金曜日, 2月 29, 2008

上場の意味が問われる「空港外資規制」見送りは賢明な判断【弁護士・永沢徹 M&A時代の読解力】

「――国土交通省の思惑か?すり替わってしまった論点。

ダイヤモンド・オンライン

 2007年、オーストラリアの投資銀行であるマッコーリー・グループが、羽田空港ターミナルビルを所有する「日本空港ビルディング」(東証1部上 場)の株式約20%を取得したことが発覚。それを受け、国土交通省は外資出資規制を定めた改正法案を提出したが、内閣でも議論は紛糾。福田首相の指示で閣 議決定が先送りされ、法案は事実上見送られることとなった。

 そもそも空港外資規制とは、成田国際空港会社や羽田空港のターミナルビル運営会社など、空港関連会社に対する外資の出資比率を法律で規制しようと いうものであり、「空港整備法」の改正がそれにあたる。空港を管轄する国土交通省は、「安全保障上問題がある」として、外資の出資比率を「議決権ベースで 3分の1未満」に抑えることを目指し、改正案を提出した。しかし、その是非をめぐり、対日投資の冷え込みを懸念する金融庁だけでなく、渡辺喜美金融担当相 をはじめとする現役閣僚からも反対の声が噴出した。先述した通り、閣議決定も先送りされ、問題は長期化する様相を見せている。今後、霞が関と永田町では水 面下で「空港外資規制」の議論が続くであろう。

◇  実は日本での実績があるマッコーリー・グループ

 マッコーリーとは何者か――。私から見れば比較的“筋のいい”株主である。日本ではあまり知られていないかもしれないが、空港や高速道路などのイ ンフラへの投資を得意にしている投資銀行であり、オーストラリアでは最大である。高速道路では世界的なネットワークを持っており、すでに日本でも実績があ る。東急電鉄の「箱根ターンパイク」、近鉄の「伊吹山ドライブウェイ」を買い取り、「箱根ターンパイク」においては、命名権を東洋タイヤに供与し、 『TOYO TIRESターンパイク』として運営。様々な手法で収益改善を図り、東急時代には赤字だった同社を黒字に変えている。

 また、これらの投資は日本政策投資銀行と共同のファンドで行なっており、そういう意味からも日本に馴染みのある投資銀行である。いわゆる“青い眼 ”で日本の事情がよくわかっていないというのではなく、日本の企業と非常にうまく手を携えてやってきたという外資企業なのである。さらに、彼らがインフラ に投資していくという意味では、日本の空港に関心を持つということも十分にありえることだろう。

◇  空港の「不動産屋」をめぐる駆け引き

 話を「空港外資規制」に戻そう。今回問題になっているのは、「空港」の民営化ではない。「空港ビル」という会社の話なのである。それが「日本の空 港を守れ!」といったように、混同されて議論されているフシがある。「空港」自体は、独立行政法人が保有しているのであって、「空港ビル」は空港の中にあ る売店や食堂、駐車場をはじめとした、いわゆる「不動産屋さん」なのである。その不動産屋を守ることになぜそこまでこだわるのか。冬柴国土交通大臣が「守 らなければならない!」と言って、特別な立法をしてまで守るべきものなのか、もっと議論されていいはずである。

 その不動産屋の大株主となったマッコーリーというのは、前述したように、すでにノウハウもある企業であり、グリーンメーラーのような投資家ではな い。ただ1つ言えるとすれば、“日本の村の中に突然侵入者がきた”という印象はあるのかもしれない。そもそも、空港ビルの代表取締役の一人は国土交通省の OBである。役員には日本の名だたる不動産会社や航空会社から人が来ており、資本も来ているのが現状だ。それが過半数を握っていれば何の問題もないのであ るが、マッコーリーによって“一石を投じられた”という意味合いが強いのだろう。

◇ 国土交通省が「論点」をすり替えた?

 日本の公共部門が非効率であるということは周知の事実であり、高速道路にしてみても、民営化をしたとはいえ、まだまだこれまでのしがらみから脱し ていないという印象が強い。ある面では、外資が高速道路を買収するというのは十分にありうることだし、民営化するということはそういうことも想定し、十分 に議論して民営化や上場をしなければならない。とはいっても今回の空港ビルの問題は、「高速道路や空港などの公共性の高いインフラは外資には買わせない」 ということとは全く別の話であり、「空港の売店をなぜ外資が買ってはいけないのか」という話である。このように議論が完全にすり替わってしまっている気が する。

 それはなぜかというと、マッコーリー自体がすでに(他国で)空港を持っている会社であるからかもしれない。「マッコーリーが成田や関空も買おうと しているのではないか?」という疑心暗鬼もあるだろう。しかし、もしかすると、採算性の悪い地方空港などを外資に売るという選択肢だってあるかもしれな い。現に、箱根山ターンパイクや伊吹山ドライブウェイのように、日本企業がやっていて採算が合わなかったものを再生させた例もあり、全くない話ではないは ずである。 では国土交通省が守りたいものは何なのか――。もしかしたら別にあるのかもしれない。

 マッコーリーは他にも、日本レップという倉庫事業をやっている日本企業に投資し、マッコーリー・グループの傘下に収めている。過半数の資本を持 ち、次々にその資金で全国の倉庫建設を手がけているのだ。このようにマッコーリーは、投資して高値で売り抜けるというハゲタカファンド的な会社ではなく、 比較的腰を据えて事業をやっている会社なのである。

 空港の物販や駐車場の運営といった不動産事業において、規制をしてまで守らなければならない業種かというと、そうではないと思う。空港ビルの従業 員は269名となっており、不動産企業としては決して大きな規模の会社ではない。空港ビル=空港という印象になってしまっているのか、意図的か意図的では ないかはわからないが、論点がずれてしまっているのが現状である。

 国土交通省が法改正の理由の1つとして、英国ヒースロー空港の民営化→上場廃止を挙げている。そもそも、ヒースロー空港は「空港自体」が民営化さ れたという話であり、上場廃止によって公共企業から私企業になったということが問題であると指摘されている。しかしこれは、「空港」の話であって、「空港 売店」の話ではない。なので、国土交通省が今回の問題の引き合いに出すべきケースではないのである。

 わかりやすく築地市場で喩えてみると、市場の中にある卸会社というのは、築地市場からスペースを借りて運営しているものである。築地市場というの は公共のものであるけれども、そこで業務をやっている卸会社は民間企業であり、例えば「築地魚市場」や「大都魚類」のように上場している会社もある。この ように、公共のものを使って事業をしている会社は全て守らなければならない会社かというと、そうではない。

◇ 問われる「株式上場」の意味「公共性」の定義も疑問

 そもそも、上場するときに一定の規制をかけて上場するならまだしも、上場するときには何の規制もかけずに上場しておきながら、外資が大株主になっ たからといって、急に「公的な色彩が強い」と持ち出し、法改正をしてまで規制をしようというのは、議論として成り立たない話である。本当におかしな話であ る。空港の売店をやっている不動産会社と空港そのものの民営化を混同するというのはいかがなものか。むしろ、役所や取引先企業の既得権益を守るためではな いかと思ってしまう。国土交通省が自らの「天下り先」としてぞれぞれの空港ビルを温存するための規制にもなりかねない。

 冒頭で述べたように、渡辺喜美氏をはじめとする3閣僚が、法改正に反対しているのは非常に合理的である。そもそも空港ビル自体が株式会社として営まれている以上は、その株式に対して一定の制限をかけるということは、非常に慎重でなければいけないと思う。

 まだ、電力会社やテレビ局のように地域独占で公的な事業を担っている会社について外資の参入を規制するというのであればわからなくもない。しか し、今回の空港ビルの問題は、そのようなことと一緒に論じられるレベルの話ではない。まるで「ルミネや私鉄系百貨店にも外資規制をかけろ」と言っているよ うなものである。外資が入ることによって競争原理が働き、サービスが向上し、収益改善した例も少なくない。箱根ターンパイクが外資に売られたことで迷惑したという話はあまり聞いたことがない。そういう点からみても、「空港の売店」をそこまで守ろうとするのかが非常に疑問である。


水曜日, 2月 27, 2008

「野党ボケ」した民主党の問題は小沢氏の資質にある 【山崎元のマルチスコープ】

ダイヤモンド・オンライン

 2月24日に発表された、読売新聞の世論調査の結果が興味深い。

 この調査は、国民の政治意識に関する大規模な連続調査で、今回で4回目となる。主たるテーマは、「政治を信頼するかしないか」だ。

  調査では、「政党や政治家を信頼しない」という回答が68%に上り、「時々政権交代があったほうが良い」と答えた人が63%に上っている。なかでも注目す べきは、自民党支持者でも、政権交代を是とする回答が40%に上ったことだ。政権交代を容認する理由のトップは「腐敗が起こりにくくなる」。自民支持層に もくすぶる現政権に対する強い不満や、クリーンな政治への希求が、調査結果には顕著に現れている。

 ちなみに、政治を「信頼せず」は、世代別に見ると30代がもっとも高く、80.1%に及ぶ。この数字は、20代よりもずっと高い。ロストジェネレーションと言われる不景気で割を食った世代が、政治への不信感を根強く持っているという証だろう。

  読売新聞で上記の調査と同日に(2月16日、17日に)行われた内閣支持率調査では、支持38.7%、不支持50.8%という結果が出た。読売の調査は対 面式で、調査主体が読売新聞社なので、単なるアンケート式よりも政府の支持率は高く出る傾向にある。10%とは言わないまでも、数パーセントは他紙の調査 よりも支持率が高く出やすいのである。その読売の調査で、これだけの不支持率とは、世論的には、福田内閣は相当に追い込まれた状況にある。

◇ 道路でも年金でも鈍り続ける民主党の攻勢

 国民は、明らかに与党に対して不満を持っている。この状況は、野党第一党の民主党にとっては、非常に大きな政治的チャンスのはずだ。

  では、この与党ピンチの中で、野党が十分活躍しているかというと、答えはノーだ。このところの民主党の与党への攻撃ぶりは、メディアを通して見る限りで は、今ひとつ以下である。当初、今国会はガソリン税に焦点を絞り、民主党は暫定税率を否決することでガソリンの価格引下げに追い込む戦術を掲げていた。だ が、伊吹文明自民党幹事長のワザに簡単に屈したというべきか、つなぎ法案で腰砕けにされてしまった。

 暫定税率問題がどう決着するかはまだ決定したわけではないが、目下のところは与党と手打ちをした格好に見えており、民主党が攻勢に立っているという印象がすっかり無くなっている。これは、明らかに政治的失敗だ。

 この挫折で、まさにガソリンが切れてしまったというべきか、民主党は他の問題でも攻勢が鈍り続けている。

 年金問題は、目下、民主党が争点にすれば、自民党に間違いなく勝てるテーマだ。安倍前政権での公約では、年度末の3月までには年金記録の照合をす べて終え、宙に浮いた年金問題に決着をつけるという話になっていた。しかしそれは達成されそうにない。政府が非常に不利な状況にある中で、民主党としては ここで年金問題に世間の注意を惹きつけなければならないはずだ。しかし年金問題もギョーザの毒で印象を消されてしまったのか、現在さして話題に上らず、民 主党側からの積極的な提案も出てこない。戦術が何とも拙い。

 イージス艦「あたご」の衝突事故も、本来であれば絶好の攻撃チャンスだ。そもそも、艦の中の当時の様子がまだ報告できる状態になっていないことが 大問題だし(要は上司が状況を把握できないのか、上司自身に直接的で大きな責任があるから発表できないのか)、艦長がまだ表に出て来ないのも異様だ。もち ろん、石破防衛相に対する責任追及は大いに行われるべきだ。

◇ 日銀総裁人事でも対案を出さずに様子見

 また、日銀総裁の任命問題は、ねじれ国会の中での民主党の側からの有力な攻撃材料であったはずだった。総裁任命は国会同意人事なので、衆参両院で の承認がないと前に進まないのだから、参議院での数が生きる。しかも、武藤敏郎副総裁の就任には大いに問題がある。本来であれば民主党が強く反対し、政府 に対して対案を掲げて対決すべきなのだが、むしろ民主党内の足並みが乱れて、民主党の弱体化を招く材料に転化した感がある。

 これはどうしたことか。小沢一郎代表は武藤氏の総裁就任について、良いとも悪いとも明言しないまま、「俺に一任せよ」という態度である。だが党内 では、仙谷由人元政調会長や岡田克也元代表などから、財政金融分離の原則により、武藤氏への不支持が表明されている。さらに今回は、鳩山由紀夫幹事長から も武藤氏への疑問符がついた。鳩山幹事長は先週ラジオ番組で「武藤氏の副総裁としての5年間のパフォーマンスは必ずしも評価が高くない」と語っている。こ れは今のところあまり強調されていないが、重要なポイントだ。

 日銀の状況は、会社の人事に喩えると、現社長時代の業績が良くなかったのに、現社長を支えた副社長を漫然と後任社長に昇格させようとしているよう な様子に見える。デフレ脱却の遅れや、サブプライム問題の軽視なども含めて、金融政策のパフォーマンスは良いとは言えない。また、コンプライアンス的な観 点からは、福井俊彦現総裁は村上ファンド問題(総裁在任中の明らかな運用行為)で本来辞任していなければならない不適格者であったが、武藤氏は、彼に辞任 を勧告するような骨っぽさを見せたわけではない。

 しかし、小沢民主党代表は、自分への一任で党がまとまるのか、様子見モードに入っているように思える。一任を取り付けて「求心力」を見せたいの か、この問題への対応で党内の敵味方を判別したいのか、意図は分からないが、建設的な議論が無いままに、時間だけが過ぎていく。このままでは、時間切れを 前に総裁空席を避けるために、という理屈を味方にして、小沢氏の下で与党の提案を呑むということになりかねない。それが小沢氏のシナリオだとすればいかに も姑息だし、既に彼の党内求心力は賞味期限切れになっているということだろう。

 そして、これは、民主党の他のメンバーにもいえることだが、武藤氏の総裁就任に本気で反対するなら、今の時点で対案を出していないのは無責任だ。 政府の提案を受けてから対応を決めるという態度には、何のやる気も感じられない。結局のところ人事では官僚組織の論理を受け入れざるを得ないという諦めの 空気が、野党である民主党の中まで覆ってしまっているのだろうか。

◇ 小沢一郎という政治家はもう耐用年数切れか

 民主党の一番の問題は、やはり小沢代表の党運営であり、はっきり言うと政治家としての彼の資質だ。コミュニケーション能力が低すぎるのだ。年金に してもガソリン問題にしても、小沢氏が正面に出て話をするわけでもなければ、党内をまとめて、党として一貫したコミュニケーションが出来ている訳ではな い。不機嫌そうに後ろにいて、様子見ばかりをしている印象を受ける。

「隣の芝生は青く見える」ということもあろうが、アメリカの大統領予備選で、バラク・オバマ氏やヒラリー・クリントン氏が、コミュニケーション能 力を最大限に発揮して、お互いのビジョンを語り、相手を批判し、国民の前に身をさらしている姿と比較すると、その差はあまりに明らかだ。小沢一郎氏が、次 の総選挙で政権奪取を目指す野党のトップなのだという事実を思うと、気が遠くなるなような情けなさにおそわれる。

 厳しい言い方をすると、小沢一郎という政治家はもう耐用年数切れなのではないか。少なくとも、彼は、現代の政治家に要求される仕様を満たしていな い。昨年の辞任表明劇も合わせて考えると、コミュニケーション能力が乏しく、小心で、気に入らないと直ぐにキレる、という人物なのだから、とても国のリー ダーを担う資質はない。

 先の世論調査でも明らかなように、国民は政治の腐敗を起こさないためには政権交代も是とする気持ちなのに、それに野党が応えていない。2年前の偽メール事件の時もそうだったが、民主党は攻勢が取れてきた肝心な時に失速する癖のある困った野党だ。

 もっとも、仮に民主党が政権をとったとしても、健康状態なども考えると、小沢氏を首相にするには限界がある。政治家は引き際が肝心だ。小沢氏は、次の世代に代表職を早く引き継いで、自分は後任者をサポートする形で、野党らしく振る舞う民主党を国民に見せるべきだろう。

金曜日, 2月 15, 2008

空港外資規制は「外為法改正」で対応するのが国際ルール 【町田徹の“眼”】

ダイヤモンド・オンライン

 成田や羽田といった空港に対する外資規制の導入問題が、渡辺喜美内閣府特命担当大臣ら3人の閣僚の反対に遭い、「閣内不一致」騒ぎに発展した。

  筆者は3閣僚に肩入れする気など毛頭ないが、国家安全保障の観点から言うと、この外資規制には非常に大きな落とし穴が隠されている。あえて強行すれば、国 際社会で物笑いのタネになるどころか、バッシングの対象になりかねない代物なのだ。もし、冬柴国土交通大臣の主張が事実であり、本当に外資規制が安全保障 のために必要だとすれば、長年、財務省が抜本改正要求を黙殺してきた外為法の強化という手法こそ、国際社会に通用する標準方式であることが見落とされてい る。

「関係各省で事務的調整が終わったものについて、閣僚が違うことを言うのは、組織としてどうか。(伊吹文明自民党幹事長からも苦言があったので)私から注意した」――。
  町村信孝官房長官は8日、こう述べて、成田、羽田といった空港運営会社への外資規制を盛り込んだ空港整備法改正案に反対を表明し「閣内不一致」問題を起こ していた渡辺喜美金融担当相、岸田文雄規制改革担当相、大田弘子経済財政担当相の3大臣に緘口令を布いたことを明らかにした。この日に予定していた空港整 備法改正案の閣議決定を見送らざるを得なかったことが緘口令の背景だった。

 問題の外資規制は、国土交通省が「安全保障・危機管理という 点から見て最低限必要なもの」(冬柴鉄三国土交通相)と導入を目指していたものだ。しかし、渡辺担当相ら3人は「資本規制という、鎖国的・閉鎖的な手段を とるのは間違いだ。外国からの投資を促進しようと、首相を先頭にダボス会議にまで行ってきた。ダボス会議から帰ってきたらいきなり外資規制とは、日本がど ちらの方向を向いているのか疑われる」「空港会社に緊急時に国への協力を義務づけるといった手段があり得る」(いずれも渡辺大臣)などと反対、議論が暗礁 に乗り上げていた。

 つまり、閣内では「安全保障」か「投資促進」かの2者択一議論が発生し、自民・公明の両与党も巻き込み、当の与党幹部が「閣内不一致の印象を与えるのはよくない」と嘆く事態を招いていた。

 だが、こうした2者択一論は、資本取引を巡る現在の国際的な常識に反するものだ。というのは、この2つは相反するものではなくて、両立するものであり、そのための国内ルールの整備手法にも国際標準と呼ぶべき方式がすでに確立されているからである。

 その方式は、原則的に、どのような分野であれ、安全保障上のリスクがある外国からの投資については、あらかじめ横串的に網羅する法律を設けて規制することを明確にしておくというものだ。

◇ 米エクソン・フロリオ条項に相当するのは外為法だが

 その代表例を挙げるとすれば、一番に挙げるべきが、米国の「1988年包括通商法」の「エクソン・フロリオ条項」だろう。同項は、必要に応じて、 米財務省、国防総省、連邦捜査局(FBI)など7つ程度の省庁を集めた特別組織を召集し、この組織に広範な判断を委ねることによって、外国企業による米国 企業に対するM&A(企業の合併・買収)を機動的に差し止める仕組みとなっている。

 過去に日本企業の米ハイテク企業買収が難航したり断念したりを得なかったケースがいくつもある。さらに、最近でも、2005年夏に同条項が抑止力になって中国海洋石油(CNOOC)が米石油大手のユノカル買収を断念した例などは有名だ。

 米国では、このエクソン・フロリオ条項が存在し、安全保障の観点からの外資規制が行われているものの、外資導入の妨げになっているといった批判はほとんどない。

 さらに、「先進国クラブ」と呼ばれるOECD(経済協力開発機構)加盟国の間では、そうした横串のルールに関する基本的な考え方が確立されてい る。そして、「この考え方を具現化した日本版のルールとして存在するのが外為法(外国為替及び外国貿易法)」(経済産業省幹部)なのだ。

 外為法は、様々な国際的な資本取引を監視・規制する法律だ。この中で、一般の外資による日本企業への投資については、発行済み株式の10%以上を 取得しようとする場合、1ヵ月以上の余裕を持って財務省や所管官庁に届け出ることを義務付けている。財務省や所管官庁は、このM&Aの審査に最大数ヵ月程 度を費やすことができるだけでなく、安全保障の観点から必要と判断すれば、M&A計画の修正やとりやめを命ずることもできることになっている。

 ちなみに、経済産業省と財務省が現在、英国の民間投資ファンドザ・チルドレンズ・インベストメント・マスターファンド(TCI)による電力卸大手Jパワー(電源開発)の株買い増しの届け出を受けて審査しているのも、この外為法の規定が根拠である。

 TCIは、現在、Jパワー株の9.9%を保有しており、20%まで買い増したい意向という。Jパワーは、2004年に完全民営化されたものの、今 なお「旧国策会社」だ。電力大手10社に電力を供給する卸の最大手であるだけでなく、送電線網や周波数変換所など多数の基幹電力設備を保有している。さら に、青森県には、プルトニウムを使う大間原発の建設を計画中。こうしたことから、経産省は「国の安全保障の網の中にある。原子力計画や電力安定供給の観点 からも重要なケース」と関心を払っているという。

◇ 空港外資規制の本当の理由は安保よりも天下り先確保?

 こうした外為法による規制と違い、今回、国土交通省が目指した空港整備法のような特定の産業を律する「業法」で外資規制を行うという手法は、国際 社会では極めて特殊なケースとして限定されている。例外の代表選手的な存在が、WTO(世界貿易機関)の基本電気通信交渉で、自由化が進められて来た通 信・放送分野だろう。この分野では、やはり「安全保障上、必要なケース」に限定されているものの、業法による外資規制が存続を認められている。この結果、 NTT法でNTT、放送法でNHK、TBSといった放送局がそれぞれ外資規制の対象となっているのだ。

 残された問題として注目されるのが、JAL、ANAといったエアラインの外資規制を認められている航空業法だろう。一見すると、今回、焦点の空港運営会社と業態が近いからである。

 ただ、エアラインの法律では、空港運営会社まで拡大解釈できないことから、今回の空港整備法改正案が持ち出された経緯があるという。それならば、 本来、空港運営会社を特例であるべき「業法」で外資規制の対象とすることは国際的な標準方式に馴染まない。あえて、外資規制を行うならば、外為法の対象に 加えるのが筋なのだ。現在、政府内部には、より広範な有事法制を整備し、その中で対応すべきだとの議論もあると聞くが、機動的にそのような法制ができると は考えにくい。やるならば、外為法が筋だろう。

 とはいえ、今回、問題になっている空港運営会社が保有しているのは、売店、飲食店が入っている空港ビルや駐車場だけらしい。滑走路や管制といった 重要な資産・機能は国の所管で、空港運営会社は関係ないという。本当に、安全保障上の観点があるのかどうか、「単なる天下り先確保のために外資を阻んでい る」(内閣府幹部)との見方も根強いだけに、この検証は欠かせない。

 仮に検証の結果、空港運営会社を外為法の規制対象に加える必要がないという結果が出たとしても、外為法の見直しが不必要ということにはならないという問題も重要だ。

◇ 現行の外為法では被買収企業を取り戻せない

 というのは、外為法は“ザル法”状態であり、改正が必要だとの議論が長年、放置されてきたからである。

 実際、外為法は、トヨタ自動車系の照明機器会社の小糸製作所がテキサスの石油資本の買収に直面した際に効力をなさなかったばかりか、その効力への疑問から特殊会社法であるNTT法を廃止しようとする際の妨げになってきたからだ。

 昨年夏にも、粗鋼生産量で世界最大のミッタル・スチール(オランダ)が同2位のアルセロール(ルクセンブルグ)との経営統合を実現。新会社が、一 段の拡大を狙っており、同じく3位の新日鉄(日本)、4位のポスコ(韓国)、5位のJFEスチール(日本)などの吸収を検討していると伝えられたことか ら、経済産業省が「鉄鋼業は、軍事転用が容易な技術が多いだけでなく、関連企業でイージス艦など兵器そのものを製造しているところもある。現行法の尻抜け 状態を早急に解消する必要がある」(中堅幹部)と主張。ようやく、保護が必要な産業の具体名を列挙する形をとっている現行法令に、一部の素材産業を書き加 えることに漕ぎ着けたが、まだ不十分な部分が多いとの見方は根強い。

 特に、気掛かりなのは、現行の外為法には、事前届け出義務を怠り、外資が日本企業の買収を強行した際に、その投資を無効とする法的な手立てが用意 されていないことだ。現行の罰金制度では、買収された企業を取り戻すのにまったく無力で、いつもは犬猿の仲の経済産業省と総務省が珍しく「早期の抜本策が 求められる」と強い危機感を共有しているのが実情だ。所管の財務省はいつまでもサボタージュせず、重い腰をあげるべきときに直面しているのではないか。

 福田康夫内閣も、2者択一の必要がないことや、閣内不一致ではなく強力なリーダーシップが求められていることを肝に銘じるべきだろう。



色々勉強になります。

木曜日, 2月 14, 2008

ガソリン“暫定税率”は永久に続くのか?永田町の欺瞞を許すな!【週刊・上杉隆】

ダイヤモンド・オンライン
 
 永田町は不思議な世界だ。時として世間の常識が通用しないばかりか、その真逆のことがいくらでも罷り通る。

  たとえば、政治家が、「前向きに検討します」や「善処します」などと言う時は、まず間違いなく、何もしないという意味に受け取ったほうが良い。また、演説 などで、「国民の皆様のために」などと言った時も注意が必要だ。その真意は「自分の選挙のために」であり、実際に発言を置き換えてみれば、案外すっきりと いくものである。

 これらのものを「永田町用語」という。最近でも、その例として“暫定”と“恒久”が挙げられる。

『広辞苑』によれば、“暫定”とは、〈本式に決定せず、しばらくそれと定めること。臨時の措置〉とある。一方、“恒久”は、〈久しくかわらないこと。永久〉となっている。その通りであるならば、次の事例は一体どうやって説明すればいいのだろうか。

  1998年、日本はバブル崩壊後の株式市場の長期低迷にいまだ喘いでいた。小渕恵三首相(当時)は、野菜の蕪を持ち上げて、「カブ、上が~れ」と叫ぶ涙ぐましいパフォーマンスで景気回復を願った。果たして、小渕内閣は、中小企業への貸し渋り対策や地域振興券配布などを含んだ42兆円規模の緊急経済対策を実 施し、景気浮揚策の一環として所得減税も導入した。そして、その減税は“恒久減税”と名づけられた。

 だが、それがいつの間にか、“恒久的減税”と「的」が挿入され、昨年には、景気は回復基調にあるとして、“恒久”はわずか8年間の短い生涯を閉じたのである。

  一方で、1972年のオイルショックを受けて、2年間の暫定として、田中角栄首相(当時)が導入したガソリン税(租税特別措置法)の暫定税率は、その後 32年間にもわたって維持され続けている。1974年以降は、5年間ごとに延長が繰り返され、現在、与党からは、さらに10年の再延長を求める法案が提出 されている。

 仮に10年という延長法案が成立すれば、実に42年間、つまり、約半世紀近くにわたって“暫定”が続くことになる。

 つまり、永田町での“恒久”とは、10年ほどの期間を指し、逆に“暫定”とは、半世紀、場合によってはそれ以上の半永久的な期間を指すのである。

 こうした「欺瞞」は、永田町に特有な文化をも透かし見せてくれる。それは、政治家や官僚にとって都合のよい“増税”は、安産でしかも長寿になる場合が多いが、逆に、国民が喜ぶような“減税”などは、難産の上、短命に終わってしまうことが少なくないという独特な文化だ。

 改訂版が出されたばかりの『広辞苑』にすら果敢に挑戦してしまう永田町の政治家たち……。もはや怒りを通り越して、呆れるばかりだが、じつは現在、国会で論争に発展している道路関係の諸問題も、こうした永田町用語の「欺瞞」が起因しているのだ。

◇ 道路公団民営化は「上下分離方式」で無実化した

 筆者が、道路問題の取材を始めたのは2002年の春だった(同年『週刊朝日』誌上で8週連続の同時進行ルポを掲載)。

 前年、小泉純一郎首相(当時)は「改革断行評議会」で「聖域なき構造改革」を謳い、一般財源化を図ることを前提に道路特定財源を見直す、と宣言し たばかりだった。小泉首相のそれは、自民党政治の利権構造の“本丸”に挑む宣言に他ならない。よって、その実現性はともかく、当時は多くの永田町関係者が “改革”への期待を抱いたのは確かだ。

 設置されたばかりの道路公団民営化推進委員会では、ムダな道路は造らないという掛け声の下、委員たちからは続々と「凍結」の言葉が吐いて出た。そう、第1回会合では、総延長9342キロメートルという高速道路建設を、ゼロベースで見直しすることすら語られていたのだ。

 だが、議論は踊った。夏、7人の委員はホテルニューオータニで合宿を張ってまで討論を繰り返したが、直後に提出された中間報告では「凍結」の文字は消えていた。

 自民党道路族と旧建設省道路局の抵抗は、予想以上であった。民営化委員会は回を重ねるにつれ、9342kmどころか、「四全総」(第四次全国総合 開発計画)で決定した14000kmの建設まで議論を押し戻そうという動きが顕在化してきた。そして12月、「答申」が出された頃にはすっかり法案策定作 業を担う内閣府(実際は国交省職員)や自民党道路調査会などに、道路建設の決定権を投げ返してしまっていたのだ。

 案の定5年後(2007年)の国幹会議では、道路公団民営化の前提であった9342キロメートルすら消え、中期計画と称して、「四全総」の決定が蘇ってしまったのである。実は、この亡霊復活の背景には、別の「欺瞞」が隠されている。

 2002年秋以降、7人の委員で構成された道路公団民営化推進委員会は紛糾し、結局空中分解してしまうのだが、その分裂の主たる原因は、民営化後の道路会社の経営を「上下分離方式」とするか、あるいは「上下一体方式」とするかの論争が決裂したことにあった。

「分離」を許す猪瀬直樹委員や大宅映子委員に対して、田中一昭委員や川本裕子委員は徹底して「一体」での民営化を訴えた。仮に田中氏らの主張した 「上下一体」が採用されていれば、現在の道路建設の是非を巡る9342kmも、14000km云々という議論自体も存在しなかっただろう。なぜなら、経営 が「一体」であるならば、民営化会社には無駄な道路を作らないというインセンティヴが働き、国幹会議の結論に左右されずに、必要な道路のみを造るという民 間会社としては当然の選択が可能だったからだ。

 だが、委員会の結論を、猪瀬氏らの主唱する「分離」にしたことで、道路の保有主体と管理主体が分けられ、民営化会社は道路建設には一切タッチせ ず、オペレーションのみを行うことになってしまった。ちなみに、この議論の過程で7人のうちの5人の委員が委員会を辞任している。

◇ 道路公団改革は虚構の改革だった

 道路公団民営化での「欺瞞」はまだある。

 1969年の「新全総」では、高速道路建設に当たっては、「償還主義」が採用されていた。「償還主義」とは、道路特定財源で造られた有料道路は借金を返済した時点で、各々無料にしていくという約束のことだ。

 それでいえば、黒字である東名高速道路や名神高速はとうの昔に無料になっているという計算になる。ところが、実際はそうはなっていない。それは、1972年、田中角栄首相が、突然「プール制」を導入し、国民との約束を反故にしたからである。

「プール制」とは、全国の道路はすべてつながった一本の道であるという考えに基づくもので、各々ではなく、高速道路全体の採算制に変更するという ものであった。これによって当然ではあるが、道路を造れば造るほど、高速道路は無料にならずに、ユーザーからの利用料も入るという仕組みになった。

 こうした「欺瞞」を議論したはずの民営化推進委員会が、「虚構の改革」だと言われるのはそうした背景があるからだ。いったい道路公団改革とは一体なんだったのか?

 この問題を最初から追及している加藤秀樹・構想日本代表はこう訴える。

〈マスメディアの多くも、状況の正確な解説よりも、正義の味方を装った発言を繰り返す「役者」をヒーローにまつりあげ、大舞台での派手な立ち回りば かりを娯楽番組まがいに報道した。本業をサボって虚構を演出した(テレビはこちらが本業かもしれないが)という意味ではつくづく罪が深いと思う。
(中略)
  しかし、虚構に惑わされていると、そのツケは結局国民に回され、国力は削がれる。そろそろ私たちも目を覚まそうではないか。政治家も官僚も学者もジャーナ リストも、虚構にぶらさがる者は多いが、真剣に国の行く末を考えている人が実はもっと大勢いるのだから〉(『ウェッジ』2008年2月号)

 加藤氏の言う「虚構」を暴くには、この通常国会での道路論議こそが、本当にラストチャンスなのかもしれない。

※加藤秀樹氏による道路問題研究については「構想日本」のHPに詳しい。



呆れるだけじゃ済まないから、国策に関わる話は、更に頭にくるんだよね。

水曜日, 2月 13, 2008

経産次官の「デイトレーダーはバカ」発言は案外重大だ【山崎元 マルチスコープ】

ダイヤモンド・オンライン

北畑隆生経産次官が1月25日に行った講演で、デイトレーダーについて、バカで浮気で無責任だ、などと発言したことが物議を醸している。この件は、主な新聞 では2月8日の「朝日新聞」が、1面と10面で取り上げた。この記事を最初に見たときには、歌手の倖田來未さんの「35歳を過ぎると羊水が腐る」発言が大 きな問題且つ話題になったことに乗じて、官僚の失言をセンセーショナルに取り上げて話題作りを狙ったものなのかと思い、「あんまり騒ぐなよ」という気分で 記事を読んだのであったが、倖田発言とは違って、この発言は、本人がかなり深く考えた結果に合致するもので、行政にも影響を与える可能性がある内容なのだ ということが分かった。

 しかも、倖田來未さんは、発言の非を全面的に認めて謝罪訂正したが、北畑氏や上司である甘利経産相も、発言の「表現」に関する不適切性は認めていても、その背景にある認識の誤りは少しも認めていない。この点は重要だ。

 経産省事務方トップの認識として見過ごせない 朝日新聞の8日の記事(10面)から、北畑発言の要点を抜き書きしてみよう。

「堕落した株主がたくさん現れてきた」、「株主は所有者だが、経営能力がなく、いつでも株を売って離脱できる」、「デイトレーダーは朝買って夜売り、会社のことは何も考えない。所有者というのは納得感が得られない」、「危ない表現をすると、株主は経営能力がないという意味ではバカ、すぐに売れるということで浮気者。無責任、有限責任で、配当を要求する強欲な方」「スティール・パートナーズになると株主・経営者を脅すということだ」、「いい株主と悪い株主が 分かれてきた」、とデイトレーダーとスティール・パートナーズ社(両者はかなり異なるが)を激しく批判している。

 特に、デイトレーダー に関しては、「バカで浮気で無責任だから、議決権を与える必要はない」「配当で少し優遇して無議決権株を上場したらよいのではないか」と述べたという。政策としては、議決権の権利が強力な「多議決権株」、議決権のない「無議決権株」などを上場したらいいのではないか、加えて、長期の株式保有者を税制優遇したり、従業員持ち株会の持ち株に売却制限を課すと共にその議決権行使の強化を行ったりするといいのではないか、ということを個人の意見として提言したようだ。

 講演を面白くするためだったという言い訳があるようだが、発言者の短慮と無理解が浮かび上がるだけで、少しも面白くなっていない。 「脳みそが腐っている」とまでは言うまいが、発言の内容から察するに、北畑氏は官僚として「不出来」なのではないか。それはさて置くとしても、経産省の事 務方のトップがこのような認識を持っているということは、見過ごせない問題だ。

◇ 「デイトレーダーは無責任」発言には承服できない

 先ず、北畑氏は、デイトレーダーに代表される短期間の株主と長期的に株式を保有している株主との間には大きな違いがあると言いたいようだが、これは正当な区別なのだろうか。

 権利の裏側にある株主としての負担を考えると、短期間の株主であっても、その間に投資額に相当する経済価値を他の目的に使用することができないし、株価や配当の変動に関するリスクを負担している。また、長期間の株主といっても、任意の時点で保有株式を売ることは自由であり、株式を一定期間売らな いと保証しているわけではない。基本的に、これまでの保有期間の長さに関係なく、株主として負担しているものは一緒だ。

「バカで、浮気で、無責任」という北畑氏の発言の中で、前の2つに関して投資家は、「投資家はバカかも知れないさ(でも、こんな発言をする北畑氏 はもっとバカだろう)」、「確かに投資家は浮気なものかも知れないよ(しかし、環境の変化を前に全くに判断を変えないのは愚かだし、市場のためでもな い)」と、部分的であるにせよ納得することができるかも知れないが、「無責任だ」という指摘については、全く承服できない。少なくともこの点に関しては、 彼は間違っているので、認識を自己批判した上で発言を謝罪・訂正するべきではなかろうか。

 短期の投資家に対する、北畑氏の無理解と嫌悪は率直に言って異様だ。事務方のトップがこんな認識では、経産省が所管する商品取引が、日本では諸外国に比べて不活発で、残念ながら未だにイメージの悪いものであるのも無理のないことだ、と思わせる。

 また、株式が基本的に有限責任による出資であることは当然であり、これは法律に基づくもともとの了解事項であり、それ自体が悪いことではない。株 主が利益や必要があれば配当を求めるも当たり前だ。これらを批判するというのは、「私は株式が嫌いだ」と言っているに等しい。投資家が彼のことを嫌うのも また当然だろう。

◇ 株主の経営チェック機能を否定する愚

 投資家・株主と企業の「経営」の関わりをどう考えるのかという点も興味深い。確かに、株主は業務の専門性や経営に割く時間的資源も含めて会社を 「経営する能力」がない場合もあるだろう。しかし、経営する能力がある株主ないしその代理人が登場する可能性は常にあり、誰が経営者として適当かは、株式 会社の仕組み上、株主が決めることが正当だ。少なくとも、株主・投資家は、経営に関する「判断」は行うのであって、その権利に対する責任として、資金の機 会費用と投資のリスクを負っている。

 また、企業の業績が低迷したり、各種の不祥事が起こることからも分かるように、既存の経営者が常に十分な経営能力を持っている訳ではない。社会と しては、多数の株主や投資家が経営者をチェックしていることの効果を前向きに評価すべきであり、株主による経営チェック機能は、むしろもっと強化すべきだ ろう。株主が経営者をチェックすることが不適当だというなら、誰が企業を監督するのか。まさか、株式会社の仕組みを理解していない愚かで放言癖のある人物が事務方のトップになるような某官庁ではあるまい。

 記事では理由まで説明されていないので、何が言いたいのかよく分からないが、北畑氏は、スティール・パートナーズ社に対して批判的なようだ。しかし、同社はこれまでに違法行為をしているわけではないので、そのような私企業を、官僚が悪く言うというのはいかがなものか。

 好き嫌いはあってもいいが、ルールは守らなければならない。外国の投資家から見ると(日本の心ある投資家もそう思うだろうが)、「日本の上場企業 は、株式に経営権が付いていないようだし、株主としても要求もできないのか」という印象を持ってしまうだろう。こうしたことと、時にはルール外の、且つ時には事後的な、経営者に対する過剰な保護の印象は、日本の株式に対する魅力を低下させている。市場の材料として評価するなら、北畑氏の一連の発言と現在の 官職に彼が存在することは、間違いなく「売り材料」だ。

 多議決権株や無議決権株の発行・流通・上場を制度として可能にすることは、それだけで悪いということはないが、企業経営者の株主に対する立場を強 化することを目的としてそうした制度を作るということなら、企業に投資する立場から見ると、これは投資の魅力を削ぐ要因になる。たとえば、現在の日本の上 場企業の経営者の立場を今以上に強化することがいいとは全く思えないが、制度の設計如何によっては、企業の経営者同士が株式を持ち合って相互にサポートす ることで、自己保身のためにこうした株式を発行するようなことになると、企業は著しく停滞するだろうし、投資家がそう思うと、株価は下落する。

 また、各種の株式に対するアクセス権は、少なくとも上場企業である場合には、どの投資家に対しても平等であるべきだろう。

 株式の長期保有者の税制優遇、あるいは短期売買の利益に対する課税は、一つの意見として主張されることがあるが、基本的に株主の負担は投資期間の 長短に関係なく同じであることを思うと課税の区別としての正当な根拠を欠くように思われるし、少なくとも、株式市場の流動性の確保にとってマイナスの効果 をもたらす。つまり、日本の株価にとっては悪材料なのだが、北畑氏は、この点をどう考えているのだろうか。

◇ 企業経営者の保護にこれほど熱心な理由は何か

 また、従業員持株会の株式売却制限や議決権行使の強化は、具体的に何をしようとしているのか不明だが、ただでさえ経営者の人事的支配の下にある従 業員の資産を経営者の保身のために使うことが強化されかねない。現在でも従業員はインサイダー取引でなければ勤務先の株式を取得し、議決権を行使すること ができるのだから、従業員の自発的な意思以上に安定株主対策のために使うべきではない。また、他の条件を一定として、給料を上げると利益は減るのだから、 従業員と株主は利害が衝突することがしばしばある。この点を考えると、従業員持株会の議決権行使への参加は他の株主にとっていいことではない。

 それにしても、経産省の事務次官が、これほど日本企業の経営者の保護に熱心であることの理由は何なのだろう。一つの推測は、規制の一部を権限とし て握る経産省が自らの立場を守るために、投資家に脅かされている経営者を味方に付けたいのだろうということであり、もう一つには、既存経営者層への人気取 りが北畑氏の今後の天下り人生にプラスになるからなのか、ということだが、もちろん、どちらも好ましいことではない。要は、不出来な官僚が、不出来な経営者の保身の心に、深く共感して感化されてしまったということなのだろうか。

 少なくとも、内外の投資家の目には、各種の規制と経営者の保身が、日本の企業と経済の動きの悪さをもたらしていて、日本株への投資魅力を低下させていると映っている。経産省全体が、北畑氏のような認識でないことを祈りたい。



この次官のその後が知りたい

木曜日, 2月 07, 2008

もはや重要ではない日米関係、誰が大統領でも影響はない

ダイヤモンド・オンライン

 米大統領の前半戦の〝天王山〟である「スーパーチューズデー」の開票が進んでいる。本稿はその真最中に執筆している(日本時間6日午後6時)。

 共和党ではジョン・マケインが多くの州で勝利を収めながらも、ミット・ロムニーが辛うじてそれに次いでいる。マケインの「指名獲得」とまではいかないものの、獲得代議員数ではダブルスコア以上の差をつけている。

 一方、民主党はヒラリー・クリントン、バラク・オバマともに譲らず、大激戦の様相を呈している。AP通信(東部時間6日午前4時)によれば、獲得 代議員数はクリントン「725人」に対して、オバマが「625人」と接戦を繰り広げている。おそらくは、さらに数週間、この2人の民主党候補の戦いは続くだろう。

 いずれにせよ、11月の大統領本選を経て、マケイン、クリントン、オバマの3人のうちのひとりが、ホワイトハウスへの切符を手に入れることは間違いなさそうだ。

◇ 民主党が勝つと日本に不利と説く的外れ

 大統領選挙は、米国でのこととはいえ、「同盟国」である日本にとっても他人事ではいられない。永田町の為政者たちもこの選挙の行方を大いに注目している。政治家のみならず霞が関の官僚やメディアも同様だ。

 当然ながら、彼らの多くの関心事は、2009年に就任する米国大統領が「誰」になるのかという点だ。ところが、実はそれ以上に、大統領候補者たちが、日本にどのような人脈を持ち、どのような対日政策を採用しようとしているのかということにより注視している。

 ところが、この件に関して、テレビや活字媒体でコメントしている「専門家」や「評論家」たちの意見はあまりに心もとない。と言うか、大抵が的外れで、無責任ですらある。

 テレビでは、米国政治に詳しいとされるコメンテーターが「民主党候補が勝ったら日本バッシングが始まる」というような意味不明な解説をしていた り、同じくNHK出身のジャーナリストが「クリントンもオバマも、日本を知るスタッフをまったく擁していない」などという頓珍漢なコメントを週刊誌に寄せ ていたりしている。

 こうした無責任な「分析」は、放置しておけばよいだろう。所詮、自然淘汰されるか、そっと修正されるのが関の山だ。特段ムキになる必要もないし、真に受けること自体、時間の無駄だ。

 とはいえ、次期米大統領がどのような対日政策を講じる可能性があるのかを、現時点で知ることは日米関係における外交戦略上においても重要であることに疑いはない。

 とくに外交を担う政治家や外交官が、この種の情報をいち早く把握しておこうと焦っているのではないか。おそらく、それぞれのチャンネルを使っての情報収集は行われているだろうが、先の「専門家」や「評論家」の分析を聞いていると幾分不安に陥る。

 では、私たちは、何を元に判断を下せばいいのだろうか。

◇ マケインの対日政策はブッシュ路線を継承か

 幸いにも、筆者の手元には素晴しい「教材」がある。東京財団の研究による「2008年米国大統領選挙主要候補者の選対本部・政策アドバイザー人名録」という冊子がそれだ。

 この時期に、ここまで詳細な「情報」を作成していたことに驚きを禁じえない。まったく、その内容には敬服してしまう、というより驚愕してしまう。作成者はきっと、相当な〈ワシントンマニア〉に違いない(笑)。

 冊子によれば、久保文明東京大学教授と足立正彦住友商事総合研究所シニア・アナリストの研究によって成ったものだという。

 次期大統領候補らの情報に関して、現在の日本ではこの情報に及ぶものはまずないだろう。発行は昨年の12月だが、スーパーチューズデーが行われて いる現在でも「情報」は少しも古びていない。この2人の研究のおかげで、米大統領候補たちが築くであろう将来の日米関係はある程度展望できる。

 敬意を表してここに紹介しようと思う(ちなみに2人とも筆者とは知人ではない)。

 さらに詳しい内容は、東京財団のHPで公開しているのでそちらを参照していただきたい。

 マケインの外交・国家安全保障アドバイザーには、日本と良好な関係を保持してきたブッシュ親子のスタッフがそのまま移行しているようだ。

 コリン・パウエル(国務長官)、リチャード・アーミテージ(国務副長官)、そして日本通で日本語の達者なマイケル・グリーン(国家安全保障会議東 アジア担当上級部長)などが顔を揃える。つまり、マケインが大統領になった場合、現ブッシュ政権のそれとあまり変わらない対日政策が構築されることになる だろう。

 とりわけ注目すべきはB・スコウクロフトの存在だ。フォード大統領、ブッシュ父大統領の国家安全保障担当大統領補佐官で、C・ライスの教育係、イ ラク戦争に反対していた共和党穏健派の代表格である。彼の存在が象徴的だが、外交政策に関しては、「マケイン政権」ならば、ややリベラルに振れる可能性が 高い。

◇ オバマ陣営には意外や“アジア通”が多い

 問題は、伝統的に日本に厳しいとされる民主党が政権を取った場合だ。

 クリントン陣営の外交スタッフには、夫ビル・クリントン大統領時代のスタッフでもあるカート・キャンベル(国務次官補代理)など、知日派のアドバ イザーもいることはいる。だが、どちらかというとM・オルブライト(国務長官)やウィリアム・ペリー(国防長官)など朝鮮半島専門家が多い。

 「クリントン政権」ならば、米国の対東アジア戦略が大きく転換する可能性がある。とくに6者協議については対北朝鮮宥和派のオルブライトの存在が何らかの「変化」をもたらすかもしれない。

 では、オバマ陣営はどうだろうか。意外なことに、選対の外交スタッフの中にもっとも〝アジア通〟の多いのがこのオバマ陣営である。

 クリントン陣営との類似点があるが、当選したら、イラク戦争への反対などさらにリベラルな陣を敷くだろう。

 東アジア専門家のジェフリー・ベーダー(NSCアジア問題担当部長)、「1998東アジア戦略報告」を作成したデレク・ミッチェル(国防長官特別 補佐官)、日本の防衛研究所にいたマイケル・シファー(国家安全保障問題担当上級顧問)、そして、ボーイング・ジャパン前社長で、22年間日本に住み、日 本人の妻を持つロバート・オァー(在日米国商工会議所副会頭)がいる。

 このようなアドバイザーが存在するためか、実際にオバマの日本に関する知識は驚くほど正確だという。

◇ ワシントンでは誰も日本を気にしていない

 さて、肝心の日米関係はどう推移するのだろうか。

 クリントンとオバマの所属政党は民主党である。過去、民主党政権の間には、日米関係が悪化する傾向にあった。今回も危険な状況に陥ることはあるのだろうか。

 実はその点については、筆者は、大した心配には及ばないと考える。なぜなら、今回の大統領キャンペーンでも明らかなように、もはや米国の考える外交のゲームプランにおいて、日本は重要なプレイヤーではないからだ。実際、どの候補も、日本との関係については特別に言及していない。

 今回の大統領選では、外交に関しては、イラク、パレスチナを中心とする中東、そして経済的なパートナーとしての欧州と中国ばかりに話題が集中して いる。日本はと言えば、辛うじて対中関係の中で触れられただけにすぎない。つまり、ワシントンでは誰も日本を気にしていないのである。

 神経過敏な日本のメディアが大騒ぎしているためか、今回の大統領選でも、日本はアジアにおいて米国の唯一のパートナーであるかのような報道が一部で流されている。だが、それは現実とはあまりにかけ離れている一方的な「対米片想い」に過ぎない。

 確かに、日米同盟は存在しているが、米国の世界戦略上、日本はかつてのような最重要国からはすでに脱落している。米国にとってのアジアのカウンターパートは中国であり、その次はインドだ。もはや、日本は東アジアの戦略上の便利な「同盟国」としかみられていない。

 確かに、米大統領選の結果は、日本にとっては重要だ。だが、米国からすれば日米関係は、誰が勝利を収めようと、特段の「変化」はないのである。それが現実であり、現在の日本の置かれた国際的な立場なのである。

 無責任なコメンテーターや専門家の「分析」に惑わされないよう、冷静に米大統領選を注視してみようではないか。



けど、分からん以上は、踊らされるのが民衆なんじゃないの?

金曜日, 2月 01, 2008

【町田徹コラム】武藤氏以外に適任者はいるか?日銀新総裁に求められる資質

ダイヤモンド・オンライン

 一段と鮮明になる米景気の後退と、原油価格の高騰をきっかけに日本に忍び寄るスタグフレーション(景気後退下でのインフレの進行)の影――。この難局の舵取りの一翼を担うことになるのが、3月19日に任期を終える福井俊彦・日銀総裁の後継者だ。

  政府・自民党や経済界、民間エコノミストが幅広く支持する大本命は、現在、副総裁ポストにある武藤敏郎氏である。ところが、参議院で多数を握る民主党は、 武藤氏が元財務事務次官であることを理由に同氏の擁立に根強く反発しているという。注目を集める次期日銀総裁に求められる資質とはいったい何なのか、ある いは、武藤氏よりも適任と言える人物が存在するのだろうか、検証してみよう。

◇ すべての条件を満たす人材を探すのは至難

 日銀新総裁に就くための必要条件はなんだろうか。本稿の執筆のため、日頃から驚くべきファクツや明晰なロジックを教示してくれる、筆者のとっておきのソースたちに意見を聞いたので、まず、その結果をご紹介しよう。

「何よりも経済通として著名で、国際的に通用すること。もちろん、経営者でもよいが、できれば、エコノミストの方が望ましい。G7(先進7カ国蔵相・中央 銀行会議)などの国際金融会議が頻繁に開かれ、海外出張が多くなるので、頑健な身体を持っていることもとても重要だ」(有名エコノミスト)

「今は、利上げなどで普段より遥かに困難な金融政策の選択が求められる可能性が大きい。そのためには、周囲の反対を押さえ込んで、実行できるだけの政治力、説得力を持った人が必要になってくる」(野党実力者)

「最近で言えば、なぜ、サブプライムローン危機が起きたのか。原油価格の高騰のメカニズムは…。そうした国際的な資金・資本移動の実態をいち早く把握・理解できる能力と、そうした新たな現象に対して、果敢に必要な手を打てる能力が不可欠でしょう」(証券ディラー)

「市場と上手に対話できる人。そういう意味では、唐突な印象を与えない安定感も重要だ。それから日銀という巨大組織のポテンシャルをうまく引き出す大組織の長という側面も見逃せない」(銀行系証券アナリスト)

「欧米のように奨励金制度が整い30歳近くまで学校に残ることが当たり前の国々とは環境が違うので、酷な条件と言われるかもしれないが、できれば経済学の博士号を持っていることが望ましい」(大学院教授)

「プライベートなお金の問題に関して、身奇麗なこと。福井総裁の場合、村上ファンドの村上世彰氏らとの関係が取り沙汰され、政策的な足かせになったキライがある。ああいうことは2度と繰り返してほしくない」(米系投資銀行幹部)

 日銀総裁に求められる資質、ハードルがいかに高いか、おわかりいただけたことと思う。実は、これらの条件をすべて満たす人物を探し出すというのは、大変なことである。

◇ 候補として名が挙がる人物は多いが

 例えば、次期日銀総裁候補で大本命とされる武藤氏でさえ、「経済学の博士号」は保持していない。博士号など必要なのかと思われる読者は多いだろう が、歴代の米FRB(連邦準備制度理事会)議長をみると、現職のベン・バーナンキ氏はマサチューセッツ工科大学(MIT)で博士号を取得しているし、その 前任者アラン・グリーンスパン氏もニューヨーク大学の博士号保持者だ。複雑怪奇な国際資本移動や経済の変化を把握し、その状況をどう判断し、どう対応する か。あるいは、その施策を、市場と対話しながら、どのように、うまく浸透させていくか。米国では、博士号や修士号といった学位の保持を、必要な資質の証明 書と捉える風潮が依然として強い。

 だが、今回の日銀総裁選びについて、学位の保持という条件を最優先してしまうと、候補は、東大教授の植田和男氏や伊藤元重氏らに限定されてしま う。もちろん、彼らはいずれも学者として輝かしい経歴を残している人物だが、G7のような国際金融会議での知名度や、政治とのパイプとなると心もとない。 また、植田氏は日銀政策委員の経験があるとはいえ、すでに日銀を離れて3年近くが過ぎようとしている。

 一方、官僚出身者を嫌う人たちが推すことの多い竹中平蔵氏も有力な候補者の一人だろう。小泉内閣での経済政策の司令塔をつとめた実績があり、国際的な知名度も非常に高いからだ。しかし、その政治手法に対して、与野党の間で、引き続き根強いアレルギーが残っているらしい。

 逆に、大蔵省の財務官経験があり、かつて「通貨マフィア」と呼ばれた榊原英資氏の場合、官僚出身ながら、以前、民主党のネクストキャビネットの閣 僚名簿に名前を連ねた経験があり、その縁もあって、民主党若手の支持が多いのが特色だ。ところが、それが災いして、自民・公明両与党からは強い反発がある という。現実問題として考えると、こうした党派色の強い人物が、衆議院を自公、参議院を民主が握るねじれ国会において、日銀総裁就任の承認を得ることは難 しい状況となっている。

 民間出身者はどうだろうか。あまり日銀総裁候補として取り沙汰されることはないが、博士号を持ち、国際的に通用する経済通といった条件を満たす人 物といえば、野村ホールディングス取締役会長の氏家純一氏が挙げられる。氏家氏は、マネタリストたちの牙城として有名だった米シカゴ大学の経済学博士号を 持つドクターであるうえ、野村証券という国内ナンバーワン証券会社の経営者として海外でも有名である。

 ただ、氏家氏は、かつての証券不祥事を受けてトップに就いたという経緯のせいか、自ら永田町や霞が関における人脈構築を避けてきたように見える。その方面のパイプが細いとされるだけでなく、ごく最近まで財界活動でさえ腰が重かった。

 また、純粋の民間企業出身の日銀総裁というのは、これまで極めて稀有な存在と言える。最近で言うと、第21代日銀総裁として、1964年から5年 間在任した、三菱銀行(現三菱UFJフィナンシャル・グループ)出身の宇佐美洵氏以来のことなのだ。ちなみに、現在の福井総裁の前任者で、第28代日銀総 裁だった速水優氏は、日商岩井(現双日)から日銀入りし「民間から登用」と話題を呼んだが、これは、そもそも理事までつとめた経歴を持つ日銀マンが転出 し、再び返り咲いたのが実態だった。そういう意味では、純粋の民間出身者には日銀総裁に就くというハードルが高いのかもしれない。

◇ 経歴・資質を考えるとやはり武藤氏が最有力か

 このように見てくると、博士号こそ保持しないものの、武藤氏の経歴・資質は他の追随を許さない。まず、過去5年間、日銀副総裁としてG7などの国 際会議に何度も出席してきたことで、国際金融会議の場での顔を築いている。その一方、財務官僚時代からの政治家とのパイプの太さにも定評がある。

 何より、現在の経済情勢に強い危機感を持っている点で評価が高い。周囲に聞くと、米政府がサブプライムローン問題処理のための金融機関への資本注 入になかなか踏み切れないことや、原油価格の高騰に歯止めがかからないこと、これがスタグフレーションの元凶になりつつあることに強い危機感を持っている という。

 このところ、市場関係者の間では、日銀に対して、米FRBに追随し金融を緩和するよう求める声が多い。私見だが、この局面で優先すべきは、スタグ フレーション退治のための早期の大幅利上げであり、緩和はその後の施策ではないだろうか。本来、昨春やっておくべきだった利上げが実現していないことが、 円キャリートレードや原油への投機を呼んだ経緯は軽視すべきでないと思われる。さらに言えば、新日銀総裁の最初の政策決定会合を迎える4月に、 1.0~1.25%程度の大幅利上げを迫られる局面が出てきてもおかしくない、と筆者は考えている。

 そうした難しい局面に直面した際に、米通貨当局に毅然と注文を付けたり、政治を説得し国内の利上げを断行できたりする人物として、武藤氏が最有力候補と言わざるを得ないだろう。

◇ 3月までに決まらない失態だけは与野党ともに回避すべし

 与野党には、「官僚だから」「財務省出身なんだから、利上げによって国債の利払い費が膨張するのを嫌がる財務省の立場を尊重するに違いない」と いった、根拠の薄い論理で武藤氏の総裁昇格に反対する向きが多い。が、ここしばらく、政府系金融機関や特殊会社のトップ人事で、強引な官僚外しを優先し て、とても適任と思えない民間人を採用、結果として、それぞれの組織がぎくしゃくしている例こそ、直視して反省すべきだろう。

 本来ならば、次期日銀総裁は、2月前半に東京で開催されるG7にあわせて、お披露目できるようにしておくべきだった。任期満了に伴う退任が1ヵ月 後に迫った福井総裁が、そうした場でリーダーシップを発揮するのは難しいからだ。これまでに後継総裁を決めることができなかった政府の対応の遅さ・マズさ は、現下の世界的な株式市場の混乱と景気後退の克服に関して、東京G7を舞台に、日本が指導力を発揮する好機を失わせてしまった。

 さらに、政争にかまけて、3月19日までに、正式に新日銀総裁を決められないようならば、福田康夫首相はもちろん、民主党の小沢一郎氏も引責辞任すべき失態を犯すことになると肝に銘ずべきである。

福井選んだんと同じ理屈で選ばれるのだけは、やめて欲しいね。