金曜日, 9月 29, 2006

【FT】 小泉の跡継ぎ 人気が隠すよろいのヒビ

この人たちの分析ってスゴイと思う....。

フィナンシャル・タイムズ

(フィナンシャル・タイムズ 2006年9月26日初出 翻訳gooニュース) デビッド・ピリング

 世界第2位の経済規模を誇る国の首相として、安倍晋三は実になめらかに舞台中央に躍り出た。そのあまりのそつのなさには、驚嘆した。と同時に、あ まりになめらかすぎて、問題点が見えにくくなっている。自民党が安倍氏を総裁に選ぶこと、それによって自動的に、安倍氏が次の総理大臣になることは、日本 中の誰もが何週間も前からわかっていたことだ。

 国会の承認を得て、これまでで最も若い戦後の総理大臣となった安倍氏は、ただちに自分がイメージする通りの組閣を実行。新首相の友人や、思想を共にする仲間が、次々と入閣した。

 一見、磐石そうに見える安倍人気は、その弱点を隠してしまっている。政治家としてやや経験不足な52歳の新首相には、前任者ほどの党内影響力がない。これは安倍氏の「よろいのヒビ」のひとつで、多くの政治評論家が指摘していることだ。

 小泉氏は、党内アウトサイダーだったからこそ自民党に対して威力を発揮し、経済危機にあった日本で大勝利を収めた。アウトサイダーだったからこ そ、党内改革を受け入れないならば「自民党をぶっ壊す」とまで強弁できたのだ。それに比べると安倍氏は、もっと自民党に依存的だ。そして自民党の中には、 「小泉以前」に戻りたがっている勢力が残っているのだ。

 国民の人気を背景に安倍氏は自民党総裁になったが、自民党苦戦が予想される来年夏の参議院選挙で成果を出さなければ、安倍氏の権力基盤は瞬く間に消滅してしまう。多くの消息筋はそう予測する。

 日本政治に詳しい米コロンビア大学のジェラルド・カーティス教授は、安倍氏は生まれながらにして総理大臣になるべくしてなったようなものだと指摘 し、それだけに安倍氏はこれまで個々の政策を自分がどう考えるか、明示しないですんできてしまったと話す。おかげで予算配分の優先順位や地方再生、慢性的 な財政赤字の解消など、激しい対立軸となり得る政策課題をめぐる争いに、安倍氏は今後ふりまわされる危険がある。

 自民党総裁選に臨んだ安部氏の政権構想は、わずか3ページたらずの薄っぺらな冊子で、対立候補たちが発表したものに比べてきわめて短かった。特に 谷垣禎一前財相が発表した政権構想は、財政再建を中心に政策課題について詳しく論じる、長文のものだった(安倍首相就任と共に、谷垣氏はあっさり閣僚の座 を追われた)。

 安倍氏は自民党議員と党員の67%の票を集めた。かなりの高支持率に思えるが、70%を期待していた安倍氏の票読みを下回ったのも事実だ。安倍氏 に投票した議員・党員の多くは、安倍氏が好きだからというよりも、みんながそうするから投票した様子だ。勝者の側につきたいという心理が働き、潮目を正し く読んだ結果、組閣人事でごほうびをもらった人たちもいる。しかし、そういう「支持」というのは元来、移り気なものだ。

 安倍氏を支持しなかった3割というのは、タカ派と呼ばれる安倍氏の外交政策を懸念する人々、あるいは安倍氏の経済政策に疑問を抱く人々などだ。 「自由市場資本主義」に対する反発が最近高まっているが、安倍氏は市場原理主義者すぎるのではないかという懸念もある。あるいは、増税してまで日本の財政 を立て直そうという覚悟が、安倍氏にはないのではないかという疑いもある。

 自民党総裁としての安倍氏の任期は3年。課題をこなしていくだけの時間はたっぷりある。5年近くも続く回復基調という戦後最長の持続的成長を果たしつつある日本の経済状況は、首相が腕をふるうにはまたとなく良い状態だ。

 しかし現実的には、時間はあまりない。「参院選がおそらく、安倍にとって最大の関門となるだろう」とカーティス教授は指摘し、もし自民党にとって 不本意な結果になれば安倍氏の引責辞任もありうると付け足した。安倍氏に小泉流の真似はできないので、「個別具体的な政策課題の中身で勝負していかなくて はならない。しかも早急にだ。急がなければ、国民もマスコミもさっさと安倍に背を向けるだろう」と教授は言う。

 安倍氏は外交や憲法問題、教育改革などに強い信念を抱いている。しかし国民の支持という意味では、どれも特に求心力のあるテーマではない。世論調 査によると、国民の多くが重視するのは、年金制度など社会保障制度の改善、財政再建、格差是正などだが、安倍氏はまさにそれらの分野で、あいまいな発言し かしてこなかったのだ。

 組閣人事も、安倍氏の弱点を補うものにはなっていない。3つの経済閣僚ポストはやや地味な人選だった。財務相に選ばれた尾身幸次氏(73)は、で きるだけ早い時期に増税が必要だという財務省の考えに賛成だと言われてきたが、閣僚名簿発表後の会見で尾身氏は、消費税引き上げ議論について、本格的な議 論は来年夏の参院選が無事終わってからと述べ、安倍氏の方針を支持する立場を示した。

 一方で、財務相を退任した谷垣氏は会見で、市場の動揺と金利上昇を避けるには財政改革を実施していかなくてはならないと言明し、安倍新政権に厳しく注文をつけた。安倍政権の経済政策が今後、党内で大きな争点になるだろうという予感が、このとき改めて強調されたわけだ。

 党内摩擦はほかにも、所得格差の問題で予想される。今後も拡大が予測される国民の所得格差をどうやって是正していくのか。これについて安倍氏は山本有二氏を金融・再チャレンジ担当相に任命した。

 自民党内には、格差是正にもっと金をつぎ込むべきだという意見もある。一方で、小泉路線を踏襲しコスト削減を続け、総理大臣としての意志の力のみで強引に国民をひっぱっていくべきだという意見もある。

 安倍氏は、外交分野では強いという定評がある。しかし安倍総理大臣のこれからの戦いは、経済政策が主戦場となるのかもしれない。