月曜日, 4月 07, 2008

景気のウソ・ホント


改革の停滞と政治の失敗が日本経済の勢いを止める
ダイヤモンド・オンライン 2008年4月7日
上田 90年代は「失われた10年」などと言われ、長らく低迷しました。そして2000年を越え、3年くらい前 から景気は完全に回復したと言われていますけど、何か実感がない。しかも、このところ急激に円高・株安が進んでいます。そもそも「景気」とは何なのでしょ うか。言葉の意味から探ってみましょうか。
竹中 ある方の説では、「景気」とは、鴨長明の「方丈記」に出てくる言葉であると。景色の「景」に空気の 「気」、つまり「空気の景色」なのだということです。まさに「気分」ですよね。「景気は気から」という人もいますが、「景気」の中には単に「経済」だけで はなく、気分的なものも含まれているんです。
◇ バブル全盛期でも庶民の景気実感は悪かった
上田
 景気の見方にはいろんな基準がありますけど、どこに焦点を絞って見ればよいのでしょうか。
竹中
 エコノミストによって、注目するところが少しずつ違うんです。ただ一番基本になるのは、「国内総生産 (GDP)」と「鉱工業生産指数」の2つだと思います。なぜかというと、GDPは個人の所得と企業の利潤の合計ですから、これは日本人が汗を流して生み出 した所得の合計。そして、結果的にGDPにかなり影響を与えているのが「鉱工業生産指数」です。GDPは3ヵ月に1回しか発表されませんが、鉱工業生産指 数は毎月出ます。両方を見ていくと、ある種わかりやすい基準になります。
 また、景気の動向をわかりやすく得ようとする場合、「月例経済報告」「日銀短観」の2つを見るのが、もう一つの方法だと思います。「月例経済報 告」は毎月、総理官邸で総理大臣を中心に、主要閣僚、与党の幹部らが集まった席で、経済の現状について、経済財政政策担当大臣が報告する会議なんです。こ こで現在の景気の総合判断を示す。結果が今どうなのかを知りたければ、「月例経済報告」を見るのがいいですね。
上田
 竹中さんも以前、担当大臣としてやってましたね。かなり困難な作業だったりするんですか。
竹中
 景気が悪いと、担当大臣は皆から怒られるわけです。なぜ悪いのかと。とくに構造改革をしたくない人たちからね。もう一つ、「日銀短観」という指標も重要です。日本銀行が企業に今の景気について聞くアンケート調査です。企業がどう感じているかが端的にわかる。
上田
 政府が「景気が悪い」と言ってしまうと、世論に責められ、皆がどんよりした気分になるので、洋服屋の店員さんが似合いもしないのに「似合ってますよ」と言うように、政府に嘘をつかれているような気がするんですよ。
竹中
 結論から言うと、日本の政府は、そんなに人の裏をかくほど深くは考えていません。皆さん、実感として景気 は悪いと言いますが、面白い一つの例があります。80年代のバブル時代に、景気の実感を聞いたアンケート調査があるんですが、「景気実感はかなり悪い」と いう結果が出ているんですよ。当時から「大企業は儲かっているけれども、我々の生活はそんなによくない」という実感を国民が持っていた。「実感」には、そ ういう難しさはあります。
◇ 官製不況と改革の後退で日本への期待が低下
竹中
 ただ、政府の経済判断と実感とのズレには、もう一つ大きな理由があります。政府は公の統計で判断します。 たとえば百貨店やスーパーマーケットの売上などです。統計がある業態というのは、すでに出来上がっている分野なんです。でも百貨店は新しい業態ではなく、 今はコンビニだってあれば、さらにその先を行くカテゴリーキラーのような小売業態がいっぱい出来ている。しかし、そういう分野には「業界」が存在しないか ら、統計が無いんです。結局、昔からある古い業態での統計で判断するしかないので、実感とずれる大きな要因となる。
 そこで、10年近く前から「景気ウォッチャー調査」というものが始まったんです。これは、タクシーの運転士さん、スナックのママさんなど、商売の 第一線にいて敏感に景気を感じている方々に聞いているわけです。実は私が経済財政政策担当大臣時代に、景気判断で一番大事にしていたのが、この「景気 ウォッチャー調査」でした。この調査の数字によると、景気は一時期よりは厳しくなっています。
上田
 竹中さんはどう見ますか?
竹中
 日本経済には明らかに数年前のような勢いは無くなってきている。この点はかなり深刻に受け止めておく必要があります。とくに今年前半の景気は非常に厳しいと思います。私の見方をまとめて申し上げますと、今、3つの要因が働いていると思います。
 1つは、政府の失敗です。「官製不況」という言葉もあるくらいで、典型的な例では、今、住宅投資がすごく落ち込んでいる。構造計算の偽装防止のた めに、建築基準法が改正されました。それはわからなくはないのですが、構造計算のチェックをする新しいシステムを作っても、実際のチェックをする人が足り なかったんです。それで建築確認が下りにくくなり、住宅着工戸数が大幅に落ち込んでいる。政府が実施前にちゃんと準備していれば、こんなことにはならな かった。まさに政府の失敗による、経済へのダメージだと思います。
 2つ目は、昨今よく言われますが、小泉政権時代に比べ、改革の勢いが低下していることです。改革が進めば、この国の経済は良くなるぞと皆が期待す る。逆に改革が進まないと、日本は大丈夫かと不安になる。日銀総裁人事の混乱しかり、将来に対する懸念が増え、期待が下がることで、 投資を控えよう、消費 を我慢しようという気持ちになってくる。
 3つ目は、アメリカのサブプライム問題に原油高といった海外からの要因で、日本の景気を押し下げる力が働き始めている。今は本当に分水嶺で、日本 はどちらにも行く可能性がある。私はどちらかというと、やや悲観的に、慎重に見ている立場ですが、実はアメリカでも意見が分かれています。
◇ 米国経済を占う3つの見方
竹中  先日、前の米財務長官であったルービン氏とお話した際に、アメリカ経済について非常にわかりやすい3分類をしていただきました(右図)。1つ目が(A) で、非常に大きく落ち込んで、低迷は長期化する。前の米財務長官であるローレンス・サマーズ ハーバード大教授などは、こういう非常に悲観的な見方をして います。(B)は、サブプライムの影響でかなり落ち込むが、回復も早いだろうというV字型回復です。最後に(C)ですが、アメリカでは半年間マイナス成長 が続いたら不況と認定する明確な基準があります。(C)は、マイナス成長まではいかないだろうということで、つまり不況ではなく減速。ただし、減速は長期 化するかもしれないという考え方です。ルービン氏は、この(C)の考え方に近いと言っていました。
上田
 竹中さん個人としてはどうお考えですか。
竹中
 まだ(A)ではなく(C)に近いけれども、当面のショックは大きいかもしれないと思っています。最近、ア メリカ経済が悪くなっても中国、インドは大丈夫だというデカップリング論という考え方がありますが、私はそれは無理があると思います。中国が影響を受け、 結果的に日本も影響を受けていくでしょう。そこは覚悟しておかなければいけないと思いますね。
※この記事は、BS朝日・朝日ニュースターで放送の『竹中平蔵・上田晋也のニッポンの作り方』第1回(4/6他 オンエア)の一部を再構成したものです。