月曜日, 6月 23, 2008

日本が環境グローバルスタンダードを握る日は終ぞ来ないであろう理由

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WIRED VISION

(これまでの 藤井敏彦の「CSRの本質」はこちら)

過去2回ヨーロッパの環境規制がグローバルスタンダードになる理由を考えてきました。まず、企業のサプライチェーンにショックを与える「新しい規制」を作る、ということでした。それが、サプライチェーンを通じて世界中に伝播する。

もう一つ付け加えなければいけないのは、尖った新規制は他国に真似される、ということです。例えば、カリフォルニア州はヨーロッパのRoHS指令を 文字通り「コピペ」。アメリカ全体がRoHS指令を採用したのと事実上同じ効果。中国や韓国もヨーロッパに追随して有害物質の使用禁止規制を導入しまし た。

「企業の事業活動を通じた事実上の伝播」と「他国がEU規制を真似る規制そのものの拡散」という二つのルートでEU規制はグローバルスンダードにのし上がっていったわけです。

前回ノルウェイの例で見たように、このようなことはEUのように巨大な政治体でなくても、小さな国でもできることです。さて、では日本にできるで しょうか? 環境ルールの世界で日本は世界覇権を握れるか? あくまで個人的な感想ですが、ワタシはあまり楽観的ではありません。


■日本では理念先行の尖った規制は無理?

「尖った」規制をつくることが日本は不得意です。いや、こう言うと語弊がありますね。正確に言えば、日本の社会は尖った規制をつくることに価値を置かない。

マスコミの報道を見ていれば明かです。ほんの些細な法令違反でも書き立てるのが昨今の新聞ですよね。法令は施行されたその瞬間から完璧に守られてい るべきだという社会的前提があります。このような社会的な状況下では、RoHS指令やその後のREACH(ものすごく革新的なEUの化学物質規制)のよう な鋭角的ルールは生まれてきません。

EUの法令は多分に理念的で、少なくとも当分の間きちんと実施されるなどとは誰も思っていない。法令違反の状態が一定期間続くことが暗黙の了解で す。逆に言えば、それくらい革新性があるということです。革新性は環境保護の理念から来るもので、よって、他国の環境当局にとってとても魅力あるものに映 ります。カリフォルニア州とかが真似する所以ですね。

日本は真面目なので規制つくるまでに徹底的に調整するでしょ。そして、施行当日からきちんと実施される。逆にいえば、実施可能なものしか法律にはな らないのです。当然、角がとれる。あるルールが国際的な訴求力を持つかどうか、最大のポイントは理念の強さであって円滑な実施ではありません。

調整といえば、欧州議会のRoHS指令の審理を傍聴していて「凄いなあ、敵わないや」と思ったことがあります。それは、中小企業を例外扱いするか、 という点。欧州議会は「環境保護に大企業も中小企業もない」と中小企業の例外扱いをにべもなく拒絶します。日本だったらどうでしょう? マスコミは「結局 しわ寄せを受けるのは可哀想な中小企業」ってなキャンペーンでも張りかねない。政治もそれを受け入れる。外国からは理解でいない例外だらけの規制になる。

表でEU規制がグローバルスタンダードになっていることに異を唱えている産業人に、「じゃ、日本が先んじますか?」と裏で聞けば、ほとんどの人は 黙ってしまうでしょう。グローバルに波及力のある規制ができても、マスコミは必然的に起こる不遵守の事例を面白可笑しく書くでしょう。世の論は無責任な法 律を作った政府を批判するでしょう。つまりそんな規制をつくることは、誰の関心事でもないのです。結果として、日本はEUの後ろを追いかけ続けることにな ります。

仕方ないと思います。他罰的な社会がすぐ変わるわけでもないから。頑張ってEUにロビイングしながら、国内では真面目に実施可能な環境規制を考える、というのは一つのやり方。そもそも規制が環境を改善するのではなく、規制の実行ですから。環境を改善するのは。

ただ、「環境グローバルスタンダードを握れ!」と威勢のよい主張に接すると、一体どこまでの覚悟があっての発言なのだろうって考えてしまいます。山ほど質問したくなる(笑)。

もちろん、希望がないわけではない。成功事例があります。「省エネ法のトップランナー方式」です。最もエネルギー効率の高い製品が基準になるという、日本発のアイデアでエッジが立っている。出来るときは随分物議を醸しましたが、海外で高く評価されています。

欧州議会で「日本に学びトップランナー方式をEUも導入すべきだ」という議論がなされたとき、沢山のロビイスト仲間が連絡してきました。祝意半分、疑念半分。「オマエ、うまくやったな」って(笑)。そんなことはなくて、あれはあの規制が持つ理念の力だったのです。

」

金曜日, 6月 20, 2008

もはや自民も民主も不要!:永久寿夫 (PHP総合研究所常務取締役)

「
Voice
ダッチロール状態の日本政治

ねじれ国会である。衆参それぞれ別の時期に選挙が行なわれるのだから、両院で多数派が異なる現象が生じるのは何もおかしくはない。いや、同時に選挙を行 なっても選挙方法が異なるのだから、結果的にねじれが発生する可能性もある。実際、外国の例をわざわざ持ち出さなくとも、過去を少し振り返れば、こうした 状況は9年ごとに現れている。

リクルート事件、消費税導入、宇野宗佑首相の女性問題と続いたあとの1989年の参院選で、自民は半数割れとなった。宇野首相辞任後の首相指名では、衆議 院が自民党の海部俊樹を指名したのに対し、参議院は社会党の土井たか子。参議院で、消費税廃止法案が可決され、89年度の補正予算が否決されるなどもし た。

それから9年後の1998年の参院選では、消費税率引き上げや景気の後退、失業率の上昇、減税に関する橋本龍太郎首相の一貫性のない発言などが要因で自民は敗北。責任をとって橋本首相は辞任する。

その後の首相指名では、衆議院で自民党の小渕恵三が指名されるも参議院は民主党の菅直人を指名。金融再生法案では参議院で野党が修正案を提示し、与党はそ れを丸呑みするという事態が生じている。防衛庁調達実施本部の背任事件で、額賀福志郎防衛庁長官が問責決議を通され辞任した。与党に打撃を与えたという点 では、今回のねじれと同様である。

ただし、今回のねじれが前回の2つのケースと決定的に異なるのが、自民・民主の大連立、あるいは大幅な政界再編がないかぎり、ねじれは解消しない点である。

1989年のときには、自公民が政党間協議で同調するというかたちで与党は参議院で過半数を回復した。98年のときには、自民は自由・公明と連立を図り、 ねじれを解消した。つまり、自民は参議院の少数派と手を組むことによって、危機から脱出したのである。だが今回は、自公与党は参議院で最大多数となった民 主党と大連立を組むか、さもなければ民主の一部を離党させて吸収しないかぎり、参議院で過半数を得ることはできない。

昨年11月にわいた大連立構想が誰の思惑で進められたのか、真相はよくわからないが、ねじれ現象を解消しようという力学が働いたのは確かだ。その大連立構 想の主人公で、「民主には政権担当能力がない」と自らの政党を酷評した小沢代表の辞任表明を拒否し、留任を求めた民主党幹部には、小沢代表が「配下」を引 き連れて自民に合流するのではないかという危惧があったのではないか。

いずれにしても、今回のねじれは規模が大きいだけに、その分、政局を大きく変化させうるだけのエネルギーが政治の舞台裏で溜まっている。

大連立が成立しなかった背景には、衆院選に向けて選挙区ごとの候補者のバッティングをどう解決するかという「ミクロ」な問題もあっただろうが、むしろ 1998年の結党以来、政権交代を悲願としてきた民主に、千載一遇のチャンスを逃してはならないという判断があったはずである。参院選の勢いがあるうちに 衆議院を解散総選挙に持ち込み、自公を政権の座から引きずり下ろす、与党と徹底的に対立し、ダメージを与える、そのためには手段は選ばない、という戦術が 開始されるのである。

その端的な例が、日銀総裁人事とガソリンの暫定税率ではないか。

日銀は財務省にとって最高の「天下り」先で、事務次官経験者が何人も総裁のポストを占めてきたのは確かではある。だが、これによって日銀の独立性が損なわ れてきたかどうかは一概に結論づけできない。もちろん、有害な天下りは無用だし、経歴が考え方を左右もするが、現職の独立性を保つために経歴を制限すると いう論理は強引すぎる。事実、民主内部ではそのやり方に批判的だった人間はかなりいる。何度も拒否を続ける民主をやりすぎとみた有権者は多いし、政府与党 も、それを予想して拒否されるような人材ばかりを提案してきたのではないか。

暫定税率のほうは、ガソリンは高いより安いほうがありがたいのは当然だが、ガソリンが安くなって喜びながらも、2兆6000億円もの財源がなくなってほん とうに大丈夫なのか、と多くの「普通の人」が心配した。政治がやるべきことは、暫定税率がなくなったら財政が立ち行かなくなるのか、それを実証的に議論す るところにあったはず。あとになって道路特定財源の一般財源化の議論がさかんになったが、そうした議論をそっちのけで税金を上げ下げするだけに終始した一 時期は、ポピュリズム中毒ともいうべき症状であった。

政府与党による一方的な国会運営が行なわれなくなり、日銀総裁人事や暫定税率など、これまで問題視されなかったイシューが国民の前で論議されるという事態 が生じたことは、ねじれ国会がもたらした1つの効果として評価すべきではあるが、実際行なわれたのは政策本位の議論というよりも政局バトル。反対のための 反対や人気取りといった空虚な争い。有権者にはそれがミエミエであった。

一方の政府与党といえば、虻蜂取らずの停滞状態を続けている。

先の参院選に向けて不祥事が次々と露呈して弱っていた安倍政権に対し、大局的には小泉・安倍の改革路線と同じ方向を走ってきた民主は、突然、方向転換した かのように「子ども手当」や「戸別所得補償制度」など「大きな政府」政策をマニフェストの前面に掲げ、小泉・安倍路線に「付いていけない」と感じた有権者 をさらい取った。

この民主の勝利を見た福田政権は、これまでの方向を突き進めば民意は離れると判断したのか、「ダウンズ均衡」をめざして改革にブレーキをかける。その表れが、小泉時代からの継続事項であった独立行政法人改革や公務員制度改革に対する福田政権の冷たい態度である。

根回し御免の渡辺喜美行革担当大臣の手法に対する批判もあるが、彼が示した改革プランを閣僚たちはほとんど無視。それをそのままにしている福田首相は思考 停止か、「改革派」と「守旧派」の均衡点にはまって身動きがとれないか。暫定税率を復活させ、10年間の道路特定財源法案を通しながら、閣議で一般財源化 を約束したのも同じこと。福田政権は結果的に何もしていないとの印象が強い。

結局、民主のポピュリズム中毒と政府与党の自家撞着で政治はダッチロール現象を引き起こし、到達したところが政治全体への不信ではないか。福田内閣の支持率はすでに10%台に突入、対する民主の支持率はたしかに伸びてはいるが、風が吹くというほどのものでもない。

活発化する超党派の動き

こうした膠着状態を打開しようという動きがないわけではない。与野党超党派の議員連盟や勉強会が新しく発足したり、活動を再開したり、その動きを活発化させているのである。

3月に発足した「せんたく議連」には、自民、民主、公明、国民新党など100名を超える議員が参加しており、分科会がいくつも設置されている。ねじれで法案審議が停滞しがちななかで、与野党横串の連携で風通しをよくし、政策の実現を図るというのが狙いのようである。

個別イシューごとに円滑な政策の実現を目的とした超党派のグループもある。たとえば「医療現場の危機打開と再建を目指す議連」「京都議定書目標達成議連」 「新世紀の安全保障体制を確立する若手議員の会」「多重債務問題対策議連」「量刑制度を考える会」「地方政府IT推進議連」などがこの2月ごろから次々と 設立され、活動を展開している。

政治的な信条によるグループなどもできている。自民党の中川昭一元政調会長が会長を務める「真・保守政策研究会」は自民党内の研究会だが、無所属から平沼 赳夫元経済産業相が参加していたり、また民主の保守系議員とも近い関係にある。こうした保守勢力から一線を画すリベラル派の勉強会として自民党の加藤紘一 元幹事長を中心として「ラーの会」が設立され、ここには民主、公明、社民、国民新党などからの参加もある。

さらにいえば、自民党内には与謝野馨前官房長官、園田博之政調会長代理という、いわゆる「財政タカ派」による勉強会や、小泉―竹中路線を継承する中川秀直 元幹事長が中心の「上げ潮派」による研究会もできている。民主にも同様に、その立場や政策論でさまざまな勉強会ができている。

こうした動きは、たしかに与野党の対話の模索ともいえるが、政界再編への備えとみることもできる。ただ、有権者として困るのは、このようなグループがいく つもできると、いったいどの政党がどのような立場でどのような政策を進めようとしているのか分からなくなり、混乱してしまうということだ。

もっとも、こんなことはいまに始まったわけでもない。自民党はもともと社会主義勢力に対抗するために保守政治家が合同してできた政党だが、全国の多様な支 持母体に実質的な利益をもたらそうとするプラグマティックな共同体として成長してきた。自民党がキャッチオールパーティと呼ばれるゆえんである。

民主党は、1996年の総選挙から導入された小選挙区において、自民という巨人に対抗すべく小勢力が結集してできた政党といってよい。そのDNAは、55年体制の自民党、民社党、社会党までじつに多様だ。民主党の右左のウィングは自民党より広いといわれるゆえんである。

そもそも小選挙区導入の狙いは、A党候補者かB党候補者かそのどちらか1人を選ぶことになれば、それぞれの政党は政策によってその違いを示さねばならず、 投票行動はそのまま政策選び、政権選びになるということである。利益誘導から政策中心の政治、政権交代が起こりやすい政治への転換を図ろうとしたのであ る。

実際、2003年の総選挙あたりから、各党はマニフェストを有権者に示すようになった。マニフェストとは、その政党のビジョンや、それを達成するための諸 政策と具体的な数値目標や方法、実施期限などを示す「政策パッケージ」であり、有権者と候補者の委任関係を明確にする「契約」である。

こうした「契約」を選挙前に提示することは、選挙制度改革の狙いどおりであり、選挙を重ねるたびに、その内容は洗練されつつあるのは確かだ。しかしなが ら、その中身を読み込んでいくと、同じ政党内のさまざまな思惑がモザイクのようにちりばめられており、まだまだ体系性の希薄な政策リストから脱してはいな い。この状態を、党の性格がそうなのだから仕方ない、それにマニフェストをそんなに真剣に読む人はいない、といって放っておいていいものではない。

商品に合わせて政党を再編せよ

いま有権者は政治に何を求めているのか。もちろん、個別的には、職業、住んでいる地域、性別、世代など、それぞれの置かれている状況で異なるだろう。

だが共通するのは、国際的にはグローバル化が進展し、国内的には少子高齢化というデモグラフィーの変化が財政に構造的な変化をもたらしつつあるなかで、日 本が将来的にいかにサバイバルしていくのか、そのために国のあり方をどのようにしていくのかという5年・10年先のビジョンと、その実現に向けた戦略的か つ、整合性のある具体策の提示ではないか。しかも、耳触りのいい話だけでなく、正味の話をしてくれということである。

国力はさまざまな側面で落ちてきているように見える。自分たちの生活がどうなるかも不安である。これにどう対応していけばよいのか、どのような覚悟が必要なのか、それを見通せるようにしてほしいということである。

総選挙はいつになるのか。自民の支持率が上がれば、なにも解散総選挙をする必要はない。逆に下がったら、議席は確実に減るので解散総選挙のモチベーション は下がる。民主の支持率が上がろうが下がろうが同じこと。論理的に考えれば、支持率回復のために総理が代わっても、来年の任期満了まで総選挙はない。

そのあいだにお願いしたいのが、自民、民主ともに、いまのばらばらになっている状況を整理し、自らの旗印を鮮明にしてほしいということである。すなわち繰 り返していうが、国内外の現状認識をしっかり行ない、5年・10年のビジョンを掲げ、それに向けた戦略的かつ、整合性のある具体策をメリット・デメリット も含めて提示してほしいということだ。

そうでなければ有権者は困るのである。自民の旗印がわからない。民主の旗印がわからない。いったいどちらを選んだらいいのか。どっちを選んでも同じではな いのか。仮に選んだとしても、何の説明もなく中身が変わってしまうのではないのか。そんな状況で選挙をしても意味がない。

さもなければ、それぞれの政治信条や政策を軸として、政界を再編してほしいということだ。くくり方が容易でないのは理解できる。外交・安保で一致しても、 社会保障では一致しない。その逆もある。さらに政策分野を増やせば、もはやグループ分けは無理かもしれない。松下政経塾出身者ですらまとまれないのであ る。

冷戦も右肩上がりも終わった。多様な価値観が存在し、政策も複数の問題に同時に解を出さねばならない複雑な連立方程式となった。政党が政治信条や政策でま とまるのは、事実上不可能かもしれないし、有権者も政策のパッケージではなく、アラカルトで選びたい。だが、選挙でそうした選び方はできない。既存の政党 政治はもはや限界に直面している。

これを解決するには、国が膨大な政策分野を抱え込む現在の中央集権体制を道州制などによって変える必要がある。つまり、地方が決定する守備範囲を拡大する ことで国政のディメンションの数を減らすという制度的イノベーションを待たねばならないが、それにしても、現在の政党の状況はあまりにもいびつである。

自民と民主の「保守派」、あるいはそれぞれの「リベラル派」は政治信条的にも政策的にも非常に近いものがあるように見える。縦で割るより、横で割ったほう がすっきりするではないか。また外交・安保についていえば、違いはあっても55年体制時代よりは幅は狭い。とすれば、社会保障や行財政など国内問題へのア プローチの違いで分ければよいではないか。

自民のある政治家は「新党なんて、信条や政策なんかでまとまるものではない。しがらみや馬が合うとか合わないとか、いろんな要素で集まるのであって、簡単 に割り切れるものではない」という。また、民主のある政治家は「やっとここまできたのに、政権奪取が目前にみえるのに、新党結成なんてありえない」とい う。たしかにそれはそうかもしれない。だが、いずれも政党のカスタマーである有権者を無視した話ではないか。いや、国の将来を考えていないということでは ないか。

有権者にとって、政治家同士のしがらみなど知ったことではないし、民主が政権奪取に王手をかけていることなどどうでもよい。重要なのは、どの政党が何を売 ろうとしているのかである。各党がはっきりとした商品のラインアップができないなら、商品に合わせて政党を再編してくれということである。商品が分からな ければ買えないではないか。

郵政造反組で無所属となった平沼赳夫元経済産業相が「新党侍」を選挙前に立ち上げるとか、高知一区から出馬表明している橋本大二郎前高知県知事があえてド ン・キホーテになって新党を結成するとか、いろいろな話がある。彼らにどの程度の求心力があるかは分からない。行き場のない「浪人」だけが集まるか、サン チョ・パンサがついてくるだけになってしまうかもしれない。だが、こうした動きが、ねじれ国会で蓄積された政界再編のエネルギーの起爆剤にならぬともかぎ らない。それに期待したいものである。

」

さてさて

木曜日, 6月 05, 2008

米国で風力発電が急増へ:「電力網の20%に供給の可能性」も

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WIRED VISION

米エネルギー省(DOE)が発表した新しい報告書は、計画段階にある総計225ギガワットの風力発電施設について詳述している。この発電能力は、現在設置されている風力発電施設の能力の13倍にあたり、現在計画中の天然ガスや石炭の発電所の能力よりもはるかに多い。

ローレンス・バークレー国立研究所の研究者で、この報告書(PDF)の共同執筆者であるRyan Wiser氏は、一連の風力発電計画の増加を「並外れている」と評した。

調査対象となった計画のうち、2007年中に設置された風力発電設備の発電能力は5.3ギガワットだが、この数字は、昨年電力網に追加された新たな発電能力の35%に相当する。

風力発電計画の急増の追い風になっているのは何だろう? 風力は化石燃料と比較すると、費用の点で競争力があるうえ、燃料価格をつり上げることになる気候変動関連の法的規制のリスクとも関係ない。

Wiser氏は、ワイアードの取材に電子メールで応え、「風力発電の費用と価格は上昇しているが、化石燃料による発電の費用も上昇している。これらの条件をまとめると、風力発電は依然として化石燃料発電との競争力を保つことになる」と語る。

現在の石炭発電所の多くは第二次世界大戦直後に建設され、今後20~30年のうちに寿命に達すると見られている。これらに置き換えるため、今後数十年の間に、多数の新たな電力源が稼働を開始する必要がある。風力発電は、そうした新たな電力源の相当な部分を占める模様だ。

DOEが2008年5月に発表した別の報告書では、風力発電は2030年までに米国の電力網の20%に電力を供給する可能性があると述べている。

しかし、石炭、天然ガス、水力、あるいは原子力とは異なり、風力は断続的だという点に留意することが重要だ。これは、米国の(古くなった)電力網において、風力発電の割合が増えると、電力需要が高いのに風が吹かない場合に問題が発生し得ることを意味する。

1つの解決法は、米ConsumerPowerline(CPLN)社のような企業が提供している「ピーク・シェービング」だ。CPLN社は多数の大企業と契約を結び、電力網が発電能力の限界近くまで稼働しているとき、不必要な施設を停止するよう要請している。

報告書『風力発電所の設置、費用、業績動向に関する年次報告書:2007年』(PDFファイル)の全文と、スライド形式の概要(PDFファイル)がダウンロードできる。上の画像は概要から引用した。

WIRED NEWS 原文(English)


関連ニュース
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へぇとかほぉとか言うのが精一杯だけど、クリーンなエネルギーの話は、是非とも普及させて欲しいと思う。 この分野の成功事例がどうのって話だけでなく、日本の取組が明確になると嬉しいなぁ

金曜日, 4月 18, 2008

労働力底上げになるか、ジョブ・カード制度がスタート

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ダイヤモンド・オンライン 2008年4月17日(木)14:40
 「ジョブ・カード制度」というものをご存知だろうか。ジョプ・カードとは職業訓練の履歴などが記載されているカードで、交付により自身の職業能力が公的証明されるものである。
 日本では「新卒採用」という言葉が示すとおり、学校を卒業と同時に就職した会社でキャリアを形成していくのが一般的だ。「新卒採用」されずに非正社員でいると、能力、知識を向上させる機会に恵まれず、キャリアアップできない悪循環に入るケースもある。
 そこで出てきたのが「ジョブ・カード制度」。
  公的に認められた「ジョブ・プログラム」を受けることで、終了証にあたる職業能力証明書が取得できる。ジョブ・カードに終了証のほか、職務経歴、取得資格 などを記載し、求職活動に活用する仕組みになっている。対象はフリーター、子育て終了後の母親、母子家庭の主婦など、なかでもアルバイトやパートなどでの 勤務歴が長く、企業の職業訓練を受ける機会に恵まれなかった人達に向けた制度だといえる。
 そもそもは、政府の成長力底上げ戦略の一つで、「能力発揮社会の実現」がスローガンとして掲げられている。計画では、ジョブ・カード交付目標数を3年間で50万人、5年間で100万人程度としている。
  ジョブ・プログラムは官民一体となって進めていくところに特徴がある。企業側が受け入れ体制を整えなければ、ジョブ・プログラム制度は充分に機能しない。 2008年3月、先行プロジェクトとしてキヤノンがジョブ・プログラムを開始。現在、17名が技能、技術、事務職とそれぞれの職種に分かれ、職業訓練プロ グラムを受けている。期間中は毎月15万5000円もの賃金が支払われる。
 特筆すべきは、プログラム内容の充実だ。プログラム利用者は 配属された職場で仕事をこなすだけではない。座学によるコンピータの学習なども取り入れ、さらには正社員同様、メンターもついているという。ジョブ・カー ドが単なる紙ではなく、真の能力証明となるよう取り組んでいる姿勢が窺える。
 「少子高齢化が進む中、どのようにして労働力を確保していくかということは当社だけではなく、産業界全体の問題だと思っています。ジョブ・プログラムのような取り組みをしていくことで、労働力の底上げに貢献できれば、ということで始めました」(キヤノン広報)
 キヤノン以外では松下電器とそのグループ企業が4月から開始している。厚生労働省によると、「現在、実施しているのは2社のみです。が、企業からの問い合わせはあります」ということだ。
 まだ端緒についたばかりのジョブ・カード制度。賛同する企業数やジョブ・カードの認知度など、さまざまな要素によって成否が分かれる。3年間で50万人という目標は達成なるか。今後を見守っていきたい。
(江口 陽子)
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月曜日, 4月 07, 2008

景気のウソ・ホント

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改革の停滞と政治の失敗が日本経済の勢いを止める
ダイヤモンド・オンライン 2008年4月7日
上田 90年代は「失われた10年」などと言われ、長らく低迷しました。そして2000年を越え、3年くらい前 から景気は完全に回復したと言われていますけど、何か実感がない。しかも、このところ急激に円高・株安が進んでいます。そもそも「景気」とは何なのでしょ うか。言葉の意味から探ってみましょうか。
竹中 ある方の説では、「景気」とは、鴨長明の「方丈記」に出てくる言葉であると。景色の「景」に空気の 「気」、つまり「空気の景色」なのだということです。まさに「気分」ですよね。「景気は気から」という人もいますが、「景気」の中には単に「経済」だけで はなく、気分的なものも含まれているんです。
◇ バブル全盛期でも庶民の景気実感は悪かった
上田
 景気の見方にはいろんな基準がありますけど、どこに焦点を絞って見ればよいのでしょうか。
竹中
 エコノミストによって、注目するところが少しずつ違うんです。ただ一番基本になるのは、「国内総生産 (GDP)」と「鉱工業生産指数」の2つだと思います。なぜかというと、GDPは個人の所得と企業の利潤の合計ですから、これは日本人が汗を流して生み出 した所得の合計。そして、結果的にGDPにかなり影響を与えているのが「鉱工業生産指数」です。GDPは3ヵ月に1回しか発表されませんが、鉱工業生産指 数は毎月出ます。両方を見ていくと、ある種わかりやすい基準になります。
 また、景気の動向をわかりやすく得ようとする場合、「月例経済報告」「日銀短観」の2つを見るのが、もう一つの方法だと思います。「月例経済報 告」は毎月、総理官邸で総理大臣を中心に、主要閣僚、与党の幹部らが集まった席で、経済の現状について、経済財政政策担当大臣が報告する会議なんです。こ こで現在の景気の総合判断を示す。結果が今どうなのかを知りたければ、「月例経済報告」を見るのがいいですね。
上田
 竹中さんも以前、担当大臣としてやってましたね。かなり困難な作業だったりするんですか。
竹中
 景気が悪いと、担当大臣は皆から怒られるわけです。なぜ悪いのかと。とくに構造改革をしたくない人たちからね。もう一つ、「日銀短観」という指標も重要です。日本銀行が企業に今の景気について聞くアンケート調査です。企業がどう感じているかが端的にわかる。
上田
 政府が「景気が悪い」と言ってしまうと、世論に責められ、皆がどんよりした気分になるので、洋服屋の店員さんが似合いもしないのに「似合ってますよ」と言うように、政府に嘘をつかれているような気がするんですよ。
竹中
 結論から言うと、日本の政府は、そんなに人の裏をかくほど深くは考えていません。皆さん、実感として景気 は悪いと言いますが、面白い一つの例があります。80年代のバブル時代に、景気の実感を聞いたアンケート調査があるんですが、「景気実感はかなり悪い」と いう結果が出ているんですよ。当時から「大企業は儲かっているけれども、我々の生活はそんなによくない」という実感を国民が持っていた。「実感」には、そ ういう難しさはあります。
◇ 官製不況と改革の後退で日本への期待が低下
竹中
 ただ、政府の経済判断と実感とのズレには、もう一つ大きな理由があります。政府は公の統計で判断します。 たとえば百貨店やスーパーマーケットの売上などです。統計がある業態というのは、すでに出来上がっている分野なんです。でも百貨店は新しい業態ではなく、 今はコンビニだってあれば、さらにその先を行くカテゴリーキラーのような小売業態がいっぱい出来ている。しかし、そういう分野には「業界」が存在しないか ら、統計が無いんです。結局、昔からある古い業態での統計で判断するしかないので、実感とずれる大きな要因となる。
 そこで、10年近く前から「景気ウォッチャー調査」というものが始まったんです。これは、タクシーの運転士さん、スナックのママさんなど、商売の 第一線にいて敏感に景気を感じている方々に聞いているわけです。実は私が経済財政政策担当大臣時代に、景気判断で一番大事にしていたのが、この「景気 ウォッチャー調査」でした。この調査の数字によると、景気は一時期よりは厳しくなっています。
上田
 竹中さんはどう見ますか?
竹中
 日本経済には明らかに数年前のような勢いは無くなってきている。この点はかなり深刻に受け止めておく必要があります。とくに今年前半の景気は非常に厳しいと思います。私の見方をまとめて申し上げますと、今、3つの要因が働いていると思います。
 1つは、政府の失敗です。「官製不況」という言葉もあるくらいで、典型的な例では、今、住宅投資がすごく落ち込んでいる。構造計算の偽装防止のた めに、建築基準法が改正されました。それはわからなくはないのですが、構造計算のチェックをする新しいシステムを作っても、実際のチェックをする人が足り なかったんです。それで建築確認が下りにくくなり、住宅着工戸数が大幅に落ち込んでいる。政府が実施前にちゃんと準備していれば、こんなことにはならな かった。まさに政府の失敗による、経済へのダメージだと思います。
 2つ目は、昨今よく言われますが、小泉政権時代に比べ、改革の勢いが低下していることです。改革が進めば、この国の経済は良くなるぞと皆が期待す る。逆に改革が進まないと、日本は大丈夫かと不安になる。日銀総裁人事の混乱しかり、将来に対する懸念が増え、期待が下がることで、 投資を控えよう、消費 を我慢しようという気持ちになってくる。
 3つ目は、アメリカのサブプライム問題に原油高といった海外からの要因で、日本の景気を押し下げる力が働き始めている。今は本当に分水嶺で、日本 はどちらにも行く可能性がある。私はどちらかというと、やや悲観的に、慎重に見ている立場ですが、実はアメリカでも意見が分かれています。
◇ 米国経済を占う3つの見方
竹中  先日、前の米財務長官であったルービン氏とお話した際に、アメリカ経済について非常にわかりやすい3分類をしていただきました(右図)。1つ目が(A) で、非常に大きく落ち込んで、低迷は長期化する。前の米財務長官であるローレンス・サマーズ ハーバード大教授などは、こういう非常に悲観的な見方をして います。(B)は、サブプライムの影響でかなり落ち込むが、回復も早いだろうというV字型回復です。最後に(C)ですが、アメリカでは半年間マイナス成長 が続いたら不況と認定する明確な基準があります。(C)は、マイナス成長まではいかないだろうということで、つまり不況ではなく減速。ただし、減速は長期 化するかもしれないという考え方です。ルービン氏は、この(C)の考え方に近いと言っていました。
上田
 竹中さん個人としてはどうお考えですか。
竹中
 まだ(A)ではなく(C)に近いけれども、当面のショックは大きいかもしれないと思っています。最近、ア メリカ経済が悪くなっても中国、インドは大丈夫だというデカップリング論という考え方がありますが、私はそれは無理があると思います。中国が影響を受け、 結果的に日本も影響を受けていくでしょう。そこは覚悟しておかなければいけないと思いますね。
※この記事は、BS朝日・朝日ニュースターで放送の『竹中平蔵・上田晋也のニッポンの作り方』第1回(4/6他 オンエア)の一部を再構成したものです。

」

金曜日, 3月 21, 2008

求む、日銀総裁

「
フィナンシャル・タイムズ

(フィナンシャル・タイムズ 2008年3月19日初出 翻訳gooニュース)

国際的な金融危機というささやかな問題に対応する必要があるのだから、日本銀行の総裁探しは急務だと思われるかもしれない。しかし野党・民主党が『この人 は強大な財務省に近すぎる』とみなす候補に次々と反対するのは、正しいことだ。市場は脆弱だし、妥協可能な候補を早急に見つける必要があるが、しかし理想 の候補は「マクロエコノミスト」として優れた実績をもつアウトサイダーであるべきだ。

日本の福田康夫首相は、同じことをただ繰り返しても違う結果が出ると考えているようだ。野党が、東大法学部卒で財務省(旧大蔵省)キャリア出身の武藤敏郎 前副総裁に否決した後、福田総理はやはり東大法学部卒で財務省(旧大蔵省)キャリア出身の田波耕治国際協力銀行総裁を候補提示した。そして民主党はやは り、田波氏も否決したのだ。

武藤氏をどういう政治的理由から候補に提示したのかは、不可解だ。野党は参議院をコントロールしているのだから、わざわざ野党にケンカをふっかけにいくの はリスクが高い。どうしても対決するなら、国民の支持が広く得られている問題についてのみ挑戦するべきだ。にもかかわらず、わざわざケンカを仕掛けていっ て、負けて、そしてまた同じケンカをふっかけるというのは、荒唐無稽だ。ただでさえ弱い福田政権は、これでますます弱体化したように見える。

福田氏の選択はほかでもない、お役所的な伝統に従うという理屈に動かされていたようだ。一定の役職レベルで財務省を退官する官僚は、日本銀行などの組織で ポストを得るのがこれまでの常だったからだ。確かに、中央銀行向けの人材は財務省で見つけやすいだろうし、その逆もまた真理だろう。しかし、財務官僚を半 ば公式に日銀へ天下りさせるという仕組みは、金融政策の独立性を損なってしまう。

このため、もっと強力な日銀総裁が必要だと民主党が力説するのは正しいことだ。それに、民主党が適任だと名前を挙げる、黒田東彦・アジア開発銀行 (ADB)総裁や、(武藤・田波両氏よりはやや若い)渡辺博史前財務官にしても、「非・主流派」というほどではない。総裁空席の穴を急ぎ埋めなくてはなら ないという緊急性を思えば、どちらの候補もあり得るだろう。

しかしもっとラディカルな選択だって、あり得る。中央銀行を取り仕切るという仕事は、ほかにはない独特のものだ。パーフェクトな候補とは、素晴らしいマク ロエコノミストであって、市場心理を読み取れる心理学者で、公の場できちんと話せる手堅いパブリック・スピーカー。かつ国際的な外交官で、優れた最高経営 責任者(CEO)の資質も欲しい。外交官やCEOとしての能力をもつエコノミストを見つけるのは難しいが、一方で、スタッフの言いなりになるのではなくス タッフを問いただすことができるだけの深い経済の経験をもつ官僚を見つけるのも大変なことだ。オーソドックスなものの見方に挑戦できるだけの総裁が得られ れば、日銀にとって大きなメリットとなる。

総裁不在でも、あまり支障はないという意見もあるだろう。総裁がいなくても日銀は機能するし、近く金利を変える可能性も低いし、そもそも多くの重要な政策 決定は財務省が行っているのだから。しかし毎日のように新しい経済危機が出来する今、市場の信頼性はもろく、日本経済の展望も陰りつつある今、トップ不在 は間違ったメッセージを発してしまう。政府と民主党は急ぎ、総裁候補で合意すべきだ。その過程で、日本のなれ合い的な公職人事システムが一新されるのな ら、それはなお良し、だ。

」

結果庶民レベルでものを言うと、具体的に国民が困らんのなら、どーでもイイって話に、落ちていってしまう悲しさはあるなぁ....。

金曜日, 3月 14, 2008

コーヒー店戦争に火をつけたマック低価格路線の勝算

「
ダイヤモンド・オンライン

280円のスターバックス「本日のコーヒー」(左)と、100円のマクドナルド「プレミアムローストコーヒー」(右)。低価格で本格的なプレミアムローストコーヒーに対して、コーヒー専門ショップはこれからどのように対抗していくのだろうか。
 2008年2月15日、マクドナルドは100円で提供していたオリジナルのブレンドコーヒーをリニューアル。「プレミアムローストコーヒー」として全国展開を開始した。

  このプレミアムローストコーヒーが巷で大人気だ。価格はSサイズで100円、Mサイズで190円と低価格ながらも、コーヒー豆には高級品種のアラビカ種の みを使用。また、全店に新規開発したコーヒーマシンを導入。全国のマクドナルドで同じ味のコーヒーが愉しめるようになった。

 リニューア ルに際して、カップのデザインが変更されたが、それだけではなくカップのふたの部分も改良されている。飲み口を開閉式にし、下唇があたる部分に凹凸をつけ ている。これにより、飲んでいるときにコーヒーが飲み口から垂れてしまうことを防止しているのだ。ほんの些細なことだが、細かい心遣いにも「プレミアム」 な印象を受ける。

 日本に先駆けて発売したアメリカでは、コーヒー専門ショップのスターバックスが全米のほぼ全店を一時閉鎖し研修を開くといった事態に発展。このプレミアムローストコーヒーに対して、かなりの危機感を抱いているようだ。因みに、日本ではこのような事態にはなっていない。

 筆者の周りの人たちに評判を訊いてみたところ、「スターバックスのほうがコーヒーとしてはちゃんとしているが、100円であの味なら飲んでもいい」という意見が多い。

 ただし、コーヒー好きと自称する人たちのなかには、「プレミアムローストコーヒーは100円としてはがんばっているが、コーヒーとしてはスターバックスやタリーズコーヒーにはかなわない」という意見も少なからずある。

そこで筆者は、マクドナルド、スターバックス、タリーズコーヒー、ドトールのコーヒーを飲み比べてみた――。率直な感想は「プレミアムローストコーヒー恐るべし」だ。

◇ 価格差では圧倒的優位のマクドナルド

 まず価格だが、「本日のコーヒー」はスターバックスが280円、タリーズコーヒーが290円、ドトールは最近値上げがありブレンドコーヒーは 200円だ。プレミアムローストコーヒーは前述のとおり100円。個人的な意見でいえば、価格帯がやや拮抗しているドトールに比べると、プレミアムロース トコーヒーのほうが飲みやすい。

 スターバックスとタリーズコーヒーに関しては、価格が約3倍も違うだけあって、その差は歴然。コーヒーとしての深みがまったく違う。

 しかし、ヘビーなコーヒー好きでなければ、約3倍の価格の差に価値を見い出せるかどうかは甚だ疑問。朝の忙しいときや食後に「とりあえずコー ヒー」が飲みたいという、ライトなコーヒー好きにとっては、手軽に飲めるプレミアムローストコーヒーのほうに魅力を感じる人も多いだろう。

 マクドナルドの狙いは、まさにそこにあるように思える。朝およびランチタイムは、ビジネスマンにとって忙しい時間帯だ。ゆっくりコーヒーを飲んで いる余裕はない人も多い。100円であれば、支払いも簡単な上、量がやや少なめな点も、忙しい人にとっては好都合。まさに「ファストフード」のコーヒーな のだ。

◇ 経営戦略の中に組み込まれた低価格路線の選択

 もうひとつ、マクドナルドがスターバックスをはじめとしたコーヒーショップと異なる点がある。それは「スナックタイム」の導入だ。

 これは、午後2時から午後11時まで、100円メニューとドリンクSサイズの組み合わせを150円という価格で提供するというタイムサービス。ハ ンバーガーとコーヒー、アップルパイとコーヒーといった組み合わせが、たった150円で愉しめるのだから、子連れの主婦や打ち合わせのビジネスマンなどに 人気があるのも頷ける。

 このように、マクドナルドは戦略的に低価格路線を展開することで、プレミアムローストコーヒーの認知度をアップ。通常「プレミアム」と名付けられ た商品は、ほかの商品よりも「値段は高いが高品質」という差別化を行ってきた。しかしマクドナルドは「プレミアムなのに低価格」という逆転の発想を採用。 これが一般消費者のハートを掴んだと推測できる。

 本格的なコーヒーを提供するコーヒーショップ市場に、100円コーヒーというコンセプトで殴り込みをかけてきたマクドナルド。この勢力拡大は予想 以上に早い。これに対抗するためには、マクドナルド以上にインパクトのある商品投入が急務。「おいしい」だけでは、もはやコーヒーショップはマクドナルド に勝てない状況にあるといってもよい。

 原油価格の高騰などにより、さまざまな商品が値上げされている昨今、コーヒーショップも値上げ傾向にある。しかし、マクドナルドだけを見れば、企業努力により低価格を維持したまま品質を上げることも不可能ではないということになる。

 このプレミアムローストコーヒーの登場は、単純にコーヒーがおいしくなったということだけではなく、「値上げ」以外の何かでこの価格高騰の時代を 乗り切ろうという、マクドナルドの企業姿勢をも感じさせられる商品。突如巻き起こったコーヒー戦争に、スターバックスをはじめとしたコーヒーショップ連合軍は、どのような次の一手を打ってくるのか? ――興味津々だ。

(三浦 一紀)
」

やっぱりデフレ不況って終わってないんだよね。

基礎年金「全額税方式」の前に、厚生年金の見直しこそ不可欠だ

「
ダイヤモンド・オンライン

世界に類のない高齢化が進行する我が国において、年金制度への国民の不信感・不安感は計り知れない。年金制度の在り方の 論議の中で、このところ急速に浮上しているのが「全額税方式」だ。今回から2回にわたって、この「全額税方式」に潜む問題点について駒村康平・慶應義塾大 学経済学部教授に聞く。

 年金制度への不信感は深く、広く蔓延している。2004年年金改正も、国民の不安を取り除くことは全くできなかった。では、日本の年金制度はどうあるべきなのか? 

 このところ浮上してきたのが、基礎年金(注1)を全額税負担にしようという「全額税方式」である。日本経済新聞の年金制度改革研究会が「基礎 年金を社会保険方式から税方式に移行、財源すべてを消費税で賄うこととすべき」(注2)とこれを提唱し、麻生太郎・自由民主党前幹事長も「消費税を 10%にして基礎年金を全額税負担にしよう」(中央公論3月号、注3)と訴える。

 この全額税方式は本当に、不信感を取り払う切り札となりうるのか? 内外の社会保障政策に詳しく、『年金はどうなる』(岩波書店)の著書もある駒村康平・慶應義塾大学経済学部教授に聞いた。氏の答えは「明らかにノー」である。

――このところ、「基礎年金を全額税方式とすべし」との提言が相次いでいます。

駒村:税方式が国民に魅力的に映るのとすれば、たぶん2つポイントがある。1つは現在の年金システムが「空洞化 し、すでに破綻しているのではないか」という疑念が浸透している点。もう1つは「これからの高齢化社会の負担増には、消費税で対応するのが望ましい」とい う見方がある程度、浸透している点にあると思う。

 まず、年金の空洞化について。麻生氏は中央公論の論文で「年金不信で国民年金保険料の納付率は6割程度にとどまっている。国民皆年金という謳い文句は、もはや死語だ」としている。

 確かに国民年金(第1号被保険者)の納付率は67.1%(2007年度)にとどまり、免除されている人の分(17.7%)を差し引くと、5割を切る。

 しかし、1~3号まである基礎年金(国民年金)のうち、払っていないのは1号の話。2号や3号はほとんど皆が払っている。サラリーマンのグループ は、ちゃんと払っている。公的年金の全加入者7000万人を分母として考えれば、未納者というのは、どんなに多く見積もって計算しても10%前後となる。 厚生労働省の定義にそって厳密に言えば5%だ。

 要は全体としてみれば9対1なのである。9割は払っていて、1割が払っていない状態を「破綻」と言うべきなのか。1割の人を助けるために、9割を犠牲にすべきなのか。まず、この点に異議を唱えたい。

――全額税方式が支持される第2のポイントは、消費税でした。

 消費税を、高齢化社会に対応する財源として位置づけるのは当然のことだろう。他の税を増税するよりはいい。給与課税のように、企業行動や個人の働 き方に影響を及ぼすようなこともない。日本の消費税率は他先進国に比べ極端に低いし、消費税をいずれ上げるという流れは必要だろうと思う。

 ただし、である。消費税財源を充てる優先順位の第1が「年金」で本当にいいのか、と問いたい。

――高齢化社会への本格突入で介護、医療にももっとお金がかかるようになる。社会保障全体に目を向ける必要があります。

 消費税を社会保障目的税と位置づけて、介護、医療、低所得者向けの対策、少子化対策などに分けて投入し、今壊れかけている社会保障制度の支えとするのはいい。優先すべきはこちらであって、基礎年金ではない。

 考えてみてほしい。全額税方式で、高齢者全員に満額の月額6万6000円を支給するということは、弁護士や開業医であろうと大企業OBであろうと税金を投入する、ということになる。

 生活が苦しい高齢者はいいだろう。だが、裕福な高齢者をも含めて、一律でお金をばらまく必要はないのではないか。そのぶん、医療や介護をカットしていいのか。ここが最大の問題だ。お金は限られている。消費税でもって基礎年金だけを守る必要はない。

後編では、既に基礎年金の「全額税方式」を導入している国での各国の年金制度と実際の制度運用の状況も、日本の年金制度 を検討するうえで重要なポイントとは何かにスポットをあてる。年金制度の議論を重ねる上で、基礎年金の制度改革の前に、まずは今後の厚生年金制度のあり方 こそ議論されることが望ましいと駒村康平・慶應義塾大学経済学部教授は語る。

――どうやって、全額税方式の新年金に移行していくかという問題もあります。

駒村:日経の研究会報告は「移行前に保険料を払っていた人には、支払期間に相当する受給権を旧制度に基づき確保」とし、麻生氏も「これまで支払った人の分はそれを記録し、それに応じた金額をプラスアルファ分として支給することで(公平性を)クリアすべき」としている。

 では、その上乗せぶんのお金をどこから持ってくるのか。そのお金がどこを叩いてもないから困っているのである。

 そもそも、基礎年金を社会保険方式から税方式に移行する際、消費税で賄うべき必要額は約19兆円とされているが、それは正しくない。よく勘違いさ れるけれども、19兆円というのは、今の基礎年金の平均値に受給者数をかけて出てきた金額。あくまで今の制度を維持するために必要な金額ということだ。

 満額支給の6万6000円を、65歳以上の人に無条件で払うとすると、実は23兆円くらいかかる。未納があって満額貰っていない人の分など、4兆 円もギャップがある。スタートラインのところで問題がある。これに現在の保険方式によってまかなわれていた障害基礎年金、遺族基礎年金のための財源も必要 である。アップする消費税は7%となる。

――上乗せして払うとなれば、さらにお金が必要になります。

駒村:40年間払った人に上乗せして払うとなれば、さらに十何兆円と必要になる。「サラリーマンの年金である厚生年金に150兆円の積立金がある。それを使えばいい」という考え方もあるが、この積立金は、高齢化がピークを迎える2040~50年に備えて取ってあるものだ。

 もし、基礎年金を救済するために厚生年金の積立金を使おうものなら、それこそ厚生年金が破綻してしまう。それはいくら何でも、許されないだろう。はなから厚生年金をぶち壊し、民営化したいのかと勘ぐりたくなる。

 現実的に考えると――税方式になったとしても、今まで払わなかった人は貰えない。払った人は税財源の年金がもらえる。となると、現在の基礎年金が 入れ替わるだけだから、とりあえず19兆円ですむ。ただし、今問題の無年金高齢者は救済出来ないことになる。それどころか、消費税負担増でさらに酷い目に 遭う――ということになる。基礎年金の全額税方式というのは、要はありえない話なのである。

――そもそも、全額税方式を採用している国はほとんどないですね。

駒村:高齢期と若年期の最低所得保証をやろう、という方向にヨーロッパのほとんどの国がなっている。これなら大いに賛成だ。

 世界の年金制度を見渡しても、1階部分で税方式の基礎年金を個人単位で支給し、さらに2階部分に厚生年金を乗せている国など、もうどこにもない。

 スウェーデンなどは、かつてこういった制度だったが、1999年に最低保証年金(編集部注4参照)に切り換えた。「みなさん年金保険に入ってくだ さい。しかし、それで足りない人は税で助けますよ」という制度にした。税財源を全員にばらまくのではなく、必要なところにピンポイントで投入するようにし ないと、制度を維持できないからだ。

 現在、世界の主な国の中で全額税方式の基礎年金を出しているところと言えば、ニュージーランド、オーストラリア、カナダなどがある。しかし、 ニュージーランドやオーストラリアには2階建て部分の年金はない。加えて、高所得の高齢者は税方式の年金を返しなさい、ということになっている。カナダに は報酬比例年金はあるけれども、日本に比べて遥かに小さい。しかも、高所得、高年金の人は年金を返しなさいとなっている。

 高齢化社会の中で無茶なばらまきをやっている国は、世界のどこにもない。それを敢えてやるというならば、他の社会保障をカットすると宣言するに等しい

――年金制度改革が必要なのはもちろんです。現実可能な議論を進めていくためには、何を土台とすべきでしょうか。

駒村:年金制度について議論されるのは、もちろん、結構なことだ。だが、基礎年金の全額税方式はシンプルで、わかりやすい代わりに、夢物語となってしまっている。

 まずは、基礎年金ではなく、ほとんどの人をカバーしている厚生年金について、考えるべきだと思う。厚生年金を残すか、いかにして維持するかを議論し、その後に穴が開いてしまっている基礎年金をどうするかを考える。そういう手順を踏んでいけば、実りのある議論になる。

(1)他の先進国と同じように、年金制度を最低保証年金に切り換えるべきではないか、(2)高齢化社会において税財源を投入する優先順位をどうするか、の2つがポイントになると思う。

(聞き手:『週刊ダイヤモンド』副編集長 小栗正嗣)

●編集部注

注1)
日本の公的年金制度は、2階建てで構成されている。その1階部分が基礎年金(国民年金)だ。自営業者(第1号被保 険者)、民間サラリーマン(第2号被保険者)、サラリーマンの配偶者(第3号被保険者)に共通する年金で、平均年金月額は5万8000円(満額支給の場合 は6万6000円、2006年度末)である。2階部分は厚生年金や公務員の共済年金。現役時代の報酬によって受取額が変わる報酬比例年金で、平均年金月額 は16万9000円である。

注2)
日本経済新聞社の年金制度改革研究会は1月、年金制度改革に関する報告をまとめた。少子高齢化の加速、保険料未納問題の深刻化によって制度維持が困難になりつつある状態を立て直すため、税方式への移行を求めた。その骨子は下記のとおりである。

・基礎年金の財源を保険料から全額消費税に置き換え
・税率の上げ幅は5%前後。置き換えで全体の負担に増減は生じない
・月額給付は満額で6万6000円
・国内居住10年程度を支給要件に
・移行期間は旧制度に基づく保険料負担を給付に反映
・年金課税を強め高所得者への給付抑制
・3.7兆円の企業負担軽減分は非正規労働者の厚生年金への加入拡大に

注3)
麻生太郎衆議院議員・自由民主党前幹事長は月刊中央公論3月号に「消費税を10%にして基礎年金を全額税負担にしよう~これが安心を 取り戻す麻生プランだ!」を寄稿。「国民に安心を与えるのが政治の責任。抜本改革しか、国民の信頼を取り戻す術はない」とし、(1)杜撰な加入記 録、(2)破綻している年金財政という2つの問題を解消するために、基礎年金の運営を全額税方式に改め、税負担の財源には消費税を増税して充当すべきだと 提案する。その骨子は下記のとおり。
・消費税を段階的に10%とし、約13兆円の財源ができる
・国民年金の保険料負担(月1万4000円程度)はなくなる
・サラリーマンは基礎年金保険料を支払わなくて済むようになる
・将来の無年金の解消も可能になる
・これまで保険料を支払ってきた人の分は記録し、それに応じた金額を プラスアルファ分として支給、公平性を担保する

注4)
スウェーデンは1999年に年金制度の大改革をおこない、1階部分・税財源による定額給付、2階部分・所得比例年 金となっていた公的年金を、所得比例年金のみの1階建てとし、一定年金以下の人には最低保証年金を用意した。負担と給付の関係を明確とするため、「個人勘 定」(支払った保険料の総額を個人単位の口座で管理する)とし、支払った金額に経済成長率にリンクした「見なし利回り」をつけ、個人の年金資産として蓄積 されていくこととした。年金全体の資産と負債のバランスが崩れると、見なし利回りが自動的に下げられ、債務の成長が鈍化する自動調整機能の仕組みも導入さ れた。

」

ちゃんと読んどかんと....。

木曜日, 3月 13, 2008

他人事で無責任な福田首相が“日本売り”を加速させる 【週刊・上杉隆】

「
ダイヤモンド・オンライン

 3月6日朝、いつものように首相官邸からメールマガジンが配信された。

 小泉時代に始まったこの試みは、メディア戦術上、ある程度の成功を収めている。2代の首相を経て、読者数は減少しているものの、直接国民にかけるという当初の目的は十分に達成している。

 しかし、時にその機能が逆効果になることもある。3月6日配信のメルマガこそ、まさしくその類であろう。

〈果実を分かち合う。福田康夫です〉

 こうした出だしで始まる当該回のメルマガは、次のように続く。

〈3 月を迎え春の訪れが感じられるようになりましたが、このところ食料品などの値上げのニュースが目立ちます。みそやしょうゆ、乳製品など、いずれも毎日の食 卓に欠かせないものばかりです。昨年来、パンや食用油から、ティッシュペーパーといったものまで、実にさまざまな食料品や日用品の値段があがっています。 スナック菓子の中には、袋の内容量が減ったものもあります(中略)。

 物価が上がっても、皆さんの給与がそれ以上に増えれば、問題はありません。しかしながら、働いている皆さんの給与の平均は、ここ9年間連続で横ばい、もしくは減少を続けており、家計の負担は重くなるばかりです〉

 ここまでは異論はない。国民生活の現実に即した記述である。この内容に関する限り、国家のリーダーとしての福田首相の認識に、安心感さえ覚える。

 しかし、これ以降が拙かった。首相として、驚くべき「方針」が綴られている。最初に読んだ時は自らの目を疑い、悪い冗談かとさえ思ったほどだ。

〈日 本経済全体を見ると、ここ数年、好調な輸出などに助けられて、成長を続けています。企業部門では、不良債権などバブルの後遺症もようやく解消し、実際は、 大企業を中心として、バブル期をも上回る、これまでで最高の利益を上げるまでになっています。これらは、さまざまな構造改革の成果であり、そうした改革の 痛みに耐えてがんばった国民皆さんの努力の賜物にほかなりません。

 私は、今こそ、こうした改革の果実が、給与として、国民に、家計に還元されるべきときがやってきていると思います。

 今まさに、「春闘」の季節。給与のあり方などについて労使の話し合いが行われています。

 企業にとっても、給与を増やすことによって消費が増えれば、経済全体が拡大し、より大きな利益を上げることにもつながります。企業と家計は車の両輪。こうした給与引き上げの必要性は、経済界も同じように考えておられるはずです。政府も、経済界のトップに要請しています〉

 日本は一体いつから、社会主義国家になったのだろう。どういった権限で、政府が民間企業の経営に「命令」を出せるのか。福田首相は何か大きな勘違いをしているのではないだろうか。

 確かに、景気が低迷し、消費が伸びない理由には、原油高などによる物価の高騰がある。福田首相が指摘する給与所得の伸び悩みがあるのもその通りだ。

 だが、その民間の対策について、内閣総理大臣が口を挟むのはどうか。あまりに僭越ではないか。

 そもそも、消費の購買欲を喚起したいのならば、政府が減税政策を打ち出し、事実上の「給与引き上げ」を行えばいいだけの話である。「果実を分かち 合う」のならば、政府が率先して、富を分配すればいい。国がやるべきことを棚上げしておいて、民間にそのしわ寄せを押し付ける「方針」など、政府の責任放 棄以外の何ものでもない。

◇ いつも他人事で無責任な福田首相

 思い返せば、福田首相はいつも他人事で、無責任だ。

 たとえば、「ギョーザ事件」発生直後のぶら下がり会見では次のように発言している。

「関係省庁が原因をよく調べた上で対応すると思いますよ。(略)まぁ、輸入食品といえども、十分注意するようにと言うしかないでしょ」

  また、イージス艦「あたご」と漁船「清徳丸」の衝突事故発生直後、記者から問われた感想を問われた福田首相はこう反応している。

「おー、そうだってね。大変だ」

 それにしても、なんという他人事だろう。国民の生命、健康を預かる内閣総理大臣のコメントとしてはあまりにひど過ぎる。ある意味、今回の「春闘賃上げ発言」も、首相にしてみれば、ごく自然な感覚なのかもしれない。

 だが、こうした無責任な発言こそが、結果として、日本経済を縮小させていることに、福田首相はそろそろ気づくべきではないだろうか。

◇ 福田首相こそ景気低迷の元凶だ

 世界同時株安の際も、日本政府の方針を問われた福田首相は「様子を見て判断します」と語り、世界を唖然とさせた。そうした無責任な発言により、海外投資家が逃げ、日本売りは加速し、株式市場の低迷を余儀なくされているのだ。まさしく『エコノミスト』の特集(JAPAIN: The world's second-biggest economy is still in a funk? and politics is the problem)の通り、それは畢竟、政治の責任なのである。

 ストラテジストの中には、4月にも株価が1万円割れを起こす、と警告している者もいる。

「果実を分かち合う」といいながら、自ら分配を拒否しているのは政府自身だ。そして、恥ずかしげもなく、そのメルマガで、無責任な「方針」を打ち出す福田首相こそ、景気低迷の元凶なのだ。

」

金曜日, 2月 29, 2008

上場の意味が問われる「空港外資規制」見送りは賢明な判断【弁護士・永沢徹 M&A時代の読解力】

「――国土交通省の思惑か?すり替わってしまった論点。

ダイヤモンド・オンライン

 2007年、オーストラリアの投資銀行であるマッコーリー・グループが、羽田空港ターミナルビルを所有する「日本空港ビルディング」(東証1部上 場)の株式約20%を取得したことが発覚。それを受け、国土交通省は外資出資規制を定めた改正法案を提出したが、内閣でも議論は紛糾。福田首相の指示で閣 議決定が先送りされ、法案は事実上見送られることとなった。

 そもそも空港外資規制とは、成田国際空港会社や羽田空港のターミナルビル運営会社など、空港関連会社に対する外資の出資比率を法律で規制しようと いうものであり、「空港整備法」の改正がそれにあたる。空港を管轄する国土交通省は、「安全保障上問題がある」として、外資の出資比率を「議決権ベースで 3分の1未満」に抑えることを目指し、改正案を提出した。しかし、その是非をめぐり、対日投資の冷え込みを懸念する金融庁だけでなく、渡辺喜美金融担当相 をはじめとする現役閣僚からも反対の声が噴出した。先述した通り、閣議決定も先送りされ、問題は長期化する様相を見せている。今後、霞が関と永田町では水 面下で「空港外資規制」の議論が続くであろう。

◇  実は日本での実績があるマッコーリー・グループ

 マッコーリーとは何者か――。私から見れば比較的“筋のいい”株主である。日本ではあまり知られていないかもしれないが、空港や高速道路などのイ ンフラへの投資を得意にしている投資銀行であり、オーストラリアでは最大である。高速道路では世界的なネットワークを持っており、すでに日本でも実績があ る。東急電鉄の「箱根ターンパイク」、近鉄の「伊吹山ドライブウェイ」を買い取り、「箱根ターンパイク」においては、命名権を東洋タイヤに供与し、 『TOYO TIRESターンパイク』として運営。様々な手法で収益改善を図り、東急時代には赤字だった同社を黒字に変えている。

 また、これらの投資は日本政策投資銀行と共同のファンドで行なっており、そういう意味からも日本に馴染みのある投資銀行である。いわゆる“青い眼 ”で日本の事情がよくわかっていないというのではなく、日本の企業と非常にうまく手を携えてやってきたという外資企業なのである。さらに、彼らがインフラ に投資していくという意味では、日本の空港に関心を持つということも十分にありえることだろう。

◇  空港の「不動産屋」をめぐる駆け引き

 話を「空港外資規制」に戻そう。今回問題になっているのは、「空港」の民営化ではない。「空港ビル」という会社の話なのである。それが「日本の空 港を守れ!」といったように、混同されて議論されているフシがある。「空港」自体は、独立行政法人が保有しているのであって、「空港ビル」は空港の中にあ る売店や食堂、駐車場をはじめとした、いわゆる「不動産屋さん」なのである。その不動産屋を守ることになぜそこまでこだわるのか。冬柴国土交通大臣が「守 らなければならない!」と言って、特別な立法をしてまで守るべきものなのか、もっと議論されていいはずである。

 その不動産屋の大株主となったマッコーリーというのは、前述したように、すでにノウハウもある企業であり、グリーンメーラーのような投資家ではな い。ただ1つ言えるとすれば、“日本の村の中に突然侵入者がきた”という印象はあるのかもしれない。そもそも、空港ビルの代表取締役の一人は国土交通省の OBである。役員には日本の名だたる不動産会社や航空会社から人が来ており、資本も来ているのが現状だ。それが過半数を握っていれば何の問題もないのであ るが、マッコーリーによって“一石を投じられた”という意味合いが強いのだろう。

◇ 国土交通省が「論点」をすり替えた?

 日本の公共部門が非効率であるということは周知の事実であり、高速道路にしてみても、民営化をしたとはいえ、まだまだこれまでのしがらみから脱し ていないという印象が強い。ある面では、外資が高速道路を買収するというのは十分にありうることだし、民営化するということはそういうことも想定し、十分 に議論して民営化や上場をしなければならない。とはいっても今回の空港ビルの問題は、「高速道路や空港などの公共性の高いインフラは外資には買わせない」 ということとは全く別の話であり、「空港の売店をなぜ外資が買ってはいけないのか」という話である。このように議論が完全にすり替わってしまっている気が する。

 それはなぜかというと、マッコーリー自体がすでに(他国で)空港を持っている会社であるからかもしれない。「マッコーリーが成田や関空も買おうと しているのではないか?」という疑心暗鬼もあるだろう。しかし、もしかすると、採算性の悪い地方空港などを外資に売るという選択肢だってあるかもしれな い。現に、箱根山ターンパイクや伊吹山ドライブウェイのように、日本企業がやっていて採算が合わなかったものを再生させた例もあり、全くない話ではないは ずである。 では国土交通省が守りたいものは何なのか――。もしかしたら別にあるのかもしれない。

 マッコーリーは他にも、日本レップという倉庫事業をやっている日本企業に投資し、マッコーリー・グループの傘下に収めている。過半数の資本を持 ち、次々にその資金で全国の倉庫建設を手がけているのだ。このようにマッコーリーは、投資して高値で売り抜けるというハゲタカファンド的な会社ではなく、 比較的腰を据えて事業をやっている会社なのである。

 空港の物販や駐車場の運営といった不動産事業において、規制をしてまで守らなければならない業種かというと、そうではないと思う。空港ビルの従業 員は269名となっており、不動産企業としては決して大きな規模の会社ではない。空港ビル=空港という印象になってしまっているのか、意図的か意図的では ないかはわからないが、論点がずれてしまっているのが現状である。

 国土交通省が法改正の理由の1つとして、英国ヒースロー空港の民営化→上場廃止を挙げている。そもそも、ヒースロー空港は「空港自体」が民営化さ れたという話であり、上場廃止によって公共企業から私企業になったということが問題であると指摘されている。しかしこれは、「空港」の話であって、「空港 売店」の話ではない。なので、国土交通省が今回の問題の引き合いに出すべきケースではないのである。

 わかりやすく築地市場で喩えてみると、市場の中にある卸会社というのは、築地市場からスペースを借りて運営しているものである。築地市場というの は公共のものであるけれども、そこで業務をやっている卸会社は民間企業であり、例えば「築地魚市場」や「大都魚類」のように上場している会社もある。この ように、公共のものを使って事業をしている会社は全て守らなければならない会社かというと、そうではない。

◇ 問われる「株式上場」の意味「公共性」の定義も疑問

 そもそも、上場するときに一定の規制をかけて上場するならまだしも、上場するときには何の規制もかけずに上場しておきながら、外資が大株主になっ たからといって、急に「公的な色彩が強い」と持ち出し、法改正をしてまで規制をしようというのは、議論として成り立たない話である。本当におかしな話であ る。空港の売店をやっている不動産会社と空港そのものの民営化を混同するというのはいかがなものか。むしろ、役所や取引先企業の既得権益を守るためではな いかと思ってしまう。国土交通省が自らの「天下り先」としてぞれぞれの空港ビルを温存するための規制にもなりかねない。

 冒頭で述べたように、渡辺喜美氏をはじめとする3閣僚が、法改正に反対しているのは非常に合理的である。そもそも空港ビル自体が株式会社として営まれている以上は、その株式に対して一定の制限をかけるということは、非常に慎重でなければいけないと思う。

 まだ、電力会社やテレビ局のように地域独占で公的な事業を担っている会社について外資の参入を規制するというのであればわからなくもない。しか し、今回の空港ビルの問題は、そのようなことと一緒に論じられるレベルの話ではない。まるで「ルミネや私鉄系百貨店にも外資規制をかけろ」と言っているよ うなものである。外資が入ることによって競争原理が働き、サービスが向上し、収益改善した例も少なくない。箱根ターンパイクが外資に売られたことで迷惑したという話はあまり聞いたことがない。そういう点からみても、「空港の売店」をそこまで守ろうとするのかが非常に疑問である。

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