金曜日, 2月 01, 2008

【町田徹コラム】武藤氏以外に適任者はいるか?日銀新総裁に求められる資質

ダイヤモンド・オンライン

 一段と鮮明になる米景気の後退と、原油価格の高騰をきっかけに日本に忍び寄るスタグフレーション(景気後退下でのインフレの進行)の影――。この難局の舵取りの一翼を担うことになるのが、3月19日に任期を終える福井俊彦・日銀総裁の後継者だ。

  政府・自民党や経済界、民間エコノミストが幅広く支持する大本命は、現在、副総裁ポストにある武藤敏郎氏である。ところが、参議院で多数を握る民主党は、 武藤氏が元財務事務次官であることを理由に同氏の擁立に根強く反発しているという。注目を集める次期日銀総裁に求められる資質とはいったい何なのか、ある いは、武藤氏よりも適任と言える人物が存在するのだろうか、検証してみよう。

◇ すべての条件を満たす人材を探すのは至難

 日銀新総裁に就くための必要条件はなんだろうか。本稿の執筆のため、日頃から驚くべきファクツや明晰なロジックを教示してくれる、筆者のとっておきのソースたちに意見を聞いたので、まず、その結果をご紹介しよう。

「何よりも経済通として著名で、国際的に通用すること。もちろん、経営者でもよいが、できれば、エコノミストの方が望ましい。G7(先進7カ国蔵相・中央 銀行会議)などの国際金融会議が頻繁に開かれ、海外出張が多くなるので、頑健な身体を持っていることもとても重要だ」(有名エコノミスト)

「今は、利上げなどで普段より遥かに困難な金融政策の選択が求められる可能性が大きい。そのためには、周囲の反対を押さえ込んで、実行できるだけの政治力、説得力を持った人が必要になってくる」(野党実力者)

「最近で言えば、なぜ、サブプライムローン危機が起きたのか。原油価格の高騰のメカニズムは…。そうした国際的な資金・資本移動の実態をいち早く把握・理解できる能力と、そうした新たな現象に対して、果敢に必要な手を打てる能力が不可欠でしょう」(証券ディラー)

「市場と上手に対話できる人。そういう意味では、唐突な印象を与えない安定感も重要だ。それから日銀という巨大組織のポテンシャルをうまく引き出す大組織の長という側面も見逃せない」(銀行系証券アナリスト)

「欧米のように奨励金制度が整い30歳近くまで学校に残ることが当たり前の国々とは環境が違うので、酷な条件と言われるかもしれないが、できれば経済学の博士号を持っていることが望ましい」(大学院教授)

「プライベートなお金の問題に関して、身奇麗なこと。福井総裁の場合、村上ファンドの村上世彰氏らとの関係が取り沙汰され、政策的な足かせになったキライがある。ああいうことは2度と繰り返してほしくない」(米系投資銀行幹部)

 日銀総裁に求められる資質、ハードルがいかに高いか、おわかりいただけたことと思う。実は、これらの条件をすべて満たす人物を探し出すというのは、大変なことである。

◇ 候補として名が挙がる人物は多いが

 例えば、次期日銀総裁候補で大本命とされる武藤氏でさえ、「経済学の博士号」は保持していない。博士号など必要なのかと思われる読者は多いだろう が、歴代の米FRB(連邦準備制度理事会)議長をみると、現職のベン・バーナンキ氏はマサチューセッツ工科大学(MIT)で博士号を取得しているし、その 前任者アラン・グリーンスパン氏もニューヨーク大学の博士号保持者だ。複雑怪奇な国際資本移動や経済の変化を把握し、その状況をどう判断し、どう対応する か。あるいは、その施策を、市場と対話しながら、どのように、うまく浸透させていくか。米国では、博士号や修士号といった学位の保持を、必要な資質の証明 書と捉える風潮が依然として強い。

 だが、今回の日銀総裁選びについて、学位の保持という条件を最優先してしまうと、候補は、東大教授の植田和男氏や伊藤元重氏らに限定されてしま う。もちろん、彼らはいずれも学者として輝かしい経歴を残している人物だが、G7のような国際金融会議での知名度や、政治とのパイプとなると心もとない。 また、植田氏は日銀政策委員の経験があるとはいえ、すでに日銀を離れて3年近くが過ぎようとしている。

 一方、官僚出身者を嫌う人たちが推すことの多い竹中平蔵氏も有力な候補者の一人だろう。小泉内閣での経済政策の司令塔をつとめた実績があり、国際的な知名度も非常に高いからだ。しかし、その政治手法に対して、与野党の間で、引き続き根強いアレルギーが残っているらしい。

 逆に、大蔵省の財務官経験があり、かつて「通貨マフィア」と呼ばれた榊原英資氏の場合、官僚出身ながら、以前、民主党のネクストキャビネットの閣 僚名簿に名前を連ねた経験があり、その縁もあって、民主党若手の支持が多いのが特色だ。ところが、それが災いして、自民・公明両与党からは強い反発がある という。現実問題として考えると、こうした党派色の強い人物が、衆議院を自公、参議院を民主が握るねじれ国会において、日銀総裁就任の承認を得ることは難 しい状況となっている。

 民間出身者はどうだろうか。あまり日銀総裁候補として取り沙汰されることはないが、博士号を持ち、国際的に通用する経済通といった条件を満たす人 物といえば、野村ホールディングス取締役会長の氏家純一氏が挙げられる。氏家氏は、マネタリストたちの牙城として有名だった米シカゴ大学の経済学博士号を 持つドクターであるうえ、野村証券という国内ナンバーワン証券会社の経営者として海外でも有名である。

 ただ、氏家氏は、かつての証券不祥事を受けてトップに就いたという経緯のせいか、自ら永田町や霞が関における人脈構築を避けてきたように見える。その方面のパイプが細いとされるだけでなく、ごく最近まで財界活動でさえ腰が重かった。

 また、純粋の民間企業出身の日銀総裁というのは、これまで極めて稀有な存在と言える。最近で言うと、第21代日銀総裁として、1964年から5年 間在任した、三菱銀行(現三菱UFJフィナンシャル・グループ)出身の宇佐美洵氏以来のことなのだ。ちなみに、現在の福井総裁の前任者で、第28代日銀総 裁だった速水優氏は、日商岩井(現双日)から日銀入りし「民間から登用」と話題を呼んだが、これは、そもそも理事までつとめた経歴を持つ日銀マンが転出 し、再び返り咲いたのが実態だった。そういう意味では、純粋の民間出身者には日銀総裁に就くというハードルが高いのかもしれない。

◇ 経歴・資質を考えるとやはり武藤氏が最有力か

 このように見てくると、博士号こそ保持しないものの、武藤氏の経歴・資質は他の追随を許さない。まず、過去5年間、日銀副総裁としてG7などの国 際会議に何度も出席してきたことで、国際金融会議の場での顔を築いている。その一方、財務官僚時代からの政治家とのパイプの太さにも定評がある。

 何より、現在の経済情勢に強い危機感を持っている点で評価が高い。周囲に聞くと、米政府がサブプライムローン問題処理のための金融機関への資本注 入になかなか踏み切れないことや、原油価格の高騰に歯止めがかからないこと、これがスタグフレーションの元凶になりつつあることに強い危機感を持っている という。

 このところ、市場関係者の間では、日銀に対して、米FRBに追随し金融を緩和するよう求める声が多い。私見だが、この局面で優先すべきは、スタグ フレーション退治のための早期の大幅利上げであり、緩和はその後の施策ではないだろうか。本来、昨春やっておくべきだった利上げが実現していないことが、 円キャリートレードや原油への投機を呼んだ経緯は軽視すべきでないと思われる。さらに言えば、新日銀総裁の最初の政策決定会合を迎える4月に、 1.0~1.25%程度の大幅利上げを迫られる局面が出てきてもおかしくない、と筆者は考えている。

 そうした難しい局面に直面した際に、米通貨当局に毅然と注文を付けたり、政治を説得し国内の利上げを断行できたりする人物として、武藤氏が最有力候補と言わざるを得ないだろう。

◇ 3月までに決まらない失態だけは与野党ともに回避すべし

 与野党には、「官僚だから」「財務省出身なんだから、利上げによって国債の利払い費が膨張するのを嫌がる財務省の立場を尊重するに違いない」と いった、根拠の薄い論理で武藤氏の総裁昇格に反対する向きが多い。が、ここしばらく、政府系金融機関や特殊会社のトップ人事で、強引な官僚外しを優先し て、とても適任と思えない民間人を採用、結果として、それぞれの組織がぎくしゃくしている例こそ、直視して反省すべきだろう。

 本来ならば、次期日銀総裁は、2月前半に東京で開催されるG7にあわせて、お披露目できるようにしておくべきだった。任期満了に伴う退任が1ヵ月 後に迫った福井総裁が、そうした場でリーダーシップを発揮するのは難しいからだ。これまでに後継総裁を決めることができなかった政府の対応の遅さ・マズさ は、現下の世界的な株式市場の混乱と景気後退の克服に関して、東京G7を舞台に、日本が指導力を発揮する好機を失わせてしまった。

 さらに、政争にかまけて、3月19日までに、正式に新日銀総裁を決められないようならば、福田康夫首相はもちろん、民主党の小沢一郎氏も引責辞任すべき失態を犯すことになると肝に銘ずべきである。

福井選んだんと同じ理屈で選ばれるのだけは、やめて欲しいね。