金曜日, 2月 29, 2008

上場の意味が問われる「空港外資規制」見送りは賢明な判断【弁護士・永沢徹 M&A時代の読解力】

「――国土交通省の思惑か?すり替わってしまった論点。

ダイヤモンド・オンライン

 2007年、オーストラリアの投資銀行であるマッコーリー・グループが、羽田空港ターミナルビルを所有する「日本空港ビルディング」(東証1部上 場)の株式約20%を取得したことが発覚。それを受け、国土交通省は外資出資規制を定めた改正法案を提出したが、内閣でも議論は紛糾。福田首相の指示で閣 議決定が先送りされ、法案は事実上見送られることとなった。

 そもそも空港外資規制とは、成田国際空港会社や羽田空港のターミナルビル運営会社など、空港関連会社に対する外資の出資比率を法律で規制しようと いうものであり、「空港整備法」の改正がそれにあたる。空港を管轄する国土交通省は、「安全保障上問題がある」として、外資の出資比率を「議決権ベースで 3分の1未満」に抑えることを目指し、改正案を提出した。しかし、その是非をめぐり、対日投資の冷え込みを懸念する金融庁だけでなく、渡辺喜美金融担当相 をはじめとする現役閣僚からも反対の声が噴出した。先述した通り、閣議決定も先送りされ、問題は長期化する様相を見せている。今後、霞が関と永田町では水 面下で「空港外資規制」の議論が続くであろう。

◇  実は日本での実績があるマッコーリー・グループ

 マッコーリーとは何者か――。私から見れば比較的“筋のいい”株主である。日本ではあまり知られていないかもしれないが、空港や高速道路などのイ ンフラへの投資を得意にしている投資銀行であり、オーストラリアでは最大である。高速道路では世界的なネットワークを持っており、すでに日本でも実績があ る。東急電鉄の「箱根ターンパイク」、近鉄の「伊吹山ドライブウェイ」を買い取り、「箱根ターンパイク」においては、命名権を東洋タイヤに供与し、 『TOYO TIRESターンパイク』として運営。様々な手法で収益改善を図り、東急時代には赤字だった同社を黒字に変えている。

 また、これらの投資は日本政策投資銀行と共同のファンドで行なっており、そういう意味からも日本に馴染みのある投資銀行である。いわゆる“青い眼 ”で日本の事情がよくわかっていないというのではなく、日本の企業と非常にうまく手を携えてやってきたという外資企業なのである。さらに、彼らがインフラ に投資していくという意味では、日本の空港に関心を持つということも十分にありえることだろう。

◇  空港の「不動産屋」をめぐる駆け引き

 話を「空港外資規制」に戻そう。今回問題になっているのは、「空港」の民営化ではない。「空港ビル」という会社の話なのである。それが「日本の空 港を守れ!」といったように、混同されて議論されているフシがある。「空港」自体は、独立行政法人が保有しているのであって、「空港ビル」は空港の中にあ る売店や食堂、駐車場をはじめとした、いわゆる「不動産屋さん」なのである。その不動産屋を守ることになぜそこまでこだわるのか。冬柴国土交通大臣が「守 らなければならない!」と言って、特別な立法をしてまで守るべきものなのか、もっと議論されていいはずである。

 その不動産屋の大株主となったマッコーリーというのは、前述したように、すでにノウハウもある企業であり、グリーンメーラーのような投資家ではな い。ただ1つ言えるとすれば、“日本の村の中に突然侵入者がきた”という印象はあるのかもしれない。そもそも、空港ビルの代表取締役の一人は国土交通省の OBである。役員には日本の名だたる不動産会社や航空会社から人が来ており、資本も来ているのが現状だ。それが過半数を握っていれば何の問題もないのであ るが、マッコーリーによって“一石を投じられた”という意味合いが強いのだろう。

◇ 国土交通省が「論点」をすり替えた?

 日本の公共部門が非効率であるということは周知の事実であり、高速道路にしてみても、民営化をしたとはいえ、まだまだこれまでのしがらみから脱し ていないという印象が強い。ある面では、外資が高速道路を買収するというのは十分にありうることだし、民営化するということはそういうことも想定し、十分 に議論して民営化や上場をしなければならない。とはいっても今回の空港ビルの問題は、「高速道路や空港などの公共性の高いインフラは外資には買わせない」 ということとは全く別の話であり、「空港の売店をなぜ外資が買ってはいけないのか」という話である。このように議論が完全にすり替わってしまっている気が する。

 それはなぜかというと、マッコーリー自体がすでに(他国で)空港を持っている会社であるからかもしれない。「マッコーリーが成田や関空も買おうと しているのではないか?」という疑心暗鬼もあるだろう。しかし、もしかすると、採算性の悪い地方空港などを外資に売るという選択肢だってあるかもしれな い。現に、箱根山ターンパイクや伊吹山ドライブウェイのように、日本企業がやっていて採算が合わなかったものを再生させた例もあり、全くない話ではないは ずである。 では国土交通省が守りたいものは何なのか――。もしかしたら別にあるのかもしれない。

 マッコーリーは他にも、日本レップという倉庫事業をやっている日本企業に投資し、マッコーリー・グループの傘下に収めている。過半数の資本を持 ち、次々にその資金で全国の倉庫建設を手がけているのだ。このようにマッコーリーは、投資して高値で売り抜けるというハゲタカファンド的な会社ではなく、 比較的腰を据えて事業をやっている会社なのである。

 空港の物販や駐車場の運営といった不動産事業において、規制をしてまで守らなければならない業種かというと、そうではないと思う。空港ビルの従業 員は269名となっており、不動産企業としては決して大きな規模の会社ではない。空港ビル=空港という印象になってしまっているのか、意図的か意図的では ないかはわからないが、論点がずれてしまっているのが現状である。

 国土交通省が法改正の理由の1つとして、英国ヒースロー空港の民営化→上場廃止を挙げている。そもそも、ヒースロー空港は「空港自体」が民営化さ れたという話であり、上場廃止によって公共企業から私企業になったということが問題であると指摘されている。しかしこれは、「空港」の話であって、「空港 売店」の話ではない。なので、国土交通省が今回の問題の引き合いに出すべきケースではないのである。

 わかりやすく築地市場で喩えてみると、市場の中にある卸会社というのは、築地市場からスペースを借りて運営しているものである。築地市場というの は公共のものであるけれども、そこで業務をやっている卸会社は民間企業であり、例えば「築地魚市場」や「大都魚類」のように上場している会社もある。この ように、公共のものを使って事業をしている会社は全て守らなければならない会社かというと、そうではない。

◇ 問われる「株式上場」の意味「公共性」の定義も疑問

 そもそも、上場するときに一定の規制をかけて上場するならまだしも、上場するときには何の規制もかけずに上場しておきながら、外資が大株主になっ たからといって、急に「公的な色彩が強い」と持ち出し、法改正をしてまで規制をしようというのは、議論として成り立たない話である。本当におかしな話であ る。空港の売店をやっている不動産会社と空港そのものの民営化を混同するというのはいかがなものか。むしろ、役所や取引先企業の既得権益を守るためではな いかと思ってしまう。国土交通省が自らの「天下り先」としてぞれぞれの空港ビルを温存するための規制にもなりかねない。

 冒頭で述べたように、渡辺喜美氏をはじめとする3閣僚が、法改正に反対しているのは非常に合理的である。そもそも空港ビル自体が株式会社として営まれている以上は、その株式に対して一定の制限をかけるということは、非常に慎重でなければいけないと思う。

 まだ、電力会社やテレビ局のように地域独占で公的な事業を担っている会社について外資の参入を規制するというのであればわからなくもない。しか し、今回の空港ビルの問題は、そのようなことと一緒に論じられるレベルの話ではない。まるで「ルミネや私鉄系百貨店にも外資規制をかけろ」と言っているよ うなものである。外資が入ることによって競争原理が働き、サービスが向上し、収益改善した例も少なくない。箱根ターンパイクが外資に売られたことで迷惑したという話はあまり聞いたことがない。そういう点からみても、「空港の売店」をそこまで守ろうとするのかが非常に疑問である。