月曜日, 12月 29, 2008

FTが選ぶ今年の人=バラク・オバマ


フィナンシャル・タイムズ 2008年12月29日(月)12:43
(フィナンシャル・タイムズ 2008年12月23日初出 翻訳gooニュース) エドワード・ルース
 2冊目の著作「Audacity of Hope (邦題「合衆国再生」)」の中でバラク・オバマは、「政治的立場の大きく異なる人たちが、それぞれの考えを私という真っ白なスクリーンに投影する」と書い ている。そういう曖昧模糊としたバラク・オバマ像は、間もなく消えてなくなるのかもしれない。
 リベラルは彼をリベラルと呼び、中道派は彼を中道派と呼び、共和党の穏健派は オバマ氏を真に超党派な存在だと評価してきた。それだけにオバマ氏は2009年1月20日に宣誓就任してから比較的すぐに、それまで自分を評価してくれた 人たちの一部を立腹させてしまうに違いない。しかしオバマ氏をよく知る人たちでも、 新大統領が真先にどの主義主張のグループを怒らせる羽目になるのか、見当がつけられずにいる。
 「統治するとはすなわち、選択することだ」 クリントン政権の補佐官だったビル・ガルストン氏はこう言う。「オバマの心理状態について疑問があるとすれ ば、それは不人気をどこまで我慢できるのかという点だ。人気と引き換えにしてでも厳しい選択をする覚悟がどれだけあるのか。これまでのところ彼はもっぱ ら、そういう局面を回避できてきたので」
 オバマ氏のこれまでの公職生活からは、超党派な行動を直感的に選ぶ政治家の姿がはっきりと見て取れる。本能的に党派対立を避け、たとえ面倒でも手間暇をか けて対決を避けるという、そういう姿が印象的だ。オバマ氏とはそういう人物だという、そのイメージが最初に米国民の目に留まったのは、2004年の民主党 大会。まだ無名だったイリノイ州議会議員が「赤い州と青い州と『合州国』のアメリカ」と演説した時のこと。そしてオバマ氏のそういうイメージは、歴史的な 勝利に大きく貢献したのだった。
 フィナンシャル・タイムズはそのバラク・オバマ氏を、2008年の「今年の人」に選んだ。理由は、実に見事な大統領選を展開したから。選挙戦を通して、頭 から疑ってかかって否定する声に昂然と立ち向かい、国民を奮い立たせ、アメリカ民主主義のたくましさに信頼を回復させたからだ。
 アメリカ有権者のほとんどは「超党派」という言葉が好きだ。オバマ氏はそれをとらえて、「超党派的イメージ」というものを政治的なアート作品、芸術の域に 達するものにまで高めて見せた。民主党にとって1964年以来という圧勝で大統領選に勝利した直後、栄光の極みに上り詰めたと思われる瞬間にも、オバマ氏 はシカゴのグラントパークで、いわゆる「議会通路を越えた反対側」に手を差し伸べてみせた。「この国の政治をあまりにも長いこと毒で満たしてきた、相変わ らずの党派対立やくだらない諍いや未熟さに再び落ちてしまわないよう、その誘惑と戦いましょう」とオバマ氏はあの夜、演説した。「民主党は確かに今夜、大 きな勝利を獲得しましたが、私たちはいささか謙虚に、そして決意を持って、この国の前進を阻んでいた分断を癒すつもりです」と。
 このテーマは、オバマ氏の人生から直接生まれてきたものだ。最初の自伝「Dreams From My Father (邦題「マイ・ドリーム」)」はハワイとインドネシアで過ごした少年時代から始まり、やがて「ハーバード・ロー・レビュー」初のアフリカ系編集長に選ばれ るまでの歳月を描いている。そしてその中でも、対立を避け相手に手を差し伸べるというオバマ氏の生涯のテーマが示されている。
 オバマ氏はこれまで生きてきた節目節目で、ことあるごとに、対立する意見を組み合わせてより良いものを導き出すという、実に稀有で、知的に見事な才能を繰 り返し披露してきた。しかし大統領になってからもこれを続けるのは大変なことだろう。本人が語っているように、新大統領が受け継ぐのは、2つの戦争と、歴 史的な経済・金融危機と、地球温暖化で危機にさらされる地球なのだ。
 「私たちが直面する課題は、あまりにも重大で、あまりにも途方もない。なので私たちは何が大事なのかを選択していくより仕方がない」 デビッド・アクセル ロッド氏はこう言う。オバマ氏の選挙戦略担当で、近くホワイトハウスでも大統領の上級顧問となる同氏は、「成果を着実に挙げていくためには、自分が積み上 げてきた政治的資産をバラク・オバマは惜しげもなく使うだろう。それは確実だ」と話す。
 しかし本当にそうだろうかと疑う人もいる。雑誌「ハーパーズ」の最新号で、 ニューヨーク・ニュースクール大学のサイモン・クリッチリー教授(哲学)はこう書いている。「バラク・オバマが何者なのか、私には全くもってつかめない。 これはとても奇妙なことだ。彼の言うことを聞けば聞くほど、読めば読むほど、曖昧模糊とした分かりにくさはいや増すばかりだ。(中略) この男はいったい 誰なのだ?」
 歴史学者で作家でもあるダイアナ・シーツさんは独自の、そしてこれまであまり言われたことのない説明をしている。シーツさんいわくオバマ氏はアメリカ初の 「ポストモダンな大統領」になるのだそうだ。そしてシーツさんいわくオバマ氏は、有色人種の学生を優遇するアメリカの「ポリティカリー・コレクト(政治的 に正しい)」な大学システムの典型的な産物なのだという。「ハーバード・ロー・レビュー」の編集長時代にオバマ氏が何も論文を発表しなかったのは、何か特 定の問題について特定の立場に立って主張すれば、政治家になった暁に、特定グループの有権者の支持を得られなくなるからだ——というのが、シーツさんの見 解だ。
 「バラク・オバマは素晴らしい人だ。けれども同時にいかにも典型的な、現代アメリカの大学教授的な人でもある。つまり、今のアメリカの大学で学者にとって 大切なのは、終身地位を獲得するために、何か特定の強い主張をしないことであって、そういう大学世界の一員になるということは、あらゆる真実は相対的であ るという考えを受け入れるということだ。またアメリカの大学というのは、アイデンティティーを傷つけられたと不満を抱いている人たちの坩堝(るつぼ)だ。 そういう側面が、大統領に好ましいとは思えない」
 こういう意見のシーツさんはごくごく少数派だ。世論調査によると、オバマ氏は記録的なほどの国民の支持を集めて就任する。70~80%もの支持率を掲げて ホワイトハウス入りする次期大統領など、これまでになかったことだ。次期大統領は77日間の移行期間を使って次期政権の閣僚を次々と指名しているわけだ が、その間にもオバマ氏の支持率は上がり続けている。
 政権移行期間に支持率が上がり続けている理由のひとつは、オバマ氏がこれまで政権幹部に選んできた顔ぶれが総じて、超党派的な匂いがするからだ。オバマ氏 が熱心に読んでいるからと有名になったドリス・カーンズ・グッドウィン著「Team of Rivals」では、南北戦争を戦ったリンカーン大統領が、あらゆる主張や対立意見の持ち主を政権に多数登用した様子を描いている。オバマ氏はこれを参考 に政権作りをしているとされるだけに、その閣僚人事が「オバマ大統領」の政治スタイルのヒントとなるのだろう。
 オバマ政権には、現共和党政権下の国防長官ロバート・ゲーツ氏が留任する。また民主党の大統領候補指名を激しく争ったヒラリー・クリントン氏が入閣する。 素晴らしく有能だが辛らつ極まりない元財務長官、ローレンス・サマーズ氏も政権入りするし、政治との関わりを避けてきた元海兵隊のジム・ジョーンズ大将も 大統領補佐官となる。
 一部のリベラルは裏切られたと感じていて、もっと左寄りな人たちはもっとランクの低い閣僚ポストしか与えられていないと指摘する。けれどもその言い分は、大事なポイントを見逃しているかもしれない。
 「イラクの戦争を終らせたいなら、もじゃもじゃ頭のリベラルたちを選んで終戦までのプロセスを任せるか? それとも可能な限りとことん有能で、信頼されて いる、国家安全保障のプロを集めるか? 頭がよくて自分に自信のある人なら——そしてオバマ氏は余りあるほど頭が良くて自信もたっぷりある——、後者を選 ぶはずだ」 前出のガルストン氏はこう言う。
 オバマ氏による経済関係の人選にも、同じようなことが言える。国家経済会議(NEC)の議長となるサマーズ氏も、財務長官となるティム・ガイ トナー氏も、共に中道派と見なされている。しかしエコノミストたちが言う「中道」というのは、ここ2年の間に一気に左寄りに傾斜した。特に今年9月に金融 危機が始まって以来は、ことのほかそうだ。
 オバマ政権入りが決まるまでフィナンシャル・タイムズにコラムを寄稿していたサマーズ氏は、その中で「市場が必要以上に動いてオーバーシュートしているな ら、政策決定者もそうしなくてはならない」と書いていた。その結果、オバマ氏が来月発表するはずの包括的な財政刺激策は、記録的な8500億ドル (約85兆円)規模かそれ以上になると見られている。「経済については、オバマはアメリカを左に持っていくだろう。クリントン時代に比べても、さらに左に いくはずだ。状況がそれを求めている」 選挙中に一時、オバマ陣営顧問だった人はこう言う。
 オバマ氏の様々な資質の中で最も高く評価されているのは、その沈着冷静ぶりかもしれない。常に落ち着きはらったその冷静さがあったからこそ、国際金融危機の対策を任せて信頼できるのは、何かと短気なジョン・マケインよりもオバマの方だと、多くの有権者を説得できたのだ。
 そのオバマ氏がリンカーン大統領と並んで尊敬しているのは、フランクリン・D・ルーズベルト(FDR)大統領。ルーズベルト大統領はその「一流の気質」に よって、就任直後の100日間をかつてないほど生産的なものにしたと言われる。ルーズベルト大統領にその落ち着きぶりをしばし比較されるオバマ氏だけあっ て、オバマ氏が声を荒げた場面など誰も覚えていないのだそうだ。
 オバマ氏の親しい友人で、ホワイトハウスで上級顧問となることが決まっているバレリー・ジャレット氏はこう言う。「彼が腹を立てる姿を見たことがない。素 晴らしい資質だ」と。前出の側近アクセルロッド氏は、オバマ氏が備えている「内面の静謐」を、大統領として理想の資質だと話す。「周りのみんなが 興奮してわけが分からなくなっているときでも、彼は落ち着いている」とアクセルロッド氏は言う。「大統領選本選の渦中で決定的だったのは、リーマン破綻か ら1回目の大統領討論会までの9日間だった。あのとき初めてアメリカ国民も、オバマの沈着冷静ぶりを目の当たりにすることになった」
 それでもやはり、オバマ氏のこうしたソクラテスもかくやといわんばかりの資質が果して、危機を前にしてどうなのだろうかと危惧する声もある。次期副大統領 となったジョー・バイデン氏は選挙の最中に、オバマ氏は就任から6カ月以内に国際危機に見舞われ、大統領としての資質を試されるだろうと発言した。つ まりイランやベネズエラや北朝鮮など、オバマ政権と敵対するかもしれない国々は、オバマ氏に弱点を見いだしているかもしれないと示唆したのだ。
 対照的にジョージ・W・ブッシュ大統領は、相次ぐ危機に本能的に反応していった。それはブッシュ大統領の大きな欠点としてさかんに非難されるポイントなの だが、同時に一部のアメリカ人にとっては誇るべき勲章でもあった。しかしオバマ氏は、ブッシュ氏とはかなり違った「決断者」になるだろう。大統領選中にロ シアがグルジアを進 攻した際、共和党候補のマケイン氏は「われわれは皆、グルジア人だ」と宣言するなど、実に好戦的でやる気満々だった。そして保守層はオバマ氏を「弱腰」 「反応が遅い」 と口々に非難したものだ。
 しかしロシア進攻の引き金となったグルジア側の行動について様々な新事実が明らかになった今となっては、当時のオバマ氏の慎重な発言内容の方が、 評価できるものに思えてくる。さらにオバマ氏はやはり9月当時、マケイン氏の先導にならって、7000億ドルもの不良債権救済策に賛同しなかったためさか んに攻撃された。しかしこれもその後は、何の役にも立たない対策をかき集めただけのものとひどく批判されている。
 言い換えれば、「オバマは危機に際して弱腰だ」と批判しようとする勢力が具体的な事例として挙げる証拠のいちいちは、どれも批判への反論に使える材料に なってしまうということだ。もっと内実のある批判をするなら、オバマ氏は正しいことをするよりも対決回避を優先しがちだという批判の方が有効だ。共和党の リンゼー・グレアム上院議員が特に鋭く的を射た批判をしているのだが、それはオバマ氏が2006年、超党派の移民法不成立に「貢献」したときのこと。一部 の移民を「ゲスト」労働者として受け入れる条項を含んでいたこの法案に、労働者団体が反対したため、オバマ氏は「安物のスーツみ たいにクタクタとしおれていった」とグレアム議員は言うのだ。
 イリノイ州議会議員としての8年間で、オバマ氏は100以上の条例案について「賛成」でも「反対」でもなく、ただ「出席」と投票しており、これもやはり批 判された。しかもこのうち36回については、「出席」票はオバマ氏のみだった。しかし最近になってイリノイ州のロッド・ブラゴイェビッチ知事が汚職の罪で 起訴されたことからも分かるように、シカゴ政治という泥沼からオバマ氏のように何の汚点もなく浮上するというのは、並大抵のことではないのだ。シカゴ政界 で犯し得た他のあまたの罪科からしたら、「出席」と投票したことくらい、ささいな問題のように思える。
 自著「Audacity of Hope」の中でオバマ氏は、「名声の落とし穴や、人に好かれようという欲求、失うことへの恐怖からどうやって逃れればいい。どうやったら、私たちの最奥 にある誠心を常に思い起こさせてくれる、私たちの内なるあの比類なき声、あの一握りの真実を、失わずにいられるものか」と書いている。
 その答えは、大方の予想よりも早く訪れるのかもしれない。オバマ氏はおそらく就任早々から、いくつもの重大な決断を連続して余儀なくされるだろうから。就 任当初の100日をどう過ごすつもりか、そのヒントはすでにはっきりと提示されている。今の経済危機のせいで、オバマ氏が選挙戦中に公約していた、金のか かる様々な改革案(健康保険改革やインフラ整備など)は棚上げされるのではという見方とは裏腹に、実は今回の危機は、そうした改革案の実施を前倒しする チャンスではないかという見方もある。「ビッグバン」手法とも呼ばれるそのやり方を実施すれば、オバマ政権の最初の100日間は、FDR政権の最 初の100日にも匹敵するものになり得る。
 「危機はチャンスにもなり得ると、オバマは承知している」とアクセルロッド氏は言う。「角を曲がればすぐ先に、色々とびっくりする展開が待っている。今に分かりますよ」と。


そか....。

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