかかわらず、地震発生直後に多くの人 たちが真っ先に気にしたのはひとつ。村の近くにあるあの原子力発電所から立ち上っている、巨大な黒煙はいったい何だ?——という一点だった。元町議会議員 の武本和幸さんはそう言う。

原発から黒煙がもうもうと立ち上るあの映像は、日本中を震撼(しんかん)させた。世界最大規模の巨大な柏崎刈羽原子力発電所で稼働中だった4つの原子炉は、設計どおりに自動停止した。しかし原子炉以外の部分では、安全対策と安全確保の手順に重大な欠陥があった。

どたばた警察コメディではあるまいに、原発で初期消火にあたった4人は十分に火を消すことができなかった。その理由は、おっとびっくりまさかそんな、消火 用水の水道管が地震で破損していたからだという。地元の消防隊は、被災者の救援活動に忙殺されていたため、出火から2時間近くたってようやく、原発に到着する始末だった。そしてその後の調査で、日本の電力供給の3割近くを担う原発全55基の内、消火体制の整っている原発はひとつもないことが判明した。

ロンドンのハイド・パークの2倍強もの広さがある柏崎刈羽原発は、中越沖地震ほどの規模の揺れに耐えられる造りにはなっていなかった。設計時に想定した揺れの強さについては、1号機は273ガルだったが、実際の揺れは680ガルにも達した。

その結果、放射性物質を含む水が海に漏れ出し、放射性物質が大気中にも放出されるなど、個別に発生した損傷や不具合などのトラブルは63件に上った。柏崎 刈羽原発を操業する東京電力と、経済産業省原子力安全・保安院は共に、漏れた放射能の量は「極めて微量」で、人体はや周辺環境への影響はないと説明し、住 民の不安を解消しようとしている。漏れ出した放射能の影響は確かにそうなのかもしれない。しかし東京電力は当初、放射能漏れはないと発表していただけに、 彼らの言うことを信頼していいのかどうか。

何よりおまけに、今回の地震が起きるまで東京電力は、柏崎刈羽原発の間近くに断層はないと主張していたのだ。今回の地震で、震央(震源の真上)から原発ま での距離は16キロ。さらに、余震などを分析した結果、地震の断層が、原発の地下まで延びている可能性が高いことも判明した。

こうして次々と明らかになる新事実は、反原発派にとっては援護射撃のようなものだ。原発に反対する人たちは、地球上で最も地殻変動が活発な場所のひとつに ある日本で原発を作るなど、狂気の沙汰だと主張しているからだ。神戸大学都市安全研究センターの石橋克彦教授(地震学)によると、日本は全国どこでも巨大 地震に見舞われる危険があるのだという。6500人が犠牲になった1995年の阪神大震災は、それまで地震の危険は低いと信じられていた大都市を襲った。 石橋教授は、地震と地震による核・放射能事故が引き起こす複合的災害(原発震災)で数百万人が犠牲になる危険があると警告している。

地球上にある原発の1割を、地球上で最も地震の活発な地域のひとつに押し込めるのは、果たして賢明なことなのか。原子力発電そのものが大嫌いだというわけでなくても、これにはいささか首をひねりたくなる。しかし原子力政策の担当者たちは、過剰反応はしないほうがいいと話す。まず第一に、中越沖地震から学ぶ べき教訓は、原発の危険性ではなく、むしろその逆かもしれないという指摘だ。柏崎刈羽原発の設計想定よりも2倍以上の最大加速度で地面が揺れたが、原子炉は正常に自動停止した。トラブルが起きたのは、基幹部分ではなかった。大気中に漏れた放射性物質の量は、保安院などの発表によると、「東京~ニューヨーク を飛行機で往復する間に宇宙から浴びる放射線の1000万~100万分の1の量」に過ぎなかった。

国際的な原子力の専門家は、最新の設計技術を使えば、想像できる最大規模の地震にも耐える原発を造るのは可能だと話す。自動停止と冷却機能、漏えい遮断などの機能がある限り、チェルノブイリ型の事故はほとんど不可能なのだという。

ポイントは2つある。第1は、規制・監督の問題だ。民間事業者はどう見ても、安全性について手抜きをしてきたし、地震発生の可能性をありえないほど低く見 積もっていた。これまでのやり方を見ても、日本の経済界は本当のことを隠すのが得意だ。それだけに、政府が徹底的に監視し、積極的に監督機能を果たさなく ては、事故防止のためあらゆる手を尽くしていると国民を説得できない。

第2のポイントは、もっと根本的な問題だ。そもそも日本は原子力産業をもつべきなのだろうか? ここで問題になるのは、石油や天然ガスをほとんど持たない日本にとって、原子力発電のない生活は考えられないということだ。

自分たちは資源の乏しい国——。日本人が抱えるこの根深い強迫観念こそ、1930年代の日本を突き動かし、そして破滅へと追い込んだ帝国主義的野望の最大 要因だった。自分たちには資源がないという日本人のこの強迫観念がいかに根強いものか、日本の外ではあまり理解されていない。たとえば海外の自由貿易主義 者たちは、日本の農産物関税が高すぎると批判しているが、日本国内の議論はそれよりむしろ、カロリーベースで40%しかない食料自給率をどう引き上げるかに移りつつある。

日本は資源に乏しい国だというこの強烈な恐怖は、実は一部で言われるほど、合理性を欠いたものではない。いったん危機が起きれば、国内に食糧とエネルギー が入ってこなくなるという、そういう弱点を日本は抱えているのだ。ということはつまり、日本政府はこれから、原発の安全性向上のために徹底した見直し作業 に入るが、そもそも日本が原子力産業をもつべきかどうかは、これからも議論されないままということになる。

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予言めいた終わり方ではあるが、実際、その予言は現実のものとなっている。

理想的な話をするならば、次世代のエネルギー資源に関して、開発さえ進めば....ということになるが、直近、水力火力を総動員しても、日本の電気は賄えない!と脅された場合、なるべく目立たないところに、原子力発電所があればイイなぁ....というところに、落ち着いたりもする。 こうしてPCに向かう時間が、現実的に制限されるよりは、その方が「マシ」と考えてしまう弱さである。

結論先送りは昨今の政治の決定的な「質の悪さ」と感じるが、情けないけど、大差ないなぁ....