金曜日, 9月 21, 2007

総理がいなくてもやっていける日本

末期的だよね

「
フィナンシャル・タイムズ

(フィナンシャル・タイムズ 2007年9月19日初出 翻訳gooニュース) FT東京支局長デビッド・ピリング

米テレビドラマ「The West Wing(ザ・ホワイトハウス)」に、作中の米大統領ジェド・バートレットが撃たれて緊急手術を受けるという話がある。大統領は間もなく回復するが、その 後、大論争が持ち上がる。大統領が手術を受けていた間、いったい誰が国を動かしていたのか、というのだ。全ては平常に戻るが、大統領が麻酔をかけられてい た数時間、実は憲法上の危機が起きていたのではないかという議論が後からぶりかえす。というのもあの数時間の間、アメリカには正当な最高権力者がいなかっ たからだ。

現実の日本では、安倍晋三という若すぎた首相が12日に辞任表明。52歳という年齢は首相には若すぎたと言われてしまったが、辞任の本当の理由はまだ全て が明らかになっていない。23日には、与党・自由民主党の新しい総裁が決まり、25日には国会で総理大臣として指名される。辞意を表明した翌日、くたびれ きった安倍氏は入院し、政府から退場した。とするとこの国を動かしているのは、正確にはいったい誰なのだ?

と言うことを、誰も気にしていない。あるいはほとんど気づいてもいない。そしてそのこと自体が、日本における権力と民主主義の本質について、なかなか興味深い点をいくつか浮き彫りにしている。

結局のところ、安倍氏は国民に選挙で選ばれた首相ではなく、半世紀にわたって権力を独占してきた政党に選ばれた首相だったというわけだ。ということは、安 倍氏というのはベネズエラのチャベス大統領の日本版だったのか?——と思われるかもしれない。しかし日本の首相というのはベネズエラの大統領とは全く違 う。確かに数年前から、内閣は少しずつ権限を強めてはいるが、日本の総理大臣というのは先進国の中でもきわめて力の弱い指導者のひとりなのだ。

カレル・ヴァン・ウォルフレン氏は1989年発表の名著「日本権力構造の謎」で、このパラドックスを詳しく分析した。あの本が発表されて以来、日本の政界は二転三転しているが、混乱の末にやがて何が新しく生まれてくるのか、誰もはっきり見通せないままだ。

1993年に自民党は9カ月間、政権の座を追われた。野に放り出されたこのわずかにして唯一の経験の後、自民党は他党との連立に頼ることで権力にしがみつ いてきた。そしてこの不安定な状況下の日本では、まもなく二大政党制が成立するのではないかという憶測がさかんに飛び交うようになった。

二大政党制成立の予測は、実現しつつあるように見えるかもしれない。2001年に首相となった小泉純一郎氏は、自分の党を「ぶっ壊す」と掲げて出馬。「自 民党をぶっ壊す」というこのスローガンはあるいは、自民党が権力を握り続けるための最高の手法だったのかもしれない。小泉氏はこれで地すべり勝利を収めた のだから。そして2007年7月には、民主党の小沢一郎代表が同じスローガンを掲げて参院選を戦った。小沢氏も自民党をぶっ壊すと主張し、そして小沢氏も 大勝した。ということはつまり、自民党の命運は途絶えたということなのだろうか?

手短かな答えはノーだ。というのも自民党は、確かにあからさまな問題をたくさん抱え込んではいるが、見た目と違って、決して政治的に破たんはしていないからだ。日本は確かに未だに、一党支配の国かもしれない。しかしそれでもどうにかして、民主国家であり続けているのだ。

日本が一党支配下の民主国家だという証拠は、先週の政界の動きからも明らかだった。というのも、国民は安倍氏が嫌いだった。だから国民は、安倍氏を辞任さ せたのだ。もって回ったやり方になったのは、安倍総理が自民党総裁だったからで、自民党総裁である以上、2009年9月には必ずやらなくてはならなかった 衆院選まで、その立場は理屈の上では安泰だったからだ。安倍氏は、空気が読めないと批判されていた。しかし当の自民党は、空気を読むことができた。だから 安倍氏は速やかに退場となったのだ。

いつもこういう展開になる。自民党は確かに、日本国民よりも保守色の強い保守政党だ。しかし自民党の政策は、世論の大きな動きをきっちり追いかけている。 たとえば1970年代にひどい公害問題に対して国民の不安が高まると、自民党は社会党のお家芸を盗んで、一夜にして環境重視の党に変身した。あるいはバブ ル崩壊後の長引く不況対策として民主党が自由市場主義を持ち出してくるや、自民党はそれに対抗して小泉氏を作り出し、民主党の政策を掲げて出馬させた。

今回の総裁選で、ほとんどの党内派閥が結集して福田康夫氏をこぞって支援している光景は、確かに「古い悪い自民党」復活の兆しなのかもしれない。しかし派 閥同士が密室であれこれ取り引きしている今のこの状況でさえ、世論の意向を反映したものだと言える。日本国民は、麻生氏の個性的な人柄が好きだが、それで もやはり総理大臣には福田氏の穏健で落ち着いた安定ぶりを好んでいるのだ。

なのでもしかしたら、日本は確実に二大政党制に近づいているというお題目は、妄想に過ぎなかったという結末になるかもしれない。それよりもむしろ可能性と してあり得るのは、福田氏の下で自民党が今一度、世論を反映する形で自らを作り変えるという展開だ。これはなかなか厄介な作業になる。小泉前首相による市 場主導の改革を継続しつつも、改革に取り残されたと感じている人々を支援しなくてはならないからだ。

あるいは別の可能性として、自民党は次の選挙で負けるかもしれない。しかしそうするとかえって、もっと大々的な政界再編成につながるかもしれない。そして その結果として、はっきりと主義主張の異なる二大政党が出現するよりも、様々な勢力がひとつの当選しやすい政党に結集するという結果になりかねない。その 「当選しやすい政党」が自民党と名乗るか、別の名前にするかは、本質とはあまり関係のないことだ。

そしてひるがえって自民党総裁、別名「日本の総理大臣」のことだが。小泉氏がさかんに努力したにもかかわらず、権力のほとんどを握っているのは、総理大臣ではない。

日本における権力の一部は自民党が、そして一部は大企業が握っている。そしてさらに一部は、政官財という「鉄の三角形」のもう一角、つまり官庁が握ってい る。1990年代に度重なるスキャンダルや政策の失敗ですっかり面目を失った官僚たちは、今はじっと鳴りを潜めている。確かに往時の勢いはないかもしれな いが、しかしそれでも官僚の影響力はおそらく今でも、政治家のそれを上回るはずだ。

たとえば今なら、貧しい地域にいる有権者の不満を解消するという政治的な要請に応えるならば、公共投資の拡大が当然ということになる。しかし官僚たちが、国の財布のひもを緩める気配はまったくない。

つまりだからこそ、安倍氏がモーニングジャケットを脱いで入院着に着替えても、誰もパニックしなかったのだ。自民党は見た目以上に権力をがっしり握りしめている。しかしその手に握った権力の実態というのは、見た目ほど強固なものではないのだ。

」

党の魂をめぐる戦い 自民党総裁選

「
フィナンシャル・タイムズ

(フィナンシャル・タイムズ 2007年9月19日初出 翻訳gooニュース) FT東京支局長デビッド・ピリング

安倍晋三首相が先週、突然の辞任表明で自由民主党を危機に突入させて以来、福田康夫氏と麻生太郎氏は、切っても切れない関係となった。どこに行くにも2人 一緒と言う状態だ。安倍氏に代わって自民党の総裁になり、よって次の総理大臣になろうと名乗りをあげた2人は、23日の総裁選挙に向けて国民に訴えかける ため、一緒にバスや飛行機であちこちを行脚している。

福田氏と麻生氏は実際、同じ目的を抱いている。それはつまり、自民党を守ること。しかし2人の政策やスタイルの違いから、2人は実は自民党の魂をめぐって 争っているのだということが、明らかになってきた。「安倍辞任」の大失態を党として乗り切った後、自民党がどういう政党になるのか、その根幹の部分を2人 は争っているのだ。

自民党幹事長の麻生氏は、党の右派から総裁を目指している。安倍首相と同様に、日本はもっと国際社会の舞台で頭角を現すべきだと考えている。弁舌に優れ、裕福な名家出身であると同時に、一般受けする親しみやすさも兼ね備えている。

福田康夫氏は対照的にドライで辛口、かつガリ勉的な政策通あるいは政治オタクだ。日本外国特派員協会で開かれた19日の記者会見では麻生氏が、福田氏は「霞が関の機械」の言いなりになりかねないと、言外に皮肉っている。

外交政策について2人のスタンスはかなり違う。A級戦犯数人を含む戦没者200万人が奉られている靖国神社について、福田氏は「参拝しない」と言明。一方 の麻生氏は、実際にはおそらく参拝しないだろうが、参拝する権利を手放すつもりはないと示唆して、「自分の国のために命を投げ出してくれた人に敬意を表す ることを禁止する国はない」と述べた。福田氏は、第2次世界大戦がもたらした全ての問題が誰にとっても満足のいく形で解決したと言えるわけではないと認識 した上で、近隣諸国との相互理解を求めていくべきだと主張。この立場も、戦後日本はこれまで十分すぎるほど戦争への負い目を抱えてきたとする麻生氏とは、 対照的だ。

両氏は共に、インド洋で多国籍軍への給油活動を継続することで、アフガニスタンでの「対テロ戦争」に貢献すると表明。この給油活動継続を可能にするテロ対 策特別措置法の延長問題が、安倍首相辞任の表向きの理由だった。アフガニスタンの国際治安支援部隊に関する国連安保理決議に、海上自衛隊によるインド洋で の給油活動などへの「謝意」が盛り込まれたことは、テロ特措法延長の突破口になるかもしれない。民主党など野党はこれまで、「アフガニスタンの対テロ戦争 は国連の承認を得ていない」として、特措法延長に反対していたからだ。

実のところ福田氏は、国際舞台でむやみに日本のプレゼンスを上げることに腐心していない。特に、従来の憲法解釈では禁止されてきた集団的自衛権の行使とみなされる活動について、福田氏は慎重だ。

安倍首相の「主張する外交」がどうも国民にしっくりこないまま終った後とあって、福田氏の穏健な外交姿勢は自民党にとって安心できるものなのかもしれない。しかし自民党が次の総選挙で勝つか負けるかを決めるのは、外交ではなく国内の問題だ。

国内の課題については、安倍氏前任の小泉純一郎前首相の人気と、小泉改革がもたらした自由主義市場改革への反発との間で、どうバランスをとるか。これが、 自民党にとって重大な課題だ。雇用が少なくて経済が停滞している地域の多くは夏の参院選で、自民党に厳しい反撃をくらわせている。

麻生氏は、「どこにも行かない道路」などを造る公共事業のばら撒きによる、強引な地方経済の振興には反対している。その代わり、地域経済が自ら復活できる よう、行政のしきたりを破り、地方分権を促進すると方針を示した。とは言うもののその一方で麻生氏は、明らかに保護政策や補助金などのことを意味しつつ、 国際競争をする企業に求められる「グローバル・スタンダード」を必ずしも地域経済に要求する必要はないだろうと付け加えている。

福田氏も「自立と共生」ということを訴えている。改革続行と規制緩和を進める上で、今までよりも優しい、家長的なアプローチを組み合わせることは可能だろ うという考えだ。小泉改革による市場主義による行き過ぎが、日本の格差を拡大させたという意見があると福田氏は言及。これまで阻害されてきた人々の声を、 政府がよく聴いてよく考えていかなければ、反発の嵐に押し流されて、改革そのものが「破滅」してしまうだろうとの考えを示した。

」

所詮大同小異なんだって....。

金曜日, 9月 14, 2007

安倍政権1年、ひどい1年は辞任で幕

「
フィナンシャル・タイムズ


(フィナンシャル・タイムズ 2007年9月12日初出 翻訳gooニュース) FT東京支局長デビッド・ピリング

今月11日のことだ。ふだんは羊のように大人しい日本人記者団が珍しく、安倍晋三首相に「少し体調が悪いようだが」と立ち入った質問をした。首相はこれに 「ちょっと風邪をひきました」と返答。しかし振り返ってみればこれは、予兆だった。映画ではたいがい、登場人物がくしゃみをすれば、そのキャラクターは後 のほうで死ぬことになっているものだが、案の定、「ちょっと風邪をひきました」と答えてから24時間もたたない内に、安倍首相は政治的な屍と化していた。

首相の辞任会見後に会見した与謝野馨官房長官は、首相が自ら口にすることはなかったが、辞任の理由のひとつに健康問題があったのではないかと述べた。

「総理は自分の健康が総理大臣の厳しい日程・精神的な重圧に耐えられるかどうか、常に吟味していた」と官房長官。

確かに12日の辞意表明会見で、安倍首相はげっそりと生気がなかった。声は小さく、元気もなくて、狭い会見室の後ろのほうにいた人たちは、首相が何を言っているのか聞き取るのに苦労するほどだった。

健康問題を辞任理由にする自民党の説明の仕方が、単なる目くらましの煙幕なのかどうかは、間もなく明らかになるだろう。しかし何が突然の辞任の契機となったにせよ、安倍首相の近くにいた人々はみな驚いていた。

「絶対に戦い続けるはずだと信じていた」 首相を良く知る関係者はこう言う。

これが7月に参院選で惨敗した後に、首相が辞任していれば、誰も驚かなかったはずだ。自民党52年の歴史の中でも最悪の敗北だったとされるあの選挙で、有 権者は安倍首相のリーダーシップと政治テーマをとことん拒絶したのだ。なかでも、ここ数年の自民党の経済政策によって取り残され、のけ者にされたと感じて いる地方や貧しい県の有権者は、きっぱりと安倍政権にそっぽを向いた。

にもかかわらず安倍首相は、政治的な慣例を破り、党内重鎮たちの声も聞き入れず、続投を表明。参院選大敗の責任をとって辞任するのではなく、国際社会において顔を上げて主張することのできる日本をつくるという野望実現のため、努力し続けると表明していた。
心機一転の再出発を期して、首相は8月に内閣を改造。閣僚が4人も不祥事や失言などで辞任する羽目になった「軽量級」の第一次内閣とは異なる、より堅実で 有能な布陣をそろえたかに見えた。しかしそれからたった1週間もしないうちに、農林水産大臣がスキャンダルで辞任するという事態に陥っていたのだ。

首相はその後、海上自衛隊がインド洋で米国など同盟国の艦船に給油することを認めるテロ対策特別措置法の延長に、自分の将来を賭けることになる。というの も、参院第一党となった民主党が、「直接的に国連安全保障理事会から承認されていない」という理由で、延長に反対しているからだ。

先週末にシドニーで開かれたアジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議で、安倍首相はブッシュ米大統領に、テロ特措法延長を約束。さらに記者会見で、 そのために「職を賭す」と発言し、延長できなければ辞任する意向を示唆したのだ。この発言は、首相が面目を保ちながら辞任する口実を作るための、いわば出 口戦略を自ら用意したものだと、そう解釈する声もあった。

しかし帰国後の首相は、戦い続ける意志があるかのような姿勢を見せていた。10日には臨時国会を開いて所信表明演説。与党が衆院で獲得している3分の2の圧倒多数を使ってテロ特措法延長を衆院で再可決する意欲があるかのようだった。

けれどもその同じ日、安倍氏の後継と目されている麻生太郎氏によると、首相は「困難な状況」打開のために自ら退くと、辞任の意向を麻生氏に伝えていた。

辞任表明のタイミングに、大勢が驚き、そして政治状況をいっそう混乱させるものだと反発した。「大変なことになる」と政府関係者は話す。

しかし短命政権で終る羽目になった安倍首相の就任直後から、今回の事態の予兆はあちこちにあった。就任直後に果たした中国訪問で、首相は冷え切っていた両国関係の回復を図り、「戦略的互恵」と呼んだ日中関係の構築を掲げるというシンボリックな外交成果を挙げた。

しかし思えばこれこそが安倍政権の絶頂期だったわけで、それ以降は閣僚のカネのスキャンダルと失言(女性を「産む機械」と呼んで、有権者の半分の反感を買った大臣さえいた)が相次ぎ、首相の支持率は60%から20%台までひたすら下落し続けた。

ただでさえ支持率が低下し続ける中、社会保険庁が3000万件分の年金記録を紛失したという事態があかるみに出て、安倍政権はさらに横殴りの打撃を受ける羽目に。

米コロンビア大学の日本専門家ジェラルド・カーティス教授は、年金記録問題こそが安倍首相にとっての「ハリケーン・カトリーナ」だったと指摘する。 2005年に米南部を襲ったハリケーン・カトリーナがブッシュ米大統領自身の責任ではなかったと同様、年金記録の紛失は安倍首相本人の責任ではないもの の、事後の対処の仕方があまりにひどかったせいで、首相の(あるいは大統領の)感覚と国民の感覚がいかにずれているか、そのずれの大きさを象徴する出来事 だったからだ。

日本経済はもう5年間も成長基調にあると言われるが、全くそれを実感できない。日本各地で一般国民は、そのことを何よりも心配している。にもかかわらず、安倍首相は「美しい国」作りというお題目を唱え続けたのだ。

「自虐的」だと安倍氏が呼ぶ日本人の自己像を捨て、日本の誇りを復活させようと安倍氏は訴えた。これは祖父・岸信介氏から安倍氏が引き継いだものだ。戦時 中の東條内閣で大臣を務めた岸元首相は敗戦後、A級戦犯容疑で逮捕され収監されたが不起訴となった。この岸元首相の孫である安倍氏は、祖父の愛国心を尊敬 し、たとえ国民に不人気でも国益のために正しいと信じることを実行するべきだという、そういう信念を抱いていた。

岸元首相は1960年、国内を揺るがした反対デモを無視して日米安保条約改定を断行したものの、混乱を招いた責任をとって辞職。安保改定を達成した上での、まさに栄光の炎にわが身を焼くがごとくの失墜だった。

孫の安倍氏もやはり日米関係が間接的な原因となって、首相の座を降りることになった。しかし1年で終った安倍内閣は結局一度も、「栄光の炎」に輝くことはなかったのだった。

」

これで「ぼっちゃん」にはうんざりしたんだよね。
三代続く日本のぼっちゃん首相の顛末や如何に!ってトコ?

土曜日, 7月 28, 2007

日本は絶対に原子力を手放さない

「
フィナンシャル・タイムズ

(フィナンシャル・タイムズ 2007年7月26日初出 翻訳gooニュース) FT東京支局長デビッド・ピリング

マグニチュード6.8の地震に見舞われた新潟県刈羽村の住民の多くは、家を失った。身内を亡くした人たちもいる。にもかかわらず、地震発生直後に多くの人 たちが真っ先に気にしたのはひとつ。村の近くにあるあの原子力発電所から立ち上っている、巨大な黒煙はいったい何だ?——という一点だった。元町議会議員 の武本和幸さんはそう言う。

原発から黒煙がもうもうと立ち上るあの映像は、日本中を震撼(しんかん)させた。世界最大規模の巨大な柏崎刈羽原子力発電所で稼働中だった4つの原子炉は、設計どおりに自動停止した。しかし原子炉以外の部分では、安全対策と安全確保の手順に重大な欠陥があった。

どたばた警察コメディではあるまいに、原発で初期消火にあたった4人は十分に火を消すことができなかった。その理由は、おっとびっくりまさかそんな、消火 用水の水道管が地震で破損していたからだという。地元の消防隊は、被災者の救援活動に忙殺されていたため、出火から2時間近くたってようやく、原発に到着する始末だった。そしてその後の調査で、日本の電力供給の3割近くを担う原発全55基の内、消火体制の整っている原発はひとつもないことが判明した。

ロンドンのハイド・パークの2倍強もの広さがある柏崎刈羽原発は、中越沖地震ほどの規模の揺れに耐えられる造りにはなっていなかった。設計時に想定した揺れの強さについては、1号機は273ガルだったが、実際の揺れは680ガルにも達した。

その結果、放射性物質を含む水が海に漏れ出し、放射性物質が大気中にも放出されるなど、個別に発生した損傷や不具合などのトラブルは63件に上った。柏崎 刈羽原発を操業する東京電力と、経済産業省原子力安全・保安院は共に、漏れた放射能の量は「極めて微量」で、人体はや周辺環境への影響はないと説明し、住 民の不安を解消しようとしている。漏れ出した放射能の影響は確かにそうなのかもしれない。しかし東京電力は当初、放射能漏れはないと発表していただけに、 彼らの言うことを信頼していいのかどうか。

何よりおまけに、今回の地震が起きるまで東京電力は、柏崎刈羽原発の間近くに断層はないと主張していたのだ。今回の地震で、震央(震源の真上)から原発ま での距離は16キロ。さらに、余震などを分析した結果、地震の断層が、原発の地下まで延びている可能性が高いことも判明した。

こうして次々と明らかになる新事実は、反原発派にとっては援護射撃のようなものだ。原発に反対する人たちは、地球上で最も地殻変動が活発な場所のひとつに ある日本で原発を作るなど、狂気の沙汰だと主張しているからだ。神戸大学都市安全研究センターの石橋克彦教授(地震学)によると、日本は全国どこでも巨大 地震に見舞われる危険があるのだという。6500人が犠牲になった1995年の阪神大震災は、それまで地震の危険は低いと信じられていた大都市を襲った。 石橋教授は、地震と地震による核・放射能事故が引き起こす複合的災害(原発震災)で数百万人が犠牲になる危険があると警告している。

地球上にある原発の1割を、地球上で最も地震の活発な地域のひとつに押し込めるのは、果たして賢明なことなのか。原子力発電そのものが大嫌いだというわけでなくても、これにはいささか首をひねりたくなる。しかし原子力政策の担当者たちは、過剰反応はしないほうがいいと話す。まず第一に、中越沖地震から学ぶ べき教訓は、原発の危険性ではなく、むしろその逆かもしれないという指摘だ。柏崎刈羽原発の設計想定よりも2倍以上の最大加速度で地面が揺れたが、原子炉は正常に自動停止した。トラブルが起きたのは、基幹部分ではなかった。大気中に漏れた放射性物質の量は、保安院などの発表によると、「東京~ニューヨーク を飛行機で往復する間に宇宙から浴びる放射線の1000万~100万分の1の量」に過ぎなかった。

国際的な原子力の専門家は、最新の設計技術を使えば、想像できる最大規模の地震にも耐える原発を造るのは可能だと話す。自動停止と冷却機能、漏えい遮断などの機能がある限り、チェルノブイリ型の事故はほとんど不可能なのだという。

ポイントは2つある。第1は、規制・監督の問題だ。民間事業者はどう見ても、安全性について手抜きをしてきたし、地震発生の可能性をありえないほど低く見 積もっていた。これまでのやり方を見ても、日本の経済界は本当のことを隠すのが得意だ。それだけに、政府が徹底的に監視し、積極的に監督機能を果たさなく ては、事故防止のためあらゆる手を尽くしていると国民を説得できない。

第2のポイントは、もっと根本的な問題だ。そもそも日本は原子力産業をもつべきなのだろうか? ここで問題になるのは、石油や天然ガスをほとんど持たない日本にとって、原子力発電のない生活は考えられないということだ。

自分たちは資源の乏しい国——。日本人が抱えるこの根深い強迫観念こそ、1930年代の日本を突き動かし、そして破滅へと追い込んだ帝国主義的野望の最大 要因だった。自分たちには資源がないという日本人のこの強迫観念がいかに根強いものか、日本の外ではあまり理解されていない。たとえば海外の自由貿易主義 者たちは、日本の農産物関税が高すぎると批判しているが、日本国内の議論はそれよりむしろ、カロリーベースで40%しかない食料自給率をどう引き上げるかに移りつつある。

日本は資源に乏しい国だというこの強烈な恐怖は、実は一部で言われるほど、合理性を欠いたものではない。いったん危機が起きれば、国内に食糧とエネルギー が入ってこなくなるという、そういう弱点を日本は抱えているのだ。ということはつまり、日本政府はこれから、原発の安全性向上のために徹底した見直し作業 に入るが、そもそも日本が原子力産業をもつべきかどうかは、これからも議論されないままということになる。

」

予言めいた終わり方ではあるが、実際、その予言は現実のものとなっている。

理想的な話をするならば、次世代のエネルギー資源に関して、開発さえ進めば....ということになるが、直近、水力火力を総動員しても、日本の電気は賄えない!と脅された場合、なるべく目立たないところに、原子力発電所があればイイなぁ....というところに、落ち着いたりもする。 こうしてPCに向かう時間が、現実的に制限されるよりは、その方が「マシ」と考えてしまう弱さである。

結論先送りは昨今の政治の決定的な「質の悪さ」と感じるが、情けないけど、大差ないなぁ....

火曜日, 7月 17, 2007

FTと昼食を 安倍昭恵さんとランチ

ご亭主よりも、キャラ的には好きだったね、この人は....

「
フィナンシャル・タイムズ

(フィナンシャル・タイムズ 2007年7月13日初出 翻訳gooニュース) FT東京支局長デビッド・ピリング

安倍晋三首相の妻・昭恵さんは日本ではスター並みの人気者で、その上、私が昼食をご一緒した数日後には、米ホワイトハウスでジョージ・ブッシュ大統領夫妻 とプライベートなディナーを共にしていた。日本のファーストレディに魅了された大統領は、安倍首相に向かって手放しで賞賛。「素晴らしい奥様を夕食に連れ てきてくださって、ありがとう。首相はとてもよい伴侶に恵まれていらっしゃる。アキエの優しさと知性に、私はつくづく感服した」――と。居心地の悪そうな 表情の安倍首相に向かって大統領はさらに、ファーストネームで首相を呼んで「シンゾー、ローラは新しい友達を見つけたようだよ。私もそう感じている」と付 け加えた。

日本の週刊誌に「アッキー」「アッキーちゃん」(「ちゃん」とはペットや「ハローキティ」につけるたぐいの愛称)と呼ばれている昭恵さんは、夫が昨年9月 に首相就任してからというもの、首相よりも華々しく活躍している。「シンゾー」は、華やかな前任者・小泉純一郎氏の「モップヘア」(訳注・前首相の髪型の こと)な影からなかなか抜けられずに苦労しているが、昭恵さんはもっとすんなり楽々とスポットライトを浴びはじめた。

日本のファーストレディたちはこれまで、「三歩下がって夫の影を踏まず」とは言わないまでも、舞台中央を独占することはほとんどなかった。これに比べると 昭恵さんの場合、(45歳に先月なったばかりの)首相夫人はあちこちで「若くて現代的な日本女性」という扱いで、きらびやかな特集に登場。何を感じ、何に 情熱を抱いているか、正直に表現して恐れない、そういう女性として取り上げられている。

「韓流スター」に夢中で、お酒好き――。昭恵さんは、国家行事の場で夫の手を握ることでも有名だ。これを日本でやるというのは、たとえばブッシュ大統領が ホワイトハウス前庭で記者団を前に、夫人にディープキスするのと等しい(いや、そのイメージは頭から消したい)。昭恵さんは、自分たち夫妻に子どもがいな いこともオープンに話題にするし、「安倍昭恵のスマイルトーク」という10代の若者のようなブログも公開している。

昭恵さんと私は、リッツ・カールトン・ホテル45階のレストランで会うことになった。最近の東京に次々と立ち並ぶ高級ラグジュアリー施設のひとつだ。私は 早めに到着したので、結果的に、礼儀作法を気にするホテルのスタッフを心配させる羽目になった。私がどこで首相夫人を出迎えるべきか、高層階にあるメイン ロビーか地上階か、ホテルのスタッフはひそひそと相談しあっていた。

結局、私たちは地上に降りていく。スタッフはそれでも正しいエチケットについて相談を続けている。するとそこに現れた昭恵さんは、私たちがひそひそと固 まっているのに気づかず、さっそうと前を通り過ぎてしまう。私たちは慌てて後を追う。一緒にエレベーターに乗って上に向かう間、昭恵さんは礼儀正しく私を 無視する。これからランチを一緒にするフィナンシャル・タイムズの相手が私だと、分からないようだ。

夫人の後ろを数歩遅れてついていくと、ファーストレディの目に映る世界というものが、垣間見えた。誰もが次々とお辞儀をして、緊張した笑顔と仰々しい挨拶 をこちらに向けてくる。私たちは続いて、青々とした見事な畳敷きの個室に入り、名刺を交換して、座卓に向かう。ちょっと前にちょっとした誤解があったこと について、昭恵さんは触れない。もしかして、誤解していたのは私の方かもしれないと思う。

昭恵さんは、地味だけれどもファッショナブルなグレーのピンストライプスーツを着ている。世間で言われているような、気楽な人ではないのかもしれないな、 と第一印象で思う。彼女は緊張している。かぼそい小鳥のような声で、唇をさかんにかんで、何かを言い始めても最後まで言い切らずに途切れたり、内気な感じ で笑って、続く言葉を飲み込んでいる。その後に続く沈黙を破るのは、三味線の音色だけだ。

緊張した様子の若いウェートレスがピンクの着物姿で現れる。額を畳にこすりつけんばかりにお辞儀をしてから、震える両手で熱いおしぼりを渡してくれる。す るとちょうどその時、昭恵さんのお腹がグーッと大きく鳴る。すると大したもので、首相夫人は自分のお腹が鳴っているのを隠したりせず、爆笑する。笑いなが ら、手で口元を隠したりしない。

高級料亭にはありがちなことで、メニューはない。前菜(蛤の白ごま味噌和え)を一緒に試しつつ、夫が総理大臣になってから生活がどう変わったか尋ねてみ る。「一番大きい変化は、首相官邸に移り住んだことと、外に出かけるとみんなが私を知っていることですね。外国の元首や要人の奥様たちとお会いするとき は、緊張することもありますが、そんなにものすごく極端に生活が変わったというわけでもありません」

製菓会社の社長令嬢として生まれた昭恵さんは、安倍晋三氏とのお見合いに応じたとき、それがどういう生活を意味するか承知していたはずだ。何と言っても安 倍氏は、祖父と大叔父が総理大臣という、そういう一族の人間なのだから。結婚から4年後に安倍氏の父・晋太郎氏が亡くなり、晋三氏は遠い山口の実家を継 ぐ。総理大臣になるのは、時間の問題だった。「ずっとその日のために準備していたようなものです」と昭恵さんは言う。

昭恵さんはお澄ましをすすっている。私が次に質問するまでに、食べ終えてしまおうということらしい。私はこう尋ねてみる。月末の参院選挙でご主人はひょっ としたら任期満了前に総理の座を失うかもしれないが、そういう状況の中、安倍さんの堅苦しいイメージをソフトにするために、安倍夫人が利用されていると、 自分自身はそうは思わないかと。

「本当のことを言うと、夫はすごくユーモアのセンスのある、面白い人なんです。でも世間に見せている顔は、いつもとてもかしこまっている。私が隣に立つことで、夫のイメージがソフトに柔らかくなるなら、それは私の役目のひとつです」

ひとつ問題なのは、予想していたよりも早く夫が首相になったことだと昭恵さんは言う。「戦うことなく、苦労することなく、首相の座についてしまった。総理大臣になるための準備が足りていないと、夫は感じている」

次のコースは蒸した百合根まんじゅう。これを出そうと、ウェートレスがそこここにヒラヒラしている。夫の代わりに遊説して回るのは、楽しいというよりは辛い役目だと、昭恵さんは言う。

「心から楽しんでいるとは言えません。でもちょっと、スポーツみたいな感じもあって。勝つと、ごほうびにおいしいビールを飲むんです」

ビールの話題が出たのでいいチャンスだと、「お酒がお好きだそうで」と聞いてみる。ほとんど下戸に近い安倍氏とは裏腹に、昭恵さんはかなりの酒豪なのだそ うだ。「私がお酒好きなのは有名です。山口に引っ越したとき、私は近くに親類も友達もいなかったので、支援者のみなさんと仲良くなるには、お酒がすごく役 に立ちました。雰囲気がリラックスしますからね。お酒はとても便利なものです」

この話題が楽しいのか、昭恵さんはさらに続ける。「日本酒も好きですが、最近ものすごくおいしいワインをいただく機会があって。中国に行ったときは、すご く強いマオタイ酒をいただきました。どれだけ飲んでも二日酔いになりませんよ、と言われて。週刊誌は『マオタイ10杯』とか書いていましたけど、それは オーバーです」

昭恵さんの韓国好きについても少し話す(ちなみに韓国も強い酒で有名だ)。そして、いわゆる「従軍慰安婦」の問題をどう思うか、と聞いてみる。戦争中に (多くは韓国の若い女性が)日本軍の売春宿で働かされていたことについて、安倍氏は最近、日本軍は直接関与していなかったという意味の発言をして国際的非 難を浴びた。これについて聞かれると昭恵さんは、明らかにスタッフがあらかじめ用意した想定問答集の中から答えをひっぱってきたような口調で「それについ ては、あまり話したくありません。戦争という状況の中で色々なことがあって、慰安婦になってしまった女の人たちはとてもお気の毒だと思います」と答えた。

二段重ねの重箱に美しく繊細に盛り付けられたごちそうをいただきながら、私はさらに、「控えめで尽くす日本女性」という欧米視点のステレオタイプは本当にそうかと質問してみる。

「私が(広告代理店で)勤めていたころは、女性は数年間だけ働いて結婚と同時に退職するのが普通でした。私は、特にこれを極めたいというスキルも、これを続けたいというキャリア志向もなくて、ただ結婚して幸せな家庭を作りたかった」

昭恵さんの口調は今ではぐっとなめらかで、リラックスしている。「それに比べると今では、ほとんどの女性が大学に進んで、出産後も仕事を続けたいと願って います。でも企業の中はまだ女性にとって難しくて。女性よりも能力の低い男性が出世しがちです。日本女性が外資系企業に就職したり、外国に移住したりする のは、こういうわけです」

それは才能の浪費だと昭恵さんは言う。「日本社会にもパイオニア的な女性はいますが、男の人の考え方が変わらないと。中にはいまだに封建的な考え方をする人もいますから」

それはあなたの夫が率いている、権力を半世紀も独占してきた政党の責任ではないのでしょうか? 日本女性を(役割をきちんと果たしていない)「産む機械」と呼んだ柳沢厚労相を、安倍首相が支え続けたのは最近のことだ。

「柳沢さんが使ったもののたとえは、口が滑ったのだと思います。柳沢さんの奥様は画家で、大学教授を務めていらっしゃいます。自立した方で、ご自分の意見 をお持ちです。もし柳沢さんが本当にそういう古臭い考えをお持ちなら、奥様に仕事を辞めて選挙を手伝うよう命じたはずです。『機械』という言葉はウッカリ 間違って使ってしまわれたのだと思います」

ウェートレスがまた静々と入ってくる。刺身とご飯を茶漬けにするためのお茶を運んできた。日本では、男の生活と女の生活は不平等というよりは、切り離され ているように見えます――と、私は言う。キャリア志向のサラリーマンは、妻や子どもより、自分の会社に忠誠を尽くすよう要求されているようだ。「よく言う じゃないですか」と昭恵さんは冗談めかして言う。「亭主元気で留守がいい、って」

安倍氏は様々な信条の持ち主だが、妻の昭恵さんも同じ考え方なのだろうか。「私はそもそも、そんなにしっかりした考えをもっていなかったんです。そして 20年の結婚生活でだんだんに洗脳されたのかもしれない」と昭恵さんは笑う。「私は政治家ではありませんから。政治家の妻として、夫を応援するために、支 援者集会に行くのです。そういう意味では、私がどういう信念を持っているかは関係ない」

とは言うものの、戦争責任の重みで長いこと卑屈になってしまった(と保守政治家たちは考える)日本に、国としての誇りを復活させるという夫の使命については、昭恵さんにも違和感はないようだ。

「夫の目標は『美しい国、日本』を作ること。美しい国というのは、環境のことだったり、大切な日本の伝統文化のことだったり、日本人の美しい心のことだったりするかもしれない。経済大国になった日本は、失ってしまったものに気づきはじめたのです」

私たちはすでにデザートを楽しんでいる。繊細な桜豆腐に濃厚な餡(あん)と金色の葉っぱがかかったものだ。昭恵さんは、ファーストレディとしてどうしたら いいか、ブレア前英首相の妻シェリー・ブレアさんや、米国のローラ・ブッシュさんにアドバイスをもらったという。その一方で、独身の小泉前首相に言われた 言葉が、印象深く残っているとか。

「総理大臣としての毎日はすごく大変だから、家に帰ってきたらギュッと抱きしめてあげなさい、と言われたんです」と昭恵さんは言う。

それだけ聞くと、いかにも「夫に尽くす女」の伝統的なあるべき姿かとも思えるが、昭恵さんはついつい付け加える。

「もしかして当時、小泉さんをギュッとしてあげる人が誰もいなかったのかしら」

昭恵さんは「ねえ……」とウィンクでもしそうな「訳知り」な様子でこう言う。というのも前首相は在任中、周りに女性を寄せ付けなかったというのが、今では伝説となっているからだ。

「でも今ではお楽しみだと思いますよ」 いたずらっぽくこう言い放ってから、昭恵さんはのけぞって大爆笑した。

」

月曜日, 6月 25, 2007

G8で2位の自殺率 助けを求める声に日本政府も

「
フィナンシャル・タイムズ

(フィナンシャル・タイムズ 2007年6月22日初出 翻訳gooニュース) FT東京支局長デビッド・ピリング

東京の西の郊外にある荻窪駅から乗車する通勤客はおそらくもう、ホームに巧みに設置された幅2メートル高さ1.2メートルの鏡を、いちいち気に留めてはい ないのだろう。鏡がそこにある理由は、飛び込み防止。自分の姿を目にすれば、人は線路に飛び込みにくくなるのではないか、という発想だ。

中央線を運営するJR東日本によると、鏡を5年前に設置してから効果がどれほどあったか、まだ検証していないという。しかしJRが鏡設置を試してみたというそのこと自体から、日本が自殺問題にどう取り組むべきか苦慮している様子がうかがえる。

警察の記録によると、昨年1年間に自ら命を絶った人は3万2155人。1日約90人だ。高い順位に入りたくないこの世界ランキングで、日本は上位に入って しまっている。世界主要8カ国の内、日本よりも自殺率が高いのはロシアだけ。ロシアでは人口10万人中39.4人が自殺している。日本の自殺率は10万人 中24.1人。フランスの18.4人よりもずっと高く、英国やイタリアの3倍にもなる。しかし、どうして?

専門家の中には、日本の伝統文化が背景にあると説明したがる人もいる。自殺を禁じるキリスト教と違い、武士道はかねがね自死は名誉ある去り方だと称えてき たからだと。しかし実際には、1960年代から1990年代半ばに至るまでの日本の自殺率は、確かに国際標準からしたら高めではあったが、現在ほどの高い数字ではなかったのだ。

自殺率が一気に上昇した分岐点は1998年。企業が数千人単位のリストラを開始した時期と重なり、自殺者の数は前年から35%も増えて3万2863人になった。

「経済と何らかの関係があるのは明らかだ」 東京大学のジョン・キャンベル客員教授はこう言う。「(1998年は)リストラが相次いだ、ひどい年だった。 日本の自殺率が高く思えるのは、中年男性の自殺が増えているからだ」 昨年の自殺のうち約3分の2が、40歳を超えた男性によるものだった。

しかし経済回復がもう5年も続き、労働市場は求職者よりも求人の方が多いという引き締まった状態だと言うのに、なぜ自殺率は下がらないのか。それが謎だ。

日本のマスコミがさかんに報道するのは、学校のいじめやインターネットの自殺サイトや掲示板などきっかけにした自殺などだ。確かにこういうケースはそれぞれに悲惨だが、全体に対する割合としてはごく一部に過ぎない。

警察によると、インターネットで自殺仲間を募って実行した人は昨年1年で約90人。学校関係の問題で自殺した人は242人で、自殺全体の1%。とすると残 る自殺の理由は、経済的なものや健康上のものなどだ。経済全体の状況は改善したとしても、経済格差の拡大から、大きな借金を抱えたり、かつての経済・社会ステータスに戻れないと諦めたりと、絶望的な気持ちになっている人がそれだけ増えているのではないか。そう見る専門家は多い。経済や仕事関係の問題が原因 で自殺した人は、昨年1年で約9000人。1998年は約8000人だった。

テンプル大学のジェフ・キングストン教授(アジア研究)は、日本の高齢化が進むに連れて、病気が原因の自殺が増えるだろうと見ている。昨年は自殺のほぼ半数が、健康上の理由を原因としていた。

内閣府自殺対策推進室の高橋広幸氏は、政府のさらなる取り組みが必要だと認めている。そして実際に、今月になって発表した自殺総合対策大綱で、日本政府は 自殺を20%以上減らすという目標を掲げた。高橋氏は、政府の対策のひとつとして、消費者金融の上限金利を20%に抑えるための法的措置を挙げる(訳注・ いわゆる「グレーゾーン金利」撤廃のための改正貸金業法成立など)。これは、借金を原因とする自殺を減らすための、方法の一つになるだろうと高橋氏は言う (一方で、消費者金融の上限金利制限は、経済成長を抑制するほか、消費者金融が貸し付け条件を厳しくするため、闇金融に走る人を増やすだけだと言う批判も ある)。

高橋氏はさらに、政府が「再チャレンジ」のための訓練機会提供を重視していると指摘し、また自己破産法の改正は、救済措置としての自己破産のマイナスイメージをやわらげることを目的としたものだと話した。

これに加えて日本では、うつに苦しむ人のカウンセリングを強化する必要があると高橋氏は言う(カウンセリングは健康保険の対象外)。もし心理カウンセリン グが保険診療で可能になったとしても、今度は「精神科医が足りない」と高橋氏は言う。いずれにしても、予算の制約から、日本のうつ対策はすぐさま解決でき るという問題ではないのだ。

「過去10年間の国の対策は大失敗だった」とキングストン教授は言う。「カウンセリングやセラピーを必要としている人たちが、きちんとした治療を受けられていない。重大な公衆衛生の問題なのに、あまりにも長いこと見過ごされてきた」

この問題にきちんと対応しない限り、自殺率の低減はいつまでたっても何をやっても、鏡や煙に頼るトリックめいた、目くらましに過ぎない。キングストン教授はこう警告している。

」

国の対策がどうのこうのってのもあんだろけど、そも大企業の収益増にばっかり目を奪われて、庶民生活が沈み込む一方の中で、いざなぎ景気を越えた!なんて、能天気な話に終始してる連中に、一体何が分かるのか問いたいね。
スマート官僚さん達は、自身の経歴が第一だから、そんな部署を担当させられた日にゃ、言わぬが花だの、知らぬが仏だの、くさいものには蓋だのって、自殺者が増えようが減ろうが頬被り決め込むのが関の山だろうし、間抜けな政治家さん達は、報告ないと知らないまんまだかんね。

しかしまぁ、中高年の自殺者が多いって、恥ずかしい国だよね。

金曜日, 6月 01, 2007

それでも昔の日本には戻れない それはなぜ

ジィさんの威光はコイツも一緒だったなぁ
「
フィナンシャル・タイムズ

(フィナンシャル・タイムズ 2007年5月31日 翻訳gooニュース) FT東京支局長デビッド・ピリング

日本の安倍首相はエジプト・カイロで、地元記者が日本・エジプト関係について質問するのをじっと聞いていた。やがて答えた首相いわく、両国関係は好調だと いう。しかし興味を引いたのは、首相のこの答えではない。意外だったのは、安倍首相が同時通訳のヘッドホンをつけていなかったこと。首相はいつの間に、ア ラビア語が堪能になっていたのかと、そう見えた。

要するに、記者の質問はかなり前に事前提出されていたものだった。安倍氏はわざわざ通訳を聞くまでもないと、ヘッドホンをしていなかった。質問の内容は事前に知っていたし、どういう答えが自分に求められているかも承知していたからだ。

この一芝居は、かつての鈴木善幸首相を思い出させた。1980年代初めに首相を務めた鈴木氏はあまりに堂々と、用意された答弁原稿を読み上げてばかりいた ので、「テープレコーダー」などと揶揄(やゆ)されていた。安倍首相のカイロでのこの一幕は、ささいな出来事かもしれないが、ささいながらも、日本が昔の 日本に退行しつつあると指摘する意見を裏づけている。なので、注目に値する。

この日本退行論いわく、小泉純一郎氏はあくまでも経済危機が生み出した総理大臣であって、彼の存在は、線香花火のような一瞬のきらめきに過ぎなかったのだ という。小泉改革が日本の政治にもたらした変化は、束の間のものに過ぎなかったのだと。伝説的ですらある日本の強大な官僚機構を小泉氏は制御したかもしれ ないが、それもほんの一瞬のことだったと。そして危機が去った今、日本は通常モードに戻りつつあるのだと。

安倍首相の諸々は、この日本退行論を裏づける状況証拠になってはいる。首相としてのスタイルは、単独主義的・一方的な小泉スタイルよりも、合意重視のコンセンサス型だ。また小泉流の市場主導型政策は、どうも安倍氏にはしっくりきていないようだ。

「オールド・ジャパン」復活を示す出来事がこのところ続いた。自民党が約50年間ほとんど途切れることなく権力を独占してきたのは、「金権政治」のおかげ だが、その金権政治がいかに未だに脈々と続いているかが、おぞましい形で改めて示されたのだ。現役の農水大臣だった松岡利勝氏が5月28日、首をつって自 殺した。松岡氏は、公共事業の受注に関わる公益法人などから献金を受けていた問題で、追及されていた。そして松岡氏自殺の翌日、談合の仕組みを作ったとさ れた公団元理事が投身自殺した。

連日の悲劇は、安倍首相の評判に影を落とす。政権与党・自民党をもう何十年にもわたり汚してきた、薄汚い政治のありようを、あたかも首相自身が容認してき たかのように見えるからだ。しかし実際には、これは言うならば、旧体制の断末魔のもがきであって、「オールドジャパン」の健在ぶりを示すものではない。日 本が「小泉の前」の状態に戻りつつあるという結論は、間違っている。

小泉氏は決して、自分ひとりで変化のきっかけを作ったわけではない——というのが理由のひとつ。小泉氏は、新しい変化を自分で巻き起こしたのではなく、す でに始まっていた構造的変化を象徴する、「顔」(と髪型)だったのだ。いま新しいものに変身しつつある日本の戦後体制はそもそも、高い経済成長率がなけれ ば続かないものだった。自民党は公共事業を通じて、都市部で吸い上げた税収を農村部に注ぎ込んだ。注ぎ込んだ金の報酬として自民党は、農村部の中選挙区か ら票を吸い上げ、また公共事業の恩恵を受ける色々な利益団体から「政治献金」を受け取っていた。これが、自民党の戦後体制だった。しかしこのシステムはも う機能しない。理由は単純。金がもうないのだ。公共事業予算は過去10年間で削りに削られた。郵便貯金で道路やダムを作るやり方は、終息しつつある。それ どころか日本の郵便局そのものが、かつてはお小遣いがたっぷり入っていた世界最大の貯金箱が、民営化されることになっている。

米コロンビア大学の日本専門家ジェラルド・カーティス教授によると、日本は今、現代に入って3回目の巨大な変革期にさしかかっているという。最初は、日本 の指導層が封建主義を捨て去った明治維新。2回目は、高度経済成長実現のための仕組みを作った戦後復興。そして3回目の変革期のことをカーティス教授は 「20年越しのデケイド(10年間)」と呼ぶ。この間に日本は、氷河が動くが如くの緩慢な速度でゆっくりのろのろと、しかし大地に渓谷を刻むが如くの確か さでじわじわと、国内の経済危機や国際経済のグローバリゼーションに対応してきたというのだ。この緩慢な調整プロセスを通じて、かつて日本が誇った護送船 団方式の資本主義は崩れ、さらに企業間の株式持合も結びつきがほどけていった。これはつまり、平等な所得分配の放棄を意味する。さらに政治の世界では、札 束ぎっしりの封筒が選挙を左右することがなくなるし、総理大臣の権限と責任が拡大することになる。

世間一般的に安倍首相は気弱とか弱腰とか見られがちだが、実際には、改憲や愛国教育という異論の多い政治テーマに実に熱い情熱を抱いている。そして、小泉 首相が郵政改革に邁進(まいしん)したと同じぐらいの情熱をもって、改憲や教育改革の実現に突き進んでいる。それに実は安倍首相の方がよほど大胆に、公共 事業や公務員制度への支出をばっさりと削っているのだ。

「オールドジャパン」の残滓(ざんし)は確かにしつこく残っている。日本の政界で見て見ぬふりをされている最大のネックは、野党の力不足だ。野党はいつま でたっても、本当の意味で自民党を脅かすことができないでいる。自民党を支え続けた政治の仕組みがもうガス欠になりつつあるというのに。日本の野党はどう してこれほどまでに、事態を自分たちの有利に運ぶことが下手なのか。となると、野党の存在意義とは政権獲得にあるのではなく、政権与党=支配層に正当性を 与えることでしかないのではないか——そう結論したくなる。

キュー出ししてもらわなくても自発的に答弁できる党首が見つかれば、野党は自民党よりはよほど有利になれるかもしれない。しかし世の中には、決して変わらないものもある。変わるはずのないものに変化を求めるのは、それは無理というものかもしれない。

」

水曜日, 4月 04, 2007

日本の軍隊、役割拡大に備える

「
フィナンシャル・タイムズ

(フィナンシャル・タイムズ 2007年3月29日 翻訳gooニュース) 東京=デビッド・ピリング

日本の安倍晋三首相は3月、防衛大学校の卒業式に出席し、日本は今まさに転換期にあり、卒業生諸君はその中で「軍」(訳注・原文の"military"をそのまま訳出)に入ろうとしているのだと、強調した。

卒業生を前に安倍首相は、北朝鮮の核開発から「大量破壊兵器の拡散」に至る「様々な課題」が、立ちはだかっていると述べた。日本がもっと意思をはっきりと 主張し、国際情勢に積極的に関与するとなれば、これまで以上に世界各地の紛争地に、自衛隊の部隊や装備を派遣することを否応なく意味する。

安倍氏の主張としては新しいものではない。これまでの論調を踏襲した発言だ。昨年秋に首相就任して以来、安倍氏はもっと積極的な外交の展開を主張し、防衛 庁を防衛省へと格上げした。そして日本政府はまさに今、防衛費の割り当てを必要とする様々な施策を次々と打ち出しているところだ。

日米両政府がまとめた在日米軍再編案という大規模なプランに基づき、日本政府は約1兆円を負担する。その一環として政府は、ミサイル防衛システムの配備を 急いでいる。3月末には、地対空誘導弾パトリオット3(PAC3)が東京北部の航空自衛隊入間基地(埼玉県)に配備された。PAC3はすでに、在日米軍約 5万人に大半が駐留する沖縄の嘉手納空軍基地には、20基以上が配備されている。

PAC3は、日本へ向かって打ち込まれる弾道弾ミサイルを迎撃するよう設計されたもので、日本のイージス艦に搭載されている海対空ミサイルとセットで機能する。

「省」に昇格したばかりの防衛省を率いる久間章生防衛大臣は、そもそも2011年完成予定のミサイル防衛システムを、前倒しで配備するよう主張。「国民の不安を取り除く必要がある」からだと述べている。

日本政府はこのミサイル防衛システム以外にも、巨額の防衛費を払わなくてはならない。たとえば、老朽化した戦闘機約300機を次世代機と入れ替える必要が ある。いま現役の戦闘機の中には、1971年に就役したものさえある。次期機には、1機あたり2億ドル(約240億円)の米国製か、1機あたり6500万 ポンド(約155億円)のユーロファイターのどちらかが選ばれる見通しだ。

さらに日本は、在日米軍再編の一環として、在沖縄海兵隊のグアム移転費60億ドルを負担しなくてはならない。

こうして米軍再編に資金を出し、自衛隊の役割も拡充しようとする一方で、日本政府は防衛費を国民総生産(GNP)比1%以下に抑えるといういわゆる「1%枠」を守ろうとしており、現に防衛費を削減している。

多くの人が、この矛盾に注目している。たとえば、トマス・シーファー駐日米国大使がそのひとりだ。シーファー大使はこのほど報道陣に対し、日本は米政府に 便乗しているという考えを示した。「米国はGDPの4%以上を防衛費に費やしている。このお金はアメリカを守るためだけではなく、日本とアジア太平洋地域 を守るためにも使われている」

大使はさらに「(防衛分野で)日本にできることがたくさんあると気づいてもらいたい。その多くは、『GDP1%以下』という非公式の枠内には収まりきらないものだということにも、気づいてもらいたい」と述べた。

「将来的には様々なことが予想され、日本がこのまま現状レベルの防衛費を維持するのはきわめて困難になるだろう。米政府は、日本が防衛費を増やすことを期待している」

昨年12月末にまとめられた予算案では、今年度の防衛費は5年連続で削減され、前年度比0.3%減の400億ドル(4兆8016億円)と決まった。

防衛関係者や防衛族は、予算増を求めていた。しかし財務省は削減を強く求め、冷戦中に想定されていた陸上攻撃に対抗するための装備を廃棄することで、予算削減は可能だと主張した。

東京のテンプル大学で防衛問題を専門とするロバート・ドジャリック氏は、シーファー大使が日本の防衛費増を求めたのは、米政府の意向を反映したもので、安 倍政権にとってプラス材料になるかもしれないと話す。「日本の保守層にとっては、『もっと防衛に金を使ってくれ』と米国大使に言われるのは、いいことなの だろう」

しかしドジャリック氏の意見では、防衛費増大を受け入れる用意が日本国民にはまだない。戦後を通じて日本は、国家防衛のほとんどを米国に外注していたから だ。「アメリカが、頼りになる傘を掲げてくれているのだから、どうしてもっと払わなくてはならない? そういう考えだ。防衛費を増やせという有権者からの 圧力は全くない」

防衛大の卒業式で安倍首相は、日本の「安全保障基盤の着実な整備を図るとともに、日米同盟を一層強化していく必要がある」と強調した。

しかしドジャリック氏によると、「1%枠」を超えても防衛費を増やすよう日本の世論が求めるようになるには、本当にアメリカは本気で日本を守ってくれるのだろうかという疑問が、もっと高まる必要がある。しかし日本国内ではこのところ、米国への信頼が揺らぎつつあると同氏は言う。6者協議で米政府が、北朝鮮 との合意を急ぎすぎたという批判的な見方が、あちこちで浮上しているというのだ。

米政府が北朝鮮との合意を受け入れたのは、中東で頭がいっぱいだからで、米国は北東アジアの諸問題に真剣に取り組んでいない——。日本の保守層の一部は、こう解釈した。

アメリカは日本を守ってくれない、そういう不信感が広まれば、防衛費1%枠の撤廃を求める世論の高まりにつながるかもしれない。しかし、日本政府が防衛費 増を目指しているという兆候が表面化すれば、日本国内だけでなく中韓からの強い反発を招くことになるだろう。「政治的に、実現可能なことかどうかは分から ない」とドジャリック氏は言う。

」

給油是か非かってのは分かり易いけど、議論の遡上に載せるんなら、防衛費ってのも、キッチリさせんとあかん類の話なんでないのかな?

金曜日, 3月 23, 2007

FTと昼食を 「国家の品格」藤原正彦さんと

「
フィナンシャル・タイムズ

(フィナンシャル・タイムズ 2007年3月9日初出 翻訳gooニュース) FT東京支局長デビッド・ピリング

電車はゴミゴミした東京をすり抜けて、緑豊かな長野の高地へと向かっていく。私は、これから会うその人が書いた『国家の品格』をパラパラめくる。

「悪名高い」藤原正彦氏(「悪名高い」と呼んだのはご本人であって、筆者ではない)は、東京の話題の的だ。薄い新書として発表した『国家の品格』は日本国 内で200万部以上を売り上げ、売上トップの『ハリー・ポッター』に次ぐベストセラーとなった。魔法学校よりもやや重厚なテーマを扱った本にしては、悪く ない成績だ。数学者転じて社会評論家となった藤原氏は、西洋式の論理や合理性の限界について考察し、日本が武士道精神に戻るべきだと説き、さらには自然に対する日本人の感受性がいかに独特なものかを語っている。

となると、この本はまたしてもお約束の「日本人論」かと一蹴するのは簡単だ。ここで言う日本人論とは(往々にして隙だらけの不完全な理屈で)、日本民族や 日本文化がいかに独特で、いかにほかの何よりも優れているかを強調するもののことだ。その手の「日本人論」本は、日本が経済大国になるだろうといわれた 1980年代に次々と出版され、最高潮に達したものだ。

藤原氏の著作は、1980年代とは全く異なる時代を背景に書かれている。日本経済にはまだ長所もあるが、日本経済は不滅だという幻想は15年前に資産価値 が暴落したのを機に消えてなくなった。藤原氏の唱える日本特異論は、「日本はアメリカにも(アメリカ流の薄汚いやり方で)勝てる」というのではなく、日本 はもっと日本らしい価値観を大事にすべきだというものだ。

私は長野・茅野の小さな駅で下りて、タクシーに乗る。向かったのは、田舎風のレストラン。素朴なテーブルが並び、食事の皿が元気よく行き交い、おしゃべり で溢れている、そんな店だ。藤原氏はもう到着している。62歳になる藤原氏は、今でも東京のお茶の水女子大学で数学を教えている。この日はチェック模様の 半そでシャツに、ゆったりした白いスラックスというカジュアルな服装。白髪交じりの髪は、くしをどこかに置き忘れてしまったみたいな、野放図な感じ。筋 張った体。表情は鋭く真剣だ。

ランチセットを注文してから、藤原氏が客員数学教授として過ごした米英生活について軽く話す。そして私は、藤原氏がこれまで発表してきた時評のなかでどう して『国家の品格』が今の日本の「時代の心」をつかむことに成功したのか、著者としてどう思うか、尋ねてみた。藤原氏は、正確な英語で答えてくれる(学校 での英語教育はほとんど不要だと主張する人が、正確な英語を話すというのは、なかなかないい感じだ)。日本人は金持ちになることを半世紀にわたり追求し続 けた後、長い停滞の時期を経てようやく、自分たちが何を失ったか気づいたのだ。藤原氏はそう言う。

「その昔、日本人も英国紳士と同じで、『カネ』を軽蔑していた。しかし戦後はアメリカの影響で、日本人は金持ちになることにばかり、かまけてしまった」

ランチの最初の料理が運ばれてくる。海老と刺身といくつかのヒヨコ豆の組み合わせ。私の皿の盛り付けは、藤原氏の皿の盛り付けとそっくり同じだ。同じすぎて、もしかして豆の数まで一緒なんじゃないかと思う。

私が豆を数え始める前に、藤原氏は武士道の話を始める。武士道の真髄をなす精神が、いかに失われているかを語る。「12世紀に成立した武士道は、そもそも 剣の道だった。江戸時代に260年にわたる泰平の世が続いたとき、剣の道は道徳律のようなものになった。貧しい者や弱いものをいたわる惻隠(そくいん)の 情、寛容、誠心、勤勉、忍耐、勇気、公平などだ」

名誉や品格を重視する時代へのノスタルジア。日本では今、アメリカ式の資本主義を受け入れたことなどによる格差社会の拡大が問題となっている。その不安感 に、このノスタルジアが見事にマッチしたのだろう。社会的保守派の安倍晋三氏は2006年9月に新首相になると、自らの使命は「美しい国」日本の復活だと 宣言(「美しい国」というスローガンは藤原氏の「国家の品格」に相通じるものがある)。安倍首相は、藤原氏のように西洋式資本主義を見下しているわけでは ない。しかし問題だらけ(だと彼らは言う)の教育制度にてこ入れをし、60年にもわたる「敗戦国シンドローム」に奪われた国家の品格を取り戻すという命題 については、二人の目的は重なっている。

藤原氏は、武士道精神の復活を希求している。1868年の明治維新を達成した革命家たちは、日本は現代国家にならなければ、植民地にされてしまうと考え、 武士道を捨てた。武士階級を消滅させ、廃刀令で帯刀を禁止し、断髪令で髷(まげ)を結うことを禁止した。ほとんど一晩でそれまでの社会システムを捨てて、 別の仕組みを取り入れたという、そのトラウマは、今でも日本で尾を引いている。外国文化を受け入れたのは、外国の侵略を防ぐためだった。だったとしても、 日本は未だに外の世界とどう接するかをめぐり、国内で対立を続けている。

藤原氏によると、日本が取り入れた自由と民主主義のモデルには、欠陥がある。信頼できない大衆を信頼しすぎているし(冷静な真のエリートの方がいいと藤原は言う)、合理性を過大評価しすぎているからだという。「民主主義に加えて、もっと何か違うものが必要だ。たとえばキリスト教は、その『何か』かもしれな い。しかし私たち日本人には、キリスト教やイスラム教のような宗教はない。だからもっと別の『何か』が必要だ。たとえば、情緒とか」

この時点でお店の人が、サーモンの盛り合わせを運んでくる。大きな皿に、様々に色合いのサーモンピンクがおいしそうなグラデーションで重なり、ウェイターはどれがどういう種類の鮭か丁寧に説明してくれる。そして店の人がいなくなると、藤原氏はまた語りはじめた。

「私は市場原理主義には反対です。確かにきわめて公平な競争かもしれないが、公平かどうかというのは、単に論理的な判断に過ぎない。たいして意味のないことだ。公平というのは、弱者につらくあたり、あまり才能のない人たちにつらくあたることと一緒だ。とても不愉快だ」 

藤原氏はこう言い切る。あるいは最後の一言は、論理的な反駁というよりは、感情的な拒絶反応なのかもしれない。

「敵対的買収がそうです。論理的で合法なものかもしれないが、私たち日本人に言わせれば、それは卑怯なことだ」

藤原氏によると、日本が軍国主義に転落していったのも、名誉を重んじる精神を捨ててしまったからだという。「日本人はとても傲慢になった。アジアの盟主になりたくて、次々と外国を侵略していった。分別を失ったのです」

「私は常々、日本は『異常な国』にならなければダメだと言っている。『普通の国』になってはならない。日本は、ほかの大国と同じ、普通の国になってしまっ た。それはほかの大国にはいいことかもしれないが、日本という国は孤高であるべきだ。特に精神的に、孤高でいなくてはならない」

実のところ、藤原氏が高く評価する江戸時代に日本社会が手にしていた安定は、外の世界からほとんど完全に孤立するという代償を払って得ていたものだ。長い鎖国の反動で、日本は欧米の影響を徐々に受け入れるのではなく、欧米の脅威にさらされると一気に内部爆発した。あっという間に封建体制をひっくり返し、西 欧式の議会制民主主義に近い政治体制を受け入れた。

それに、藤原氏の言う武家社会とは、本当に藤原氏の言うとおりのものだっただろうか? 実際には厳しい階級社会で、剣をもった貴族階級が思うがままに恣意的な権力をふるい、農民たちを虐げていたのではないだろうか?

「封建時代には確かに、とても貧しい農民が多かった。しかし良い側面もあった。両面を見なければならない。ある意味ではひどい時代だったが、ある意味では 今よりもはるかに良い時代だった」 藤原氏はこう言い、扇動的な断定調の多い自著ではめったに見かけない、中道的な意見を口にした。

次のコースの皿がやってくる。藤原氏の前には片付けられない皿が所狭しと並ぶようになった。今度のはホタテ貝の料理で、まるで天使たちが盛りつけたみたい な繊細さだ。美しい盛りつけを眺めながら、藤原氏は「中華料理はもちろんとてもおいしいです。でも美しさという点から言えば、私たち日本人は、とても高い 美意識をもっている。文字を書くには書道があって、花については生け花がある」

英国滞在中の藤原氏は、ケンブリッジ大の有名な教授たちが紅茶をマグカップでガブ飲みしている姿を目にして、ショックを受けたという。「私たちには茶道がある。日本人は何でも、芸術に高めるのです」

確かに日本人は、あらゆるものを美しくすることにかけて天才的だ。しかし自然の美しさについては、そうでもない。20世紀後半に日本人は国の自然景観をず たずたにしてしまった。『国家の品格』で日本人の自然への感受性について書かれている部分では、私はほかの部分よりも激しく一言いいたくて、余白にグリグ リと勢い良く書き込みをしている。

たとえば本の中で藤原氏は、日本を訪れたアメリカの大学教授が虫の音を耳にして、「あのノイズはなんだ」と言ったと書いている。虫の音を雑音扱いされて、 藤原氏はあぜんとしている。虫の音は美しい音色だと、日本人なら誰でも分かるのに、この大学教授には分からないのか? 「なんでこんな奴らに戦争で負けた んだろう」と思った——藤原氏はそう書いている。

「虫の音を聴くと、私たちは冬も間近な秋の悲しみを聴く。夏は終わってしまった。日本人なら誰でも感じることだ。そして同時に私たちはもののあわれを感じる。短く儚い人の一生のあわれを感じるのです」

こういう藤原氏に私は反論する。日本人が聞き取るこの「音楽」は当然ながら、教養として教わり作られた感覚のはずだ。確かに日本で虫の音は、「もののあわ れ」を象徴する。あっという間にはかなく散る桜の花と同じだ(ちなみに藤原氏は、欧米人が肉厚な花びらのバラを好むのに対して、薄く儚い桜花を好む日本人 の感覚を対比している)。しかし日本人が、虫の音や桜の花びらに「もののあわれ」を感じるのは、あまたの詩人や歌人や哲学者たちにそう感じるよう教わって きたからではないか? それはたとえば、ボールがクリケットバットあたる音を聞いても、一般的な日本人はただ「ボールが木のバットにあたる音」としか思わ ないだろうが、イギリス人にばそれは「夏」と「村の緑地」を意味する音なのだ——ということと同じではないか?

藤原氏は私の言うことにも一理あるとは認めてくれるが、結局のところは、意見を撤回するつもりはない。「ある東京の大学の教授が電子器具を使って実験した 結果、日本人は虫の音を聞くのに右脳を使うが、欧米人は左脳で聞いているので、日本人は虫の音を音楽として聴き取るのだと証明した」と藤原氏は言う。

これはいわゆる「日本人論」そのものだ。しかし藤原氏は日本と日本的なものに高い誇りを抱く一方で、英国についても実に温かい言葉をかけてくれる。英国は肉厚なバラと論理とバカでかいマグカップの国だが、そんな国でも、藤原氏はなかなか気に入ってくれているのではないか?

とても好きだ、と藤原氏は言う。英国は残酷な歴史をもつが、それでも好きな国だと。「20世紀になって、ドイツとアメリカはイギリスに追いつき、追い越し てしまった。経済が下向きになるに伴い、イギリスの人々は、あれほどの金と名声があっても決して幸せではなかったと気づいた。だからこそあなたの国の経済 は、ずっと停滞したままなんです」と藤原氏は、ゴードン・ブラウン英財務相の逆鱗に触れるようなことを言う。「経済停滞が続いても、英国人は慌てなかっ た。だから英国は偉大なんです。日本は英国から学ぶべきだ。いかに優雅にエレガントに衰退するか。いかに優美に朽ちていくか」

ウェイターはカプチーノとアイスクリームとメロンを運んでくる。私が矢継ぎ早に質問し続けたせいで、テーブルの上にはまだ食べ終わっていない皿が多重事故 みたいに重なり合っている。デザートを食べながら、私たちの会話は日米同盟の話に移り、藤原氏は渋々とこれを支持する(中国に依存するよりはましなのだと いう)。日米同盟から次に話題はインドの数学に移り、その次には現代日本で武士道精神を継承しているのはヤクザではないかという話になる(この説に藤原氏 は反対する)。

元気いっぱいな意見交換は最初から最後まで、実に親しい友好的な空気の中で終わった。食後、藤原氏は自分の山小屋に私を案内してから、駅まで送ってくれた。

列車に間に合うよう急ぐ私は、駅の構内に飾ってある生け花の前を通り過ぎた。駅員が生けたものだろう。改札を通ると、駅長が深々とお辞儀をしてくれた。列 車は当たり前のこととして、定刻に到着する。藤原氏は、日本の良いところがどんどん失われていると嘆く。しかし私には、日本の良いところは変わらず残って いるように見える。変わらず、驚くほどたくましく、残っていると思う。

」

誤解は誤解を誘発しますね。
この手の話でも聞いてなければ、大きな誤解があったことに気付けないのは、少々寂しい気はするのですが....。


木曜日, 1月 11, 2007

東京市場の独り負けは国の無策が生んだ“官製暴落”

「
ダイヤモンド・オンライン

 東京株式市場の動揺が収まらない。日経平均株価が昨年、2ケタのマイナスとなったのに続き、今月4日の取引初日は、大発会として7年ぶりに下げ相 場を記録。さらに4日続落し、下げ幅が1100円を超えた。“官製不況”と日本経済を揶揄してきた外国人投資家の言を借りれば、株式相場は“官製暴落”の 様相を呈しているのだ。株式市場の暴落は、我々に、いったい何を問い掛けているのだろうか。

「この水準がいいとか悪いとかということについて、政府としてコメントをする立場にはございません」

「昨今の株価というのは、日本経済のファンダメンタルズとはほぼ関係なく、海外の株式市場であるとか、あるいは米国経済、サブプライムローンの影響を受けたアメリカの株安の反映であります」

「どうみても、日本経済の実体と関係がないなという印象を持ちます」

 1月7日午前。大発会翌日も下がり続ける東京株式市場について、福田康夫内閣の要である町村信孝官房長官は、株価の暴落を他人事と言わんばかりの調子で、こう言い連ねた。

 そして、この発言が伝わると、多くの株式市場関係者は「当事者意識の欠如を露呈した救いがたい発言だ。責任逃れも甚だしい。東京市場の下げを加速しかねない」(銀行系証券会社アナリスト)とがっくり肩を落とした。

 町村官房長官と言えば、名門・都立日比谷高校から東京大学経済学部に進み、通商産業省に13年間も勤務したあと、父親に続いて、政治家に転進した人物。経済に明るいはずの人物だ。その人物の株式市場に対する発言が「責任逃れ」呼ばわりされるほど無責任だと言うのはなぜだろうか。

◇ 失われた10年の再来かとの嫌な連想も

 なるほど、多くの市場関係者が指摘するように、1年のスタートである4日の大発会で、日経平均株価が前年末に比べて下げたのは“事件”である。も ともと、ご祝儀色の強い大発会で終値が前年末を下回ったのは、7年ぶりのこと。しかも、その616円という下げ幅は、大発会としては過去最大の下げであ る。

 ご祝儀色が強く、上げ相場が当たり前だった大発会の様相が一転したのは、「失われた10年」と呼ばれた90年代のことだ。92年から01年までの 10年間を見ると、5回の大発会が、この時期の厳しい経済環境を映すかのように前年比マイナスという結果を残した。今回の下げは、再び、失われた10年が 繰り返されるのではないかという嫌な連想を働かせると市場関係者たちは言う。

 ただ、年末年始も取引が継続していた米国では、株式市場の相場が軟調だった。このことを考えれば、久しぶりに開場した東京市場の下げが大きくなっ たこと自体は、それほど不思議のないところだ。さらに、4日以降も米国株の軟調が東京に悪い影響を与えていたことも、否定のできない事実だろう。そういう 意味では、町村発言は、あながち的外れとばかりは言えない。

 だが、もし仮に、町村長官が、日本株はサブプライムローン問題の影響に振り回されていると本気で考えているならば、米当局に対して、要求すべきこ とがあるはずだ。米当局が、個別の金融機関が毀損した自己資本を補うために中東やアジアの政府系ファンドから資本を注入するのをただ眺めており、米連邦準 備制度理事会(FRB)の小幅の利下げと、借り手のための金利引き上げ先送り策の2つぐらいしか対策を打ち出せていないからである。

 銀行の不良債権処理に手間取ったかつての日本を想い出してほしい。当時の日本に、米政府首脳たちは、「トゥ レイト、トゥ リトル(Too late, too little)」と繰り返した。今こそ、これ以上サブプライムローン問題を深刻化させないため、日本が国をあげて、あの言葉をそっくりそのまま、米国に返 してもおかしくない局面ではある。

 ただ、こうした要求さえすれば、日本株の下落に歯止めがかかると考えるのは、あまりにも安易だろう。ここで冷静に着目するべきなのが、昨年1年間の株価の騰落率である。

◇ 前年比10%超の下落で昨年、東京市場は独り負け

 昨年、日本株市場は年間でみて、日経平均がマイナス11.1%、TOPIXが同じく12.2%とそろって2ケタの下落を記録した。世界の中では、“独り負け”市場なのである。

 この点で言えば、サブプライムローン問題の直撃を受けたニューヨーク株式市場は、東京と対照的に、ダウ工業株30種平均がプラス7.2%、ナスダック総合指数が同10.8%と年間を通じて株式相場は上げた。

 さらに、BRICSの代表選手である中国株式市場の上海総合指数は前年比98.4%上昇とほぼ2倍に上昇した。このほか、インドのSENSEX30も同46.6%上昇という実績を残した。

 言い換えれば、主要な20市場を見た場合、前年比10%を上回る下落をしたのは、東京市場だけという体たらくなのだ。また、東京株式市場の動向を インターネットやBSのデジタルテレビに動画で配信しているストックボイスによると、昨年12月半ばまでの世界49市場の年初からの騰落率は、最下位がア イルランド(ダブリン)市場で、東京市場のパフォーマンスはそれに次いで48位だったという。

 こうした東京市場の低迷の背景には、「成長力の面で、新興国ばかりか、先進国にも続々と抜かれてきた現実がある」(米系証券会社エコノミスト)。 内閣府が昨年末に公表した統計は、そのことを端的に表している。それによると、先進国クラブと呼ばれるOECD(経済開発協力機構)加盟国の中で、93年 に2位の座にあった日本の1人当たりGDPが、06年には18位まで後退した。さらに言えば、2000年代に入ってからの日本の名目成長力は、平均して 0.3%程度。OECD加盟30ヵ国の平均(5.1%)と比べても低水準で、ダントツの最下位である。

 言い換えれば、政策的な貧困から、長年、日本経済がデフレを脱却できず、低成長に喘いできた結果が、現在の株式相場に投影しているのだ。つまり、“官製暴落”と呼ばざるを得ない現実が、そこには存在している

◇ 政府に“官製暴落”から抜け出す政策能力は無いのか

 国力を回復し、株式市場の低迷を脱却するために優先すべきは、農業、金融、流通、運輸、教育、医療といった、諸外国に比べて生産性や効率が悪いと される分野の競争力の強化である。そのために、規制緩和や独立行政法人の民営化といった経済政策が重要なのは明らかだ。こうした分野は、公共事業予算の拡 大などと違い、財政再建の足枷がない。

 ところが、福田政権は昨年暮れ、これらの施策でことごとく官僚に迎合してしまい、抜本策を講じられなかった。

 例えば、本コラムでも年末に指摘した独立行政法人改革。101の対象法人を16減らしたと町村長官らは胸を張ったが、実態は中小法人の統合という数合わせに過ぎず、独法が囲い込んでいる業務が民間に移管されたわけでないのは、すでにお伝えした通りである。

 また、やはり、政府の規制改革会議(議長:草刈隆郎日本郵船会長)が年末に第2次答申をまとめた規制緩和でも、保険診療と保険外診療を併用する混 合診療の全面解禁が見送られるなど、官僚の根強い抵抗にあって抜本策が実現しなかった。この責任も、福田康夫首相らの行政府の長としての指導力不足にある ことは明らかなのである。

 加えて、有耶無耶に終わろうとしている埋蔵金論議(政府の特別会計の膨大な剰余金問題)も重要だ。本稿の執筆にあたって、改めて05年4月に経済 財政諮問会議に提出された「各特別会計の改革案」を確認したところ、財務省所管の財政融資資金特別会計と外国為替資金特別会計の2つだけで、資産総額から 負債総額を差し引いた剰余金が05年度末に34兆円弱も存在した。当時の試算では、これが09年度末には、50兆6000億円近くまで膨らむという。財政 融資資金特別会計にも、外国為替資金特別会計にも、それなりのリスクがあり、一定の剰余金が必要ではあろうが、これほど巨額の剰余金が必要とは到底考えら れない。

 ところが、政府・与党がまとめた来年度予算の政府案では、こうした埋蔵金が有効に活用されたとは言えない。その結果、小泉・安倍政権時代と比べても消極的な国債発行の圧縮策しか盛り込まれなかった。

 それどころか、政府・与党は、今年の総選挙を済ませたら、来年度に消費税を大増税しようという意図を露骨に見せている。安易な消費税増税は、格差に喘ぎ、低迷する個人消費を一段と冷え込ませ、瀕死の成長力をさらに損ねる施策なのに、その方向に舵を切ろうとしているのだ。

 30兆円、50兆円といった埋蔵金があれば、消費税増税どころか、石油税や法人税の引き下げといった景気にプラスで、国際競争力の向上にも役立つ諸施策がふんだんに可能なのに、政府・与党にはそうした政策を立案し、実行する力がない。

 世界の投資家は、長引く株式相場の低迷に終止符を打てない政策的貧困を含む日本のカントリーリスクに呆れ、「東京から離散している」(米系証券会 社)という。また、「外国株を組み込んだ投資信託の方がパフォーマンスがよいからと、低迷する日本株を売却する国内の個人投資家が後を絶たない」(中小証 券幹部)ようだ。しかし、個人が、日本株の将来性に希望を持てず、決して小さくない為替リスクや途上国のカントリーリスクを負って外国株投信を買うという のが正常な投資の姿とは、筆者には思えない。

 今こそ、政策的貧困にピリオドを打ち、官製暴落から抜け出すことに全力を挙げるべきときと考えるが、福田首相、あなたはどうお考えですか。

」

ここで踏ん張っとくべきだった?