木曜日, 11月 01, 2007

守屋氏退職金返納よりも公務員を解雇できる制度を

ダイヤモンド・オンライン

 守屋前防衛事務次官の問題で、政府が守屋氏に、給与と退職金の一部について自主返納を求める方針を決めたという報道が、少し前の新聞に載っていた。

 確かにゴルフ接待を200回以上も受ける神経は度し難く、懲戒に相当する不祥事とは思うので、自主返納を求めること自体は理解できる。しかし、そもそも自主返納という形式であることがおかしいのではないだろうか。

 現行の仕組みでは自主返納しか無理だというのなら、規定を一から作り直したほうがよい。一旦払った退職金は絶対に取り返せないという今の制度は、明らかに公務員法の不備であろう。

 守屋氏に返納を求めた今回のケースは、確かに納得できないこともないが、世間から批判を浴びたから返納を求めるというのは、いかがかと思う。その 時の世論のムードや政治家の気分によって、公務員の経済的条件が左右されるのは、中立忠誠を求める公務員法の精神にも反する。やはりこの際、懲戒規定を しっかりと作って、何年でも遡って懲戒を適用できるように法改正すべきだろう。

 規定の不備を正すことは、罰則を厳しくする方向でも必要であるし、公務員の権利を守るという意味でも必要である。

◇ 事務次官の生涯賃金5億円は高すぎるか

 また先日、夕刊紙に「守屋、生涯賃金5億円」という見出しが躍っていた。守屋氏が公務員として支給を受けた生涯給与・賞与の合計が5億円ほどにな るらしい。ちなみに記事によると、退官前までの事務次官の月給は136万8000円、ボーナスが年間651万5000円、年間給与が2293万5000円 ということだ。

 果たして公務員の5億円の生涯賃金は、高いのか安いのか。

 まあまあ出世した大企業のサラリーマンと比較すると、それほどは高くはない。仮に、30歳で年収1000万円、35歳で1500万円、40歳以降 60歳まで毎年2000万円稼いだサラリーマンの生涯賃金は30歳以降で5億2500万円になる。その程度の額は、大手商社で順調に出世したり、テレビ局 のキー局に勤めていれば、そう難しくなく確保される。そう考えると、公務員として出世のトップを走ってきてこれくらいなら、そう高くもないのかとも思え る。

 ただ、守屋氏の場合、50歳過ぎまで官舎に住んでいたらしい(その後、新宿区内に家を建てたそうだが)。官舎は公務員としてのフリンジベネフィッ ト(給与所得者が受ける経済的利益)でもあるし、おそらく接待漬けで飲食代が掛かりにくいこともあっただろう。その意味では、給料をそれほど生活費に回さ なくてもよい。つまり"丸貰い"だったにちがいない。

 通常だと、退職後も天下りがある。役人時代の最後の給与に近い額が確保され、3、4年に1度の割で退職金を2000~3000万円も、ほぼ無税で受け取れることをカウントすると、あと2、3億円は楽に稼げる計算になる。生涯収入で考えると、やっぱり"厚遇"に違いない。

◇ 倒産もクビもないでは民間とのリスクは桁違い

 しかし、キャリア官僚というのは結構忙しい仕事であるし、もう少し給料を貰ってもよいのではないか、という言い分が当事者の側にはあるらしい。こ れはキャリア官僚全員に話を聞いたわけではないが、民間企業の役員クラスの条件がないと、なかなかいい人材が集まらないではないかと、キャリアたちは主張 する。

 筆者は、この主張はいかがなものかと思う。大前提として、官僚には「倒産」がない。言ってみれば、国債と社債の利回りを比べるようなもので、民間のサラリーマンとはそもそもリスクが違うのだ。

 さらに、もう一歩突っ込んで考えると、キャリア公務員に原則的に「クビ」がないのも大いに問題である。政府は最近、ようやく公務員の給与に成果主義を反映させるようなことを不器用にやり始めてはいる(安倍内閣時代に始めた政策なので今は頓挫している感じだが)。

 ちなみに成果主義には、いわゆる“陽気な成果主義”と“陰気な成果主義”がある。日本の成果主義は、配分するパイが決まっていて、人事評価で差を つける陰気な成果主義だ。本来の成果主義というのは、たくさん働いたら、それは会社にとっても喜ばしいことだから、1億円でも2億円でも払ってあげようと いうものだ。陰気な成果主義をやっても、組織の空気が重くなるだけだ。

 もう一つ、公務員の弊害として、長く勤めようというインセンティブが強烈に生じることがある。長いこと勤めれば高額の退職金を受け取ることができ るし、天下りもある。退職金で貰うと税金が安くなり、さらに年金も貰えるわけで、定年まで勤めたほうが圧倒的に有利だ。勤務が長期化するおかげで保守的に もなるし、ごく短期間しか関わらない大臣との関係は、むしろ官僚側が強くなる。

◇ 官僚人事を自由化する仕組みが必要だ

 キャリア官僚の採用や解雇は、本来は自由であるべきではないだろうか。そして、そのとき払いの支給にして適材適所を常に図るべきだし、クビもあるというのでなければ、ボスである政治家の言うことを聞かないだろう。

 もちろん、言ってみればモルガン・スタンレーやゴールドマン・サックスに勤めるような解雇リスクが生じるわけだから、それなりの高給を支払い、個別に評価し個別に雇用していく。

 官民の人事交流ができる制度も作るべきだろう。現在の制度だと、片方をやめてもう片方にいくと、そこで退職金や年金を相当程度無駄にしないといけないが、短期間にその時々の働きに対する適正な賃金が支払われる形とし、人事交流しやすい制度を確立すべきだ。

 アメリカ式の、民間から公務員、公務員から民間という、回転ドアのような制度をやっていくと、日本とは別の形で官民の癒着は出てくるだろう。それ はそれで厳しく規制を設けないといけないとは思う。ただ、メンバーが固定していても入れ替わっても癒着は生じる。何れにせよ、公務員の不正に対する処罰は もっと厳罰であっていい。これは、人事制度の変更以前に必要なことだ。

 少なくとも政策の意思決定に関わる集団である以上、キャリア公務員人事の自由化は必要ではないだろうか。

◇ 実権を握り身分も安泰官僚は政治家より強し

 人材長期固定型の現行の人事制度では、仮に今、民主党が政権を取っても、官僚のトップを変えることはできない。

 今の政治の実態というのは、公務員が政治を動かし、あるいは政治が変わることに公務員が抵抗するという、公務員の意思が強固に反映されたものだ。身分が退職後まで確保され、かつ情報も権限も持っているとなると、明らかに集団としての公務員は政治家よりも強くなる。

 本来であれば、キャリア官僚は、政治的判断によって取り替える必要があるし、要職にあるべきトップ官僚はよほどの能力が必要なのだから、適材適所で人材を配置しないといけない。

 会社の経営に置き換えて考えてみると、管理職の人事をまったく自由にできない状況で経営者が交代していっても、会社の実質を変えることはできな い。つまり政権が変わろうと総理大臣が変わろうと何の意味もないわけで、生涯所得5億円うんぬんよりも、キャリア公務員がクビもなければ入れ替えもないと いう形で管理されていることが最大の問題ではないだろうか。

 守屋氏の国会証人喚問を見ながら、そんなことをしばし考えてみた。

◇ マスコミは接待疑惑をなぜ今まで報じなかったか

 それにしても、守屋氏のような“ガードの甘い”人がわが国の防衛を担う背広組のトップだったとは、冗談みたいな話である。相手が、たとえば敵国の工作員でなかったのは幸いというべきだろう。

 ところで、もう一点、本論とは関係ない話を付け加えたい。守屋次官の200回以上に及ぶ接待ゴルフを防衛省(かつては防衛庁)に出入りしていたメ ディアの記者が知らなかったということは、あり得そうにない。取材先の組織のトップが日々何をしているかを、見てないはずがない。例の偽名にごまかされた というのでは、素人同然で、記者落第だ。

 彼らの多くは、公務員の懲戒規定に十分引っ掛かりそうな防衛次官の行ないを知りながら、今まで報じないでいたのではないか。これは、たぶん、次官へのゴルフ接待を報じると、防衛省向けの取材がやりにくくなるだろうという配慮に基づくものだろうが、不適切な配慮だ。

 メディアのチェック機能というものは、しょせんこの程度のものだ、ということを心に留めておきたい。



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