水曜日, 2月 13, 2008

経産次官の「デイトレーダーはバカ」発言は案外重大だ【山崎元 マルチスコープ】

ダイヤモンド・オンライン

北畑隆生経産次官が1月25日に行った講演で、デイトレーダーについて、バカで浮気で無責任だ、などと発言したことが物議を醸している。この件は、主な新聞 では2月8日の「朝日新聞」が、1面と10面で取り上げた。この記事を最初に見たときには、歌手の倖田來未さんの「35歳を過ぎると羊水が腐る」発言が大 きな問題且つ話題になったことに乗じて、官僚の失言をセンセーショナルに取り上げて話題作りを狙ったものなのかと思い、「あんまり騒ぐなよ」という気分で 記事を読んだのであったが、倖田発言とは違って、この発言は、本人がかなり深く考えた結果に合致するもので、行政にも影響を与える可能性がある内容なのだ ということが分かった。

 しかも、倖田來未さんは、発言の非を全面的に認めて謝罪訂正したが、北畑氏や上司である甘利経産相も、発言の「表現」に関する不適切性は認めていても、その背景にある認識の誤りは少しも認めていない。この点は重要だ。

 経産省事務方トップの認識として見過ごせない 朝日新聞の8日の記事(10面)から、北畑発言の要点を抜き書きしてみよう。

「堕落した株主がたくさん現れてきた」、「株主は所有者だが、経営能力がなく、いつでも株を売って離脱できる」、「デイトレーダーは朝買って夜売り、会社のことは何も考えない。所有者というのは納得感が得られない」、「危ない表現をすると、株主は経営能力がないという意味ではバカ、すぐに売れるということで浮気者。無責任、有限責任で、配当を要求する強欲な方」「スティール・パートナーズになると株主・経営者を脅すということだ」、「いい株主と悪い株主が 分かれてきた」、とデイトレーダーとスティール・パートナーズ社(両者はかなり異なるが)を激しく批判している。

 特に、デイトレーダー に関しては、「バカで浮気で無責任だから、議決権を与える必要はない」「配当で少し優遇して無議決権株を上場したらよいのではないか」と述べたという。政策としては、議決権の権利が強力な「多議決権株」、議決権のない「無議決権株」などを上場したらいいのではないか、加えて、長期の株式保有者を税制優遇したり、従業員持ち株会の持ち株に売却制限を課すと共にその議決権行使の強化を行ったりするといいのではないか、ということを個人の意見として提言したようだ。

 講演を面白くするためだったという言い訳があるようだが、発言者の短慮と無理解が浮かび上がるだけで、少しも面白くなっていない。 「脳みそが腐っている」とまでは言うまいが、発言の内容から察するに、北畑氏は官僚として「不出来」なのではないか。それはさて置くとしても、経産省の事 務方のトップがこのような認識を持っているということは、見過ごせない問題だ。

◇ 「デイトレーダーは無責任」発言には承服できない

 先ず、北畑氏は、デイトレーダーに代表される短期間の株主と長期的に株式を保有している株主との間には大きな違いがあると言いたいようだが、これは正当な区別なのだろうか。

 権利の裏側にある株主としての負担を考えると、短期間の株主であっても、その間に投資額に相当する経済価値を他の目的に使用することができないし、株価や配当の変動に関するリスクを負担している。また、長期間の株主といっても、任意の時点で保有株式を売ることは自由であり、株式を一定期間売らな いと保証しているわけではない。基本的に、これまでの保有期間の長さに関係なく、株主として負担しているものは一緒だ。

「バカで、浮気で、無責任」という北畑氏の発言の中で、前の2つに関して投資家は、「投資家はバカかも知れないさ(でも、こんな発言をする北畑氏 はもっとバカだろう)」、「確かに投資家は浮気なものかも知れないよ(しかし、環境の変化を前に全くに判断を変えないのは愚かだし、市場のためでもな い)」と、部分的であるにせよ納得することができるかも知れないが、「無責任だ」という指摘については、全く承服できない。少なくともこの点に関しては、 彼は間違っているので、認識を自己批判した上で発言を謝罪・訂正するべきではなかろうか。

 短期の投資家に対する、北畑氏の無理解と嫌悪は率直に言って異様だ。事務方のトップがこんな認識では、経産省が所管する商品取引が、日本では諸外国に比べて不活発で、残念ながら未だにイメージの悪いものであるのも無理のないことだ、と思わせる。

 また、株式が基本的に有限責任による出資であることは当然であり、これは法律に基づくもともとの了解事項であり、それ自体が悪いことではない。株 主が利益や必要があれば配当を求めるも当たり前だ。これらを批判するというのは、「私は株式が嫌いだ」と言っているに等しい。投資家が彼のことを嫌うのも また当然だろう。

◇ 株主の経営チェック機能を否定する愚

 投資家・株主と企業の「経営」の関わりをどう考えるのかという点も興味深い。確かに、株主は業務の専門性や経営に割く時間的資源も含めて会社を 「経営する能力」がない場合もあるだろう。しかし、経営する能力がある株主ないしその代理人が登場する可能性は常にあり、誰が経営者として適当かは、株式 会社の仕組み上、株主が決めることが正当だ。少なくとも、株主・投資家は、経営に関する「判断」は行うのであって、その権利に対する責任として、資金の機 会費用と投資のリスクを負っている。

 また、企業の業績が低迷したり、各種の不祥事が起こることからも分かるように、既存の経営者が常に十分な経営能力を持っている訳ではない。社会と しては、多数の株主や投資家が経営者をチェックしていることの効果を前向きに評価すべきであり、株主による経営チェック機能は、むしろもっと強化すべきだ ろう。株主が経営者をチェックすることが不適当だというなら、誰が企業を監督するのか。まさか、株式会社の仕組みを理解していない愚かで放言癖のある人物が事務方のトップになるような某官庁ではあるまい。

 記事では理由まで説明されていないので、何が言いたいのかよく分からないが、北畑氏は、スティール・パートナーズ社に対して批判的なようだ。しかし、同社はこれまでに違法行為をしているわけではないので、そのような私企業を、官僚が悪く言うというのはいかがなものか。

 好き嫌いはあってもいいが、ルールは守らなければならない。外国の投資家から見ると(日本の心ある投資家もそう思うだろうが)、「日本の上場企業 は、株式に経営権が付いていないようだし、株主としても要求もできないのか」という印象を持ってしまうだろう。こうしたことと、時にはルール外の、且つ時には事後的な、経営者に対する過剰な保護の印象は、日本の株式に対する魅力を低下させている。市場の材料として評価するなら、北畑氏の一連の発言と現在の 官職に彼が存在することは、間違いなく「売り材料」だ。

 多議決権株や無議決権株の発行・流通・上場を制度として可能にすることは、それだけで悪いということはないが、企業経営者の株主に対する立場を強 化することを目的としてそうした制度を作るということなら、企業に投資する立場から見ると、これは投資の魅力を削ぐ要因になる。たとえば、現在の日本の上 場企業の経営者の立場を今以上に強化することがいいとは全く思えないが、制度の設計如何によっては、企業の経営者同士が株式を持ち合って相互にサポートす ることで、自己保身のためにこうした株式を発行するようなことになると、企業は著しく停滞するだろうし、投資家がそう思うと、株価は下落する。

 また、各種の株式に対するアクセス権は、少なくとも上場企業である場合には、どの投資家に対しても平等であるべきだろう。

 株式の長期保有者の税制優遇、あるいは短期売買の利益に対する課税は、一つの意見として主張されることがあるが、基本的に株主の負担は投資期間の 長短に関係なく同じであることを思うと課税の区別としての正当な根拠を欠くように思われるし、少なくとも、株式市場の流動性の確保にとってマイナスの効果 をもたらす。つまり、日本の株価にとっては悪材料なのだが、北畑氏は、この点をどう考えているのだろうか。

◇ 企業経営者の保護にこれほど熱心な理由は何か

 また、従業員持株会の株式売却制限や議決権行使の強化は、具体的に何をしようとしているのか不明だが、ただでさえ経営者の人事的支配の下にある従 業員の資産を経営者の保身のために使うことが強化されかねない。現在でも従業員はインサイダー取引でなければ勤務先の株式を取得し、議決権を行使すること ができるのだから、従業員の自発的な意思以上に安定株主対策のために使うべきではない。また、他の条件を一定として、給料を上げると利益は減るのだから、 従業員と株主は利害が衝突することがしばしばある。この点を考えると、従業員持株会の議決権行使への参加は他の株主にとっていいことではない。

 それにしても、経産省の事務次官が、これほど日本企業の経営者の保護に熱心であることの理由は何なのだろう。一つの推測は、規制の一部を権限とし て握る経産省が自らの立場を守るために、投資家に脅かされている経営者を味方に付けたいのだろうということであり、もう一つには、既存経営者層への人気取 りが北畑氏の今後の天下り人生にプラスになるからなのか、ということだが、もちろん、どちらも好ましいことではない。要は、不出来な官僚が、不出来な経営者の保身の心に、深く共感して感化されてしまったということなのだろうか。

 少なくとも、内外の投資家の目には、各種の規制と経営者の保身が、日本の企業と経済の動きの悪さをもたらしていて、日本株への投資魅力を低下させていると映っている。経産省全体が、北畑氏のような認識でないことを祈りたい。



この次官のその後が知りたい