火曜日, 10月 21, 2008

リーマン破綻への正当な評価:竹中平蔵(慶應義塾大学教授)


Voice2008年10月21日(火)20:59
政策当局のなかにいた当時、私は次のようなコメントをしたことがある。

「政策は本当に難しい。法律という強い枠組みがありつつも経済の福利厚生を最大化するという複雑な方程式を民主主義という政治プロセスの中で解かないとい けないからだ。民間のシンクタンクやエコノミストが簡単に批判するようなお手軽なものではない」(『日本経済新聞』2006年1月5日)

政策過程論の専門家である曽根泰教教授(慶應義塾大学)は、授業やセミナーでしばしばこの表現を引用してくださる。読んで字のごとく、政策問題はその中身 が一般の想像以上に複雑であることを意味している。したがって日常的な政策報道にはどうしても不十分な点が見られるが、それはある程度はやむをえない性格 をもっている。政策についての大まかな意味合いが伝われば、それで十分と考えねばならないのである。

しかし、リーマン・ブラザーズの経営破綻が問題となった今回のケースを見ていると、やはり正確な政策論議を関係者が行なわないと、風評被害など大きなマイ ナス効果が現れることが懸念されるように思う。困難な金融問題の発生という1つの極限的状況のなかで、いまこそ政策リテラシーを高める工夫が求められるの である。

今回のリーマンのケースを例に取り、具体的に2つの問題点を指摘したい。

第一に、「公的資金」という言葉を使う際に明らかに混乱が見られていることだ。周知のようにリーマン・ブラザーズは、政府が同社に特別の措置をとらなかっ たことを受けて破綻した。その意味で、公的資金の投入はなかった。ポールソン財務長官は、「公的資金を考えたことは一度もない」と述べたのである。その直 後、保険会社AIGのトラブルが問題になった際に、政府は資金を融資することを決め、結果的にAIGの混乱を抑える役割を果たした。これに対し、なぜその 前のベアー・スターンズや直後のAIGと違う措置をリーマンにとったのか、整合性がないといった批判がメディアでは聞かれた。こうした点は、ほとんどのテ レビコメントでも、また主要紙の社説においても見られた。しかし、そもそも公的資金という言葉には、いくつかの異なった意味合いが含まれていることを知ら なければならない。少なくとも今回の件では、2つの意味を識別する必要がある。

第一の意味は、中央銀行による流動性の供給だ。山一證券に対する1965年の日銀特融は、まさにこれに当たる。これに対し第二の意味は、資本注入である。 2003年5月、金融庁は、りそな銀行に対して約2兆円の公的資本を注入したが、これはまさに第二のケースだ。要するに、第一は資金繰りを助けるためのも のであるのに対し、第二はバランスシートが毀損したことに対して自己資本を充実するための措置である。

金融機関といっても銀行の場合は、不特定多数の人から預金を受け入れて決済システムを構成する特殊な機能を有している。したがって多くの国で、中央銀行に 対する流動性供給、政府による資本注入の仕組みが整備されている。アメリカも日本も同様である。しかし、証券会社や保険会社の場合、社会の決済システムを 担っているわけではないので、公的な部門がこのような措置をとることの正当化が難しい。日本の場合、流動性に関しては、金融秩序を維持するための非常手段 としての「特別融資」が日銀法に規定されてきた。だからこそ山一證券に対する救済が行なわれた。しかし資本注入は、あくまで銀行にのみ可能な措置である (預金保険法に規定)。

じつはアメリカでは、今回の一連のサブプライム問題を受けてFRB(連邦準備制度理事会)は銀行以外の証券会社などにも直接融資を行なう措置を準備した。 しかしリーマンの場合、おそらくバランスシート上に深刻な問題があり、こうした融資だけでは事態を改善できないと当局は判断したのではないか。少なくとも 外部からは、資本注入なくしては解決しないと判断したと推察されるのである。しかし銀行以外の金融機関に資本注入すれば、文字どおり深刻なモラルハザード を起こす可能性がある。だからこそポールソン財務長官は「公的資金を考えたことはない」と発言した。ついでにいえば、だからこそリーマン経営破綻の発表に 併せてメリルリンチに対する措置(バンク・オブ・アメリカの支援)を発表し、影響が広がるのを避ける措置をとったものと思われる。

このように公的資金の異なった意味を解釈すれば、アメリカ金融当局への評価は一般のものとはかなり異なったものとなる。

第二は、日本政府の対応に関して、である。日本国内ではほとんど問題にされなかったが、今回リーマンの日本法人は即座に業務停止の処分を受けた。おそらく トラブルの拡大を避けるための措置であったろうが、本当に業務停止の処分が適切であったかどうかについては議論があって然るべきだと思う。こういう事態に なった以上、資産の保全を行なうことは当然に必要だ。リーマンの別の国の法人が、本体に資産を吸い上げられたという話も一部に伝えられている。しかし資産 保全の問題と、業務を全面的に停止するべきかどうかは別問題である。資産保全をしながら業務の一部を続ける方法も、あったかもしれない。業務を停止するこ とによって生じた社会的なコストもあるはずだ。問題は、こうした点がまったくといっていいほど議論されなかったことである。政策当局の立場としては、国会 などで責任追及されることを想定してできるだけ堅い措置をとりたがる。この点は理解できる。しかし、役人の保身という点が前面に出すぎると経済全体にマイ ナスの影響を与える。いわゆるコンプライアンス不況は、こうして起きている。今回のケースがそれに当たるかどうかは軽々に判断できないが、少なくとも議論 はあって然るべきだった。

政策問題は本当に複雑である。これを評価するには、評価する側にそうとうの政策知識が求められる。通常の場合はそれほど問題にならなくとも、今回のように 極限状況での政策判断となると、評価する側の責任も大きくなる。筆者はかねてから、民間の政策能力を高める必要があること、そのためにポリシー・ウオッ チャーの育成が必要なことを述べてきた。今後とも、複雑な金融・財政問題が続くと予想される。そうしたなかで、真のポリシー・ウオッチャーを社会全体で育 て民間の側から正確な政策評価を行なわないと、対応を大きく誤るリスクが高まっている。

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