金曜日, 3月 14, 2008

基礎年金「全額税方式」の前に、厚生年金の見直しこそ不可欠だ

ダイヤモンド・オンライン

世界に類のない高齢化が進行する我が国において、年金制度への国民の不信感・不安感は計り知れない。年金制度の在り方の 論議の中で、このところ急速に浮上しているのが「全額税方式」だ。今回から2回にわたって、この「全額税方式」に潜む問題点について駒村康平・慶應義塾大 学経済学部教授に聞く。

 年金制度への不信感は深く、広く蔓延している。2004年年金改正も、国民の不安を取り除くことは全くできなかった。では、日本の年金制度はどうあるべきなのか? 

 このところ浮上してきたのが、基礎年金(注1)を全額税負担にしようという「全額税方式」である。日本経済新聞の年金制度改革研究会が「基礎 年金を社会保険方式から税方式に移行、財源すべてを消費税で賄うこととすべき」(注2)とこれを提唱し、麻生太郎・自由民主党前幹事長も「消費税を 10%にして基礎年金を全額税負担にしよう」(中央公論3月号、注3)と訴える。

 この全額税方式は本当に、不信感を取り払う切り札となりうるのか? 内外の社会保障政策に詳しく、『年金はどうなる』(岩波書店)の著書もある駒村康平・慶應義塾大学経済学部教授に聞いた。氏の答えは「明らかにノー」である。

――このところ、「基礎年金を全額税方式とすべし」との提言が相次いでいます。

駒村:税方式が国民に魅力的に映るのとすれば、たぶん2つポイントがある。1つは現在の年金システムが「空洞化 し、すでに破綻しているのではないか」という疑念が浸透している点。もう1つは「これからの高齢化社会の負担増には、消費税で対応するのが望ましい」とい う見方がある程度、浸透している点にあると思う。

 まず、年金の空洞化について。麻生氏は中央公論の論文で「年金不信で国民年金保険料の納付率は6割程度にとどまっている。国民皆年金という謳い文句は、もはや死語だ」としている。

 確かに国民年金(第1号被保険者)の納付率は67.1%(2007年度)にとどまり、免除されている人の分(17.7%)を差し引くと、5割を切る。

 しかし、1~3号まである基礎年金(国民年金)のうち、払っていないのは1号の話。2号や3号はほとんど皆が払っている。サラリーマンのグループ は、ちゃんと払っている。公的年金の全加入者7000万人を分母として考えれば、未納者というのは、どんなに多く見積もって計算しても10%前後となる。 厚生労働省の定義にそって厳密に言えば5%だ。

 要は全体としてみれば9対1なのである。9割は払っていて、1割が払っていない状態を「破綻」と言うべきなのか。1割の人を助けるために、9割を犠牲にすべきなのか。まず、この点に異議を唱えたい。

――全額税方式が支持される第2のポイントは、消費税でした。

 消費税を、高齢化社会に対応する財源として位置づけるのは当然のことだろう。他の税を増税するよりはいい。給与課税のように、企業行動や個人の働 き方に影響を及ぼすようなこともない。日本の消費税率は他先進国に比べ極端に低いし、消費税をいずれ上げるという流れは必要だろうと思う。

 ただし、である。消費税財源を充てる優先順位の第1が「年金」で本当にいいのか、と問いたい。

――高齢化社会への本格突入で介護、医療にももっとお金がかかるようになる。社会保障全体に目を向ける必要があります。

 消費税を社会保障目的税と位置づけて、介護、医療、低所得者向けの対策、少子化対策などに分けて投入し、今壊れかけている社会保障制度の支えとするのはいい。優先すべきはこちらであって、基礎年金ではない。

 考えてみてほしい。全額税方式で、高齢者全員に満額の月額6万6000円を支給するということは、弁護士や開業医であろうと大企業OBであろうと税金を投入する、ということになる。

 生活が苦しい高齢者はいいだろう。だが、裕福な高齢者をも含めて、一律でお金をばらまく必要はないのではないか。そのぶん、医療や介護をカットしていいのか。ここが最大の問題だ。お金は限られている。消費税でもって基礎年金だけを守る必要はない。

後編では、既に基礎年金の「全額税方式」を導入している国での各国の年金制度と実際の制度運用の状況も、日本の年金制度 を検討するうえで重要なポイントとは何かにスポットをあてる。年金制度の議論を重ねる上で、基礎年金の制度改革の前に、まずは今後の厚生年金制度のあり方 こそ議論されることが望ましいと駒村康平・慶應義塾大学経済学部教授は語る。

――どうやって、全額税方式の新年金に移行していくかという問題もあります。

駒村:日経の研究会報告は「移行前に保険料を払っていた人には、支払期間に相当する受給権を旧制度に基づき確保」とし、麻生氏も「これまで支払った人の分はそれを記録し、それに応じた金額をプラスアルファ分として支給することで(公平性を)クリアすべき」としている。

 では、その上乗せぶんのお金をどこから持ってくるのか。そのお金がどこを叩いてもないから困っているのである。

 そもそも、基礎年金を社会保険方式から税方式に移行する際、消費税で賄うべき必要額は約19兆円とされているが、それは正しくない。よく勘違いさ れるけれども、19兆円というのは、今の基礎年金の平均値に受給者数をかけて出てきた金額。あくまで今の制度を維持するために必要な金額ということだ。

 満額支給の6万6000円を、65歳以上の人に無条件で払うとすると、実は23兆円くらいかかる。未納があって満額貰っていない人の分など、4兆 円もギャップがある。スタートラインのところで問題がある。これに現在の保険方式によってまかなわれていた障害基礎年金、遺族基礎年金のための財源も必要 である。アップする消費税は7%となる。

――上乗せして払うとなれば、さらにお金が必要になります。

駒村:40年間払った人に上乗せして払うとなれば、さらに十何兆円と必要になる。「サラリーマンの年金である厚生年金に150兆円の積立金がある。それを使えばいい」という考え方もあるが、この積立金は、高齢化がピークを迎える2040~50年に備えて取ってあるものだ。

 もし、基礎年金を救済するために厚生年金の積立金を使おうものなら、それこそ厚生年金が破綻してしまう。それはいくら何でも、許されないだろう。はなから厚生年金をぶち壊し、民営化したいのかと勘ぐりたくなる。

 現実的に考えると――税方式になったとしても、今まで払わなかった人は貰えない。払った人は税財源の年金がもらえる。となると、現在の基礎年金が 入れ替わるだけだから、とりあえず19兆円ですむ。ただし、今問題の無年金高齢者は救済出来ないことになる。それどころか、消費税負担増でさらに酷い目に 遭う――ということになる。基礎年金の全額税方式というのは、要はありえない話なのである。

――そもそも、全額税方式を採用している国はほとんどないですね。

駒村:高齢期と若年期の最低所得保証をやろう、という方向にヨーロッパのほとんどの国がなっている。これなら大いに賛成だ。

 世界の年金制度を見渡しても、1階部分で税方式の基礎年金を個人単位で支給し、さらに2階部分に厚生年金を乗せている国など、もうどこにもない。

 スウェーデンなどは、かつてこういった制度だったが、1999年に最低保証年金(編集部注4参照)に切り換えた。「みなさん年金保険に入ってくだ さい。しかし、それで足りない人は税で助けますよ」という制度にした。税財源を全員にばらまくのではなく、必要なところにピンポイントで投入するようにし ないと、制度を維持できないからだ。

 現在、世界の主な国の中で全額税方式の基礎年金を出しているところと言えば、ニュージーランド、オーストラリア、カナダなどがある。しかし、 ニュージーランドやオーストラリアには2階建て部分の年金はない。加えて、高所得の高齢者は税方式の年金を返しなさい、ということになっている。カナダに は報酬比例年金はあるけれども、日本に比べて遥かに小さい。しかも、高所得、高年金の人は年金を返しなさいとなっている。

 高齢化社会の中で無茶なばらまきをやっている国は、世界のどこにもない。それを敢えてやるというならば、他の社会保障をカットすると宣言するに等しい

――年金制度改革が必要なのはもちろんです。現実可能な議論を進めていくためには、何を土台とすべきでしょうか。

駒村:年金制度について議論されるのは、もちろん、結構なことだ。だが、基礎年金の全額税方式はシンプルで、わかりやすい代わりに、夢物語となってしまっている。

 まずは、基礎年金ではなく、ほとんどの人をカバーしている厚生年金について、考えるべきだと思う。厚生年金を残すか、いかにして維持するかを議論し、その後に穴が開いてしまっている基礎年金をどうするかを考える。そういう手順を踏んでいけば、実りのある議論になる。

(1)他の先進国と同じように、年金制度を最低保証年金に切り換えるべきではないか、(2)高齢化社会において税財源を投入する優先順位をどうするか、の2つがポイントになると思う。

(聞き手:『週刊ダイヤモンド』副編集長 小栗正嗣)

●編集部注

注1)
日本の公的年金制度は、2階建てで構成されている。その1階部分が基礎年金(国民年金)だ。自営業者(第1号被保 険者)、民間サラリーマン(第2号被保険者)、サラリーマンの配偶者(第3号被保険者)に共通する年金で、平均年金月額は5万8000円(満額支給の場合 は6万6000円、2006年度末)である。2階部分は厚生年金や公務員の共済年金。現役時代の報酬によって受取額が変わる報酬比例年金で、平均年金月額 は16万9000円である。

注2)
日本経済新聞社の年金制度改革研究会は1月、年金制度改革に関する報告をまとめた。少子高齢化の加速、保険料未納問題の深刻化によって制度維持が困難になりつつある状態を立て直すため、税方式への移行を求めた。その骨子は下記のとおりである。

・基礎年金の財源を保険料から全額消費税に置き換え
・税率の上げ幅は5%前後。置き換えで全体の負担に増減は生じない
・月額給付は満額で6万6000円
・国内居住10年程度を支給要件に
・移行期間は旧制度に基づく保険料負担を給付に反映
・年金課税を強め高所得者への給付抑制
・3.7兆円の企業負担軽減分は非正規労働者の厚生年金への加入拡大に

注3)
麻生太郎衆議院議員・自由民主党前幹事長は月刊中央公論3月号に「消費税を10%にして基礎年金を全額税負担にしよう~これが安心を 取り戻す麻生プランだ!」を寄稿。「国民に安心を与えるのが政治の責任。抜本改革しか、国民の信頼を取り戻す術はない」とし、(1)杜撰な加入記 録、(2)破綻している年金財政という2つの問題を解消するために、基礎年金の運営を全額税方式に改め、税負担の財源には消費税を増税して充当すべきだと 提案する。その骨子は下記のとおり。
・消費税を段階的に10%とし、約13兆円の財源ができる
・国民年金の保険料負担(月1万4000円程度)はなくなる
・サラリーマンは基礎年金保険料を支払わなくて済むようになる
・将来の無年金の解消も可能になる
・これまで保険料を支払ってきた人の分は記録し、それに応じた金額を プラスアルファ分として支給、公平性を担保する

注4)
スウェーデンは1999年に年金制度の大改革をおこない、1階部分・税財源による定額給付、2階部分・所得比例年 金となっていた公的年金を、所得比例年金のみの1階建てとし、一定年金以下の人には最低保証年金を用意した。負担と給付の関係を明確とするため、「個人勘 定」(支払った保険料の総額を個人単位の口座で管理する)とし、支払った金額に経済成長率にリンクした「見なし利回り」をつけ、個人の年金資産として蓄積 されていくこととした。年金全体の資産と負債のバランスが崩れると、見なし利回りが自動的に下げられ、債務の成長が鈍化する自動調整機能の仕組みも導入さ れた。



ちゃんと読んどかんと....。

0 件のコメント: