木曜日, 9月 25, 2008

第63回国連総会における麻生総理大臣一般討論演説 平成20年9月25日 ニューヨーク


●24時間余り前に総理大臣に指名され、最初の仕事として国連に駆けつけた

1.世界経済における日本の役割

国際金融を巡る問題への対処に際し、我が国として、持てる経験と知識の貢献に心がける。
●世界経済の安定に向けて、我が国は、自らの経済を伸ばしていくことに断固として取り組む。世界第2位という経済規模に照らせば、これこそ日本がなし得る即効性のある貢献。

2.開発・環境問題への取組を主導

●本年5月、第4回アフリカ開発会議を開催。「元気なアフリカ」を謳い、経済成長を加速するための支援の必要性を強調。ミレニアム開発目標を持続可能な形で推進し、人間の安全保障の理念にもとづき、アフリカに保健、水・衛生、教育をもたらすとの決意を確認。
気候変動に対処するために、本年7月の北海道洞爺湖サミットでの成果を踏まえて、2009年末までの合意実現を目指す。日本は、省エネ技術やセクター別アプローチなど、独創的な技術・発想を活かして貢献。

3.日本ならではの外交を展開

●包括的な中東和平に向けて、パレスチナとイスラエルの高校生招聘事業を通じた和解促進や、イスラエル・パレスチナ・ヨルダン・日本4者の協働により開発と信頼をもたらす「平和と繁栄の回廊」構想を推進。
グルジアを巡る問題が、ロシアを含む当事者の責任ある対応によって、領土保全の原則にもとづきながら、平和的な解決を見ることを強く期待。
●我が国は、アフガニスタンの復興支援に当初から力を注ぎ、インド洋での補給活動を続けてきた。我が国が今後とも国際社会と一体となり、テロとの闘いに積極参画していくことを表明
北朝鮮の行動に応じ、両国間に残る懸案を解決、不幸なる過去の清算にも取り組みながら、日朝関係を前進させる用意がある。六者会合の枠組みを通じ、北朝鮮に核開発能力と核兵器の廃棄を求める。
中国と韓国はそれぞれ重要なパートナー。この両国やASEANと重層的な協力を進め、東アジア地域、ひいては世界の平和と繁栄のために共に働く。
●核軍縮・不拡散について、核兵器の全面的廃絶に向けた決議案をこれから提出。天野之弥(あまの・ゆきや)ウィーン代表部大使をIAEA次期事務局長候補として擁立。

4.我が国外交の基本方針を表明

●我が国は、日米同盟を不変の基軸として、近隣アジア諸国との関係強化に努め、国連重視と国際協調の路線を堅持し、基本的価値を共有する諸国と連帯。経済的繁栄と民主主義を通じた平和と幸福の実現こそ、日本国民の信念。
国連安保理改革について、常任・非常任双方の議席拡大を通じた改革の早期実現が必要。安保理非常任理事国選挙における支持を要請。


これ概要だって。んで、本文

議長、御列席の皆様、

  It is my greatest honour to stand here as the new Japanese prime minister---brand new, really, having been designated by the Diet just slightly more than 24 hours ago. (私は24時間余り前、我が国国会から日本国の総理大臣として指名を受けました。受けたばかりの者、でありまして、そのような者として本日この場に立つ機 会を得ましたことは、まことに光栄の至りであります。)

  初めに、ミゲル・デスコト・ブロックマン総会議長の就任をお祝い申し上げ、スルジャン・ケリム前総会議長の御尽力に、心より感謝します。潘基文事務総長は、国連諸活動の運営に、変わらぬ指導力を発揮しておいでです。深甚なる、敬意を表すものであります。

  議長、

  この度ニューヨークを訪れて、私はバンカー(銀行家)について昔聞いた話を思い出しました。バンカーには、いつも2種類しかいないそうです。少ししか記憶できないバンカーと、まったく何も記憶できないバンカーと――。

  金融に、マニアとパニックが相伴うこと、形あるものに、影の従う如くであります。一定の間隔を置いて、マニアは必ず胚胎し、パニックを招来します。

  今から10年前のちょうど9月、世界は一度、流動性を突如失う悪夢を見たはずでした。この四半世紀余り、東京はもとより多くの国、市場を舞台としながら、マニアとパニックは数年おきに、あたかも終わりのないロンドを奏でてきたかに見えます。

  この度の熱狂において、東京は比較的素面(しらふ)でありました。が、これとても、1980年代から90年代にかけしたたかあおった酒の宿酔(ふつかよ い・a hangover)が過剰債務(a debt overhang)となり、これに苦しむこと、あまりの長きにわたったゆえだったに過ぎぬと言っていいでありましょう。

  まこと、ロンドに終わりはなく、人類は、遠からず同じ旋律を聞くに違いあるまいと思います。そのたび1インチであれ前進し、賢明になろうとするほか、対処の方法はありません。

  国際金融の仕組み(アーキテクチャー)を巡る侃々諤々(かんかんがくがく)が、いま一度始まるものと思います。日本として、持てる経験と、知識の貢献に心がけたいものであります。

  議長、

  5月の日本は、新緑を愛でる季節です。7月7日とは、軒先に飾った竹の枝に、願い事を書いた紙片をくくりつけ、子供と大人が夜空に夢を見る日であります。

  今年の5月、日本は港町横浜に総勢3000人を集め、TICAD IVと我々の呼ぶ、アフリカ開発に関する会議を開きました。

  アフリカからは、41人の国家元首・首脳級を含む、51カ国の代表が集まりました。「元気なアフリカ」を高らかに謳いあげ、経済成長を加速するための支援 を呼びかけました。ミレニアム開発目標を、持続可能な形で追い求める――。人間の安全保障という、日本が大切に育くんだ理念にもとづいて、アフリカに保健 を、水と衛生を、そして教育をもたらしていく――。3000人は、決意を新たにしました。みずみずしい若葉の緑は、一人ひとりの胸を染めたでありましょ う。

  そして7月7日、未来に夢を託す日を選び、我が政府は北の島、北海道の洞爺湖に舞台を移して、G8サミットと、一連のアウトリーチ会合を開いたのでありました。

  主なテーマのひとつを再び開発をめぐる問題とし、アフリカから多くの参加者を呼んだのは、取りも直さずTICAD IVがもたらした勢いを、確かならしめるためでした。

  いまひとつを気候変動への対応とした結果、世界全体の長期目標採択を目指し、すべての主要経済国が責任をもって加わる、実効的な枠組みを国連の下でつくる ことになりました。このことを私は洞爺湖の小さくない成果として、指を屈すべきものと考えます。2009年末までに、実現を目指したいと思います。

  気候変動との取り組みを、議長始め皆様は、我が国千年の古都、京都の名と結びつけてご記憶でありましょう。もとより日本は、本問題につき、いささかの自負 なしとしません。GDP1単位を生み出すのに必要なエネルギーの少なさにかけて、世界のトップを行くのは日本であります。背後には、それを可能にした技術 の独創がある。大いに、世界に使ってほしいものです。セクター別アプローチという発想も、これをもって日本が諸国への貢献を目指すものであります。

  議長、

  これが、つい2カ月と少し前、我が国主催のもと、G8が到達した地点であったのです。

  今や、世界経済は変調にあります。私は、5月の誓いと、7月の夢が、疾風下、いささかも動じないことを願い、かつ信じます。元気なアフリカを、一層元気に すること。地球環境の悪化を、すべての国の努力によってくいとめること。いずれとも、世界経済の安定を大切な前提とするものです。

  であるならば、私の見るところ、日本自身の課題はもはや明白であります。すなわち日本は、自らの経済を伸ばしていくことに、その一義的な責務をもつので す。世界第2位という日本の経済規模に照らすなら、これこそは、日本がなし得る即効力のある貢献だと言わねばなりません。わたくしは、これに断固として取 り組んでまいります。議長始め皆様に申し上げ、約束するものです。

  議長、

  話題を転じ、夏の終わりの、ある出来事をご紹介したいと存じます。

  ところは、東京郊外の小さな街。去る8月末、ここに海外から9人の高校生がやって来ました。日本に来るのは初めてです。慣れない料理に顔をしかめるなどは、どこにでもいそうな高校生のビジターと、変わるところがありません。

  1つだけ、ありふれた招聘プログラムの参加者に比べ、彼ら、彼女らを際立たせていた特徴がありました。4人がパレスチナ、5人がイスラエルの高校生で、全員、テロリズムを始めとする過酷な中東の現実によって、親族を亡くした遺児であったという点です。

  議長、

  日本の市民社会が地道に続けてくれている、和解促進の努力をご紹介しました。高校生たちは、母国にいる限り、互いに交わることがないかもしれません。しか し遠い日本へやってきて、緑したたる美しい国土のあちこちを、イスラエル、パレスチナそれぞれの参加者がペアをなして旅する数日間、彼らの内において、何 かが変わるのです。親を亡くした悲しみに、宗教や、民族の差がないことを悟り、恐らくは涙を流す。その涙が、彼らの未来をつなぐよすがとなります。

  包括的な中東和平には、それをつくりだす、心の素地がなくてはならぬでしょう。日本の市民社会は、高校生の若い心に投資することで、それを育てようとしているのであります。

  議長、

  この例が示唆する如く、日本ならばこそできる外交というものがあることを、私は疑ったことがありません。

  ヨルダン川西岸地区に、もしイスラエルの点滴灌漑技術を導入できたなら、パレスチナの青年は野菜づくりにいそしむことができます。しかし双方を隔てる不信 の壁は、それを直ちには許しません。日本はそこに、触媒として入り込み、両者を仲介します。その際に、点滴灌漑の力を最大限発揮せしめる日本独自の技術を 持ち込みます。

  やがて西岸地区が灌漑によって緑の大地となること。そこで採れた農産物がパレスチナ人の加工を経、ヨルダンを走って湾岸の消費地へ行き、新鮮なまま店頭に並ぶこと。これを目指すのが、我が政府の進める「平和と繁栄の回廊」構想にほかなりません。

  日本はここで、自らの持つ技術や資金を提供するのはもとよりのこと、何よりも、信頼の仲介者となるのです。そして信頼こそが、中東にあっては最も希少な資源であること、言をまちません。

  我が政府は今、核兵器の全面的廃絶に向けた決議案を提出しようとしています。日本がこれに込める思いの丈を、疑う人とていないでしょう。同じ意味におい て、IAEAの活動に日本が重きを置くことに、多くの説明は無用であろうと存じます。かつて同機関理事会議長を務めたことのある天野之弥(あまの・ゆき や)ウィーン代表部大使を、わたくしは、IAEA次期事務局長候補として立たせるものです。皆様の、ご支持を願ってやみません。

  議長、

  先にわたくしは、日本における7月7日の意味について触れました。G8のため洞爺湖に集まった、首脳と配偶者たちは、笹の葉に、こもごも願いを書き付けたのであります。言葉こそ様々であれ、平和を願わなかった人はおりません。

  けれども以来わずかの月日を経るうちに、各所で平和の乱れる事態が相次ぎました。私はまずグルジア情勢に関し、ロシアを含む当事者の責任ある対応によって、領土保全の原則にもとづきながら、問題が、平和的な解決を見ることを強く期待するものであります。

  7月7日――。英国で、これは忌まわしい記憶を呼び覚ます日付でありましょう。ここに集う我々にしても、イスラマバードを5日前に襲ったテロリズムの非道 に対し、憤怒を新たにしたはずであります。アフガニスタンの情勢にも、改善の道筋はなかなか見えようとしません。テロリズムが世界の平和と繁栄に対する最 大の脅威であることに、いささかの変わりもないのであります。

  国際社会はテロリズムに対する粘り強い取り組みを、なお続けねばならぬと信じます。我が国は、アフガニスタンの復興支援に当初から力を注ぎ、インド洋では 補給活動を続けてまいりました。私はここに、日本が今後とも国際社会と一体となり、テロとの闘いに積極参画してまいることを申し上げるものです。

  日本の近隣に残る問題として最たるものは、言うまでもありますまい、北朝鮮であります。

  いとけない少女、「めぐみ」を含む我が国国民を拉致した北朝鮮は、被害者の調査に乗り出すことを約束しながら、未だに着手しておりません。核を放棄する誓 約にも、昨今停滞が目立つこと、周知の如くです。私には北朝鮮の行動に応じ、両国間に残る懸案を解決、不幸なる過去の清算にも取り組みながら、日朝関係を 前進させる用意があります。待っているのは、北朝鮮の行動です。私は同時に六者会合の枠組みを通じ、北朝鮮に核開発能力と、核兵器の廃棄を迫ってやまぬつ もりです。

  この際、中国と韓国はそれぞれ日本にとって重要なパートナーであり、互恵と共益を一層増進していくべき国々であります。我が国はこの両国やASEANと重層的なる協力を進め、東アジア地域と、ひいては世界の平和と繁栄のため、共に働かねばならないと考えます。

  議長、

  わたくしは冒頭申し上げましたとおり、日本国総理大臣に就任したばかりの者です。国会の指名と、天皇陛下の任命をいただいたのが、ものの24時間余り前の ことでありました。最初の仕事として、本議場に駆けつけたかった訳を、もはやご理解いただけたことでしょう。私には、申し上げたい事柄が多々あったのであ ります。

  顧みるに我が国は、日米同盟を不変の基軸としながら、近隣アジア諸国との関係強化に努めて今日に至りました。国連を重んじ、国際協調の路線を一度として踏 み外そうとしなかったことは、議長をはじめ、本会議場にご参集の皆様が一様にお認めいただけるところでありましょう。いくたびか挫折を経ながらも、経済の 建設に邁進してきた我が国民を今日まで導いた一本の線とは、経済的繁栄と民主主義を希求する先に、平和と、人々の幸福が、必ずや勝ち取れるという信念にほ かならなかったのであります。

  私は、基本的価値を同じうする諸国と連帯し、かかる日本の経験を、強い求めのある国々に伝えてまいりたい。日本には、その責務があると信じてやみません。

  議長、

  それゆえにこそ、私が日本国民を代表し、再言、三言せねばならないのは、国連安全保障理事会を改革する要についてであります。常任・非常任双方の議席拡大 を通じた改革を、早期に実現せねばなりません。来月、安保理は非常任理事国を改選します。日本は、これに立ちます。議長、ならびにご列席の諸国の皆様に、 日本への支持を強くお願いし、私の議論を終えようと思います。

  有難うございました。


水曜日, 9月 24, 2008

麻生内閣総理大臣記者会見 平成20年9月24日


 このたび、第92代の内閣総理大臣に指名された麻生太郎です。国民の皆さんに、まず一言ごあいさつをさせていただきたいと存じます。
 このたび、総理の重責を担うことになり、その重みを改めて感じているところであります。特に景気への不安、国民の生活への不満、そして政治への不信の危 機にあることを、厳しく受け止めているところです。日本を明るく強い国にする。それが私に課せられた使命だと思っております。私の持っております経験のす べてと、この身を尽くして難題に立ち向かうことをお誓い申し上げます。よろしく御支援のほど、お願い申し上げる次第です。
 閣僚名簿を発表させていただきます。合わせて、各閣僚に何をしてもらうかも簡単に述べたいと存じます。
 総務大臣兼地方分権改革担当大臣、鳩山邦夫。地域の元気を回復してもらわなければならないと思っております。分権改革というのは、大きな我々の将来の国のかたちとして大事なところだと思っておりますので、是非この分権改革を進めていただきたいと思っております。
 法務大臣、森英介。司法制度改革というのは、今、その途中にありますけれども、これを是非進めなければならないということをお願いしたいと思っております。
 外務大臣、中曽根弘文。日米同盟の強化、北朝鮮問題、テロとの戦いなどなど、今、外交問題いろいろありますけれども、こういった問題に取り組んでもらいます。
 財務大臣兼金融担当大臣、中川昭一。当然のこととして、補正予算の成立、そして景気対策、今、出しております緊急総合経済対策等々ありますの で、この問題。加えて、今、世界中、金融に関しましては、リーマンの話に限らず、世界中いろいろアメリカのサブプライムに発しました、この一連のことに関 しまして、世界中大きな関心を呼んでおる。そういった中にあって、この問題を2つ別々にというよりは、1人の方にやっていただく方が機能的であろうと思っ て、あえて兼務をお願いしたところです。
 文部科学大臣、塩谷立。教育の信頼回復は、大分県の話だけではなく、いろいろこの問題は根が深いと言われておりますけれども、是非教育の信頼 回復というのに努めていただきたいと思っております。同時に基礎教育の充実ということに関しましては、いろいろ御意見のあるところでもありますので、この 問題は非常に長い間関わっておられたこともありますけれども、是非この問題に引き続き取り組んでいただきたいと思っております。
 厚生労働大臣、舛添要一。今、御存じのように、社会保障の問題、また食の安全の確保などなど、いろいろあります上に、雇用の安定というものも 我々は合わせて考えねばならぬ大事なところです。労働分配率の話、いろいろありますけれども、是非この問題について引き続き検討していただければ、頑張っ ていただかなければならぬところだと思っております。
 農林水産大臣、石破茂。今、事故米対策などなどいろいろありますが、食料の自給率始め、日本の農業というものは、極めて付加価値が高い農生産品が幾つもあります。そういったものを含めて、攻めの農政というものをお願いしたいと思っております。
 経済産業大臣、二階俊博。御存じのように、今から日本のリーディング産業になり得る、成長し得る産業の成長戦略、また資源外交というものもあり ますし、目先中小零細企業等々の抱えております問題は、日本の一番肝心なところでもありますので、そういった問題に引き続き取り組んでいただきたいと思っ ております。
 国土交通大臣、中山成彬。御存じのように、道路の一般財源化、また公共事業というものにつきまして、今、いろいろ意見が分かれているところでもありますので、是非この問題については取り組んでいただきたいと思っております。
 環境大臣、斉藤鉄夫。留任でありますけれども、引き続き、地球温暖化というものに関しましては、明らかに我々は多くの問題を何となく肌で感じていらっしゃるんだと思います。
 今年はまだ台風が一度も上陸していない。気が付いておられる方もいらっしゃるかと思いますが、台風はまだ一度も本土に上陸しておりません。こん なことは過去に例がない。4年前は9回上陸、平均3回という日本において、ゼロもしくは9回は何となく異常だなと感じていらっしゃる方も多いと思います が、これは日本一国でやれる話ではありません。明らかに何となく我々の周りに大きな変化が起きていると感じなければおかしいところなんですが、そういった 問題につきまして、この環境問題というのは、日本はサミットをやった経緯などなどを考えて、世界をリードして行けるだけの技術もあるし、そういったものも し得る立場にあるんだと思って頑張っていただければと思っております。
 防衛大臣、浜田靖一。もともと防衛関係はいろいろやってこられたこともありますが、テロの戦いというものは、世界中がテロと戦っているところ でもありますので、我々としてはこのテロとの問題は、我々とは全然関係ないという話では全くないと思っております。少なくとも地下鉄サリン事件などなど、 忘れられつつありますけれども、あれはテロであります。そういったことを考えますと、いろんな意味でこのテロとの戦いというのは大事なところだと思ってお りますので、浜田先生にお願いをさせていただきました。
 内閣官房長官・拉致問題担当、河村建夫。私を補佐してもらうと同時に、拉致問題にも取り組んでいただきたいと考えております。
 国家公安委員長・沖縄及び北方対策担当・防災担当大臣、佐藤勉。凶悪犯罪防止、日本というのはかなり少ない、先進国の中では少ないと言われます けれども、明らかに異常なものが起きてきていることも事実だと思いますので、そういった意味においては、国家公安委員長の責務は大きいと思いますし、同時 に災害も台風の代わりに局地的な豪雨などなど、我々は今までとは違ったもので1時間に100ミリも140ミリも降るという前提で我々の防災ができ上がって いるわけではありませんし、また沖縄の振興の問題も含めて担当していただかなければならぬところだと思っております。
 経済財政政策担当大臣、与謝野馨。再任でありますけれども、この厳しい経済情勢の中にあって、財政金融担当大臣とともに、是非この全体のバランスをとりながら景気を回復する。財政をいろんなことをやっていただくということにして、与謝野馨先生にお願いをしております。
 規制改革担当大臣・行政改革担当・公務員制度改革担当、甘利明。これは行革の推進ということでありまして、公務員制度改革、規制改革などなど御存じのとおりでありますので、この問題を進めていってもらわねばならぬと思っています。
 科学技術政策担当大臣・食品安全担当大臣・消費者行政推進担当、野田聖子。再任でありますけれども、食料安全確保と消費者庁というものは福田内閣の積み残した問題の一つでありますので、消費者庁の立ち上げをお願いをしたいと思っております。
 少子化対策担当大臣・男女共同参画担当大臣、小渕優子。待機児童ゼロを進めるとともに、若者支援、いろいろなことをお願いしたいと思っております。
 以上、私が選んだ閣僚と指示の内容であります。なお、併せて全閣僚に次の点も指示をしたいと思っております。
 1つ、国民本位の政策を進めること。そして、官僚は使いこなすこと。3つ、いろいろ言っていくと切りがなくなりますが、国益です。省益ではない国益を担当。国益に専念をする。これが一番だと思っております。
 官房長官は侍立しておりますので、4人を紹介させていただきます。官房長官は先ほど申し上げました河村建夫官房長官です。松本純副長官、鴻池祥肇副長官、漆間巌副長官。
 私からは、以上です。

【質疑応答】
(問)
 内閣の布陣を見ますと、総理御自身の人脈で固めたという内閣の印象が強いんですが、どんなに遅く引っ張っても、1年以内には解散総選挙があります。
 小沢代表率いる民主党と闘うためにどういう体制づくりで、どういう点にポイントを置かれたか。そしてこの内閣で具体的にどう選挙に挑むのか、具体的にお聞かせください。

(総理)
 基本的には、人事の配置につきましては、いろいろな方がいろいろ言われますけれども、適材適所、これは常に基本だ と思っております。そして、それが国民の期待に応えるということだとも思っておりますので、私どもとしては、基本的にこのメンバーで選挙も戦うことになり ます。我々としてはどう戦うかというと、正々堂々と戦います。

(問)
 補正予算案の審議と衆議院の解散総選挙についてお伺いいたします。
 民主党は補正予算案の審議に応じる姿勢を示しておりますけれども、総理はこの補正予算をいつまでに成立させるおつもりでしょうか。

(総理)
 審議に応じていただければいいですけれどもね。どうぞ。

(問)
 それとその関連ですけれども、衆議院の解散総選挙について与党内では来月の21日公示、そして11月2日投票という日程が有力視されておりますけれども、総理は、衆議院の解散総選挙のタイミングについてはどのようにお考えでしょうか。

(総理)
 この予算につきましては、補正予算、我々は少なくとも緊急経済対策として、今の不景気というものに対応する。 特に年末の資金繰り等々に頭を悩めておられます、いわゆる中小零細企業などなど、目先に抱えております問題は、油の高騰に端を発した、また、サブプライム ローンに端を発したいろんな表現がありますけれども、明らかに今年に入って今年は不景気だと思います。
 したがって、それに対応するためにどうするかということを我々は考えていかねばならないと思っております。
 したがって、この補正予算というものは是非審議をしていただきたい。審議をしていただければありがたいと思っておりますが、この1年間を見ておりまして、たびたび約束が裏切られてきたような感じがしています。率直なところです。
 したがって、いろいろ参議院の方々、野党の参議院の方です。参議院の方々はいろいろ御発言もありますけれども、なかなかそういったようなことが実行していただけるのかどうかということに関しましては、私としては意外と疑問なところを持っております。
 したがって、解散総選挙の時期というのは、審議に応じていただける、応じていただけない、そういったところも勘案した上で考えさせていただきます。

(問)
 給油活動についてお伺いいたします。総理は総裁選中もインド洋での給油活動継続の重要性をたびたび訴えられていまし たが、衆議院解散総選挙の時期とも絡みますが、来年の1月にはまた期限が切れることになります。これの継続に向けてどういう対応されるのか。また、福田内 閣では再議決で延長しましたが、麻生内閣でも再議決を行うお考えがあるのかお願いいたします。

(総理)
 石油というもののほとんど9割近くを我々は、あのインド洋を通過して日本に輸入されております。そして、今、テ ロとの対決ということから、アフガニスタンもしくはパキスタンと国境などなど、今、抱えております地域の問題というものの中において、海上からテロに対す る支援が行われ得るのを阻止せんがために、我々はあそこに海上給油活動というものに参加をしております。
 したがって、これは、アフガニスタンのためでも、アメリカのためでも、パキスタンのためでもない。これは、世界が戦っているテロに対して断固 戦っていかねばならぬというのは、我々国際社会の一員としての当然の責務であって、日本に一番期待されておる部門がこの部門なんだと理解をしております。
 したがって、石油輸送の保護などなど、やることは幾つもあろうと思いますが、世界で最も期待されているこの仕事につきましては、是非継続をやり遂げなければならないと思っております。
 それに対して3分の2を使うか。これは相手の話にある話で、しゃにむにこの話が何が何でも反対ということなのかどうか。もう少し相手の対応を見た上で決めさせていただく。相手というのは民主党の対応を見て決めさせていただくことだと思います。

(問)
 今回、総理は、中川昭一財務大臣に金融大臣を兼務させました。この点について、改めて理由をお聞かせいただきた いんですけれども、いわゆる財金分離は橋本行革でなされたものだと思いますが、これに対する批判的な意味合いがあるのか。ないしは、今は大臣の兼務という ことですけれども、行く行くはかつての大蔵省のように、事務方、スタッフも同じ役所でやるべきだとお考えてになっているかどうか。その点について、お願い します。

(総理)
 財政金融というものを分離した経緯というのを知らないわけではありませんが、少なくとも、今、世界中で金融 というものが危機と言われているような状況にあります。日本の場合は、その傷口が他国に比べたら浅いのかもしれませんけれども、日本もそれなりに傷を負っ たというのは事実だと思っています。
 したがって、今、この問題を世界中で検討するときに、財務大臣会議というものをするときに、少なくとも金融はうちは関係していないんですとい う大臣はほかの国にはおられないと思っておりますので、これは是非兼務をされるべきだと、私は金融危機が起きたときからそう思っておりました。それが背景 です。

(問)
 役所も1つになるべきだとお思いになりますか。

(総理)
 私は役所に1つにするのはやってみなければわからないところだと思いますけれども、私は役所を1つにするかしないかというのは、現実問題として、どう仕事ができるかということを見た上でないと何とも言えないと思います。

(問)
 総裁選でも話題になった政策のことについて、改めて伺いたいと思います。
 プライマリーバランスの2011年度黒字化目標について、必要があれば11年度の目標の延期もあり得るというお立場は今でも変わりないのか。必 要があれば、修正の閣議決定をするつもりはあるのかということと、それに関連して、基礎年金の国庫負担割合の引き上げを来年4月から予定どおり実施するお つもりがあるのか。その財源をどうするのかということです。

(総理)
 基礎年金の半分の負担の件に関しては、約束事ですから実施します。
 それから、プライマリーバランスの話ですけれども、基本的にはプライマリーバランスを2011年までにバランスさせると言われるときの前提条件 というものを覚えておられると思います。少なくとも、あのときは経済成長は3%が前提でしたね。今は-3%になるのかもしれぬというような状況になってい ます。あのころは金融問題もありませんでした。油の高騰という話もなかった。
 そういったことを考えると、プライマリーバランス2011年といったときとは前提条件が大幅に違ってきているという現実というのを我々は無視 して、いかにも達成がすぐに確実にできるかと言われると、その状況は著しく変わってきているのではないか。率直なところです。したがって、目標としてきち んと持っている。決して間違っているわけではありませんが、達成できる前提条件が大幅にくるってきているという前提を無視はできないと思っています。
 もう一点は、何でしたか。

(問)
 修正の閣議決定です。

(総理)
 今すぐ修正する、閣議決定をするつもりはありません。

(問)
 基礎年金が来年度というのは、来年4月から引き上げるということですか。

(総理)
 そうです。たしか、あれはそう書いてあったのではないですか。

(問)
 安定財源はどうなさるんですか。

(総理)
 安定財源につきましては、今から検討しなければいかぬというところなんだと思いますが、少なくとも、そのために必要な財源を何にするかは、今から財務大臣に考えていただかなければいかぬ大事なところだと思います。

(問)
 総理は総裁選を通じて政党間協議の必要性を訴えられて、民主党の小沢代表との対決姿勢を強められたと思うんですが、早期の党首討論とか、直接小沢代表といろいろなやりとりを交わすということを早期にしようということはお考えでしょうか。

(総理)
 これは、2回幹事長をやりましたので、前回幹事長をやったときにも申し上げましたし、今回幹事長に就任した今年の9月にも 同じことを申し上げたと思っております。少なくとも、今、参議院と衆議院がねじれた状況です。これは世界中を見れば、そういった上院と下院がねじれている という国は、ほかの国にもあります。しかし、そこらのそういう国々では、きちんと国民に真に必要なものについては政党間協議をなされて、そこそこの合意が なされている。民主主義は成熟していると思っておりますが、我が方はなかなかさような状況にはならないということが、今、国民から見て一番の不満のところ だと私は思っております。
 是非とも党首討論または直接対話、いろいろな方法があるとは思いますけれども、本会議場でも委員会でも、いろいろなところで議論ができるとい うことは大事なところだと思いますが、少なくとも、2大政党というものを目指して、この小選挙区制度を採用したわけですから、我々としては、そういったこ とを踏まえて、きちんとした対応がされるためには、政党間協議または党首討論というのは物すごく必要なものだと思って、これは是非訴えていかねばならぬも のだと思っています。


やっぱ、コイツキライ!

水曜日, 9月 17, 2008

貧困ビジネスで稼ぐ連中!:城繁幸(joe’s Labo代表取締役)

Voice2008年9月17日(水)19:00
 格差に関する議論が盛り上がっている。格差といってもいろいろあり、地域格差や年金格差までさまざまあるものの、 現在議論の中心となっているものは雇用における格差だ。きっかけは、秋葉原の事件によって非正規雇用の存在がクローズアップされたことだろう。とくに8月 号の各誌では、この問題に関する左右両派からのオピニオンが乱れ飛んだ。

だが、これは非常におかしな話だ。犯人の動機解明はこれからの捜査を待たなければならない状況であり、家族でもない外野にとやかくいえる問題ではない。む しろこれまで出てきた情報からは、雇用状況はほとんど関係なく、純粋に本人の内面に関わる問題のようにすら思える。とくに問題なのは、明らかに特定の主張 をせんがために、本事件をだしに使ったメディアがあるという事実だ。そういった論調が広まるのを防ぐためにも、格差問題の論点と対策の方向性について、活 字というかたちで以下にまとめてみたい。


非正規雇用拡大の始まり

非正規雇用という言葉が一般にも使われるようになったのは、1990年代半ば以降のことだ。それまでは人事部など、一部の採用業務に関わる人間のあいだで しか使われることはなかった。一応言葉の定義をしておくが、“正社員”とは、雇用の期限のない、つまり終身雇用対象となる雇用労働者のことだ。ほとんどが 厚生年金に加入し、ボーナスと退職金の支給も受ける。非正規雇用とはそれ以外の雇用労働者のことで、フリーターや派遣社員、日雇い労働者が対象となる。彼 らには一般的にボーナスも退職金もなく、年金も国民年金だけである。さて、非正規雇用という言葉が90年代半ば以降にメジャーとなったのはなぜだろう。そ れはバブル崩壊にまでさかのぼる。

じつは、日本の人事賃金制度は、職能給と呼ばれ世界的に見ても非常に特殊なものだ。個人の
能力に値札を付ける方式で、経験を積めば値段は上がるはずだか ら、勤続年数に比例して積み上がっていく。いわゆる年齢給だ。年齢に応じて積み上がっていくものだから、当然、下がることは想定されていない。判例でも労 働条件の不利益変更には厳しい制限が付き、賃下げや降格といった処遇見直しは事実上不可能なシステムだ。

一方、世界標準としては職務給と呼ばれるものが一般的で、こちらは担当する仕事に値札が付く。ちょうどプロ野球選手をイメージしてもらえればいい。年齢、 年功に関係なく、本人の果たせる役割に応じて柔軟に上下するシステムだ。よくヨーロッパは終身雇用だという意見もあるが、それはブルーカラーの話だ。ホワ イトカラーは職務年俸制が基本だから、賃下げや降格は普通に行なわれ、人材の流動化は日本よりはるかに進んでいる。

なぜ日本においてだけこのような特殊システムが成立したかは諸説あるが、筆者は戦中の国家総動員法に起源があると考えている。ともかく、戦後の高度成長期を経て80年代いっぱいまではとくに不都合なく機能しつづけた。

だが、1991年以降すべてが変わってしまった。同年、日本企業は過去最高の新卒を採用し、新卒求人倍率は2.8倍を超えたものの、翌年からは新卒採用自 体を見送る企業も出始めた。企業内で人件費の見直しが進められない以上、入り口を締めるしかない。そこで新卒採用が減らされ、ここから就職氷河期が始まる ことになる。


だが若い兵隊自体は必要だ。そこで従来よりずっと安く、社会保険コストや退職金といった福利厚生がなく、さらには柔軟に雇用関係を見直せるワーカーが労使 双方から必要とされることになった。これこそが非正規雇用労働者の拡大の始まりである。ちなみに連合・高木会長自身、「正社員の既得権を守るために、偽装 請負を含む非正規雇用拡大を黙認してきました」という事実は総括的に認めている(2006年8月9日付『朝日新聞』)。

結果、現在の日本には、正社員と非正規雇用労働者のダブルスタンダードが存在する。前者には高度成長期につくられた手厚い保護がなされ、後者はそれを支え るためだけに使い捨てにされる状況なのだ。たとえば、米国経済急失速をもって、トヨタは国内2300名を超える派遣請負労働者を切り捨てている最中である が、正社員は誰1人クビを切られず、賃下げもなされない。雇用に関するリスクはすべて非正規側にしわ寄せされるためだ。

それでいて過去数年間の好況時には、共に働いて得た利益のなかから労組だけにベアが回され、非正規側に回ることはなかった。しかも連合が労働分配率の話を するときには、法人企業統計ベースの話ではなく国民所得ベースで議論し、これだけ下がっているのだからもっとよこせと要求する(非正規雇用労働者もカウン トできるため)。これを搾取といわずに何というのか。

対策の方向性は明らかだ。ダブルスタンダードを解消し、痛みを正社員と非正規雇用労働者のあいだで適正に分配するしかない。それには、賃下げや降格、解雇も含めた正社員の雇用規制を大幅に見直し、人材流動化を推し進める労働ビッグバン以外にはありえない。

「そんなに簡単に職務に値段が付けられるのか」という論者もたまにいるが、そういう人は一度、非正規雇用の現場を見てみるといい。コンビニのバイトにせよ 派遣社員にせよ、こちらの世界ではとっくの昔から仕事に値札が付いている。余計な規制さえなければ、それが自然な姿なのだ。現状の問題点は、一方的な正社 員保護のおかげで、非正規雇用の現場に下りていく人件費が不適切に少ないという点に尽きる。

また、「ただでさえ低い中小企業の処遇をさらに引き下げるのはナンセンス」という声もあるが、逆だ。日本は世界でも稀なほど企業規模によって処遇に差があ るが、これは要するに大手や労組の強い企業が中小下請けに人件費コストを押し付けている結果だ。各企業内で柔軟な見直しが可能となり、職務給が一般化すれ ば、長期的には企業規模の格差は必ず縮小する。

既得権の見直しと聞いて、おそらく多くの正社員は萎えると思われるが、けっして全員一律の賃下
げというようなものではない。まず、20~30代の若手であ れば、それは中高年正社員との世代間格差を薄める意味があるから賛成するメリットは大だ。一例として、大卒総合職が課長以上ポストに昇格できる割合はすで に26%にすぎないというデータもある(2006年『読売新聞』調査)。流動化はこの比率を増やす可能性があるのだ。

中高年正社員についても、けっして一律で損をするわけではない。貰い過ぎの人間は賃下げもありえるが、逆に50歳を過ぎての大抜擢もありえる。何よりこれ まで35歳を越えての転職が難しかったのは、年齢給で割高になってしまったためだ。この縛りが消え、誰でも流動化の恩恵を享受できるようになる。労働ビッ グバンとは、けっして中高年の賃下げでも正規と非正規の待遇を等しくする共産主義でもなく、新たな利益の再分配システムだと考えてもらえばいい。

加藤紘一氏の許されざる便乗


ところが、この流れに反対する人たちがいる。まず正社員代表たる連合と、彼らにケツをもってもらっている民主・社民の両党だ(社民党はいまでも自治労など と支部レベルで一定の関係を結んでいる)。彼らは既得権死守のために全力で論点をぼかし、矛先を逸らそうと懸命だ。連合は同一労働同一賃金を建前上うたっ てはいるものの、年齢給を抱えたままどのようにして実現するというのか(30代のフリーターを正社員にする場合、彼の処遇は誰に合わせるのか)。

とくに、リベラルを自称しながら格差是正に反対する社民党の罪は重い。彼らは事あるごとに「格差を拡大させた」として構造改革路線を非難するが、もともと 1993~98年は与党側の一員として、非正規雇用拡大に無為無策だった事実は忘れてしまったらしい。本来はその時点で正社員保護の規制を外し、皆で痛み を分かち合うべきだったのに、それに反対したのは旧社会党ではないか。

さらにいえば、社民党は2003年総選挙での惨敗後、ベテランを中心に党職員の4割をリストラした前科がある。国民の前では全否定した手法でもって、身内のリストラだけはこっそり推進しているわけだ。この政党には格差問題を語る資格がいっさいないと断言しよう。

加えて、特定の政治的主張をするために、格差問題を取り込もうとする勢力も目に付く。たとえば『ルポ・貧困大国アメリカ』(岩波新書)などが好例だ。前半 部の米国ルポ自体は評価するが、中盤以降は構造改革反対の論陣を張りつつ、終盤に突然「憲法改正反対」の論陣を張る。一応フォローしておくが、米国内の貧 困層増大は不法移民の流入が主な理由だ(レーガン政権で不法移民に永住権を一括付与したため、同様の特赦を期待する移民が急増した)。本書は市民派的価値 観を隠しもつ著者と、岩波カルチャーの歪んだ結合にすぎない。


だが、政治的思惑がもっとも目に余るのは加藤紘一氏だ。彼はTBSの番組において、明確に「秋葉原事件は与党の改革路線のせい」と口にしたのだ。おそらく 政界干され気味で中高年人気取りのために口にしたのだろうが、そういう便乗が許される事件ではない。さらにいえば、彼の政治屋としての商売は、問題の本質 をぼかし、解決を困難にしてしまう。われわれが論壇誌やブログでどれほど改革の必要性を説こうと、軽い一言で消し飛ばすほどの影響力を、いまだテレビは もっているのだ。

そういう意味では、悲しいことに既存メディアは、同様に格差をネタにした貧困ビジネスで稼ぐ同類で溢れている。実現性のある解決策など何も持ち合わさず、 いやそもそも格差解消自体にはなんの興味もなく、ただ名前を売りたいだけの評論家や自称活動家たちだ。いちいち名前を出すのは面倒なので、チャンピオンと して森永卓郎氏の名を挙げておこう。この男の主張は、「格差の拡大はすべて経営者が悪い」というシンプル極まりないものだ。だがトヨタの全役員を無報酬の ボランティアにしたところで、クビになった2300人の非正規雇用のうちの何名を正社員にできるというのか。森永氏は「年収〇百万円シリーズ」でもう十分 稼いだだろう。いいかげん格差をネタにして売り出すのはやめてもらいたい。

もちろん、そんな連中をありがたがって引っ張りだす既存メディアの責任も重大だ。筆者の知るなかで、もっとも搾取構造が目に余る業界はテレビ局だ。彼らは スポンサー料の低下をつねに制作下請け会社に転嫁しつづけた。この10年間で制作費が10分の1になったプロダクションも実在する。そう、すべては「日本 一高水準であるテレビ局正社員の賃金」を守るために行なわれたことだ。制作現場の悲惨さは、すでに一般にも知られているとおり。某番組の捏造問題は、矛盾 が噴き出した1つの焦点だ。

セーフティネットは対症療法だ

悲しいことに、こういった格差支持・利用者たちに乗せられてしまっている若者は少なくない。『文藝春秋』8月号「貧困大国ニッポン―ホワイトカラーも没落 する」(湯浅誠氏)はその典型だ。湯浅氏は、貧困サポートで10年を
超える実績をもつ一流の現場主義者ではあるが、やはり既存の価値観にとらわれてしまっ ている。「正社員と非正規に対立はない」という論法は、既得権側が常用する典型的ロジックにすぎない。

フォローしておくが、筆者はけっしてセーフティネットの強化自体を否定するわけではない。企業がそれを保証できなくなった以上、行政による整備は必須だろ う。だがそれは格差問題の本質ではなく、結果であり、セーフティネットとはあくまで対症療法にすぎない。格差問題の本丸とはそれを生み出す構造そのもので あり、そこにメスを入れないかぎり、けっして希望は生まれないだろう。フランス革命もロシア革命も、きっかけは日々のパンだったかもしれない。だが、理念 はもっと高みに据えられていたはずだ。雇用に関する規制の存在しない米国なら、格差問題はセーフティネットを論じれば足りるだろう。だが日本の場合、その 前段階であり、並行して構造改革も語らねばならないのだ。

結局のところ、唯一神との契約も市民革命も経ていない日本は、利益団体同士の利害調整社会なのだろう。だからつねに総論賛成だが各論反対、いつまでたって も改革は進まないというわけだ。現在の非正規雇用労働者の悲惨さは、与党=経団連、民主党=連合という代表者がテーブルに着くなかで、誰も彼らを代表する 人間がいな
いという点に尽きるように思う。

これは政治全般についてもいえることだ。1990年代を通じて、つねに「景気対策」の名の下に問題解決は先送りされ、国債を通じたバラマキが行なわれてき た。80年代には黒字だった財政は一気に悪化し、2007年時点では長期債務残高GDP比率は160%を超えてしまった。驚いたことに、この期間を通じ て、年金問題も少子化問題も公務員改革も、ほとんど手を付けられることはなかった。このバラマキで日本が良くなったと感じる若者がはたして何人いるだろう か?

もちろん、これは投票という権利を行使せず、上に任せっきりにしてきた若年層自身にも責任がある。そこでいまはまず、若年層の意識を高めることが先決だと 考え、筆者はターゲット世代に届くかたちで普段は論を書くようにしている。狙いは、対立軸は左右でも正社員と非正規のあいだでもなく、世代間にこそ横た わっているという事実を教えることだ。

じつは、同じ氷河期世代であっても、正社員と非正規雇用側の連携は可能だと感じている。どちらも割を食っている事実は変わらず、既得権を打ち崩す人材流動化によってメリットを得られるからだ。

民主党は前原視点を生かせ

本論中、いくつかの文章に批判的なかたちで言及したが、1つだけ注目すべき論についても取り上げておきたい。『暴走する資本主義』(R・ライシュ著、東洋 経済新報社)だ。著者はクリントン政権の労働長官を務めた人物で、オバマ陣営のスタッフも務める。おそらくオバマが大統領になった暁には、何らかのかたち で政権入りするであろうと予想される民主党陣営の一員だ。その彼が、グローバリゼーションによって拡大する格差問題について、非常に優れた論考を展開する のが本書である。とくに注目したい点は、ライシュ自身が民主党政治家について、時に辛辣な評価を下している点だ。

超資本主義への処方箋として、まず人々に注意を促すべきは、超資本主義による社会的な負の影響について、企業や経営者を非難する政治家や活動家に用心せよということである(293ページ)。

現在の諸問題は、資本主義がグローバリゼーションとIT化により“超資本主義”として暴走した結果であるとする。そして、それは従来の枠組みには当てはま らない新たな問題であり、一部の企業エゴや資本家のせいにして済む問題ではないと断言する。新興国から輸出された安い製品を買うのも、企業にさらなる効率 化を迫るのも、われわれ自身の社会なのだ。まずはこの事実に向き合うことから、対策への第一歩はスタートするはずだ。著者の鋭い洞察に比べ、わが国の格差 に群がる有象無象はなんと志の低いことか。

最後に、筆者が個人的に期待している存在について述べよう。まずは民主党・前原誠司前代表だ。前原氏は代表となるや、まず連合と一定の距離をとる方針を打 ち出した。労組依存体質のままでは一定の票は確保できても、真の改革は遂行できないと判断したためだ。この判断はきわめて正しい。2005年衆院選で民主 が大敗したのは小泉劇場のせいでもなんでもなく、単純に民主側の自滅である。自治労をはじめとする既得権層に足を引っ張られた結果、郵政民営化、公務員改 革などでろくな政策提案ができなかったため、改革を願う若年層にそっぽを向かれただけの話だ。民主がまともな政権政党に生まれ変われるかどうかは、前原視 点を生かせるかどうかに懸かっている。

そして、もう1つの存在が共産党だ。今回の文中、あえて共産党には触れなかった。評価しているわけではなく、彼らのいっていることは社民党と同レベル、あ くまで既存の価値観からしか物事を見ようとはしていない。ただ、彼らにはしがらみが少ない。いくら中高年正社員の機嫌をとったところで、普通の中産階級は 共産党になど投票しないことは明らかだ。ならば民主・社民に代わって、新たな局面に対応した政策転換を打ち出すべきだろう。「反連合、人材流動化推進!」 とマニフェストに掲げることで、1000万の非正規雇用層を取り込める可能性もあるのだ。おそらく反対するであろう高齢共産党員など、これを機会に切り捨 てればいい(どうせ、ほっておいても今後は減る一方だ)。

筆者が共産党の路線転換に期待するのは、もう1つ理由がある。落ちぶれたりとはいえ、共産党が従来の経営者―労働者という対立軸を捨て、若年層・非正規雇 用労働者―連合という対立軸にシフトすれば、日本国内の政治状況に大地殻変動を起こすことは間違いない。従来の左右対立軸の幻想から、いやでも国民は目を 覚ますはずだ。メディア(これ自体、規制に守られた既得権勢力である)ももう無視できなくなる。べつに単独与党をめざせとはいわないが、このままジリ貧に なるか、もう一度歴史を動かすのか。いまが決断のときだろう。


なるほど....

金曜日, 9月 12, 2008

埋蔵金6兆円で好景気に

「高橋洋一(東洋大学教授)
Voice2008年9月12日(金)14:09
◇ 無駄にもっていた埋蔵金

 行政の無駄を省くべきだ。この意見に反論する人はいまい。ただ、人によって「無駄」の程度に差が出るのは致し方ないだろう。
 ちなみに与謝野馨経済財政相は、「予算の無駄には2種類あって、会計検査院が指摘するような間違った使い方ということと、この政策は無駄な政策だという政 策の評価の問題とがある」と講演で述べていたが、先日のテレビ番組では、天下りや官製談合、特殊法人などでの無駄遣いの指摘に対して、「無駄遣いはない。 政策判断の問題だから」といっていた。
 もちろん、政策判断の程度の差という問題はあるが、それをオープンな場で議論することは有用だろう。そうすれば、無駄の意味も明らかになるし、何より政策議論の質が向上する。これは長期的には行政の「無駄」をなくすことになるだろう。
 一例として、筆者がこれまで指摘した「霞が関埋蔵金」について考えてみよう。
 筆者と埋蔵金の関わりはこれまで3回ある。1回目は3年ほど前である。経済財政諮問会議において、特別会計の資産負債差額が50兆円弱あり、それらの1部 は取り崩しても問題ないと指摘した。その結果、財政融資資金特別会計などから20兆円の取り崩しが閣議決定され、その内容を盛り込んだ「簡素で効率的な政 府を実現するための行政改革の推進に関する法律」が2006年6月に成立した。
 2回目は、2007年11月の話だ。自民党財政改革研究会(与謝野馨会長)が、増税路線を打ち出したが、中川秀直元幹事長が異論を唱え、増税の前に特別会 計積立金のうち財政貢献できる部分があると主張した。ところが、この増税反対論に対して、財政改革研究会は「そのような話は霞が関埋蔵金伝説だ」と揶揄 し、「埋蔵金は存在しない」と応酬した。中川氏は、具体的に財政融資資金特別会計と外国為替資金特別会計の繰越利益・当年度利益が合計40兆円あると指摘 し、それらは過大であると反論した。財政当局はこの指摘を受け「埋蔵金」の存在を認め、10兆円を2008年度予算に取り入れることとした。
 1回目と2回目での「埋蔵金」は、特別会計のバランスシートにおける資産負債差額の総計である。資産負債差額が行政の「無駄」につながるかは、慎重な検討を要する。まず、無駄に使わなかったからこそ、その結果、資産負債差額として残っているといえる。
 ただし、過剰にもっているかどうかで、有していることが無駄であるかどうかがわかるであろう。1回目の20兆円、2回目の10兆円はいずれも取り崩され て、一般会計や国債償還に使われたのであるから、結果として特別会計では過剰な剰余金をもっていたわけである。それは無駄にもっていた埋蔵金だったといわ れても仕方ない。
 3回目の関わりは今年7月に出た「清和骨太」の埋蔵金50兆円である。7月4日、自民党の総裁派閥である清和政策研究会が発表した政策であるが、まず、「骨太」の意味を説明しておきたい。
 そもそも「骨太」というのは、正式名称についていえば、2001年は「今後の経済財政運営及び経済社会の構造改革に関する基本方針」、2002年から 2006年まで「経済財政運営と構造改革に関する基本方針」、2007年と2008年は「経済財政改革の基本方針」である。いずれも、6月までには閣議決 定されて、次年度の予算方針などの前提となる国の経済政策の基本方向を定めている。
 じつは2年前に、「骨太2006」というものがあって、その後の5年間、2011年度までの「5年間の予算シーリング」がすでに決まっており、それで2011年度のプライマリーバランス黒字化が目標となっている。
 ところが近年、社会保障費2200億円をカットすべきかどうかという問題や、基礎年金について国庫負担割合の引き上げにどのように対応すべきかという問題 があり、さらには、ここ2年間の名目成長率が政府見通しを大幅に下回り、税収も下方修正せざるをえなくなっている。ということは、本来であれば経済状況を 踏まえて、2011年度の黒字化目標を含め、今年の「骨太2008」では「骨太2006」を改訂すべきであった。
 埋蔵金の話を抜きに、来年度以降の予算の話などできるわけないが、なぜか諮問会議が埋蔵金の話をしないまま、6月27日に「骨太2008」は閣議決定され た。社会保障費の問題や2011年度のプライマリーバランス黒字化などについて、この「骨太2008」では解が盛り込まれておらず、明らかに不完全であっ た。そこに、清和研の政策提言は、具体的な財源の裏づけのある答えを示した。つまり、埋蔵金の活用によって、社会保障問題への対策や、成長・環境などの新 たな課題にも対応しつつ、2011年度のプライマリーバランスの黒字化の方針は堅持できるとした。
 8月1日、福田康夫総理は政権発足後初の内閣改造を行なったが、「清和骨太」の作成に関係していた、いわゆる「上げ潮派」は一掃されたかたちだ。
 しかし、「清和骨太」が示した事実は、今年度の補正予算編成や来年度の予算編成に確実に大きな影響を与えるはずだ。つまり、少なくとも来年度までは、消費 税増税の議論はできない。福田総理が自ら公言しているが、50兆円の埋蔵金が否定できない以上、増税論議はできるはずがない。伊吹財務相(前自民党幹事 長)も、埋蔵金は10兆円以上あることを認めており、今年度補正予算と来年度予算ではそれを活用せざるをえないわけだ。

◇ 4四半期ぶりのマイナス成長
 以上を踏まえて、3回目の埋蔵金50兆円を説明しよう。7月4日、「上げ潮派」といわれる中川秀直自民党元幹事長らが中心となって、清和政策研会として 「『増税論議』の前になすべきこと」という政策提言を行なった。陣頭指揮をしたのは杉浦正健さん、奥野信亮さんである。山本拓さんも精力的に活動してい た。私も手伝って、派閥集団が新たな「霞が関埋蔵金」の存在を指摘したのだ。
 今回の埋蔵金50兆円は、3つの部分からなる。第一に、今年度中に使えるものとして6兆円。第二に、来年度予算に使えるものとして10兆円。第三に、その後3年間で使えるものとして19兆~37兆円だ。
 これらが無駄なお金であったかどうかであるが、6兆円と10兆円は、使われていなかったという意味では、ひどい無駄遣いであったわけではないが、うまく使 われてこなかった金であることは間違いない。19兆~37兆円はこれからよい政策をすることによって生み出すわけで、無駄な政策をしない結果といえる。以 下では、補正予算が話題になっているので6兆円を中心としつつ、10兆円にも触れてみよう。
 第一の6兆円は、新たな負担なしで補正予算に対応するにはこの部分で賄える。なぜ補正か。いろいろと大型補正の声も聞かれるが、なぜかといえば、とうとう 景気が悪くなったからだ。8月13日、内閣府は2008年4―6月期の国内総生産(GDP)速報値を発表したが、実質GDPは前期比0.6%減、年率換算 で2.4%減だった。2007年4―6月期以来、4四半期ぶりのマイナス成長だ。民間エコノミストのあいだでは、今年初めからすでに景気後退に入っている のではないかといわれていた。政府が景気後退を認めるのはいちばん最後であるので、これで景気後退が確実になったといえる。
 同じ内閣府が発表している景気動向指数、景気ウォッチャー調査をみると、景気減速は2007年中に始まったのだろう。この景気後退は、しばしばアメリカ経 済の景気減速を背景にした輸出の減速が主要因といわれ、内需の柱である個人消費や設備投資の落ち込みが響いたとされている。しかし、4―6月期のアメリカ の実質GDPの伸び率は、鈍化したとはいえ、まだ0.5%増であった。サブプライム問題の本家本元のアメリカのほうがまだマシということは、日本の景気後 退が国内要因(ホームメイド)であることを強く示唆している。
 ただし、日本の景気後退は大したことはないという意見もある。8月4日付の『フィナンシャル・タイムズ』紙は、「日本の景気後退は景気後退でない」と題し て、「住宅バブルや金融危機もない。アジア向け輸出も伸びている」と指摘し、「日本政府に求められているのは、改革強化であって、設計の悪い財政出動でも インフレに対する日銀の過剰反応でもない」としている。そのうえで、日銀に対しては「金利を維持し、長年のデフレに慣れきった日本人に対して、ガソリン以 外にも価格上昇を覚悟させるようにせよ」、政府に対しては「漁船のための燃料補助金は悪い。道路建設もさらに悪い。無駄な財政出動に抵抗し、小泉構造改革 に回帰せよ」と提言している。
 これは1つの正論であろう。それに、この機会に予算分捕りもあり、与党から見れば選挙向けのばらまきとなる恐れもある。ただし、どうしても「景気対策」が必要というのであれば、この正論の趣旨に即したものにすべきだ。

◇ 日本の景気が後退した理由
 具体的な景気対策を論ずる前に、日本の景気後退の理由を整理しておきたい。
 景気減速が2007年中に始まったとすれば、効果のラグを考慮して2006年中の出来事に注目すべきである。
 いまサブプライム問題をきっかけとして、アメリカ経済は危機状況に陥っているが、2006年には住宅価格の上昇率が鈍化するとともに、住宅ローンの延滞率 が上昇してきたという状況であったものの、サブプライムローンが世界的に問題視されはじめたのは2007年夏ごろからである。しかも、日本はサブプライム 問題の発信地ではない。
 まず思い出すのは、定率減税の廃止だ。定率減税は、所得税と住民税の税額をそれぞれ20%、15%減額するもので、景気対策のために暫定的に1999年から導入されていた。それが、2006年(度)と2007年(度)で半分ずつ段階的に廃止された。
 定率減税の廃止は、マクロ経済的観点からみれば、3兆円強の所得税増税になる。その経済効果は、ある試算によれば、実質GDPを0.5%程度低下させるという。
 また2006年は、日銀が金融引き締めに転じた年でもあった。2006年3月9日、日銀は量的緩和政策を解除した。2006年7月14日、2007年2月21日、日銀は誘導金利をそれぞれ0.25%ずつ引き上げた。
 量的緩和政策の解除は金利に換算すると0.5%程度の効果であるといわれているので、一連の金利引き上げは1%程度と思っていいだろう。ある試算によれば、この一連の金利引き上げによるマクロ経済効果は実質GDPを0.5%程度押し下げるといわれている。
 いずれにしても、マクロ経済的には、2006年に財政引き締めと金融引き締めが同時に行なわれたわけで、形式的に考えても、実質GDPを1%程度押し下げてもおかしくない。
 ちなみに、実質GDP伸び率について、2007年度の政府の見通しは2.0%であったが、実績は1.6%。2008年度の政府見通し2.0%が、実績見通 しは1.3%にとどまった。また、名目GDP伸び率について、2007年度の政府の見通しは2.2%であったが、実績は0.6%。2008年度の政府見通 し2.1%が、実績見通しは0.3%にとどまった。
 この名目GDPの低迷と裏腹のことであるが、ホームメイドインフレの指標とされ総合的な物価の動きを示すGDPデフレータについて、2007年度の政府見 通しは0.2%であったが、実績は▲1.0%、2008年度の政府見通し0.1%が、実績見通しも▲1.0%と2年連続して大きく下回った。

◇ 金融のイロハを間違った日銀
 こうした経済指標を見ても、2006年の財政引き締めと金融引き締めのどちらが主因であるかを判断することは難しい。ただ、明確な決まりはないが、政府見通しについて、実質成長率は政府、GDPデフレータは日銀の責任という漠然とした思いはある。
 もっとも、日銀はその責任分担さえ拒否してきた。現行の仕組みでは、日銀は、政府経済見通しについて、マクロ経済運営に関して基本的視点を共有するのみで あり、コミットメント(結果責任を伴う約束)はしていない。この意味で、政府見通しの達成義務は政府だけにあり、それが達成できなくても、日銀は政府に対 して何の責任もないことになる。日銀は、どこにもコミットしておらず、経済運営の結果についていっさい責任は生じないというのだ。
 考えてみればこれはおかしいのだが、いまの日銀法の下では仕方ないことである。ちなみに、日銀法では「日本銀行の通貨及び金融の調節における自主性は、尊 重されなければならない」(第3条第1項)、「日本銀行は、通貨及び金融の調節に関する意思決定の内容及び過程を国民に明らかにするよう努めなければなら ない」(第3条第2項)となっており、政府との関係は、「日本銀行は、その行う通貨及び金融の調節が経済政策の一環をなすものであることを踏まえ、それが 政府の経済政策の基本方針と整合的なものとなるよう、常に政府と連絡を密にし、十分な意思疎通を図らなければならない」(第4条)と規定されているのみ で、意思疎通さえすれば、結果は問わないのだ。
 これは、中央銀行の独立性を曲解しており、日銀法の欠陥であるといわざるをえない。現行制度の下では、先進国の行政機関で導入されているPDCA(PLAN‐DO‐CHECK‐ACT)サイクルさえ、日銀には適用できない。
 中央銀行の独立性については、中央銀行は政府と目標を共有するが、その達成手段は中央銀行に任せ、政府が口出ししないとなっているのが世界標準である。と なれば、中央銀行の目標について、政府が設定するか、または政府と中央銀行が設定し、その目標の達成は中央銀行に任せて、中央銀行のPDCAサイクルを適 用できるわけだ。このような中央銀行と政府の関係について、しばしば「中央銀行は目標の独立性をもたず、手段の独立性をもつ」と表現している。
 こうした見方について、日銀としては政策委員会・金融政策決定会合で決めた金融市場調節方針にコミットメントしていたとの反論があるかもしれない。たしか に、2001年3月から2006年3月まで、消費者物価指数(全国、除く生鮮食品)の前年比上昇率が安定的に0%以上となるまで継続するとの明確な「約 束」に沿って、量的緩和政策を継続してきた。
 ただし、これは外部から見たら「言い訳」にすぎない。というのは、日銀は物価見通しをこれまで何度も下方修正して、それでシナリオどおりだという後出し じゃんけんばかりやっている。日銀はフォワードルッキングといって、先読みの政策をやってきているというが、先読みがあったためしはない。
 また、見るべき物価を間違えている。一般的に、物価はGDPデフレータで見るのが優れている。ただしGDPデフレータは統計作成が遅れるため、できるかぎりそれに連動するもので物価を見る必要があるので、コアCPI(消費者物価指数)で見るのが世界の常識である。
 海外では、このコアCPIは変動の激しいエネルギー・食品を除いているのが通例であるが、日本はなぜが生鮮食品しか除いていない。このため、コアCPIの 数字で海外から誤解を招くことが多かったので、竹中平蔵氏が総務大臣になった2006年から、エネルギー・食品を除いたCPIも公表するようにした。とこ ろが、マスコミ報道は相変わらず、古いCPI(除く生鮮食品)であり、日銀も古いものを使いつづけている。
 ちなみに、6月のCPI(除く生鮮食品)は前年同月比1.9%の上昇であるが、CPI(除くエネルギー・食品)は0.1%、4―6月期のGDPデフレータは前年同期比1.6%の下落であった。
 このようにいうと、「日常品で値上がりしているのでインフレではないか」という声が聞こえてくる。だがインフレというのは、正しくは全体の物価水準の上昇 であり、現在のような状況は「海外インフレ、国内デフレ」である。国内が本当にインフレになれば、賃金も地価も上がるはずであるが、そうなっていない。
 いずれにしても、ホームメイドインフレの指標であるGDPデフレータがマイナスである以上、日銀の金融政策は失敗したといわざるをえない。要するに、 GDPデフレータがマイナスのまま、しかもそれはCPI(除くエネルギー・食品)を見ていても容易に判定できたにもかかわらず、2006年から金融引き締 めを行なったのは、金融政策のイロハを間違ったのである。
 さらに、増税を行なう政府と金融引き締めを行なう日銀とのあいだの連携も結果としては不十分だった。こうして景気後退になった。

◇ もっとも効果的な経済政策は
 以上を踏まえ、景気対策を考えるなら、単純にいえば、2006年の逆をやればよい。つまり、金融政策を緩和しゼロ金利・量的緩和政策まで戻るとともに、財政政策も定率減税を復活させればよい。
 さらに、経済政策のセオリーを使うと、もっと効果のある対策もある。マクロ経済政策の効果について、マンデル=フレミング理論というノーベル経済学賞の栄 誉に輝いた有名な理論があるが、同理論によれば、変動相場制の下では、金融政策のほうが財政政策より効果が高い。財政政策は為替変動・輸出入変動を通じ て、その効果が海外にスピルオーバーするからだという。
 ここで、今年度中に使える埋蔵金6兆円に戻ろう。じつは2回目の埋蔵金10兆円(正しくは9.8兆円)について、今年度予算で国債償還に充てられていると 説明したが、正確にいうと、埋蔵金9.8兆円のうち、市中の国債買い入れに充てたのは3兆円だけであり、残りの6.8兆円分は、日本銀行が保有する国債 3.4兆円分と、財務省の資金運用部が保有する国債3.4兆円分を買い入れるとされていた。
 要するに、6.8兆円は広義の政府部門の国債償還に充てられているので、政府の外から見れば、何もしていないことになる。つまり、まだ使えるわけで、これが6兆円の意味だ。
 もうおわかりであろうが、マクロ経済効果が少なく財政赤字を増す定率減税の復活もさることながら、それよりも埋蔵金6兆円を活用すべきである。マンデル= フレミング理論の応用になるが、この6兆円を財政支出や減税より市中国債の償還に回すほうが、長期金利低下となって、金融緩和政策と相まって、大きなマク ロ経済効果になるにちがいない。
 こうしたマクロ経済政策ミックスは金利低下を促すので、実質的には設備投資減税と同じことになる。今回のようなエネルギー・輸入価格を上昇させ交易条件を悪化させる外的ショックに対して、省エネ体質にして長期的な競争力を強化するために、政策的にも望ましい。
 埋蔵金6兆円を使わないのは、もったいないし無駄である。使うとしても、財政支出や減税より、市中国債の償還のほうが、効果的という意味で無駄がない。ま して現在、与党内で議論されているように、金融政策なしで個別業界対策のような支援を行なうのは、ここで述べたマクロ経済政策ミックスと比べると、大いに 無駄な対策である。
 最後に、来年度予算に使える10兆円の内訳に触れよう。
 今年度の特別会計では、来年度への繰越金が25.4兆円ある。特別会計は、1年間で使い切れなかったお金は次年度に繰り越せるのである。だが余っているなら、その金を一般会計に返せばよい。
 ただ、約25兆円の繰越金のうち、翌年度に繰り越さないと資金がショートして支障が出かねないものある。しかし、一般会計に繰り入れても問題ない繰越金 が、私の見積もりによると、5.3兆円ある。その内訳は、労働保険特会で0.8兆円、財政融資特会で2兆円、外為資金特会で2.5兆円である。
 また、特別会計で今年の黒字分を繰り越すのは、会計学でいうフローの数字だ。一方で、ストックに当たる積立・準備金がある。そのうち、財政融資資金特別会計は、金利リスクに備え現在10兆円の積立・準備金をもっているが、ここから4兆円分を取り崩すことは十分に可能だ。
 もう1つは、労働保険特会である。先に指摘したとおり、雇用保険料が高すぎるのか、0.8兆円もカネが余っている。にもかかわらず、一般会計から毎年0.2兆円が投入されている。
 すき焼き三昧の離れに、粥をすすっている母屋から仕送りをする必要はなく、すぐ停止すべきだ。「骨太2006」では、社会保障費の自然増分を年に2200 億円ずつ抑制するとされ、それは難しいと厚生労働省は文句をいっている。だが、自分たちがもっている労働保険特会の埋蔵金だけで解決できる。さらに、労働 保険はストックベースでも4兆円以上余っているので、それらを取り崩しながら、長期的に維持可能な社会保障システムを考えたらいいだろう。
 こうしたお金をうまく使わなければ、無駄なお金といわれてしまうだろう。

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無駄となりそう....。